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 あの日、二人で樹に登って一緒に見た青空はとても澄んでいた。
できたら…また男さんと並んで見られたらいいなって思った。

「そっか」

だけど、もしかしたらそれは叶わないのかもしれない。

「お姉ちゃん、男さんのこと…」

 雨がぽつぽつと降り出して、それはすぐに本降りになり私達の制服を濡らす。
雷鳴が轟き、その強い光が暗い世界に立つ私たちを一瞬だけ照らした。
でもそんなこと今は気にならない。気にするような状況じゃない。

「――二人とも、とっても楽しそうで、幸せそうで」

ナイフを持ったままうつむき、お姉ちゃんは呟く。

「なんで私だけがこんな悲しい思いをしてるんだろうって思った」

 いつからだったのだろう。
もしかすると…私と男さんが出会った頃には、すでに好きだったのかも知れない。

「辛くて、夜も眠れなくなって、やがて…」

 声が聞こえるようになった。
好きな人を手に入れろと。そのためには手段も選ばない強い意志も必要だと。

「これで…これで…」

 ここで私を刺して、私がこの世界からいなくなれば。
男さんは自分を見てくれるようになるんだと。

「やっと、手に入るんだよ」

 ヒュッと空を斬る音。
私の制服の左袖がわずかに切れる。狂ったように振るわれるサバイバルナイフが
頬に、腕に、わずかな傷を残していく。

「――」

私は…動けない。

ううん、違う。動けないんじゃなくて動かないだけ。

「ふ、ふふふ…怖いのかな」

 聞いたことのないような狂気のこもった笑い。
それほどまでにこなたお姉ちゃんは…男さんを好きだったのだろう。ここまで、おかしくなってしまうほどに。

「怖いよねえ。これから死んじゃうんだから」

 まだ本気で殺しにはかかっていない。その気ならとっくに終わっている。
私に思う存分恐怖を味あわせてからなんていうつもりなのか。

「…そうだね、怖いよ。だけど」

 私がお姉ちゃんに敵う道理はない。
元々の身体能力が高い上に一時期とはいえ武術を習っていた人なのだから。
対して私はお姉ちゃんのような身体能力がない上に病気持ち。こんな状況では勝機なんかない。

「私は退かないよ」

そう…身体的な意味では。

「…っ!?」
「男さんが真剣に私のことを想ってくれる。私も真剣に男さんのことが好きだから」

だから決して退かない。逆に前へ一歩踏み出す。

「だから、絶対退かない」
「――!!」

そして目の前の人は…私とは反対に一歩後ずさる。

「お姉ちゃんが私を殺したら」

 こみあげてくる恐怖を精一杯の勇気で。
男さんからもらった、たくさんの想いから生まれた勇気で消し飛ばす。

「男さんはきっと今以上にお姉ちゃんを見てくれなくなるよ」

 ――逃げない。絶対逃げないから。
まっすぐに目の前の家族を。狂ってしまっても大切な家族に変わりないこの人をまっすぐに見つめる。

「…あああああああっ!」

 ぎりっと歯軋りをすると、お姉ちゃんはナイフを振り上げて私に襲い掛かる。
いつか夢に見た銀色の刃と赤い光景が脳裏に浮かぶ。
ああ、もしかしてこのことだったのかも知れないなあ…と、何故か冷静に考えていた。

「――え…」

掴まれた腕。驚愕と恐怖に満ちたお姉ちゃんの顔が、その腕を掴んだ人の顔を見上げる。

――――――――――

 この子はいつの間にこんなに強くなったんだろう。
好きな人ができるとこうも強くなるんだろうか。最初の頃はおどおどしてた印象があった
あの子が…凶器を振るう相手を前にして震えてもいないなんて。

「だから、絶対退かない」

ただ、うらやましかった。男の想いを独り占めできるのがうらやましくて仕方がなかった。

「お姉ちゃんが私を殺したら」

 でも…この子はそれだけじゃなかった。
勇気までも、男から受け取っている。恐怖と狂気に立ち向かう勇気を。

「男さんはきっと今以上にお姉ちゃんを見てくれなくなるよ」

 嘘だ。嘘だ。
だって言ったじゃないか。この子さえ消せば男は私のものになるんだって。
もう一人の私が、もう一人の――

「――なにやってんだ、お前は!」

 サバイバルナイフを振り上げた私の腕を掴んで止めに入ったのは…男。
その後ろには、みなみ…ちゃん。


「間に合いましたね」
「み、みなみちゃん!」

まさか男を連れてくるなんて。

「説明しろ、こなた」
「あ…え……」

 声が出ない。身体が動かない。
来ないはずの人が、いてはいけないはずの人がここにいるから。

「なんて目をしてんだよ」
「…どいて、よ」
「ああ?」

顔を上げ、腕を振り解いて男をにらみつける。

「どいてよ。邪魔しないで」
「どいたらゆたかを殺すのか。なら絶対どかない」
「う…っ」

 まっすぐな、あまりにもまっすぐな瞳。
あの子のような…恐怖なんか微塵も感じてないような、勇気を秘めた瞳。
私はそれを正面から見ることが出来ない。

「おかしいのはわかってた。でも、まさかゆたかを刺そうとするなんてな」
「……」

「理由は何だ」
「お姉ちゃんは…男さんのこと…」

 い…言わないで…そんなこと、ここで言わないでよ――

「そうか」
「うう……」
「なら、殺せよ。俺を」

 一度は振り解いた腕を掴むと、今度は自分自身の喉下に向けた。
切っ先がわずかに触れ、そこからツツー…と細い血の筋が走る。

「な、何を…」
「ここで俺の首をかっさばいてお持ち帰りすれば万事解決だ」
「お、男さんっ!」
「お前だけのモノだぞ。ゆたかを死なせる必要なんかない」

 愛する者の生首を抱きしめる女。 
どっかで見たなそんなの、と言って苦笑いしてみせる男。

「…そんな度胸ねえんだろ?」
「え」
「あればゆたかはもうこの世にいない。間に合ってない」
「そ……そんなこと」

思考が働かない。

「やれるってんなら今この場でやれ。ただし、ゆたかとみなみちゃんには手を出すな」
「う…ああ…」

――なんで…

「やってみろ、こなたああああああああ!!」

――なんで私は、こんなことをしてるんだろう。


「うああああああああああああああああああああ!!」


 今までで一番大きな雷鳴が轟く。
叫びを上げながら私はサバイバルナイフを振り上げ、一気に振り下ろした。

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最終更新:2009年08月25日 20:30