そこは知らない暗い部屋。
「祈ります。貴方が幸せになるように」
彼女は告げる。
幸福の祈りを。
「祈ります。貴方が孤独にならないように」
彼女は告げる。
共に居る、と。
「祈ります。貴方がわたしを愛してくれるように」
彼女は告げる。
永遠の愛を―――
「―――祈ります。
わたしが、貴方と決して別れないように」
それは聖なる夜のこと。
彼女の瞳は、愛と、純情と、誠実と、哀しみと、苦しみと、この世全ての感情と―――溢れんばかりの狂気を、秘めていた。
「お願いします、神様」
俺は身動きを取れない。
手足は丈夫な縄で拘束され、口はガムテープで塞がれていた。
それは一方通行の愛。
確かに、俺は彼女―――みゆきを愛していたが、それは過去の話だ。
五年も前の、話だ。
「―――っ、―――っっ」
俺は出せない声を振り絞り、必死に首を横に振る。
拒否する。
俺は今、別の愛する人がいる。
クリスマスの今日、家で待っていてくれているはずの、彼女が―――っ。
「…………まだ、わからないんですか?」
ビクリと、身体が震え上がる。
俺は先程までの祝詞とは違う、暗い声。
身を引き裂くような、闇の声。
「―――っ、」
何が、と咄嗟に言おうとして、
「…………?」
ガムテープの事を思い出して、
「…………! ―――ッッ」
みゆきの後ろに転がるソレに、ようやく気が付いた。
それは人のカタチをしていて。
それは見知った彼女の髪の色で。
それは見知った彼女の勝負服で。
それは見知った彼女の白い肌で。
それは見知った彼女の顔で。
それは見知った彼女の―――表情では、無かった。
固まったように、固められたように動かない恐怖の貌。
それは、死の証。
「―――――――――ッッ!!!!!!!!」
彼女が倒れているのに、手も伸ばせない。
彼女が倒れているのに、駆け寄ることも出来ない。
彼女が倒れているのに―――その名前を、呼ぶことすら叶わない。
非力さに絶望した。
己の弱さに失望した。
嫌だ。嫌だ嫌だ。
こんな。
こんなの……!
「――――――――――――」
声に成らない慟哭。
無力な一人の男に出来る、それが唯一の行動だった。
「……泣かないで下さい」
彼女を殺した腕で抱き締められる。
それには、人並みの暖かさがあった。
「―――、―――」
最早叫ぶ気力すらない。
生きることさえ億劫だ。
死にたい。
殺して。
「大丈夫です。
貴方には、わたしがいますよ」
それは最高に優しい言葉だった。
―――ああ、もうどうでもいい。
「わたしが、います」
愛する人を亡くした聖夜だ。
「ずっと、永遠に―――一緒に、いましょう?」
意味のない、聖夜だ。
俺は。
ただ。
人形のように。
魂の亡い。
カラクリのように。
その言葉に。
頷いた。
最終更新:2009年03月06日 13:25