蝉も五月蝿い八月上旬。我が家では信じられない珍事が発生した。
「わー、男君の部屋ー!」
生まれて初めて我が家に友達が来た。しかも
「えっと、お茶でも淹れて来るから。座っててください」
「うん!ありがとう!」
とっても可愛い彼女が、
◇◇◇
初めは学生の足枷、夏休みの宿題だった。
あの夏祭り以来、俺はつかさと三日に一度は電話で話していた。
受話器の向こうにいるつかさの行動を想像するたびに俺の分身は硬くなった。
思わず表情が緩んでしまう可愛らしい声、はにかむ時の擽られた様な笑い声、ちょっと茶化して怒った様な困った様な声。
一つずつ数えていったらキリが無い。”テレフォンセックス”なんてふざけた事が実在する理由もちょっと分かった。
「あのね、男君」
「うん?」
「夏休みの宿題どこまでしたのー?」
「自慢じゃないが、俺はその教科の宿題が出た日に徹夜で終わらせてるからもう全部終わってる」
受話器の向こうでたった一人の歓声が沸く。
「男くんすごいね!私、まだ国語が終わっただけなのに・・・」
「よかったら見てやろうか?」
「え!いいの!?」
嬉しそうなつかさの驚きの声。
「ああ、じゃあ来週あたり図書館でも行くか?」
「・・・・・、あ、あのね」
衣が擦れる音がする。
「お、男君の家に行っても・・・いいかな?」
「・・・・・」
「・・・・・ダメかな?」
夏の椿事だ。
今なら2ちゃんで住所うpされても笑顔で受け入れる自信がある。
「いや、別にいいけですけど」
「やったー!」
そんなこんなで、本日この日柊つかささんは我が男宅に参られたのだ。
先週から今日まで睡眠時間は二桁を越えていない。
バイトに至っては近藤にすら「男wwしっかりwwwwww」とか注意されるレベル。
何にも手につかない。
付き合い始めてまだ三週目。
お互いに出来たのはこの前三度目のデートでやっと手をつなぐ程度、正直ビビリ過ぎて何にも出来ない。
俺の馬鹿話に笑ってくれるだけで正直、お腹いっぱいです。
ちなみに、手を繋いだ時も手汗がヤバかった。
水族館からの帰り。何がすごかったとか、ペンギンの前から三番目の奴が俺を「[ピーーー]ぞ糞が」って目で俺を見てたとかそんな馬鹿な事ばかりを帰り道で話していた。
その日のつかさの服装はワンピースに上着のシャツを羽織るという、いかにも可愛らしい子専用のファッションで何度か息子が硬くなりかけたのを覚えている。
「カイ君、可愛かったね」
「そうか?俺はジュゴンの方が可愛かったな」
つかさが可愛らしく笑う。
ここまで何度「可愛い」という形容詞を使ったんだろう?もうつかさのための単語にして欲しい。
そんな馬鹿なこと考えていると、俺の手に軽く何かが当たった。
「「あ・・・・」」
ふと、向き合って見つめ合う。
俯くつかさ。固まる俺。
逡巡。
それから、ゆっくりつかさが手を出す。俺は少し躊躇ってから手を握った。
小さくて、この夏の暑さとは違う温かさ、僅かに波を打っている。強く握ると折れてしまいそうな、脆さが少し怖かった。
壊れないように優しく握ると、つかさも握り返してくれた。
それからの帰り道は何も喋らなかったが、つかさは終始笑顔だった。
俺はつかさの表情に笑顔で返すのがやっとで、緊張しまくりだった。
家まで送り届けて、一人になった帰り道でやっと驚異的な発汗と息子のトランスフォームに気付いた。
それから近くの公園で息子をクールダウンし、ニヤニヤしながら家に帰った。
案の定、職質された。
◇◇◇
「お待たせ致しました」
何度見ても信じられない光景だ。俺の部屋に可愛い女の子がいる。
「うん!ありがとう、男君」
両手でコップを持って、カフェオレを飲むつかさを見て、また息子の硬直が始めたのを感じる。
「とっても、美味しいよ!」
「そうか、よかった」
つかさの笑顔で俺も勝手に口元が綻ぶ。
「男くん」
「あ?なに?」
思わず虚を衝かれてしまった。つかさは照れたような笑みを浮かべる
「えへへ、じつは呼んでみただけだったりww」
「なんだよ、それww」
ふと、つかさの笑顔を見ていると、俺は変な疑問を考えてしまう。
つかさは、俺の過去や母親の事を知ったらどう思うんだろう?
両親と姉妹からも愛を注がれて育ってきたつかさと、生んでくれた母親を憎み、父親とはろくに話さなくなった俺。対照的な俺とつかさ。
話せないよなぁ、と吐き気に似た呆けてきた感覚と諦め。
「・・・・・宿題すっか」
「うん。お、男君」
「うん?」
「よろしくお願いします!」
「なんだよ、それww」
「い、意気込み!」
眉をキリっと締めて、ペンを握ったつかさは意気込んだ様子を見せる。可愛いな、本当に。
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__________
意外なことに、ちゃんと教えればつかさは勉強が出来た。頑張って集中しながら続けたら良い所まで行けると思う。
数学を終えたつかさは、「終わったー!」と嬉しそうに両手を上げる。俺は記入漏れが無いかノートを確認する。
「お疲れさん、つかさ」
「うん」とつかさはテーブルに突っ伏しながら嬉しそうに笑う。
「どうする?ゲームでもするか?」
「わ、私ゲーム下手だから違う事がいいな」
申し訳なさそうにつかさは言う。
「あ・・・あのね」
「ん?」
つかさは顔を僅かに赤らめ、両手の指先を合わせる。上目遣いで俺を見るつかさに思わずマーラ様も反応してしまう。
「あのね、男君とお話したいな」
神様、この子は天使ですか?
「あ?ああ、いいぜ。その前にお菓子でも持ってくるわ」
「うん!」
◇◇◇
「それでね、私が外国人の人に道を聞かれて困ってた所にこなちゃんが来てくれたんだよー」
「いや、それ泉ダメじゃね?だって、二人でいきなり逃げちゃダメだろww」
机の真ん中にポテチとポッキーを広げ、俺たちはグダグダとクッチャベってつかさの笑顔を見るために面白かった話題を振る。
「ふふwwwwそれ本当?」
「ああwwマジだぞwwwwww」
笑いが静まって、俺は何故かそれを聞いてしまった。多分そんな事は桜の花びらが落ちるスピードぐらいどうでもいい事なのだろうが、俺は聞かずにはいられなかった。
「なぁ、つかさ」
「うん?なに?」
「本当に、俺で良かったのか?」
「えっ?」
多分この質問は最低の質問だろう。自分でもそう思う。
「いや、あのさ俺なんかといて・・・その、つかさは楽しいのかな?と思って」
「そんな事無いよ!男君と一緒だとすっごく楽しいよ?」
「そうか・・・・・ならいいんだ。ゴメン、いや気にしないでくれ」
そんなことを言っても、つかさはまだ心配している様で俺の顔を覗き込んできた。
そりゃ、心配するよな。
「あ、あのね」
つかさはいきなり話始める。
「私の自己紹介の時にね、男君と目が合ったよね?」
俺は首だけでそれを肯定する。
「あ、あの時からね、男君の事ちょっと気になっててね、それでね話してみたら面白かったし、
そ、それに、この間のデ、デートも、えっとえっとね、その、嬉しかったし、だから今はとっても楽しいよ?」
必死に取り繕うつかさを見て、物凄い罪悪感が湧き上がってきた。
「いや、そこまで言わなくても・・・、たださ、その初めてばっかだからさ、
俺緊張しっぱなしでさ、つかさの方に気を配れてなかったから、そのー、心配で、な?」
「わ、私も、男君が始めてだから・・・その、えっとね、男君も気にしなくてもいいよ///」
「そ、そうなのか?」
「う、うん」
これまた意外だ。
というかあの柊にも高良さんにも異性との関わりが無いのが不思議だ。
「だ、だからね」
「え?」
「この前、手を繋いだのも、その、男君が初めてなんだよ?すっごくドキドキしてたの」
恥かしそうに照れ笑いをするつかさにちょっと勃ってしまった。
「男君が、好きだって言ってくれて嬉しかったの、ねえ男君あのね?」
「男君の手って、すっごく大きくて、ちょっぴり暖かいの」
そう言ってつかさはコップの取っ手を握っていた俺の手を握る。
落としていた視線をつかさに合わせる。
それから見つめ合う。
何秒かして、つかさはとても穏やかな笑みを浮かべる。
今までの後悔を忘れてしまうぐらいの可憐さを見た俺は思わず息を呑んだ。
こういう時、どういう事を言えばいいのだろうか?
つかさは僅かに前のめりになり、目を閉じる。
きっと俺はこれで解き放たれる。
つかさとの距離も一気に近づく。
俺は、つかさの手を握り返し、近づく。
唇を近づける。触れるか、どうかの寸前、俺は頭の中を真っ白にした。
そうでもしないとつかさの顔を見れなかったから。
目を閉じて、触れる。
少し、湿った感触。つかさの全ては柔らかいのだと思った。
思っていた通り、それは俺を全てから蹴り飛ばす。
初めて「愛」に触れた音がした。
それから俺のリアクターの本当の躍動を始めた音が響き始める。
離れると開いたつかさの目と合った。
くすぐったそうに笑うつかさは本当に可愛かった。
最終更新:2009年05月25日 13:32