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揺れる電車に俺とつかさだけが乗っていた。
嬉しそうにバスケットを膝に抱えたつかさに胸をときめかせる俺。
楽しそうだな、つかさ。

夏休みもあと五日と言うだけに平日の十時ごろの電車にはあまり人は乗っていなかった。
というより、この線自体がかなり過疎なのだ。
「頑張って早起きして作ったんだよ!」
「おお!マジか!?期待していいよな!」
うん、とつかさは嬉しそうに笑う。
先日の約束通り、俺はつかさと一緒に海に行くことにした。
今朝早くに待ち合わせをしたから不安だったけど、つかさは自分が思ってるより朝に強いみたいだ。
しかも弁当まで作ってきてくれている。
適当にその辺のファミレスで済ませようと財布にいつもよりゆとりを持たせてきたけど、それも徒労に終わったみたいだ。
「でも今時の海に行ってもなぁ、俺泳げないし・・・・・」
「ううん、泳ぎに行くんじゃなくて、男君と二人で遠くに行きたいなぁって思って」
つかさは握っていた俺の手に舐めるみたいに指を優しく絡ませる。
最近、何かとつかさは積極的だ。
腕を絡ませたり、いきなり抱きついたり。
一昨日だって、家に送ってやると最後にはキスまでした。
この前まで手を繋ぐのだってドキドキしていたのに。
ホント、慣れって怖い。
「あ、海だよ!男君!」
キラキラした目でつかさは窓の向こうに広がる海を見る。
「海なんか久しぶりだな」
「え?」
「いや、もうかれこれ十年行ってないな」
俺はつかさと海を見ながら、昨晩の柊からの電話を思い出していた。


◇◇◇
昨晩の話だ。つかさとのいつもの電話を終え、風呂から上がった時に柊から携帯に掛かってきた。
「おぅ、柊か」
『おぃっす、ちょっといい?』
少し引き気味の柊の声の調子が少し気になった。
「別に構わんよ、でも明日はつかさと出掛けるから早めに頼むぜ」
『うん。あの・・・、話ってのはね、その、つかさについてなんだけど・・・・・』
柊は言い辛そうにさらに声の調子を落とす。
『お、男?』
「ん?いや聞いてるぜ。つかさの事だろ?続けてくれ」
スピーカーの向こうで深く息を吸う音が聞こえた。
『今月に入って、男がつかさとどれだけ外出したか覚えてる?』
落ち着いて様子で、柊はそう言ってふぅ、と息を吐いた。
「え?うーん?言われてみたら結構外出してるな」
『うん、だろうね。その内男が誘ったのって何回くらい?覚えてないなら別にいいけど・・・・・』
思い出してみる。水族館に遊びに行った時、バイト上がりの土曜日、宿題に誘った時と、・・・・・多分五、六回くらいか?
「五、六回くらいかな?でもどうして?」
『うん。実はね、この前からつかさが独りで出掛けるのが多いからさ、ちょっとお父さんが心配しちゃってね・・・・・』
大袈裟だけどね、と柊は付け足す。
柊の話によると、つかさは俺と付き合っている事を柊にしか打ち明けていないらしい。
だから柊を残して一人出掛けるつかさを家族が心配し始めたらしい。まぁ、普通そうだよな。今まで出掛けるのにも姉の柊が同伴が当然みたいになっていたのに、今月に入って一人で出掛けるのが急増するなんてそりゃ心配するよな。つかさなら尚更だ。
「そっか、分かった。つかさには迷惑掛けたくないからな、自重するようにはするよ。それよか・・・」
『ん?』
「なんで俺が誘った回数なんか聞いたんだ?」
『いや、男がつかさを連れ回してたらその口に拳を捻じ込んでやろうかと思ってね』
「どこのブライアン・ホー○だよ」
それから少し談笑を挿み、三十分ほど経ってから互いに寝ることにした。


◇◇◇
「ん、おやすみ」
私は携帯の電源ボタンを押して、通話を切る。
携帯を充電用のコンセントに繋いでベットに放ると、私は勉強机に座り、頬杖をついて溜息を一つ。
「五、六回か・・・・・」
私は最近、つかさと外出をしなくなった。
今まで引っ張って来たからか、頼りにされてきたからか、少し男に嫉妬してる。
でも、つかさの嬉しそうな顔を見てると、まぁ仕方ないかと思える。
出掛けるときのつかさを見てると、ああ、つかさは本当に男が好きなんだろうなぁ、と思う。

私のおせっかいの始まりは、お父さんのちょっとした小言だった。
「つかさは最近どこに行ってるんだ?」 
つかさは少し抜けているから、家族から心配されている。
勿論、皆『愛情』って名前の心配だ。
つかさはどこか抜けているけど、それでも嘘はつかないし、姉の私が言うのも何だけど、とっても良い子だ。
でも最近、つかさは何だか様子がおかしい。
暇があれば男に電話するか、どこかに出掛ける。まぁ、多分男の所だろう。
「どうしたもんか・・・・・」
つかさは男に夢中になってる。
このままにしておくべきか、それとも何か一言掛けてやるべきか、私はそんな出過ぎた事を考えながら、ベットに横になった。


◇◇◇
ホームに降りると潮の香りがした。
「つかさ」
「ん?」
キョトンとするつかさに俺は感嘆を洩らす。
「海だ」
俺はつかさと手を繋いで、海に向かって歩き始めた。
十年前も、親父とこうやって手を繋いで行ったっけな。
あれはあの糞ババァが田舎に帰省した時に珍しく休暇を取っていた親父にせっついて連れって行って貰ったんだっけ。
でも、海に着いたときはもう陽も落ち始めていたんだよな。
親父は俺にソフトクリームを渡して、一緒に夕日の海を眺めたのを覚えてる。
今思えば、あれが親父の唯一取った有給なんだよな。
ゴメンな、親父。
「ねえ、男君」
「どうした?」
つかさはもじもじしながら何かを待っている。
「どうした?」
「あ、あのね、手繋いでもいい?」
別にそんな事聞かなくてもいいのに。
俺は、笑顔を左手を差し出す。つかさは嬉しそうにはにかんでから、俺と手を繋いだ。
「こんなつまらない事聞かなくても、いつでも繋いでいいんだぞ?」
「だって暑くって、男君嫌がったら嫌だし・・・・・」
困ったような顔でつかさは言う。
「嫌がるかよ」
畜生、可愛い。
俺はだらしなく緩んでしまった表情を隠すために、少し遠くに見える海に視線を逃がした。


◇◇◇
男君が、隣にいる。
そんな事が当たり前になってきている夏休み。
そんな事が嬉しくて、私はついつい嬉しくなってしまう。
初めてキスした時も、一昨日の帰りにしてくれたキスも私にとっては宝物。
それは何度しても同じ事。
だって、男君だから。
私の大好きな男君だから。
ずっと隣にいたいし、隣にいて欲しい。
だから今年の夏休みが終わってしまうのがちょっぴり寂しい。
でも大丈夫。男君は優しいから、学校が始まってもずっと一緒にいてくれる。
きっとそうだ。そうだよね?男君?

◇◇◇
海に着いて、俺たちはすぐにシートを広げ、パラソルを開いた。
八月の下旬、少し風が涼しくなっている気がする。
「ちょっと早いけど食っちまおうか?」
つかさは抱えていたバスケットを開き、中身を広げる。
「ちょっと頑張り過ぎじゃないか?」
「えへへ、ちょっと張り切ったから・・・」
広げられた料理はどれも丁寧に作りこまれていて、何だかここまで用意されていたのにファミレスで済ませようなどと考えていた自分が恥かしくなってきた。
「いたがきまーす」
しょうも無い事を言って手近にあったサンドイッチに手を付けた。
一かじりするとつかさがこっちを見ているのに気付いた。
「大丈夫、美味いよ」
つかさの顔が明るくなる。
「よかった、ずっと心配でドキドキしてたの」
つかさはえへへ、とくすぐったそうに笑う。
しかしこのサンドイッチはどこぞのゲームの『みそおでん』より美味いな。うん。



◇◇◇
熱さも三時を過ぎると優しくなった。
涼しい風が目立つ。
陽は傾き、携帯の表示されているデジタル時計は四時半を表示していた。
「ね、男君」
「ん?」
つかさは相変わらず可愛い笑顔で俺に聞く。
「海ってなんでしょっぱいんだろう?」
「どっかにある岩の塩分が溶け出してるとかなんとか、まぁ多分他にも原因はあるんだろうけど・・・」
「岩の、塩分?あ、岩塩のことかな?」
つかさは違うかなぁと一人で思考の迷路にはまって行く。
「あ、でも三十億年前と味は変わってないらしいし、そんなに心配することでも」
「三十億かぁ、すごいなぁ」
「ああ、俺たちの夏休みもあと少しなのになぁ」
「夏休み・・・・・、男君」
「ん?」
「明日も・・・・・遊ぼう?」
つかさは俺の目を見て言う。
流石に柊に言った手前、ここは断っとかないとな。
確かに今月はつかさと出かけまくったから。
「悪い、明日は白石と約束がある」
「え?」
つかさは間の抜けた様な声を出す。
「じ、じゃあ明後日は?あ、別に私は、えと、その、男君の友達と一緒でもいいよ?だから遊ぼうよ」
つかさは必死に言葉を繋いでいく。
「つかさと一緒だったら白石に悪いだろ?」
「で、でも・・・」
つかさは慌てながら言葉を必死に探していた。
「うーん、じゃあ始業式終わったら家で映画でも見よう」
中々食い下がらないつかさに俺は少し驚いていた。
ここまでするか?普通?
「最近つかさと遊びっぱなしだったからさ、そろそろクラスメート遊んどかないとさ。学校始まったらハブられちゃうし、な?」
「うーん」
まだ食い下がるか。
「それにつかさも泉たちとあんま遊んでないんじゃないか?」
そこまで言って、渋々といった感じでつかさはやっと頷いた。
「で、でも絶対始業式の後は遊ぼうね?」
「ああ、約束する」
俺がそう言うとつかさが小指を立てた。
「指きり」
何と言うか、この発想は本当に高校生なんだろうか?


◇◇◇
男君との夏休みがもう終わっちゃう。
男君は明日友達と遊んで、明後日も友達と遊んで、それからはずっとアルバイトで夜中まで働くらしい。
『最近つかさと遊びっぱなしだったからさ、そろそろクラスメート遊んどかないとさ。学校始まったら話しづらいし、な?』
私は男君の友達に腹を立てている。
私は男君のアルバイトに腹を立てている。
私がずっと傍にいるのに。男君だってずっと私の傍にいたいに決まってる。
なのに、皆が男君を取ってしまう。
どうすればいいんだろう?
どうすればいいんだろう?
どうすればいいんだろう・・・・・?
そんな事が頭の中をいっぱいにして片付けようとしていた手が止まってしまう。
「つかさ、行こう」
片付けをほぼ一人終えた男君が私の手のひらを包んでくれる。
そうしてもらうとなんだか心がポカポカしてきた。
不思議とさっきの暗い気持ちはどこかに消えていて、私は男君と繋いだ手を見た。
おっきくって安心する。
……ずっと一緒にいようね。
そんなことを願いながら、私は繋いだ手のひらに力を込めた。

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最終更新:2009年05月25日 17:42