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 まだ朝日も昇らない時間に、私は台所に立っていた。
別に料理の順番ではない。今朝はゆーちゃんが朝ご飯を作る番になっている。
それにも関わらずどうして私はここにいるのだろう。

「……」

 お父さん達に気付かれないよう、できるだけ音を立てずに材料を切っていく。
今の私の心にあるのは男のことだけ。
いつだっけか、私が料理ができると聞いた時に大げさなくらいびっくりして
ほんとか?と訝しげに聞かれたことがあって。
ゆーちゃんがほんとだよって言ってもなかなか信じなかった。

「………」

 それなら今度弁当でも作って持ってくるよと言い返すと、男も私の言葉に乗ってくれて、
じゃあうまかったらひとつだけ何でも言うこと聞くぜって言ってたっけ。

「…………」

 とびきりの弁当を作って男を驚かせてやろうと決めたんだ。
でもあれっていつの話だったっけ。
昨日?一昨日?それとも数日前?それとも…ずっと前?

「……………」

 最近、日付の感覚がない。
私自身で自分が何をしているのかよくわからなくなっている。
男やかがみ達にはいつも会っている記憶がおぼろげながらあるし、どうやら学校には
毎日行っているらしい。

「………………」

 だけど何かを言われてもどう返したのか、全く覚えていない。
私の頭の中には男のことだけがぐるぐると渦を巻いていて他のことは頭にない。
あるのはいつまでも気持ちを伝えることのない、私がひそかに恋する人のことだけ。

「…………………」

 できあがった弁当をハンカチで包む。
渡すその時まで誰にもばれないようにカバンに入れておこう。
ああ、包丁とか洗っておかないと…このままにはしておけないよね。

「…ふう」

 誰かに恋をするというのはこういうものなのだろうか。
他のことは何も目に入らなくて、親友のかがみ達のことでさえもおざなりになる。
あの子も…ゆーちゃんもそうなのだろうか。いつも男のことを考えているんだろうか。

「……」

 きっと楽しくて、幸せで仕方ないのだろう。
最近のあの子は笑顔が絶えない。男と一緒にいる時なんて特にそうだ。
そして男もゆーちゃんといる時はいつも以上に柔らかい印象を受ける。
恋するとああも変わるものなんだなと思ったことがあった。

「………」

 じゃ、私は?

「…………」

 私も…私も。
私も、恋をしている。男に恋しているのに。

「……………」

 どうして、こんなにも辛いの?

 夜が明けて、いかにも今起きたかのようにあくびをするふりをしながら
私は台所に入る。ゆーちゃんはもう朝ご飯の支度を始めていた。
……つい二時間前まで私がここで料理をしていたことなど気付かないだろう。

「お姉ちゃん、おはよう」
「こなたおはよう。眠そうだな」
「ん?眠そうな顔してるのはいつものことさ~」

 男やかがみにも言われたことなんだけど、こうなれば開き直ってやると思い、
笑いながらお父さんに言い返す。

「いただきま~す」
「…うん?ゆーちゃん、作りすぎた?」

 お父さんがフライパンに残ったおかずに目をやりながら訊ねる。
確かに三人分作ったにしては余りが多い。分量を間違えるような子ではないはずだけど。

「あ…えへへ、ちょっと」
「ははは、ゆーちゃんも間違えることがあるんだな」

 笑って流す二人。
もう一度、フライパンに視線を移す――本当に間違えたの?

(何を勘繰ってるんだか…)

 ばかばかしい。
ゆーちゃんだってたまには材料の使う量を間違えることもあるさ。
二人のキスを目撃したあの一件以来、私の思考はどうも悪いことばかりに行きがちだから。

 …そう考えて、私の心にわずかな黒い染みが広がるのを感じた。 


 昼休みの開始を知らせるチャイムが鳴り、先生が教室を出て行く。
まだ教室内は人が多い。渡す物が物なのであまり目立ちたくはないから
男を廊下にでも呼び出し――

「おーい男、下級生の子が来てるぞー」
「あいよー」

 クラスメイトに呼ばれて教室を出て行く男。
下級生の子と言えば私は一人しか思い浮かばない。

「こなちゃん、どうしたの?」
「うん?ああいやなんでもないよ。ちょっと手を洗ってくるから、かがみん来たら
言っておいてくれるかな」
「わかったよ~」

 弁当を広げるつかさに伝言を頼み、手洗い場からは全然離れたその方向に歩く。
男が歩いていったであろう方向だ。

「……」

 ふと――ストーカーみたいだな、って思った。
男の行き先をばれないようについていくなんて。

「あの、男さん…」

 階段の踊り場の陰からゆーちゃんの声がした。
上からわずかに頭を出して二人の様子を覗き込むと――

「これ…いいの?」
「あ、朝ご飯の余り物ですけど、よかったら食べてください」
「…あ、ありがとう」

 照れながら白い包みを受け取る男。
ちょうど一人分余った朝食のおかず…ちょっと考えればわかったことだ。
私の思ったことは何も間違っていなかったのか。
二人はそのまま階段を降りてどこかへと去っていく。

「……っ!」

 叫びを上げたい衝動を抑えて歯を食いしばり、その場を静かに離れる。
そしてふと気付く。いつの間にか右手には今朝作った弁当があった。
男の後をついていくだけのつもりだったけど、無意識に持ってきていたのだろう。

「…はは、は」

 情けない笑い声が漏れる。
もう完璧に恋人同士じゃないか。何を期待して私は弁当なんか作ったんだろう。
男がどちらを取るかなんてわかりきっている。
わざわざ早起きしてまで作っちゃって…ばかみたいだ。

「はは…は…うっ…」

 おかしいな、視界がにじんでる。

「う…うう…」

 カタンと弁当箱をその場に落とし、通りがかる人に気付かれないように。
私はうずくまってひとり…枯れるまで涙を流した。

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最終更新:2009年03月14日 23:14