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おもち少女13-1 - (2013/10/31 (木) 01:22:59) の1つ前との変更点

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二度目の鹿児島来訪は思ったより楽だった。 そう思うのは今回が飛行機や新幹線と言った交通手段をふんだんに使えたお陰だろう。 以前はほぼ移動だけで一日潰したというのに、霧島駅についた状態でもまだ夕方だ。 流石に季節も季節なので日が高いとは言えないが、それでも以前とは比べ物にならない速さだ。 京太郎「(まぁ…それが俺のお金じゃないってのが心苦しいんだけどさ…)」 勿論、そんな高速移動手段を使いまくった旅が、ただの学生に過ぎない俺に出来るはずがない。 寧ろ、今回の鹿児島来訪はまったく身銭を切っていないのだ。 それがちょっとばかり情けないけれど、しかし、今回ばかりは仕方ないだろう。 何せ、今回の鹿児島来訪は元々、俺が予定していたものではなく、急遽差し込まれたもので… ―― 小蒔「ふぅ…やっぱりちょっと疲れますね」 春「疲れには糖分。糖分なら…黒糖」ポリポリ 京太郎「春は糖分取り過ぎなんだって」 霞「うん…やっぱりこっちの方が暖かいわ」 初美「湿気がある分、寒い時は本当冷え込むんですけどね」 巴「まぁ、冬場だとちょっと雨が多いくらいであんまり気にならないレベルだけど」 懐かしい霧島の地に緊張も緩んだのだろうか。 何処か浮かれた雰囲気を醸し出す五人に俺は笑い小さく笑った。 実際、小蒔にとって、霧島の地を踏むのはもう数カ月ぶりの事になるのだ。 故郷でもあり、実家でもあるこの地に浮かれるのも仕方のない事だろう。 小蒔「でも、春ちゃんってこんなに黒糖食べているのに太らないんですよねー」 春「黒糖は身体にとっても優しい食べ物だから」 京太郎「いや、糖分多いのはあんまり身体に優しくないと思うぞ」 そう会話しながら、俺達は駅前の広場へと降り立った。 そのまま周囲を見渡してみたが、まだ迎えの車は来ていないようである。 話によると迎えの人が車を運転して迎えに来てくれるらしいが、少しばかり到着が早かったからだろう。 まぁ、既に到着時刻は連絡してある訳だし、もうちょっと待てば迎えが来るはずだ。 春「京太郎は…黒糖嫌い?」 京太郎「ん?」 そう思った瞬間、春が俺の顔をじっと見つめる。 微かに首を傾げながらのその表情は、何時もとそれほど大差ない平坦なものだ。 しかし、その瞳は微かに不安を浮かべ、悲しそうな色を浮かべている。 恐らく自他共に認める黒糖フリークの春にとって、黒糖を嫌われるのは辛いものなのだろう。 だが、それは正直、杞憂と言っても良いくらいのものだった。 京太郎「勿論、好きだよ」 いや、より正確に言うならば、より好きになったと言うべきか。 春が差し入れてくれる黒糖は黒糖フリークの彼女が選んだだけあって、どれも美味しいのだ。 お陰でスーパーなんかで売っている普通の黒糖なんかでは満足出来ないようになっているくらいである。 昔から好きだったとは言え、ここ最近ののめり込みっぷりは間違いなく春のお陰だろう。 京太郎「春のお陰で黒糖の美味しさを一杯、知れたからな」 春「…良かった」ニコッ それをそのまま口にする俺の言葉に、春は綻ぶような笑みを浮かべる。 何処か儚げなそれは正直、見ているだけで心臓が跳ねるくらいに綺麗だ。 多分、俺に能力なんかなく、普通に春と出会えていれば、一目で虜になっていたであろうその微笑み。 それに頬が微かに紅潮するのを感じながら、俺はそっと視線を反らした。 京太郎「それより…もうちょい迎えが来るまで時間がありそうだし、皆はベンチにでも座った方が良いぞ」 小蒔「京太郎様はどうするんですか?」 京太郎「俺は適当にジューズでも買ってくる。何が良い?」 半ば話題逸らしにも近いものだったが、実際、今の俺は喉が乾いていた。 春は今回の里帰りの為にそのカバンを一杯にするまで黒糖を持ち込み、俺たちにも沢山、それを分けてくれたのである。 お陰で喉は乾燥しており、纏まった水っ気が欲しかったのだ。 小蒔「では、私はわ~いお茶を…」 霞「ありがとう。じゃあ、私も何かお茶をお願いするわ」 初美「私もお茶ですよー」 巴「あれ?これお茶以外にない雰囲気…?いや、確かにお茶が一番なんだけれど…」 それは決して俺だけじゃなかったんだろう。 おずおずという小蒔を皮切りに三人からリクエストが飛び出した。 一様にお茶を押すそれはきっと俺と同じく春の黒糖で口がパサパサな所為だろう。 彼女自身厚意で薦めてくれているし、実際、美味しいから幾らでも入るのだが、黒糖というのは口の水分をこれでもかと奪っていくのだ。 春「黒糖ジュース…」 京太郎「自販機にはないんじゃないかなぁ…」 春「…しょぼん」 しかし、そんな中で春だけが例外であったらしい。 自身の得意とする黒糖ジュースを求めるものの、そんなものは自販機には置いていない。 それに春がそっと肩を落とし、目を伏せる姿に、急いでスーパーまで走って行ってやりたくなるが、直近のスーパーだと霧島神宮の方が早いのだ。 迎えの人と行き違いになるかもしれないし、そんな事は出来ない。 京太郎「(実際、もうちょっと黒糖系ジュースは増えても良いと思うんだけれどな…)」 折角の名産品なのだから、それを活かさないのは勿体無い。 それに何度か春にも作ってもらったが、アレは中々に美味しい飲み物だ。 勿論、ジュースにするには黒糖は甘すぎるが脇役としてはかなり優秀である。 梅ジュースにしても、シークワーサーにしても、コクのある美味しい味わいを舌にもたらしてくれるのだから。 全国展開するのが難しくても名産地でもある鹿児島くらいは、もうちょっと流通しても良いと思うのだ。 春「…じゃあ、私もお茶で良い」 京太郎「あいよ。じゃあ、皆、同じのにするか」 小蒔「あわわ…せ、責任重大でした…」 そんな事を考えている間に、春は何にするか決めたのだろう。 何時もの平坦な声で紡ぐそれに、俺も同じのにする事を決めた。 勿論、それは何か大きな理由があった訳ではなく、ただなんとなく仲間外れになるのも寂しいと思っただけである。 だが、その発端となった小蒔はその手を小さく震わせながら、慌て始めた。 京太郎「もし、これで不味かったら小蒔の所為だな」 春「後で罰ゲーム…」 小蒔「う…」 勿論、俺も春も本気でそんな事を思っている訳じゃない。 小蒔の選択に乗っかったのは俺達の方であり、小蒔は何も悪い事などしていないのだから。 しかし、それでも根が真面目な彼女はそう言われると色々な事を考えてしまうのだろう。 俺達の冗談にも真剣に向き合うようにして言葉を詰まらせ、その顔を俯きがちにしてしまった。 小蒔「だ、大丈夫です!わ~いお茶は必ず二人の期待に応えてくれますから!」 その顔をぐっと握り拳を作りながらあげる間に一体、どれだけの葛藤と躊躇いがあったのかは俺には分からない。 だが、その目には確固たる意思と決意が溢れ、わ~いお茶に対する信頼が見て取れた。 きっと僅かな間とは言え、強い躊躇いに晒された小蒔はまた一つ成長する事が出来たのだろう。 信頼が滲み出るその姿に、何処か誇らしい気分になりながら、俺は軽く口を開いた。 京太郎「よし。じゃあ、春。美味しくても不味いって言おうぜ」 春「賛成」 小蒔「え、えぇっ!?」 目の前で申し合わせをする俺達に小蒔は驚きの声をあげる。 何処か小動物めいたその姿がまた可愛くて、俺と春は同時に笑みを浮かべた。 思った通りの反応をしてくれる小蒔は、しかし、そんな俺たちの意図には気付かない。 その頬を拗ねるように膨らませながら、じっと俺たちを睨んでくる。 小蒔「ひ、酷いですよそんなの!わ~いお茶に対する冒涜です!!」 けれど、その様さえも可愛らしいのが小蒔の人徳というか、魅力と言うべきか。 勿論、拗ねているのは演技でもなんでもないだろうが、まったく迫力らしいものが伝わってこないのだ。 寧ろ見ているだけでも和んでしまいそうなその姿についつい笑みを浮かべ…そして弄ってやりたくなる。 霞「はいはい。あんまり小蒔ちゃんで遊ばないの」 小蒔「ふぇぇぇ…霞ちゃあぁん…」 霞「よしよし」 そう言って石戸さんに泣きつく小蒔を、彼女は優しい手つきでそっと撫でる。 瞬間、大きなおもち同士がふにょふにょと合わさって何とも言えない素敵な光景が俺の目の前に広がった。 何処か微笑ましく、けれど、淫靡なその光景に、思わず手を差し込んでみたくなるくらいである。 しかし、小蒔のお相手が石戸さんである以上、そんな事した瞬間、フルボッコ確定だ。 春「顔…緩んでる」 京太郎「はっ!そ、そんな事ないですよ!!」 初美「須賀君は本当にスケベなのですよー」 巴「その上、タラシだもんね」ジトー そんな事を考えながらも俺の頬は緩んでいたのだろう。 春の言葉を皮切りに俺にジト目と遠慮の無い言葉を向けられる。 それに弁解するものの、今までが今までなだけに何とも視線が厳しい。 実際、小蒔にあんな事やこんな事をしている以上、二人の言葉は事実である。 春「京太郎ってそういうのもイケるタイプ?」 京太郎「そ、そういうのって?」 春「…ゆりーんとかれずーんとか…?」 京太郎「ぼかそうとしてるみたいだけど全然、ぼかせてないぞそれ」 そっと首を傾げて紡ぐ春の言葉にツッコミを入れながら、俺はそっと思考に耽る。 イケるタイプかイケないタイプかと言えば、俺は恐らく前者なのだろう。 こうして二人の絡み合いを見ている時に頬を緩ませているのだから。 しかし、それはあくまで小蒔の一番が俺だと分かっているからこそのものだ。 これがそういった繋がりがなければ同じように思えるかは正直、その時にならなければ分からない。 京太郎「まぁ、妄想の中だけなら割と。現実には偏見がないとは言えないけど、知り合いなら応援する感じかな」 春「…京太郎のエッチ」 京太郎「うん。まぁ、一応、自覚はある」 勿論、自覚だけでそれを抑えようとまったくしていないのがアレではあるが、まぁ、俺も健全な男子高校生なのだ。 ついこの間まで美少女たちに囲まれながらもそう言った艶めいたものとは無縁だったのだから、それも仕方ない。 性的な娯楽に溢れた現代には色々とそういうものが目に付くし、学んでしまうのである。 春「でも、大丈夫。霞さんは男に免疫ないだけだから」 霞「聞こえてるわよ」 そんな俺にポツリと告げる春の言葉に、小蒔を撫でていた石戸さんが反応した。 こちらにジト目を向けるその姿は相変わらず迫力に溢れ、思わず謝ってしまいたくなる。 しかし、今回ばかりは俺じゃなく、春が対象なのだ。 貴重な情報を提供してくれた事に心の中で感謝しながら、春が犠牲になるのをノンビリと待って… ―― 春「…怖い。助けて、京太郎」 京太郎「ちょ!?前に出すな前に!!」 そう思った瞬間、春が俺の背中に隠れて、グイグイと石戸さんたちの方へと押し込んでいく。 お陰でジワリジワリと迫力ある笑みを浮かべる石戸さんに近づけさせられてしまう。 その度にベンチに座っているだけの石戸さんが異常に大きく見えるのは俺の気のせいだろうか。 まるで玉座に座る魔王か何かと対峙しているかのような緊張感が俺の背筋をゆっくりと伝っていく。 初美「あ、じゃあ、私、須賀君の代わりにお茶買って来るですよー」 巴「私も持つの手伝うわねー」 そんな霞さんの前からそそくさと逃げる二人を薄情という事は言えないだろう。 それほどまでに今の石戸さんは迫力があり、不機嫌なのが伝わってくるのだから。 それに皆が皆、喉が乾いているのだから俺が動けない間に、代わりに自販機へと行ってくれるのは嬉しい。 だが、それはまったく無関係な第三者である俺を見捨てる行為に近く、俺は心の中でだけ二人の事を薄情者と罵った。 霞「須賀君。何かあるかしら?」 京太郎「え、えっと…」 そうこうしている内に俺は石戸さんの前まで押し出されてしまっていた。 そんな俺に対して、良い石戸さんはニッコリと笑みを浮かべるけれど、それすらも今の俺には恐ろしい。 まるで目の前で捕食者が手ぐすね引いて待っているような感覚に、足がすくみそうになる。 だが、ここで立ち竦んでいたら余計に石戸さんの機嫌が悪くなるのは必至だ。 それを思えばここで無言でいる訳にもいかず、俺は必死になって脳内を探索する。 京太郎「…め、免疫ない霞さんも可愛いなって…」 霞「へぇ…」 京太郎「も、もしくは俺で免疫つけてみますか?」 霞「ギルティ」 京太郎「ぐほぁっ!」 瞬間、躊躇のない一撃が俺の下腹部へと突き刺さる。 重いバスケットボールが直撃したようなその重さに俺は思わず声をあげながらのけぞった。 勿論、それはベンチに座りながらの一撃で腰も何も入っていない腕の手だけの一撃である。 しかし、それでも日頃から身体を鍛えている巫女さんの一撃は強く、鍛えているはずの俺の腹筋を痺れさせた。 ある程度、手加減されていた所為か、痛いというほどではないもののズッシリとした重さは未だ俺の下腹部に残っている。 霞「ふーんだ…免疫なくて悪かったわね…どうせ迫られた事もありませんよぉだ…」 何処か自嘲気味に頬を膨らませる石戸さんの姿は堪らなく可愛い。 普段の落ち着いたお姉さんめいた雰囲気が霧散し、拗ねているのをアピールしているのだから。 思わずよしよしと頭を撫でて慰めてあげたいくらいである。 しかし、俺には小蒔がいる以上、そんな事は出来ない。 婚約者の見ている前でそれはあまりにも不誠実だろう。 春「おぉ、京太郎よ。死んでしまうとは情けない…」 京太郎「誰の所為だ誰の…!」 春「私の所為。だから、お腹ナデナデしてあげる…」 そう言って春は下腹部を抑えた俺の手ごとゆっくりと撫でてくれる暖かで優しい。 腹の奥底に残った重い感覚がゆっくりと解きほぐされていくみたいだ。 しかし、それが女友達の手だと思うと妙にこそばゆく、そして落ち着かない。 けれど、その瞳に申し訳なさを浮かばせる春の手を拒む気にはなれず、俺は彼女に身を委ねていた。 小蒔「む~…」 春「ダメ。私の為に傷ついたんだから…京太郎を癒すのは私の義務」 そんな春の様子に小蒔が拗ねるような声をあげるものの、春はそれを譲る事はなかった。 春にしては珍しいはっきりとしたその意思表示に、小蒔は頬を膨らませながらも何も言わない。 代わりに目に見えて拗ねる石戸さんを撫で返しながら、時折、俺の方をチラリと見てくる。 何処か不安げなその視線に俺はそっと微笑み返しながら、大丈夫だと伝えるように手をあげた。 巴「…あれ?これどうなってるの?」 初美「京太郎君が春ちゃんに寝取られてるですかー?」 小蒔「取られてませんっ!」 そこでようやく逃亡者二人が帰ってきてくれたのだろう。 その両手に全員分のわ~いお茶を抱える二人は状況を把握するように俺たちを見る。 しかし、ほんの数分で滅茶苦茶になったその光景を完全に把握出来る人がはたしてどれくらいいるだろうか。 俺だって同じ立場で居る時に完全に把握出来るとは到底、思えない。 だが、流石に寝取られたなんて誤解するのはあり得ないと思う。 小蒔「ちょっと貸してあげてるだけです」プクー 初美「お、おぉ…姫様がちょっと大人な対応を…」 巴「成長したのね…」 そんな二人に頬を膨らませながらも、そう返すのは小蒔の指に鈍色に光る指輪があるからだろう。 一緒に指輪を買いに行ったのは思いの外、小蒔の中で+に働いてるのだ。 今ではこうやって大人な対応を見せる事も増え、逆に目に見えて構ってもらいたがる事は減ったのである。 そのお陰か最近は優希や咲が妙に不機嫌になる回数も減り、麻雀部そのものも落ち着いてきたと思う。 逆に今度は和からのアプローチが随分と激しくなってきたが…まぁ、それは余談か。 何はともあれ、小蒔自身がかなりの成長を見せているのは事実だ。 京太郎「(このままいけば…って言うのは少し楽観視し過ぎだろうけどな)」 何時かは小蒔にも、俺が他の二人とも関係を持ち続けている事を話さなければいけない。 そして…俺が愛しているのは小蒔だけではなく他の二人も一緒であるという事を。 それはついこの間まで夢物語ではあったが、今は少しずつ成長してきてくれているのである。 そんな彼女に真実を伝えられるのはそう遠くはないだろう。 京太郎「(まぁ…未だに二人っきりの時はダダ甘なんだけれどさ)」 明確に嫉妬を示す事が減ったというだけで、小蒔の甘えん坊や寂しがり屋な性格は治っていない。 それを表に出していいと判断した瞬間、彼女はまるでタガが外れたように甘えてくるのだから。 指を絡ませ、キスを強請るその様はしっかりし始めた普段の様子からは想像も出来ないくらいのドロドロっぷりである。 だからこそ、そんな小蒔が可愛くて仕方がなく、俺はついつい彼女を甘やかしてしまうのだが。 春「…京太郎、また頬が緩んでる」 京太郎「おっと…」 巴「今度は一体、どんなエッチな事を考えたのかしら。…はい。これ」 京太郎「それは…黙秘権を行使します」 春に指摘された言葉に、頬に意識を込めながら、俺はそっと腕を下腹部から離した。 春が熱心にそこを撫でてくれた所為かもう重みは殆どない。 それに一つ安堵しながら、俺は近づいてきた狩宿さんからペットボトルを受け取る。 そんな俺の隣で春もまたお茶を受け取りながら、俺の顔をじっと見つめた。 京太郎「有難うな。お陰で大分、楽になったわ」 漫「これくらいお安いご用。…なんだったら毎日、布団の中でやってあげても良い」 小蒔「そーれーはーだーめーでーすー!!」 クスリと笑う春の言葉に流石に流石の小蒔も我慢出来なくなったのだろう。 大きく声を張り上げながら、俺達の方へと近づいてくる。 身体全体で怒っている事を表現するようなそれは、しかし、悲しいかなあんまり迫力がない。 その顔立ちが似ている石戸さんはあんなに恐ろしかったのに、今の小蒔からは愛嬌すら感じられるのだから。 それもまた彼女の魅力なのだとそう思いながら、俺は小さく笑みを浮かべた。 春「…冗談」クスッ 小蒔「むー…。最近、春ちゃんの冗談が冗談に聞こえないです…」 京太郎「あ、あはは…」 正直、こればっかりは小蒔に同意するものだった。 勿論、春がそういった冗談が好きなのは分かっているのだが、ここ最近は少しばかりエスカレートしている。 冗談と分かっているはずの俺でさえドキリとするような言葉が飛び出すのは決して少なくないのだ。 そういった判別をつけるのが苦手な小蒔にとって、それは不安になる事なのだろう。 京太郎「(特に…指輪贈ってからエスカレートしてるみたいなんだよなぁ…)」 まるで指輪を贈ってもらった小蒔に対抗心を抱いているかのように春のアプローチは激しくなっている。 勿論、俺が春に好かれる理由なんて欠片もないのだから、それはきっと気のせいなのだろう。 だが、和と一緒に面白くない顔をする彼女の表情が、俺の中で何かが引っかかるのだ。 まるで何かを誤解しているようなズレた感覚を、俺は最近、感じ始めている。 霞「ほらほら、遊んでないで…迎えが来たわよ」 京太郎「あ…」 しかし、それが形になるよりも先に広場に一台の大型バンが入ってくる。 十人は優に乗れそうなそれは見慣れた巫女服の女性が運転していた。 その名前までは思い出せないが、恐らく鹿児島でお世話になった誰かなのだろう。 そう思いながら、俺は荷物をゆっくりと引き、そちらへと近づいていった。 そんな俺達の前で見慣れた紅白衣装に身を包んだ巫女さんがバンから下りて、そっと頭を下げる。 「お待たせしました!」 霞「いえいえ、忙しいところごめんなさい」 「いえっ!そんな!」 見るからに巫女さんの方が年上なのに、彼女の方が萎縮しているように見えるのは石戸さんが神代本家に近く、また六女仙という立場だからだろう。 部外者の俺には分からないが、どうやらその立場は霧島神宮関係者の中で大きな意味を持つらしい。 お陰でこうして巫女さんがバンを乗り回して迎えに来てくれるが、まぁ、そうやって畏まるのは良い気がしなかった。 それは多分、そうやって畏まられている皆が普通の女の子であり…内心、それを喜んでいない事を知っているからなんだろう。 京太郎「(でも…まぁ、それはあくまで部外者の言葉なんだよなぁ…)」 これまで彼女たちが重ねてきた歴史の重みを俺は何も知らない。 六女仙って言う言葉の重みも、特異性も、俺はまったく理解していないのだ。 そんな状態で偉そうに説教したところで何の理解も得られない。 俺はあくまで小蒔を通じて中途半端に関わっているだけで、あくまで部外者なのは変わらないのだから。 京太郎「(でも…その部外者だからこそ、しなければいけない事がある)」 そう思いながら、俺はバンに全員分の荷物を運び、そっと乗り込んだ。 普段から使っているのか使い込まれた感じのするその車内の中で俺はぐっと握り拳を作る。 ここに来るまでに自分の中で覚悟を決めてきたつもりだけど、それが間近に迫るのを感じるとやっぱり落ち着かない。 和気藹々と皆が話す車内の中で一人俺は口を閉ざし、握り拳をじっと見つめた。 京太郎「(…俺に…出来るのか?)」 勿論、それはしなければいけない事だ。 俺と小蒔の未来を掴む為にも絶対に成功させなければいけない事である。 だが…正直、俺がそれを完璧に果たす事が出来るかと言えば…まったく自信がなかった。 その壁はあまりにも強大かつ高くて…乗り越えられるとも打ち破れるとも思えない。 しかし、にじり寄ってくるそれから逃げる訳にもいかず…俺に出来る事と言えば、無理だと思いながらもそれに立ち向かう事だった。 京太郎「(…小蒔の親父さんへの挨拶…か)」 そう。 今回の里帰りの目的はそれなのだ。 一体、何を思ったのか、これまで一度も接触がなかった小蒔の親父さんが『顔を見せに来い』と直々にお呼びなのである。 それに戦々恐々としているのは…これまでの俺の所業がほぼ筒抜けだからだ。 流石に小蒔に対してどんな事をしたかまでは知らないだろうけれど、俺が和や漫さんとも関係を持っている事くらいは知っているらしい。 そう石戸さんに聞いた時には思わず頭を抑えたが…けれど、俺は逃げる訳にはいかない。 どれだけ最低な男であると自覚していても…責任だけは取るってそう決めたのだから。 京太郎「(殴られるくらいは許容範囲。でも…もし、俺達の仲を認めてもらえなかったら…)」 いや、認めてもらう事なんて出来ないだろう。 普通に考えれば小蒔の他に二人浮気相手がいるけれど、小蒔との仲を認めてください!なんて殺されても文句が言えないレベルだ。 しかし、そう思いながらも、俺は決してそれから逃げる気はない。 正直、怖いけれど、恐ろしいけれど、しかし、その足に縋ってでも糸口くらいは掴まなければ小蒔に見せる顔がないのだから。 小蒔「…京太郎様?」 京太郎「…悪い。でも、大丈夫だから」 そんな俺の様子に気づいたのだろう。 隣に座る小蒔がそっと俺の手に触れ、優しく顔を覗きこんでくれる。 彼女の優しさと暖かさがじんわりと伝わってくるその仕草に、不安になる怯える心が溶かされていった。 こんなに良い子の前で情けないところを見せる訳にはいかない。 そう思うようなそれは、きっと強がりなのだろう。 しかし、それでも目の前に迫ったそれに立ち向かう勇気を得た俺はそっと背筋を伸ばした。 小蒔「…私、駆け落ちでも大丈夫ですからね」 霞「…冗談でも駆け落ちなんて口にしないの」 ボソリと言う小蒔の言葉に石戸さんがまず真っ先に突っ込んでくれた。 お陰で車内の雰囲気が強張る事なく、和らいだままでいられる。 それに一つ胸中で感謝しながら、俺はそっと小蒔の手を撫でた。 駆け落ちでも良いと口にしてくれる彼女へ感謝を告げるその手を、小蒔は微笑みながら受け止めてくれる。 春「…その時は私も誘ってね」 初美「あ、ズルいですよ。私も一緒に行きたいです」 巴「はっちゃんだけじゃ心配だし、私もついていこうかしら」 霞「もう…バカンスじゃないんだからそう気軽に言わないの」 そう盛り上がる三人はやっぱり何だかんだで仲が良く、そしてお互いの事を大事に思っているのだろう。 勿論、最初こそ大人に寄せ集められただけだったのかもしれない。 けれど、色々なものを乗り越えた今、皆は家族とも言える絆を手にしているのだ。 だからこそ駆け落ちという重大な言葉一つにも軽く、けれど、決意を滲ませる言葉を返してくれるんだろう。 小蒔「霞ちゃんは着いてきてくれませんか?」 霞「わ、私は…」 そんな中、一人、皆の事を締めていた石戸さんが、小蒔の言葉に一瞬、チラリと俺の方を見る。 ほんの僅かなその間に送られた複雑なその視線は一体、どんな感情によるものなのかまったく分からなかった。 怒っているのか、憎んでいるのか、或いは悲しんでいるのか、楽しんでいるのか。 それすらも曖昧なそれに俺が内心、首を傾げた瞬間、石戸さんは一つため息を吐いた。 霞「…仕方ないわね」 小蒔「えへへ…♪」 何だかんだ言いながらも小蒔に甘い霞さんは彼女のことを放っておけないんだろう。 上目遣いになる小蒔に根負けしたような言葉を漏らしながら、そっと肩を落とした。 何処か気苦労が見え隠れするその仕草は、きっとそれが現実になった時の事を考えているんだろう。 けれど、例え、小蒔の親父さんに俺の事を認めてもらえなくても、小蒔と駆け落ちするつもりはまだなかった。 そうやって駆け落ちしたところで俺達じゃすぐに見つかってしまうのは目に見えているし、何よりそれで小蒔が幸せになれるはずがないのだから。 彼女の幸せを至上命題にする俺にとって、それは本当の本当に最後の手段なのである。 春「でも、そうなると…京太郎のハーレム…」 初美「え、京太郎って全員のペットじゃないんですかー?」 巴「それじゃ首輪買わないと…」 京太郎「それも良いかもなぁ」 小蒔「よ、良くないですー!」 実際、永水の皆であればある程度、気心も知れているし、何より優しいのだ。 きっとペットだ何だと言いながらも、優しくしてくれるだろう。 それを思えば永水のペット…もっと言えば奴隷扱いでもまったく問題は無い気がする。 まぁ、振り回されるのも優希なんかで慣れているし、それでも全然良いんだが。 小蒔「京太郎様は私の婚約者なんですから…そ、そんなふしだらな事いけません!」プクー 春「…」 初美「…」 巴「…」 小蒔「あれ?」 そう思った瞬間、紡がれる小蒔の言葉に車内に重い沈黙が降りた。 まるで帳のようなその空気の中で一人、小蒔が首を傾げる。 何処か無邪気ささえ感じさせるそれは可愛らしいが、今の刺すような雰囲気の中では何処か浮いていた。 霞「多分、皆の言ってるペットってそういう意味じゃないと思うわよ」 小蒔「え…あ…」カァァァ ヒントを与えるような石戸さんの言葉に、小蒔はようやく自分の言っていた言葉の意味を理解したのだろう。 その顔を羞恥に真っ赤にさせて、ゆでダコのようになった。 そのままシュンと落ち込むような小蒔の姿に、けれど、俺は慰める事は出来ない。 何せ、今の俺は四方八方からジト目を向けられ、まるで針のむしろに座らされているような心地なのだから。 巴「…須賀君?」 京太郎「い、いや、俺が教えたんじゃないですよ!?」 初美「怪しいのですよー…」 京太郎「いや、マジですって!!」 まぁ、それ以外の事は色々と教え込んでいるので正直、怪しまれるのは仕方のない事だと思う。 しかし、今回に限っては、俺が教えた事ではなく、小蒔が勝手に覚えた事なのだから。 性的な向上心溢れる彼女は長野に来てからタガが外れたのか、マンガや動画などで性的知識を取り込むようになったのだ。 勿論、そんな小蒔が可愛くて俺も積極的に彼女に色々としているが、今回ばかりは俺もノータッチである。 霞「…これはちょっと小蒔ちゃんの教育方針について話し合わなければいけないみたいね」ニッコリ 京太郎「ご、誤解なのにいい…っ!」 だが、既に一度、小蒔に手を出してしまっている俺が何を言っても信じてもらえるはずがない。 石戸さんのニコリとした笑みにそう言ったものの、追及の手が緩まる事はなかった。 それを何とかのらりくらりと躱しながらも、皆は諦める事はなく… ――  ―― 結局、神代本家までの道筋の間、俺はひたすらに弄られ続けたのだった。 ……… …… …

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