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「お帰り、男」

「なんだ来てたのか、ただいま」

高校野球最後の試合とその打ち上げを終え帰宅したら、
かがみが我が家のリビングでくつろいでいた。
どおりで閉めたはずの玄関の鍵が開いていたわけだ。
時刻は夜10時になろうかというところ、学校は夏休みで時間に融通がきく時期ではあるが、
連絡もなしにこんな時間にうちに来ているのは珍しい。

「どうした? こんな時間に。おじさん達心配してるんじゃないか?」

「男の家行くって言ってきたから大丈夫よ。帰り遅くなるかもとも言っておいたし」

「ならいいけど。そういえばつかさは一緒じゃないのか」

「今日は私一人よ」

「そうか、珍しいな。…ところで鍵閉まってなかったぞ、
夜女の子が一人でいるのに無用心だろ」

かがみ、というか柊家にはうちの合鍵を渡してある。
なのでこうして俺がいない間に勝手にあがってることは問題ない、
だが夜も深まるこの時間は施錠はきちんとしてほしい。
この辺りは特に犯罪などがあるわけでもなく平和そのものだが、用心するに越したことはない。

「あ、ごめん。でも大丈夫よ、鍵開けっ放しでどこか行ったりはしてないから。
私がいる時に泥棒とか来たら責任持って追っ払ってやるわよ」

「バカ、おまえの心配をしてるんだ。
泥棒なんか入ってきたら、うちの物なんかいいからまずおまえが逃げてくれ、頼むから。」

「はいはい、そうするわ。まあ次からは鍵かけ忘れたりはしないから大丈夫よ」

言葉の調子はちゃんと話を聞いてるんだかわからないような軽いものだったが、
実際かがみなら鍵の閉め忘れなんてもうないだろう、しっかりしてる奴だし

「ところであんたさ、夕飯…はもう食べてきたわよね。この時間だし」

「そりゃな、もしかしてかがみはまだ食べてないとか? よかったら何かつくるぞ」

今日は食材を買ってきてはいないが冷蔵庫の残り物でチャーハンくらいはつくれるだろう。
明日の朝が心許なくなるが、まあ俺は最悪白むすびでいいわけだし

「いや、私がさ、一応つくっておいたから、あんたの夕食。
食べないで帰ってきたらと思って」

「なんだ、それなら連絡してくれればよかったのに」

「サプライズよ、サプライズ。
…じゃあ作ったの冷蔵庫に入れてあるから、明日の朝にでも食べてよ」

「いや、せっかくだから今いただくよ、まだ食べられるしな」

「相変わらずよく食うわね…」

「で、結局かがみは夕飯食べたのか?」

「食べてないけど、私はいいわよ。あんたがもっと早く帰ってきたら
一緒に食べようかと思ってたんだけど、この時間じゃね。
まあ外で食事済ましてくるんだろうな~とは思ってたから、
最初から夕飯は抜くつもりでいたし」

「む…健康によくないぞ、そういうの。ちゃんと三食とらなきゃ駄目だ」

「……あんたと違って私は色々気にしなきゃいけない事があるのよ。
こんな時間にご飯なんか食べられますかっての。
ていうかあんた、いつもたくさん食べてるくせに太らないってなんなのよほんとにっ」

なにやら理不尽な怒りをぶつけられる。かがみが体重を気にしているのは知ってるが…。

「いやほら。運動部だし、その分消費してるんだって」

「なんで背はしっかり伸びて脂肪はつかないのよ、私は余計なとこばっか肉がつくってのに…」

よくこんな事を言うかがみだが、実際全く太ってなんかいない。
むしろ細身でいわゆるスタイルがいい、と言えるぐらいじゃないかと俺は思っている。
女の子のスタイルの良し悪しってのには正直詳しくないので全くの個人的見解だが。
まあそれは置いといても最低でも太ってなどはいないというのに、
そもそも俺と比べたらそれこそどこをとっても俺より全然細くて女の子らしい体型なのに、なぜか体重に妙に拘るかがみは俺を羨ましいという。
正確には羨ましいというか「こんなに我慢してる私を尻目にガンガン食べてるあんたが[ピザ]にならないのがムカツク」ということらしい。
だったらかがみも遠慮しないで食べればいいだろと言ったらグーで殴られた

「だからな、何度も言うけどかがみは全然太ってないだろ。気にしすぎだぞ」

「気にもするわよ、体重の数字っていうのは女のプライドを具現化した物なの」

うお…目が本気だ。男にはわからない世界ということだろうか

「そ、そうか…」

注意しても聞いてくれないのはいつもの事だ、
まあ体調崩すようなことでもない限りかがみのする努力は俺としても応援したくはある。
……それにかがみのことだから本当に腹が減ったら何かつまむだろう。
ダイエット中だと言いながら間食をしてる姿を何度見た事か。
こっちとしてはその方が安心だが、正直ちょっとつっこみたくもある。
つっこんだら多分殴られるけど

「ほら、いいから食べるなら食べなさいよ、料理温めてあげるから。
そして肥えるがいいわ」

「ああ、かがみは座ってていいぞ、自分で用意するから」

「試合して疲れてるでしょ、たまには頼れっての」

言いながら冷蔵庫から取り出した皿をレンジに入れ、スイッチを押すかがみ。

「そういえば、今日の試合、惜しかったわね」

「なんだ、見に来てたのか」

「つかさと友達とね、若干一名しぶってたけど」

「……今日で高校野球も終わりだ。結局甲子園には届かなかったけど、…悔いはないよ」

最後の試合は2-1で敗戦。我が陵桜野球部は準決勝で夏を終えた。
正直に言って悔いはないと言ったら嘘になる、
試合後にチームメイトが涙を流すところを見たら、
俺がもっと頑張れていれば勝てたのに、という思いにかられた。
団体競技でそんな事を考えるのはおこがましいとはわかっているが、
友人の涙を見るとそんな事も思ってしまう。

「ほら、そこどかして。料理並べるわよ」

「おう」

皿にかけられていたサランラップがとられ、食欲を誘う香りが漂う

「豚の生姜焼きか、旨そうだな」

「…まあ味はあまり期待しないでよ」

「いただきます、……んぐ………うん、美味しいよ。かがみの料理食べるの久しぶりだけど、上手くなったな」

そういえば高校に入ってからはつかさと交代で学校の弁当をつくっているとか言ってたな。
前に食べた時より格段に腕があがってる

「……っそ。ならよかった。で、結局あんたはヒット二本と、盗塁一つだっけ。
あれって成績としてはいいの?」

「まあ悪くはないって感じ、なんとか最低限の仕事はこなせたってとこだ」

食べながら答える。
仮にも野球推薦で陵桜に入り、レギュラーに選んでもらえた身としては
自分の不出来でチームに迷惑をかけるわけにはいかない。

「……むぐ……。……ふう、ご馳走様。美味しかったよ、ありがとうな」

「お粗末様。……それでさ、あんた進路どうするか決めた?
就職も考えてるとか言ってたけど…。部活引退してから決めるって言ってたわよね」

かがみの雰囲気が幾分真面目な物になる、どうやら今日はこの話をしにきたらしいな。
俺の中ではもう決めていた話なのだが、
そういえばまだかがみやつかさには話していなかったか。
ここ最近はあまり会っていなかったし。
元々俺は推薦での進学狙いだったがとある事情からそれは不可能になった。
部活とバイトの合間をぬって、勉強にもできうる限りの時間を割いてはいたので、
一般入試でも特に問題はないのだが、
事情がありいっそさっさと就職するのも手かと少し前まで考えていた。

「それで今日ききに来たってわけか、せっかちだな」

「い、いいじゃない。あんたがもたもたしてるから気になるのよ。
……で、どうすんの? まだ決めてない?」

「もう決まってるよ」

「へ、そうなの? …わざわざ来といてなんだけど、本当に決めてるとは思わなかったな」

「まあ以前から決めてたんだ。そういえばまだおまえには言ってなかったよな。
最近ゆっくり会う時間もなかったし」

「…どっち? 就職? 進学?」

どことなく緊張した面持ちのかがみ、わざわざこんな時間に聞きにくるぐらいだし
、それなりに気になっているようだ

「ああ、進学することに決めたよ。祖父ちゃん達にも進学して将来の選択の幅を広めるように言われてたし。
…正直推薦がおじゃんになった時点では就職に傾いてたんだけどな」

高校に上がるまで面倒を見てくれた祖父ちゃんと祖母ちゃんには以前から進学するよう勧められていたが、
俺としては就職して早く祖父ちゃん達に恩返ししたいという意思があったので、
推薦入試の道が断たれたことで改めて就職を考えもした。
だが結局は好意に甘えさせてもらうことに決めた。

「そっかぁ……そっかそっか、進学ね!じゃあ受験勉強頑張らなきゃね、私も手伝うからさ!志望校はどこにすんの?」

「第一志望は、……その、○○大だ。…おまえと同じとこ」

「○○大!? …正直今からじゃ結構厳しいわよ? 
…ああ、でもあんたの場合時間の許す限り集中力きらさず勉強できるし、
無理でもないか…。
それにしてもなんでわざわざ○○大? なんかあそこに行きたい理由でもあんの?
…あ、も、もしかして、私と同じとこがいいから~……とかだったりして」

からかうような声色でそんなことを言ってくるかがみ
…事実そのとおりだったりするから困る

「いやまあ……そういうことだ」

「ふえ……?」


「も、もちろんそれだけってわけじゃないぞ。
どうせ進学するなら妥協せず少しでも上の大学を目指したいって気持ちや就職に有利だってことも理由のうちだ。
でも……一番の理由は何かって言うと、おまえと同じ大学に行きたいから……だったりするわけだ」

「え、えと……。それほんと……? …冗談とかなら本気で怒るわよ…?」

「本当だ、冗談なんかじゃない」

「そ、そう……」

かがみが俯いて俺の顔を見ようとしない。
どうせなら本人を前に決意表明しておこうかと思い話してしまったが、
もしかしなくてもエラく恥ずかしいこと言ってないか? 
俺。なんか顔が熱い。……というかだ、
今気付いたけどかがみとしては迷惑だったりするかもしれないじゃないか。
高校入学後は俺の部活が本格的に忙しくなり、
以前より顔を合わせる時間は大分減ったとは言え、なにせすでに10年来の付き合いなのだ。
かがみの双子の妹のつかさも含めて小学校からずっと同じ学校。
このうえ仮にかがみと俺が二人共○○大に受かったら更にまた四年同じ学び舎に通うわけだ。
ただの幼馴染でしかない俺の顔などかがみは内心もう見飽きているのではないだろうか?

「あー、その……もしおまえが迷惑だっていうなら、他のところにするけど…」

幼馴染が行くから目指す、その幼馴染が迷惑がっているからやっぱりやめる、など
他の○○大を目指している受験生の人達に知られたらふざけんなと言われそうだが、
かがみに迷惑はかけられない。

「え、な、なに…?」

顔をあげたかがみは、なんか物凄く頬が緩んでいた。
心なしか赤くなっているような気もする

「だからさ、かがみが嫌だって言うなら、志望校変えようかと……」

「へ!? ちょ……嫌なわけないでしょ! てかなんでそんな話になる!」

「そ、そうか、ならよかった。いやさ、もう随分長い付き合いになるからな、
おまえもいい加減俺の相手するのが嫌になったりしてるかもってちょっと思っただけだ」

「わ、私があんたのこと嫌になんて!……なるわけ、ないでしょっ。
…もう、何回言わせるのよ。……私には、遠慮なんかしないで」

昔からかがみに何度も言われてきた言葉。
そうか、まだ俺はかがみの傍にいていいのか。

「……ああ、ありがとな」

「べ、別にお礼言う様なことじゃないわよ。
あんたの事はまだまだ面倒見てあげるつもりなんだから。
……男ちゃんってばぁ、要は私と離れるの嫌なんでしょ?」


一転ニヤニヤしながらいじる気満々な顔で言ってくるかがみ。
ううむ、やっぱり早まったか、事実俺の気持ちとしてはかがみが今言ったとおりなのだが。
今更ながらバカ正直に本人に言うこともなかった気がしてくる。

「そ、そこまで言ってないだろ、ていうか男ちゃんはやめてくれっ」

小学校の時分、一時だがかがみとつかさに身長で追い抜かれ、
かがみに「男ちゃん」呼ばわりされた時期がある。
あの時はなけなしの男のプライドが傷ついたものだ。
妹分だと思っていたつかさにまで同じようにちゃん付けで呼ばれたことで止めを刺された。

「照れるな照れるな、図体ばっかでっかくなっちゃって最近可愛げなくなってきたって思ってたけど、まだまだかわいいとこあるじゃな~い」

何がそんなに嬉しいんだか、かがみは満面の笑顔。
かわいいっていうのは今のおまえみたいなのを言うんだ、とか思ったり。
うう、また自分の頬が赤くなっていくのを感じる、かがみのその顔には弱いんだ

「だ、誰がかわいいんだよ。……ほら、いい加減時間も遅いし、もう帰った方がいいぞ。
送るから」

時計を見れば11時をまわるところだ、日付が変わる前にはかえさなければ。
つかさと一緒(時にはまつりさんとかまで加わり)にうちに泊まることは今までもあったが、今日はかがみ一人。
…俺も男なわけで、かがみと二人きりで一晩っていうのは正直色々と困る。
万一理性が持たなくなるようなことがあったりしたら首を括るしかない。
いやそんなかがみを悲しませるような事なんて万に一つもするつもりないが。

「今日は泊ってくわ、夏休みだし問題ないでしょ。勉強みてあげるわ。
センターまで時間少ないんだから気合入れてくわよ!」

「お、おい。そりゃこの後勉強はするつもりでいたし、
一緒にやってくれるってんならありがたいけど……」

「ならさっさと勉強道具用意する!
 どうせ私も今帰ったって寝れそうにないからいくらでも付き合うわよ。
なんなら徹夜でもかまわないわ!」

確かに、なぜか眠れそうもなさそうなくらいハイテンションなかがみだった。

「…それにあんた、今日一人にしておくと試合に負けた後みんなが泣いてたとこ思い出したりして色々悩んじゃいそうだしさ。…一緒にいてあげる」

「かがみ……」

お見通しか、さすがかがみだ。
試合に負けた事は仕方ない、相手チームと互いに力を出しきった結果がそうなったのだから。
だが三年間(正確には二年と数ヶ月だが)苦楽を共にしてきたチームメイトの涙は
仕方ないで済ませられるような軽いものじゃなかった。
打ち上げの席ではみんな気持ちを切り替えて楽しんでいたのでまだ救われるが。

「……ありがとな」

うん、やっぱりこいつの幼馴染でいられてよかった

「でも泊まるのは駄目だぞ、今日はつかさもいないんだし。
女の子が若い男の家に二人きりで朝まで、なんて誤解してくれと言ってるようなもんだ」

「……相変わらずカタい奴。はいはい、適当に時間見て帰りますよ。
じゃあ早速勉強開始! もたもたすんな!」

「おう」

「あ、あとさ。あんたがよかったら明日から一緒に勉強しない?
夏休みの間、つかさと他の友達も集まって、一緒に勉強する予定いっぱいたててるんだけど」

「それはありがたいけど、いいのか? 友達同士で集まるのに俺なんかが混ざっちゃって」

「いいのよ、ちゃんとみんなには説明しとくから。遠慮しないの」

「じゃあ、ありがたく参加させてもらおうかな」

「よしよし、それでいい」



―――――結局この後は、勉強ももちろんしたが、
どちらかというと他愛もない昔話で盛り上がる時間の方が長くなってしまった。
楽しそうに話すかがみを見ると、ついついこちらも付き合ってしまう。
途中何度かいい加減帰るように言ったのだが、
結局かがみが応じたのは午前二時をまわった頃。
柊家まで送り届けはしたが、
さすがに時間が時間なので、おじさん達にかがみを帰らすのが遅くなりすぎた事の謝罪はできなかった。
今度会った時に謝っておかなければ。

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最終更新:2009年03月16日 00:21