それは、今よりもずっと、昔のお話。
「先生」
「ん? 何か分からないところがあったか?」
とある伝手で受ける事になった家庭教師の仕事の途中。
教え子の少女が、握っていたシャープペンをパタリと倒した。
今まで淀みなく進んでいた問題を解く手が止まったということは、何かの壁に突き当たったのだろうか。
「英語を学ぶ意味が、わかりません」
「あ゛ー……」
少し捻くれた子どもなら誰もが考えること、京太郎にも覚えがある。
その疑問を家庭教師の自分にぶつけられても困るのだが、仮にも先生という立場なのだから、答えてあげる必要がある。
「まぁ、確かに今の段階じゃそうかもしれないけどさ。ある程度喋れるってだけで大分便利だぜ?」
「……例えば?」
「旅行に行った時もそうだし、仕事の幅も広がる。俺も将来、使うことになるから勉強中だし」
「先生が海外に……仕事ですか?」
「おう。プロになったら必要な場面は増えるしな」
「……」
京太郎の言葉を受けた少女は、シャープペンの先に付いた消しゴムを顎に当てて考え込む。
納得してくれただろうか。
まぁ、納得できなかったとしても、問題は進めてもらわなければならないのだが。
「……先生、例文のここなんだけど」
「お、ハイハイ。そこは関係代名詞が――」
それから室内に、シャープペンの進む音が響く。
外では蝉が鳴き始める季節だが、今の二人には無縁なことだった。
京太郎も忘れていた昔のお話。
覚えている人がいるとすれば、それは――
――次は白糸台、白糸台――
「……はっ」
電車内のアナウンスで目が覚める。
危うく通勤中に寝過ごすところだった。
もう大人なのだから、流石にこんな理由での遅刻は許されない。
「……にしても」
本当に、懐かしい夢を見た。今まで忘れていた昔の記憶。
教師という立場のせいだろうか。
あの子は、元気にやっているのかな。
◆
「グッモーニン、きちくティーチャー!」
開口一番、登校するなりそんな言葉を浴びせてきた教え子に、京太郎は額を押さえた。
「……なーにが鬼畜だ、なにが」
「私を散々にイジめたクセに」
「……」
まぁ、確かに。
天狗気味で、相手を侮るフシのあった彼女の鼻を折る意味で色々やったけど。
こんな誤解を招くような言われ方をする覚えは無い。
「……大星、一つ訂正させてく」
「まー、それはそうとして、今日という今日は――」
京太郎の言葉を遮って、淡が放った言葉は――
淡直下判定
1~30 ギャフンと言わせてやるっ
31~60 100倍にして返すっ
61~98 デートに付き合ってもらうんだからっ
ゾロ目 ???
>>ギャフンと言わせてやるっ
「ギャフンと言わせてやるっ」
目力を込めて京太郎を見詰める淡。
リベンジに燃える瞳からは強い意思が伝わってくる。
「ほー、それは楽しみなことで」
「ふっふっふ、もう作戦だって考えてるんだからね」
「なんと」
以前の彼女なら考えられなかった言葉に驚く。
ミーティング等で相手の情報を研究しても、それらを無視して真っ正面から支配して勝つのが彼女の麻雀だったのだが。
「……ま、それじゃ後でたっぷりと拝ませて貰うわ」
「別に今でもいいよ?」
「お前は授業があるし、俺は仕事があるだろ? それじゃな」
と、淡に背を向けて職員室へと歩き出す――が。
「……」
「? 入んないの?」
何故か、職員室の入口までピッタリと、淡が後を付けて来た。
「……お前、何でいんの?」
「まずは敵をよく見て知ることって、菫先輩が言ってたから」
「……」
「じーっ」
左に一歩ズレてみる。
淡の視線が追いかけて来る。
「じーっ」
右に一歩ズレてみる。
淡の視線が追いかけて来る。
「じーっ」
グルりと、淡の周りを回ってみる。
淡の視線が追いかけて来て――
「ふぁ……」
目を回す。
「うしっ」
ガッツポーズを取り、この隙に職員室へと入る。
これが作戦というものだよ淡――と、京太郎は意味もなくしたり顔を晒した。
だが、そうは問屋が卸さない。
直ぐに再起動した淡が職員室に飛び込んで来る。
「甘いよ先生! この前とは違うんだからね!」
面倒くさい。
京太郎は、思わず溜息を吐きたくなった。
「あのなぁ……ん?」
追い返す為の方便を言う前に、淡の背後から白い腕が伸びて。
「どったのせんせー?……っ!?」
そのまま万力の如き力で、淡の両頬を引き千切らんばかりの勢いで引っ張り出した。
「いっひゃあぁあっ!?」
「淡――」
淡の背後から現れた、彼女の第一声は――
テルー判定直下
1~30 頭は冷えた?
31~60 先生が困ってるから
61~98 京ちゃ――コホン、先生が困ってるでしょ?
ゾロ目 ???
>>頭は冷えた?
「頭は冷えた?」
「うう……いっひぁ……」
涙目で頬を摩る淡にも、照は容赦がない。
微かな怒気を瞳に宿して睨み付けている。
その様子が、『彼女』を想起させて――
(……いや、ねえよ)
即座に浮かんで来たイメージを掻き消す。
彼女と照では性格も容姿も、何もかもが違い過ぎる。
「ふう、先生……これ、さっきすれ違った先生が渡して下さいと」
溜息を吐いた照が鞄からプリントを取り出し、京太郎に差し出す。
「ああ、ありがとな、宮永」
照からプリントを受け取り、内容を確認するとファイルに仕舞う。
その様子を見届けると、照は涙目の首根っこを掴んで職員室を後にした。
「それでは、また部活で」
「お、覚えてろー!!」
「……もう少し、頭冷やそうか」
「ひっ!?」
京太郎は、苦笑しながら手を振って二人を見送った。
◆
白糸台は麻雀の強豪校であると同時に進学校だ。
例え部活で活躍していたとしても、それなりに高い学力も必要となる。
そして京太郎も、その事で生徒からの相談を受けることがよくあるのだが。
「なぁ、ちゃんとした先生に聞いた方がいいんじゃないか?」
英語のテキストを抱えて、職員室の自分を訪れて来た照。
家庭教師の経験もあり、教えられない事はないが、所詮自分は非常勤。
分かりやすさで言えば本職には遠く及ばないだろう。
「……」
それに対する、照の返事は――
照判定直下
1~30 先生がお休みだったので
31~60 私には、須賀先生の方が分かりやすいので
61~98 先生の方が、好きなので
ゾロ目 ???
>>先生の方が、好きなので
「先生の方が、好きなので」
臆面もなく真っ向から瞳を見詰められ、言葉を失う。
つい、いつもより速いペースで瞬きを繰り返すが、目の前の照が目線を逸らす事はない。
京太郎は一つ咳払いをして冷静になると、引き出しからペンとルーズリーフを取り出す。
「よし、わかった……それで、どこがわからないんだ?」
その言葉の通りに受け取っては恥をかく。
英語の教師の教え方よりは、自分の教え方の方が照には合っているということなのだろう。
一人で納得すると、京太郎は照にテキストを開くように促した。
「ここなんですけど……」
「ふむふむ……」
京太郎の言葉を聞き漏らさないようにしながらも、照の目線が京太郎から外れることはなかった。
◆
京太郎に礼を言って職員室から出た照の足の歩みは速い。
らしくもなく、胸の鼓動が高鳴る。
教えてもらう最中に触れ合った手の温かさが忘れられない。
「京ちゃん」
小さく、呟く。
「京ちゃん」
ただ、それだけで。
「京ちゃん」
ほんのちょっぴり、幸せな気持ちになれた。
◆
「じーっ……」
「ふむ……」
放課後。
部活も終わり、廊下を歩いていたら視線を感じたので、立ち止まって振り向く。
「ささっ」
角にチラリと金色の影が見えたが、それ以外は何もない。
「気のせいか……」
一人頷いて、再び歩き出す。
「じーっ……」
「ふむ……」
すると、またもや似たような視線を感じたので、立ち止まって振り向く。
「ささっ」
近くの教室に飛び込む金色の影が見えたが、それ以外は何もない。
「気のせいか」
「ささっ」
一人頷いて、再び歩き出す――ように見せかけて思いっ切り振り向く。
「大星ィっ!」
「あ!」
淡判定直下
1~30 ずっこい!
31~60 く、流石だね!
61~98 すごい、先生には全部お見通しなんだ……!
ゾロ目 ???
>>ずっこい!
「ずっこい!」
「そりゃお前、バレバレだし」
本人は完璧な尾行のつもりだったのかもしれないが、アレで気が付かないのは相当だ。
「早く帰れよー? もうすぐ日も暮れるし」
「うー……先生の強さの秘密を解き明かすまでは……」
少なくとも、あんなバレバレの尾行で渡せる情報は何もない。
が、それを口で説明してこの場は帰らせても、淡は同じことを繰り返すだろう。
となると、京太郎の取る手は一つ。
「えーっと……宮永の携帯の番号は」
「さよなら先生また明日!」
荒療治である。
◆
「悪いな、宮永」
「いえ、好きでやってますから」
各校の情報を集めた資料の束を抱えて廊下を歩く京太郎と照。
かなりの量ではあるが、成人男性からすれば持ち切れない量ではない。
だと言うのに、照は『一緒に分けて運ぶ』と言って聞かなかった。
『先輩に、そんなことをやらせるわけには行きませんし……。それに、私が好きでやることですから』
その行動が、やっぱり『彼女』を思い出させて。
似ても似つかないのに、隣の照と記憶の中の彼女を比べてしまう。
「……」
照判定直下
1~30 ……。
31~60 先生、大丈夫ですか?
61~98 これからも、よろしくお願いします
ゾロ目 ???
「……」
隣を歩く京太郎が何を考えているのか、そこまでは分からないが。
遠くを見るその瞳に、自分が写っていないことは確かだ。
「……」
――気に入らない。
自分と京太郎は、生徒と先生だから。
――気に入らない。
いつまでも一緒にいることはできないのに。
――気に入らない。
その人は、側にいないにも関わらず。
――気に入らない。
ずっと、京太郎の心の中にいる。
――気に入らない。
「先生」
「あ、ん?」
自分に出来ることは、精々。
「これからも、よろしくお願いしますね。ずっと」
「あ、あぁ……」
こうして、京太郎の気持ちを引き寄せることだけなのに。
いくら麻雀が強くても、京太郎は振り向いてくれない。
それが何よりも、歯痒かった。
――本当、に?
◆
「ずっこい!」
ベッドの上で淡は部活での風景を思い出し、ジタバタと手足を暴れさせる。
どう見ても京太郎はヘーボンな男だ。それなのに、あんなに麻雀が強いなんて。
ずるい。それしか言えない。
「ホントずっこい!」
尊敬する先輩も、最近は京太郎にベッタリだ。
ずるい。尊敬する先輩まで独占している。
ずるい。一緒にいるのが羨ましい。
ずるい。私は頑張っても先生の側にいれないのに――
「……あれ?」
……私は、誰の文句を言ってたんだっけ?
◆
自分が憧れたプロとの、二人っきりでの牌譜整理。
いや、正確には元プロだが――そんな些細なことは、菫にはどうでも良かった。
幼い頃にビデオで見て憧れた雀士が隣にいる。
その事実が重要であり、嬉しいのだ。
「弘世、何か良いことでもあったのか?」
「え?」
「珍しいと思って。鼻歌とかさ」
SSS判定直下
1~30 あ、いえ!? すいません!
31~60 ええ、とても。良いことが
61~98 今が正に、そうなんです
ゾロ目 ???
>>ええ、とても。良いことが
「ええ、とても。良いことが」
「ほお」
恐らくは無意識で口遊んでいたのだろう。
京太郎に指摘されるまで気が付かなかったが、悪い気はしない。
他の部員に見られていたら恥ずかしいけれど、ここにいるのは菫と京太郎の二人だけなのだから。
「~♪」
「相変わらず良い声してるなぁ……」
強豪校、王者白糸台。
その部長と指導者がいる部屋は、とても和やかで。
世間一般で持たれているイメージとは真逆のものだった。
◆
「……おい」
「えへっ」
朝、京太郎が職員室の自分の机に座ろうとしたら。
机の下のスペースで体育座りをしている淡と、目が合った。
「私、考えたんだ!」
「……なにを?」
「先生ってば、私のストーキング術を尽く見破ってくるから――こうして待ち構えてればいいんだって!」
「……」
無言で額を抑える。
「ふっふっふ、どーだ参ったか!」
「……ああそうだな、参ったよ」
「ふふん!」
「だから、ちょっと違うところで仕事してくるわ」
「へ?」
机の上から必要な物を整理して鞄に入れる。
そのまま部室の鍵を取ると、職員室を後にした。
「へ? え?」
ポツンと一人、机の下に残された淡は――
淡判定直下
1~30 あ! 待てー!
31~60 ……ほーちプレイってやつ?
61~98 あ、そうなんだ
ゾロ目 ???
>>あ、そうなんだ
「あ、そうなんだ」
「私が、こんなに先生のこと見てるのに」
「先生は、私のこと、見ないんだ」
「……ま、いいか」
「それなら、先生が私のこと見てくれるまで」
「ずーっと、追い続けてやるんだから」
「見てくれるまで」
「ずーっと、ずっと」
「テルーにもジャマさせない」
「せんせーの側は、私のテリトリーだもん」
「……あはっ♪」
「なんだか、楽しくなってきたかも」
「待っててね、せんせー」
「今、行くから」
◆
「待てー!」
京太郎の後を追って部室に飛び込んで来た淡が目にしたものは、PCを立ち上げてネット麻雀の準備をする京太郎の姿だった。
「おう、来たか。思ったよりちょっと遅かったな」
「へ?」
思わぬ言葉に淡の目が点になる。
「強さの秘密、知りたいんだろ? 座れよ」
「う、うん……」
促されるままにPCの前の椅子に座る。背後の京太郎が手を伸ばし、マウスの操作をする。
何となく、胸がドキドキする。
「……つってもまぁ、今はそんな大それたことはしないんだけどな。流石にこの時間帯だと人いないし」
「えっと……」
「指導だよ。部活でも満足できないってなら、放課後の空いた時間にでも、家に帰った後にでも、このサイトで相手してやるから」
「……」
「まぁ、やる気がないのなら別に――」
「やる! 絶対やる!」
「ん。じゃあ朝のHRまで時間あるし、ちょっとだけやるぞー」
◆
心地良い時間だ。ネット麻雀なんてつまらないって思ってたのに。
先生と二人だとマウスのクリック音ですら気持ち良い。
画面の中の状況は理想とは程遠いけれど、心の中はとても晴れやかで。
このままずっと、ここにいてもいいかも。
「…… 鍵、空いてる?」
「あ、おはようございます、先生……と、淡」
部室の戸を開けて入って来たのは、チーム虎姫の副将、亦野誠子だった。
京太郎はともかく、淡までいるとは思っていなかったようで、少しだけ驚いた顔をしている。
「おう、おはよう。早いな」
「いやー、ちょっと早く起きすぎちゃって」
「成る程、こっちは朝練中みたいなもんだけど……亦野もやるか?」
「いいんですか? それなら是非とも」
「……」
淡判定直下
1~60 先輩、空気読んでよー
61~98 ざわざわする。
ゾロ目 ???
亦野誠子判定直下
1~30 ありがとうございました!
31~60 いやー、忘れ物して良かったかも
61~98 そういや、淡はなんで?
ゾロ目 ???
>>そういや、淡はなんで?
「ありがとうございました!」
「お疲れ様」
朝練を終えて、部室を出た頃にはHR開始5分前を告げる予鈴がなる時間になっていた。
急なことにも関わらず、指導をつけてくれた京太郎に誠子は頭を下げる。
「……今に見ててよね、先生。直ぐに100回泣かせたげるから!」
「そりゃー、楽しみだな。まずその前に、お前はテストの点数に泣きそうだけど」
「うぐっ」
対局の結果は芳しくなかったが、確かに掴めるものはあった。
自信満々に宣言した淡だが、痛いところを疲れて後退る。
誠子は苦笑して、淡と一緒に部室を後にした。
◆
「……そういえば」
どうして淡は、こんな朝早くから?
疑問を感じた誠子は隣を歩く淡に目を向ける。
コイツがこんな朝早くからいるとは思わなかったのだが――
「先輩」
「ん?」
「私、先生のこと、好きだから」
「……は?」
全く脈絡がなく、予想していなかった言葉に固まる。
そんな誠子に構うことなく、淡はさっさと自分のクラスへと歩いて行った。
「……え? マジ?」
何となく、胸のあたりに何かが引っ掛かったような感覚がした。
◆
「私は、先生のことが好き」
「……な」
授業の内容で分かりにくい箇所があったため、後ろの席に座る照に確認をしようと振り向いたら、開口一番に言われた言葉。
ポカンと間抜けに口が開き、テキストが滑り落ちる。
「……私は、先生のことが――」
「ああいや、分かった。二度と言わなくていい」
慌てて照の口を塞ぎ、周りを確認する菫。
幸いにも、周りには聞こえていないようだった。
「協力して欲しい。私に」
「そうは言ってもだな……」
照の目は本気だ。
LIKEではなくLOVEの方。
相手は教師で、自分たちは学生。
上手く行く筈がないが、放って置いて失敗しても不味い。
「……ああ、分かった。どうにかしようじゃないか」
「ありがとう、菫」
万が一にも、これがきっかけで照が調子を崩すようなことがあれば。
期待をかけてくれる親にも、OBの先輩方にも、監督にも、そして憧れの人にも、顔が合わせられない。
白糸台の部長という立場の重さを思わぬところで感じて、菫は溜息を吐いた。
「……負けないから」
照の呟きも、自分の中に眠る気持ちにも。
まだ、菫は気付かなかった。
◆
「はぁ……」
廊下を歩く菫の足取りは遅い。
気が重いのは、最後の全国に向けて緊張しているから――という訳ではない。
照と淡、チーム虎姫の先鋒と大将。
インターハイでの勝利の為の重要な要。
この二人が、こぞって一人の男性に向けて恋慕の情を向けていること。
そして、その男性が教師――正しくは麻雀の為の特別コーチという立場にあり、恋が叶いそうにないこと。
「どうすればいい……?」
悩んでも答えは出ない。
眉根を寄せたまま、菫は職員室の前を通り掛かり――
「……もう、大丈夫か? 俺がいなくても」
菫判定直下
1~30 ……え?
31~60 ……そんな
61~98 ……どういうことですか、先生
ゾロ目 ???
>>どういうことですか、先生
「……どういうことですか、先生」
京太郎が職員室の戸を開けた瞬間に菫に投げかけられた言葉に、京太郎はバツの悪そうな顔をした。
「あー、聞こえたか?」
「はい……盗み聞きをするつもりはなかったのですが」
「ああ……ちょっと、場所を移そう」
「……転勤、ですか」
「すまない……最後まで面倒をみてやれなくて」
「いえ……それは……どこに、なるんですか。次は」
「それは――」
>>姫松
「姫松高校だ」
「姫松――大阪、ですか」
もしかしたら、転勤先が近くの高校で。
いつでも会いに行けるかもしれない――そんな淡い期待は、直ぐに否定された。
「本当に、すまない」
「いえ……先生のお陰で、私たちは更に強くなりましたから」
姫松高校――全国でもトップクラスの実力校。相手にとって不足はない。
必ず打ち破る。
どちらがこの人の教え子として相応しいのか、見せ付けやる。
「全国で、期待して待っていて下さい。先生に教わったことは無駄にしませんから」
「ああ……楽しみに、してるよ」