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おもち少女小ネタ13 - (2013/05/27 (月) 19:27:01) のソース

和との一件から既に二週間が経過した。
けれども、俺は未だに自分の部屋に閉じこもって、外に出ていなかった。
自分のしてしまった事に押しつぶされ、咲たちの顔を見るのも億劫だったのである。
そんな俺に対して咲たちが沢山、メールをくれたけれど、今はそれを返信する気力すらなかった。

京太郎「……」カチカチ

そんな俺が今ひたすらに自室でやっているのはネト麻だった。
メールを返信する事なく、ただただ、マウスを動かし、麻雀へと向かっている。
いや…それは向かっているのではなく、逃避なのだろう。
そうやって麻雀をしている時には少しだけ罪悪感を忘れられる。
だからこそ、俺はこうして…寝る間も惜しんでネト麻ばかりやっているんだ。

京太郎「(逃げてるだけの麻雀なんて…楽しくはない…だけど…)」カチカチ

罪悪感に今すぐ押しつぶされそうな俺を救ってくれるのは咲たちのメールじゃなくて麻雀だけだった。
そんな自分を情けないと思うものの、気を抜けば沸き上がってくる罪の意識には耐えられない。
結局、俺がネト麻から離れるのは寝る時と食事をする時、後は風呂とトイレだけという有様だった。

京太郎「(そんな生活が何時まで出来る訳じゃないって事は分かってるんだ…)」カチカチ

今でこそ両親も大目に見てくれているが、何時までも不登校の状態ではいけない。
和も少しずつ登校するようになったようだし、俺も学校へと行くべきなのだろう。
しかし、そうは思えども、俺の足はノートパソコンの前から動こうとしない。
ただただ、ネットの世界の中で麻雀に逃げ続けていた。

京太郎「(しかし…このともきーって人…良く見るな…)」

既に数えきれないほど打ち続けたネト麻の中で、その人が俺の記憶に残ったのは回数と時間が原因だった。
まるで俺の後を追いかけているのかと思うように同卓ばかりで、またネト麻をやっている時間もかなり長い。
学校に行っていない俺とほぼ変わらない時間を打ち続けているのだから、よっぽどだ。

京太郎「(もしかして…この人も引きこもりか何かなのかな…)」

もし、そうだとしたらほんのすこしだけ共感を感じる。
勿論、殆ど会話もした事がないような相手に共感を覚えるなんて馬鹿らしい事であるというのは俺にも分かっているのだ。
そもそも、相手が本当に引きこもりなのかさえ分からないのだから。
しかし、それでも、このギリギリの状況ではそれさえも救いに思えて、俺の頬がそっと緩んだ。

京太郎「はは…きもちわるいな…」

白く光るディスプレイに一瞬、映った自分の表情は妙に疲れて見える。
まるでここ少しの間に何十歳も歳をとったようなそれに思わず言葉が漏れた。
しかし、それさえも掠れており、到底、男子高校生が出した声だとは思えない。

京太郎「(今日はそろそろ休むか…)」

ふと時計を見れば既に時刻は0時を回っている。
何時もよりも少しばかり早いが、そろそろこの局も終わりだ。
それが終わったら、ベッドで横になるのが良いだろう。
そう判断しながら俺はマウスを動かし、牌を切っていった。

………



……



…



京太郎「…よしっと…」

最後の一局が終わったのを確認した俺はそっと肩を動かしながら声を漏らした。
最終的に二位を捲れたのは自分でも中々、上出来な戦果だと思う。
流石にあのともきーさんには勝てなかったが、初心者だった頃からは考えられない結果だ。
それに強くなっている実感を感じながら、俺は身体を動かしてコリをほぐして行く。

京太郎「ん…?」

そんな俺の目についたのはともきーさんからの1:1チャットだった。
一体、何なのかと思って読み進めれば、どうやら最後のまくりを褒めてくれているらしい。
最初に会った頃からは信じられないほどの進歩だと言ってくれているそれに俺の頬も思わず緩んだ。

京太郎「(覚えてくれていたのか…)」

ともきーさんのような強い人に覚えてもらっていたと思うと何となく嬉しい。
俺自身も相手の名前を覚えるほど対局しているのだから当然とは言え、相手は明らかな上級者なのだ。
そんな相手にまだまだ駆け出しの俺を覚えて貰っていたと思えば、承認欲求が満たされるのを感じる。

京太郎「(ありがとうございます…っと)」カタカタ

そんなともきーさんに感謝の言葉と称賛を返信する。
その間に終わった卓の中から一人、また一人と抜けていき、その場には俺たち二人だけになった。
そんな状態で流石に1:1チャットを続けている訳にはいかないと思ったのだろう。
ともきーさんから別室のチャットルームへの招待が届いた。


79 名前: ◆DQMSi3MV.w[sage] 投稿日:2013/04/03(水) 19:55:02.33 ID:bVG6p8IFo
京太郎「(んー…まぁ、いっか)」

確かに疲れてこそいるものの、まだ明確に眠気が訪れている訳じゃない。
このままベッドに横になってもすぐさま眠る事が出来ないのは目に見えていた。
それなら、もうちょっとともきーさんと色々と話すのが良いだろう。
そう思って、俺はともきーさんの招待を承認し、別室へと飛んだ。

京太郎「(それから…まぁ…色んな事を話した)」

麻雀の事も含めて、様々なタイムリーな話題。
あれやこれやと話題は尽きる事はなく、夜中の三時までもつれ込んだ。
流石にここまで来ると俺も眠いし、相手も疲れてきているだろう。
まだ名残惜しいがそろそろ切り上げるべきだ。

ともきー>>はは、京太郎君って面白いね
京太郎「…!?」

そう思った瞬間、チャットに打ち込まれたともきーさんの言葉に俺の背筋に冷たいものが走った。
俺のハンドルネームはキョウタロウだが、読み方が別なのである。
ぶっちゃけ当て字で、普通ではキョウタロウとは読めないものだ。
そんな俺の名前をキョウタロウと読んだばかりか、リアルネームまで口にする。
それが到底、偶然とは思えず、俺の手は微かにこわばった。

京太郎「(どうする…どうすれば良い…?)」

勿論、時間も時間なのだから、ここは逃げるのが最善だ。
それでもう二度とともきーさんと会わなければ、不思議な事だったとそれだけで済む。
けれど、どうしても…確かめなければいけないような気がしてならないのだ。
逃げて逃げて…逃げた先まで…もしかしたら誰かの手のひらの上だったんじゃないか。
その恐怖が俺の手を動かし、キーボードを打った。

京太郎「(…もしかして…オレのこと知ってますか…なんて自意識過剰もいい所だ)」

ただの打ち間違いの可能性だってあるし、そもそもそれは自分で個人情報をばらしているも同然だ。
きっと普通の状態ならば、俺は決してそんな事は書き込まないだろう。
だが…もし…ともきーさんが俺の知り合いの誰かなら…これほど滑稽な事はない。
勝手に親近感を抱いていた人が、俺をネト麻で初めて褒めてくれた人が知っている誰かだとしたら…。
俺のことを心配した咲辺りだとしたら…俺は… ――

京太郎「(返事は…ない)」

そのまま一分ほど経ってもともきーさんからの返事はない。
ただただ、ともきーさんが書込み中のマークが出て、消えていくだけだ。
それだけがともきーさんが寝落ちした訳ではない事を俺に教え、待つ気力を与えてくれる。

ともきー>>ごめん。知ってる。

数分後、ともきーさんから書き込まれたそれに肩の力がどっと落ちた。
さっきの嬉しさが全て失望と無力感へと変わっていく感覚に俺は思わず上を向いてため息を吐く。
まだともきーさんが誰かは分からないが、コレ以上、話す気力はない。
今はただ倦怠感が身体にどっとのしかかり、ディスプレイを見るのも億劫だった。

ともきー>>私、龍門渕の沢村智紀…知ってるよね?
京太郎「(勿論…知ってる)」

そんな俺の視界の端に映った名前にすぐさま容姿が再生される。
県予選の決勝で咲たちと死闘を繰り広げた龍門渕は、清澄にとって縁深い高校だ。
合宿やインターハイの応援に来てくれた彼女らの事を忘れる訳がない。
ましてやともきーさん…いや、智紀さんは地味目な容姿ながら、かなりスタイルの良い人だったのだ。
直接顔を合わせた事が殆どないとは言え、ぱっと思い出せる程度には印象的な人である。

ともきー>>清澄の子から頼まれて…京太郎君を追いかけてたの

黒髪メガネと地味目な容姿をしながらも、明らかに美人の枠に入る沢村さんにそう言われるのは嬉しい。
しかし、それが俺の望んでいる意味ではない事はその乾燥したその言葉からもはっきりと伝わってくる。
勿論…そこまで麻雀部の皆に思われているのは嬉しいけれど、今はそれがとてつもなく重い。

ともきー>>でも、さっきの言葉は嘘じゃない…
京太郎「(信じられるものか…)」

返信のない俺に不安になっているのだろう。
沢村さんが付け加えたその言葉は俺を慰めるようなものだった。
けれど、今の俺にはそれさえも信じられない。
と言うよりも…確かめる術なんて、俺にはないのだから。
ああやって俺を褒めてくれたのもこうしてコンタクトを取る為だったのかもしれない。
いや、そもそもあの場にいた皆が俺の知り合いだったのかもしれない。
俺と沢村さんがこうして会話出来るようにわざと振り込んだのかもしれない。
そんなIFが胸の奥から湧き上がり、さっきの勝利の余韻を消した。
代わりにドロドロとした暗い気持ちが胸の内を支配し、俺の目尻を赤くする。

京太郎「(もう…良い…逃げよう…)」

例え、何を言われても俺はもう信じられない。
それならば、下手に沢村さんを嫌うよりも逃げた方がマシだ。
そう思って、俺の手がマウスを握り、そっとブラウザを閉じるボタンへと向かっていく。

ともきー>>ごめん。でも…もし京太郎くんにその気があるなら…龍門渕に来ない?
京太郎「…え?」

俺がそのボタンをクリックする前にチャットルームにさらに一文が追加される。
それを視界の端に捉えた俺の手は止まり、口から間抜けな声が漏れた。
まったく脈絡がないその提案に俺の思考が追いつかず、ただただ呆然と次の文を待ち続ける。

ともきー>>お詫びもしたいし…それに外に出ると気分も変わるよ
京太郎「(あぁ…なるほど。つまりは…そういう事なんだな…)」

きっと龍門渕にノコノコ出かけた所を皆が囲んで説得しようという腹なのだろう。
いや…そうじゃなくても、今の俺にはもうそうとしか思えない。
既に一度、俺を騙した沢村さんの事を信じられるはずがないのだから。
それがどれだけひねくれた見方であると分かっていても、俺は… ――

京太郎「」カチッ

結局、俺は沢村さんに何も返さないまま、そのブラウザを閉じた。
ちゃんとした退室をした訳じゃないので、数分は俺の名前が残るだろう。
それを見て、沢村さんがまだ何かを言うかもしれない。
だが、俺はもうそんな事はどうでも良かった。
唯一の逃げ場さえ奪われた俺にとってはもう…全てがどうでも良い事だったのである。

京太郎「(…寝よう)」

寝ている間だけはこの気持ち悪さから逃げられる。
そう自分に言い聞かせながら、俺はそっとベッドへと飛び込んだ。
冬の外気で冷えていた身体を布団は温め、眠気へと誘う。
それだけが救いのように思えた瞬間、俺は意識を手放し、眠りの中へと落ちていった。

………



……



…・



次の日、俺は久しぶりに外へと外出していた。
特に理由もなく、ただ周囲を散歩しようと思っただけである。
それは別に…沢村さんに外へ出た方が良いと言われたからじゃない。

京太郎「(なのに・…俺はどうしてここにいるんだろうな…)」

俺がぼぅっと突っ立っているのは龍門渕の校門近くだった。
長野随一のお嬢様校である龍門渕の壁は高く、監視カメラもばっちりである。
このままここにいたら不審者として警備員に声を掛けられるかもしれない。
しかし、そうは思えども…俺の足はそこから動くことはなかった。

京太郎「(俺は…どうしたいんだ?)」

俺の逃げ場を奪った沢村さんに対して怒りの声を向けたい…なんて気持ちは俺にはなかった。
そもそも悪いのは俺であるし、沢村さんは俺を心配した麻雀部から頼まれただけなのだから。
かと言って、のうのうと顔を見せに出られるほど俺の面の顔は厚くなく…ここに来るつもりなんて何処にもなかった。

京太郎「(でも…)」

あの時、何も言わずにブラウザを閉じた罪悪感が、俺の足をここへと向けた。
勿論…そんなもの今更だという自覚は俺の中にもある。
そんな風に思うくらいなら、最初っから咲たちに向き合っていればよかっただけの話なのだから。
しかし、沢村さんが俺のことを心配してくれた人ではなく…ただただ頼まれていただけの第三者だったからだろうか。
どうしてもその罪悪感から目を背ける事が出来なかったのである。

京太郎「(一瞬だけだ。一瞬だけ…通ってみよう)」

そんな俺がそっと足を向けたのは龍門渕の校門に向けてだった。
勿論…俺には沢村さんの言葉に従うつもりなどない。
流石にいくらか冷静になった今、沢村さんが騙しているとは思っていないが、顔を合わせたくはないのだから。
それでも俺が足を進めたのは、ただの確認の為である。

京太郎「(…そう。確認なんだ…別に…何か意味のある事じゃない)」

お嬢様校である龍門渕は基本的に部外者立入禁止だ。
そんな場所に男子が入ろうとすれば、確認や連絡などでかなりの時間を食う事になる。
だから…もしかしたら沢村さんが俺を校門のところで待っているかもしれない。
ふと浮かんだその予想に俺は逆らう事が出来なかった。

京太郎「(そんな事はない…そんな事…あるはずないんだ…)」

しかし…俺の罪悪感がその言葉を認めず、焦燥へと駆り立てる。
ないはずの予想を現実味のあるものとし、半ば掛けるようにして校門へと急がせた。
そんな俺とすれ違う龍門渕の制服を来た子たちが訝しげな視線を向けるが、今の俺はそれに構っていられない。

京太郎「あ…」

しかし、そんな俺の目に入ったのは誰もいない校門だった。
どうやら俺の予想に反して ―― いや、ある意味、予想通りに ―― 沢村さんは待っていなかったらしい。
それに一つ安堵をしながら、俺はそっと胸をなでおろした。
これでもう確認する事は何もない。
後はただ帰るだけだと踵を返そうとした瞬間、俺の視界に艶やかな黒髪が横切った。

智紀「こんにちは」
京太郎「…え?」
智紀「…お願いします」
京太郎「な…ぬぉわああ!?」

メガネをつけ、そっと微笑むその女性は…間違いなく沢村さんだった。
それに俺が困惑の声をあげた瞬間、俺の身体が一瞬で縄で簀巻きにされ、ぎゅっと縛られる。
まるで幻か何かのように俺を一瞬で縛ったそれに抗おうと身体を揺するが、肌へと食いこむ縄の感触は間違いなく本物だった。
どうやら俺は幻や見間違いなどではなく、縛られているらしい。

智紀「…お見事」
ハギヨシ「何、これくらい執事として当然の事です」
京太郎「は、ハギヨシさん!?」

そんな俺の視界に現れたのは真っ黒な燕尾服に身を包んだ友人だった。
全国大会の後、色々あって交流を持つようになったその年上の男性はおおよそ出来ない事がまるでないような完璧超人である。
まるで夢を見ているようなこの縛り方も、ハギヨシさんの手によるものだとしたら納得出来るくらいに。

ハギヨシ「ようこそ、龍門渕へ」
智紀「歓迎する」
京太郎「そんなふうにはまったく見えない訳ですけど!?」

人の事を縛り上げておいて、歓迎とは一体、どういう事か。
そう口にする俺をハギヨシさんがそっと抱え上げ、ズンズンと進んでいく。
しかし、その足取りは軽く、到底、男子高校生を一人、抱えているとは思えない。
見た目は俺以上に細身なこの人の何処にそんな力があるのか、不思議なくらいだ。

智紀「だって…逃げるでしょ?」
京太郎「そりゃ…逃げますよ。だって、俺…」

俺が沢村さんにやったのは八つ当たりだ。
それで顔を合せる事なんて出来ない。
そもそも…ここに来たのだってあくまで罪悪感に駆られて確認する為だけで会うつもりなどまったくなかったのだから。

智紀「私は気にしてない。…と言うか、京太郎君の反応は普通の事」
京太郎「へ…?」

そんな俺を許すような言葉に俺はマヌケな声を返してしまう。
気にしていないといわれるのはいいが、俺の反応が普通と言うのはどういう事か。
俺としては考えうる中でもかなり悪印象を与えるものを選択してしまったと思うのだが…

智紀「誰だってあんなハンドルネーム、リアルの友人に見られたくはない」
京太郎「…そ、そんなに変ですか?」
智紀「…控えめに言って…かなり痛々しい」

そっと目を背けるようにして口にする沢村さんの言葉が胸に突き刺さった。
そう言えば、和は必死にこの名前を止めさせようとしていたし、優希辺りは頬を引き攣らせていたような気がする。
そんな中、部長だけが大爆笑して、俺のことを擁護してくれたのでこのまま使っていたものの、痛々しいといわれるほど変だとは思っていなかった。

智紀「ともあれ…そのお詫びに…京太郎君を龍門渕へとご招待」
京太郎「いや…もうそれは良いですけど…何をするんですか?」

色々と打ちひしがれて、抵抗する気力がなくなった俺は沢村さんにそう尋ねた。
正直、ご招待と言われても、俺にはどうしたら良いのかまったくわからない。
俺とハギヨシさんは友人ではあるが、だからと言って、この完璧を絵に描いたような執事が主人をほったらかして仕事中に歓談するようなタイプではない事は知っている。
つまり必然的に俺は超アウェーの中に一人ポツンと残される訳だ。
そんな状態で一体、何をしても楽しむなんていう気持ちにはなれないだろう。

智紀「大丈夫。京太郎君がやるべき事は私が与えてあげるから」
京太郎「え?」

そんな俺に届いたのは何とも蠱惑的な沢村さんの言葉だった。
何処か甘くも危険なその響きに俺の心臓は反応し、興奮を広げる。
勿論、理性では俺が期待しているような意味ではないという事くらい分かっているのだ。
しかし、かと言って胸に渦巻く落ち着かなさはどうしてもなくならない。
もしかして…そういうお礼なのかという現金な思考が叩いても叩いても顔を出してしまうのである。

智紀「題して…」
京太郎「題して?」ゴクッ

そこで溜めを作る沢村さんの前で俺は思わず生唾を飲み込んでしまった。
胸の内から湧き上がる期待をそのまま飲み込むようなそれは思ったよりも力強く空気を震わせる。
それが沢村さんや俺を抱き上げているハギヨシさんに届いていないように祈りながら、俺はじっと沢村さんの次の言葉を待ち続けた。

智紀「チキチキ龍門渕執事体験ツアー」
京太郎「…え?」
ハギヨシ「今日一日、よろしくお願いしますね」
京太郎「……はい?」




………



……




…



結果から言えば、沢村さんの言葉は俺の聞き間違いじゃなかった。
本当の本当に俺は龍門渕で執事を体験する為に呼ばれたらしい。
それに気づいたのはハギヨシさんの予備の服を借りて、龍門渕透華さんへと紹介されてからだった。
自分でも遅すぎるとは思うものの、俺はその時まで本気で沢村さんの冗談だと思っていたのである。

京太郎「(とは言え…紹介された以上、真面目にやらないとなぁ…)」

そう思ってハギヨシさんの仕事についていったものの、俺はどうやら執事というものを甘く見ていたらしい。
俺も雑用人生がそれなりにあるので、人並み程度には出来ると自負していたが…ハギヨシさんの足元にも及ばなかった。
俺がひとつ仕事を終わらせる間に数倍の仕事量をこなすハギヨシさんが本当に人間か疑わしくなったくらいである。
機敏かつミスがない動作を常に維持するその様はいっそアンドロイドかに思える。

京太郎「(こんなものを毎日やってるのか…)」

結果、数時間後には俺の身体は疲労を訴え、ぐったりとしていた。
ここ最近、ずっと寝不足でろくに運動もしていなかったとは言え、それ以上にハードワーク過ぎる。
これを毎日、休まずに一人でこなし、尚且つ涼しい顔をしているハギヨシさんの体力はきっと底なしなんだろう。
リビングのソファーでぐったりと横になりながら、俺はふとそんな事を思った。

智紀「お疲れ様」
京太郎「うっす…」

そんな俺に声を掛けてくれたのはメイド服姿の沢村さんだった。
フリルを多めにあしらったそれは地味目の沢村さんが人並み外れた美人である事を強調している。
さっき俺を迎えに来てくれた時の制服も素晴らしいが、メイド服はさらに沢村さんの魅力を引き立てているように思えた。

智紀「どうだった?」
京太郎「…ちょっと自信なくしました…」

別に俺が雑用最強だなんて驕っていたつもりはない。
世の中には上には上がいるし、それに勝てるとは思っていなかったのだ。
しかし、結局、最後までハギヨシさんの仕事についていけず、こうやってぶっ倒れるだなんて情けない様を見せるなんて考慮していない。
俺の中のちっぽけな雑用としてのプライドはボロボロであり、当分、再起は難しそうだった。

智紀「ハギヨシさんはバケモノだからついていけないのが当然」
京太郎「いや…化け物って…」
智紀「あの人一人で私達十数人分の仕事をしてるから…」

そっと目を背けながらの沢村さんの言葉に俺はあんぐりと口を開けてしまう。
だが、それでも沢村さんの言っているそれが決して嘘とは思えない。
間近でその仕事ぶりを見ていて、それくらいやってもおかしくないと言う凄みが伝わってくるのだ。

京太郎「じゃあ、何でそんな人に俺を預けたんですか…」

勿論、その事そのものに不満はない。
こうして一緒に仕事をして、参考になった事は数え切れないほどあるのだから。
しかし、それでも初心者である俺を本職のメイドさんたち数十人分の働きをするハギヨシさんに預けるのは明らかに間違っているだろう。

智紀「でも…忙しくて気晴らしが出来たでしょ?」
京太郎「あ…」

悪戯っぽく俺にウィンクしながらの沢村さんの言葉に俺は思わず声をあげてしまう。
確かに忙しすぎて、自己嫌悪だとかそういうのを言っている余裕はなくなっていた。
それを指摘された今も、もやもやとした暗い感情はなくなり、何処かすっきりとしている。

智紀「部屋の中で腐ってたって何も解決しないし…外には色んな事があるんだから」
智紀「中で解決しないなら…色々と出歩くのが良いよ」
智紀「引きこもりの先輩としてのアドバイス」クスッ
京太郎「はは…敵いませんね…」

俺がこうなる事も沢村さんにとっては予想通りのものだったのだろう。
けれど、今はそれが嫌ではない。
そう思うのは…沢村さんとの距離が今の俺にとって心地良いものだからだろう。
心配するのではなく、ただ先駆者として助言をくれるその姿勢は…ナーバスになっている俺にとって心底有難かった。

智紀「まだまだそう言うのには早い」
京太郎「え…?」
智紀「私のバトルフェイズはまだ終了してない」キリリッ
京太郎「コレ以上、まだ何かするんですか…」

良くわからない沢村さんの言葉に俺は上体を起こしながら応える。
それなりに横になっていたお陰で体力は回復したが、またハギヨシさんについていくのは無理だ。
まだ心が折れた訳ではないが、今のコンディションではハギヨシさんの迷惑になる事が分かりきっているのだから。

智紀「大丈夫。疲れる事はもう終わり。私も仕事終わったし」
京太郎「ほっ…」

だが、もう仕事を手伝わされる事はないらしい。
それに思わず安堵の溜息を吐いた瞬間、沢村さんがそっとメガネをあげた。
瞬間、シャンデリアの光を反射したレンズがきらりと光り、独特の迫力を作り出す。
それに思わず頬が引きつった瞬間、沢村さんが口を開いた。

智紀「だから、次はお勉強の時間」
京太郎「…え…?」

………



……




…



智紀「京太郎君は基礎はそこそこだけど、判断力がまだ甘い」
智紀「見た感じ、洞察力は良いのに、それじゃあ勿体無い」
智紀「…だから、今日はそれを鍛える」
京太郎「いや…それは良いんですが…」

沢村さんの指摘は、和との一件以来、我流でやってきた俺には有難いものだった。
ぶっちゃけ一人では自分に何が足りないのか分からず、ネト麻でもがむしゃらに打っていただけなのだから。
それを天下の龍門渕のレギュラーが鍛えてくれると言うのなら、是非もない話だろう。
だけど… ――

京太郎「なんで、沢村さんの部屋なんですか…」

そう。
俺がいるのは他のだれでもない沢村さんの私室だった。
デスクトップの見るからに高性能なパソコンが三台並ぶそれはモバイルPCを手放さない沢村さんらしいと言えるのかもしれない。
その他にも女っ気と呼べるものはほとんどなく咲や和の部屋とは凄い対照的に思えた。

京太郎「(でも…女の人の部屋なんだよな…)」

それは壁やベッドに染み込んだ匂いからはっきりと分かる。
そして、だからこそ、俺は妙にドギマギして、落ち着かなかった。
そこに微かに嫌な予感が混じっているのは和の時を彷彿とさせるからだろう。
そんな場所はどう贔屓目に言っても、居心地が良いとは思えず、寧ろリビングか何処かの方が嬉しいくらいだ。

智紀「だって…他のところじゃ集中出来ない」
京太郎「いや…だからって沢村さんの部屋はちょっと…もう夜も遅いですし…」

既に時刻は22時を周り、日も完全に落ちていた。
それくらいの時間まで女性の部屋にいるというのは、ある意味、咲で慣れているが、それはあくまで咲の話である。
今日まで殆ど交流がなかった沢村さんの部屋にこんな時間にお邪魔させてもらうというのはやはり緊張するし、不躾な気がしてならない。

智紀「京太郎君は意識しすぎ」
京太郎「いや、普通はしますってば…」

何せ、沢村さんは間違いなく美人であり、スタイルも良いのだ。
そんな人の部屋にお邪魔して意識するなと言う方が無茶だろう。
ましてや、俺は沢村さんに八つ当たりしたと言う後ろ暗いものを持っている身だ。
それがあまり気にならなくなったとは言え、今すぐ開き直るような事は出来ない。

智紀「それは麻雀に気が入っていない証拠」
智紀「今からそれも矯正する…」
京太郎「んな無茶な…」

しかし、それが沢村さんには気に入らないらしい。
キラリとメガネを光らせながら、俺の前に牌を広げる。
それを見ながら、肩を落とす俺にびっと沢村さんが牌を突きつけた。

智紀「大丈夫。本当に集中すれば場所も相手も気にならない」
京太郎「初心者にはハードル高くないですか!?」
智紀「初心者は関係ない。ただ、集中出来るか出来ないかだから」
京太郎「うぐ…」

正論にも程がある沢村さんの言葉に俺は思わず言葉を詰まらせる。
確かにこれが能力を使えとかならまだしも、集中なんてある意味、誰でも出来るものだ。
周囲の環境を全てシャットアウトしろという沢村さんのそれはハードルが高いものの、無茶とは言えないものだろう。

智紀「それに…強くなりたいんでしょ…?」
京太郎「……」

試すような沢村さんの言葉に俺は即答出来なかった。
確かに…俺は強くなりたいし、麻雀をもっと楽しみたい。
しかし、そう思う一方で俺の脳裏に和の姿がちらつくのだ。
明らかに…俺が和了った事と関連する彼女の変調。
それが何やら俺の中で警告のように浮かび上がり、グルグルと渦巻き始める。

智紀「もし、そうなら色んな打ち手に教えてもらえる機会は大事にするべき」
京太郎「…そうです…ね」

付け加えるような沢村さんの言葉に俺もまた同意の言葉を返した。
確かに和の事は気になるが、こうして龍門渕の選手に教えてもらえるのは願ってもないチャンスである。
ましてや相手はオカルトを使わない完全なデータ雀士。
和の教えから足踏みを繰り返している俺にとって、その教えは大きなものになるのは今からでも分かる。

智紀「じゃあ…始める…」
智紀「あ…ちなみに…合格出来るまで寝かさないから」
京太郎「え…?」
智紀「じゃあ、第一問」
京太郎「え…ちょ、ま…え、えぇぇ!?」



………



……



…



結果から言えば、沢村さんは和以上のスパルタだった。
ヒントは必要最低限で、分かるまでやり直しがデフォである。
お陰で何度間違えて、沢村さんに牌を組み直してもらったか分からない。
しかし、それでも一問また一問とクリアする度に自分の中で朧気ながらに形になっていくのが分かる。

京太郎「…コレ…ですね」
智紀「ん。正解」

それがまだどういうものなのかは俺にも分からない。
しかし、どれがこの状況で切るべき牌なのかは感覚的ではあるが、少しずつ分かり始めていた。
お陰で正解する速度は少しずつあがり、沢村さんの顔に僅かな笑みを浮かべさせる事に成功する。

京太郎「(とは言え…もう夜も遅いしな…)」

チラリとベッドの枕元にある時計に目を向ければ、夜中の1時を指していた。
沢村さんの活動時間を思うに夜型人間であるのは確かだが、そろそろ寝るべきだろう。
コレ以上の夜更かしは肌に悪いし、何より明日に差し支える。
こうやって教えてもらうのは嬉しいが、デメリットを被ってまで教えてもらう義理はないのだ。

京太郎「それじゃ…俺は今日、もう休みますね」

既にハギヨシさんから両親に連絡がいっており、泊まりの許可は貰っていた。
龍門渕さんからも来客用の部屋の使用許可を貰っているし、安心して寝る事が出来る。
何時もならまだもうちょっと遅い目の時間に寝るのだが、今日は疲れている所為か、今の時点でも結構、眠い。
流石に目がしょぼしょぼするレベルではないが、あくびが出そうになるくらいだ。

智紀「じゃあ…卒業試験」
京太郎「えぇ…」

しかし、沢村さんはそんな俺をまだ解放するつもりはないらしい。
キランとメガネを光らせながら、山を崩して牌を混ぜ始める。
それに不服の言葉を口にするが、沢村さんは止まらず、山を積み始めた。

智紀「実戦形式で私から和了をとれたら京太郎君の勝ち」
京太郎「出来なかったら…?」
智紀「出来るまでやる」
京太郎「oh…」

相変わらずのスパルタ方式に俺は思わず声をあげる。
しかし、かと言って、沢村さんがそれを考慮してくれるとは思わなかった。
この人がやると言ったら本当にやる。
それをこれまでの経験で嫌というほど思い知った俺は、山から牌を取り、卒業試験に臨んだ。


~ 智紀 ~

京太郎君の打ち方は特に面白みのないものだ。
そう思うのはそれだけ基礎がしっかりしている裏返しなのだろう。
護るべき所を護り、攻めるべきところを攻める。
そんなメリハリのしっかりした麻雀は勝ちにくくも負けにくいものだ。

智紀「(多分、彼に一番、麻雀を教えた人はまずは長く楽しんで欲しかったんでしょう)」

すぐに飛んだりせず、まずは焼き鳥でも良いから最後まで楽しめる。
そんな初心者に対する配慮が彼の打ち筋からはっきりと伝わってきた。
それに対して麻雀歴がそれほど深い訳じゃない私が何か言える訳じゃない。
でも…ただひとつだけ言える事は… ――

智紀「(このままじゃ…すぐに打ち止め…)」

今も恐ろしい速度で成長している京太郎君。
しかし、このままの打ち方をしていたら、それはもうすぐ頭打ちになってしまうだろう。
そうなった時、彼が麻雀に対して何を思うのか、私には分からない。
そこまで彼の事を心配する義理は私にはないし、こうして打っているのも成り行きと言う面が強いのだから。
しかし、それを踏まえても…目に見えて強くなっていく彼が麻雀を嫌がるようになるというのは面白い想像じゃなかった。

智紀「(だから…私に出来る事をする…)」

私が清澄の子に頼まれたのはネト麻に出没している京太郎君の様子をそれとなく伺う事だ。
こうして直接会って、指導したりする事なんて一言も頼まれていない。
だから…私と彼との縁はこれまで。
今夜だけの…ほんの僅かな邂逅で…後はもうマトモに会う事だってなくなるだろう。
だからこそ…私は京太郎君をこのまま帰したくなかった。
どうせ、今夜だけの関係なら…私にしてあげられる事を精一杯してあげたい。
そう思わせるような何かが京太郎君にはあった。

智紀「(これが…庇護欲って奴なのかな…)」

自分ではそれほど母性愛が強いタイプだとは思っていない。
寧ろ、比較的サバサバしたタイプだと思っていたのである。
けれど…憔悴し、元のハツラツとした雰囲気を何処かへと置き忘れたような京太郎君の事はどうしても放っておけない。

智紀「(まったく…監視カメラなんて見なければよかった…)」

今日一日、彼が来るかもしれないと監視カメラとにらめっこなんてしなければこんな事にはならなかったのだろう。
けれど…実際、彼は私の前に現れ…そうして私は今も胸の内に残るしこりを得てしまった。
それはもうどれだけ後悔しても…どうにもならない事である。
ならば、今は少しでも京太郎君の力になってあげよう。
そう思いながら、私は牌を倒していった。


智紀「(でも…そう簡単にはいかないか…)」

卒業試験と私が言ってから、既に三局。
その間、和了ったのは私だけで須賀君からの和了はなかった。
聴牌している気配までは感じるものの、後一歩、何かが足りないらしい。

智紀「(…だけど…)」

しかし、それに関して京太郎君がもどかしいとも何とも感じている様子がないのは変だった。
いや、私が和了る度にほっとしている様子さえある。
さっきまで知識を吸収することに貪欲だったとは思えない京太郎君の姿。
それに違和感を覚えながらも、私はそれを口に出す事はしなかった。

智紀「(…9局目…)」

だが、それが二桁を目前とする回数にもなるとやはり気になってしまう。
明らかに京太郎君は聴牌しているし、私もまた危険牌を打っている。
それなのに彼がツモ和了やロンを宣言する様子はない。
いや、それどころか、テンパイ気配がどれだけ濃厚だとうとノーテン宣言を続けているのだ。

智紀「(…コレは幾ら何でもおかしい)」

そんな舐めプをして喜ぶようなタイプじゃない事は既に分かっている。
いや、喜んでいるどころか、微かに恐怖すら浮かべるそれは彼自身が追い詰められている事を私に教えた。
ついさっきまで麻雀を楽しんでいた彼の…強張った表情はタダ事とは思えない。
あまり突っ込んだ事を言い過ぎるのはいけないと思いつつ…私が口を開いてしまうくらいに。


智紀「…次はお互いに手牌を見せながらやりましょう」
京太郎「え…でも…」
智紀「その代わり、テンパイしたら即リー。どっちかが先に飛ぶデスゲーム」ニヤリ
京太郎「う…」

文字通りお互いノーガードの殴りあい宣言。
それに京太郎君が呻き声をあげるものの、それを撤回するつもりはなかった。
一体、京太郎くんが何を怖がっているのかは知らないが、そういうものが入る余地のない領域に追い込んでやれば良い。
それがこの十局近く付き合ってきた私なりの答えだった。

智紀「…ふざけた打ち方したら…また特訓再開だから」
京太郎「ひぃ!?」

そのままジャラジャラと山を積み直す私の前で京太郎君が小さく悲鳴をあげた。
まるで小動物のようなその悲鳴に、私の口から笑みが漏れる。
別にそこまで意地悪なつもりはないが、彼はとてもいじりやすい性格をしているのだ。
きっと清澄でも玩具にされている事がありありと想像出来るくらいに。

智紀「じゃあ…やろう?」
京太郎「う…うっす…」

そんな私の宣言に怯えながら京太郎くんも応える。
それにまたひとつ笑みが漏れるのを感じながら、私はそっと牌を手に取っていった。
彼に見やすいように倒しながらのそれは良くも悪くもない微妙なものである。
手に来る状況によってはベタ降りも選択するそれに対して、須賀君は… ――

智紀「あら…?」

一気通貫完成目前の好配牌。
しかも、私の手の中に彼の当たり牌はなく、完成も見えてくる形だ。
ここに至って運に恵まれたのか、それとも隠していただけでずっとこんな形だったのか。
何にせよ…コレ以上は逃さない。
そう胸中で呟きながら、私は牌を打ち始めた。

智紀「…」スッ

数巡後、当たり牌に恵まれた私はリーチを掛けられる状態になる。
けれど、目の前でオープンされている京太郎君の手は一気通貫であり、ルール上リーチもつく形だ。
普段ならここでリーチなんて決してしないだろう。
だが、これは別に勝つための麻雀ではなく、京太郎君を逃がさない為の麻雀である。

智紀「リーチ」
京太郎「あ…」

それ故に自分が作り上げたルールに則り、私はリーチを宣言する。
それに小さく声をあげて、怯える表情を見せるのは一体、どうしてなのか。
とても気になるのだが…どうしても聞く勇気が出ない。

智紀「次、そっちの番」
京太郎「は、はい…」

そんな自分に苛立ちを感じた私の声には少し刺々しいものへと変わっていた。
それに京太郎君の怯えが強くなるのを傍目で見ながら、私は内心ため息を吐く。
京太郎君を弄るのは嫌いじゃないとは言え、そうやって怯えさせたり、萎縮させたい訳じゃないのだ。
もっとこう和やかに…仲良くなって行きたいのである。
それなのに、私は何をやっているのか。
そう自嘲を覚える私の前で京太郎君が引いたのは…当たり牌。
一気通貫にリーチを掛けられる形だった。

京太郎「り、リーチ」

それに点棒を差し出しながら、京太郎君は大きく息を吸った。
まるで自分を落ち着けようとするようなそれが何となく面白く無い。
そこまで和了を怖がるほどの何かがあるのに…それを口にしない京太郎君に苛立ちを感じるくらいに。

智紀「(まぁ…でも…逃さないから)」

確かに一気通貫はあまり効率の良い手ではない。
二面待ちは出来ないし、必要な牌もバラバラでよっぽどでないと完成しないのだから。
しかし…彼が和了るのに必要な牌はまだ四枚全部が山の中に眠っている。
後はそれを私か彼が引くか、或いは私の当たり牌を引くかの勝負だ。

智紀「じゃあ…続けるよ」スッ
京太郎「…うっす」

そしてリーチから二巡目。
逃げられない私が引いた牌は… ――

― 八筒

京太郎君の一気通貫完成に唯一、足りなかった牌。
それをリーチをしている私は自分の手へと組み込めない。
故に私はそれをそのまま河へと流し…小さく肩を下ろす。

智紀「(…勝った)」

いや、普通で考えれば敗北なのだけれど、ある意味で京太郎くんに勝ったと言うべきか。
袋小路に追い詰めた彼に一撃を加えられる牌を引いたのだから。
こちらの当たり牌二枚に対して、二倍の確率だったとは言え、麻雀とは確率で測れない事もあるゲームだ。
こうやって先に彼が和了る為の状況を整えられた事に微かな安堵を感じる。

智紀「…ほら、宣言」
京太郎「あ…いや…」

しかし、そんな私の前で京太郎君は逡巡を浮かべる。
今更、役や点数が分かっていない…なんて事はないだろう。
それなのにこうして迷うのはやはり何かを怖がっているからか。
しかし、私はそんな彼の悩みを一々、聞いてあげるほど優しいタイプではない。

智紀「一気通貫、オープンリーチ…それは分かってるよね?」
京太郎「…うす」
智紀「変則形式とは言え、滅多に和了れない形なんだよ」
京太郎「はい…」

だが、そこまで言っても京太郎君は和了らない。
そっと項垂れて、どうすれば良いのか迷っているままだ。
それならば…私も何も言ってあげない。
ただただ、無言のプレッシャーだけを彼に与え、待ち続ける。
冷ややかにじっと見る私に彼がどれだけ気まずそうな顔を見せても…私は容赦する事はなかった。



京太郎「…ロン。一気通貫…」

数分後、諦めたように宣言を始める彼の前で私は歪んだ優越感を得ていた。
実際のゲームとは勝者と敗者がまったく別とは言え、私は京太郎君に勝ち、そして彼は私に負けたのである。
しかも、それを今まで逃げようとしていた京太郎君に認めさせるのだから…気分が良い。

― けれど、それが次の彼の宣言で消し飛んだ。

京太郎「オープンリーチ。点数は…」
智紀「ひぅ…ぅっ♥」

瞬間、さっきの優越感よりも大きな何かが私の背筋を駆け抜け、ゾクゾクと揺らす。
まるで身体の中に電流が走るようなそれに私の背筋がピンと伸び、思わず肩を抱きしめた。
しかし、中を駆け巡るそれはまったく消える事はなく、そうやって抱きしめた私の中を暴れまわっている。

智紀「(これ…何…ぃっ♥)」

ともすれば、不快感にも変わりそうな強くビリビリとした感覚。
でも…身体はそれを間違いなく悦び、そして喜んでいるのを感じる。
今まで生きてきた中で…そんな風になった事は一度もない。
聞いたことも経験したこともない未知の感覚に、私は困惑を浮かべ、頭を揺すった。

智紀「(なのに…物足り…ない…♪♪)」

未だ私の中で暴れまわるような独特の甘い痺れ。
けれど、それがどれだけ駆けまわっても私の身体は満足していなかった。
まるでこれが序章にすぎないのだと…始まりにすぎないのだと分かっているような…その不思議な感覚。
それに肌を震わせる私に京太郎君が駆け寄ってくるのが見えた。


京太郎「だいじょ…うわっ!」

そうやって駆け寄ってくれた彼を私はそのままカーペットの上へと押し倒した。
柔らかなカーペットとは言え、二人分の体重は殺せず、ドンと衝撃が走る。
もしかしたら、隣の部屋くらいには聞こえているかもしれない。
けれど…私はもうそんな事では止まれない。
京太郎君の肩をがっちりと掴んだまま、ハァハァと息を吐き、彼に馬乗りになっていくのだ。

智紀「何を…したの…?」
京太郎「え…何って」
智紀「おかしい…っ♪こんな…おかしい…ぃ…♥」

そうやって尋ねる私の声は要領を得ず、彼に不思議そうに問い返されてしまう。
しかし、ボォと熱くなった頭の中では物足りなさが渦巻き、彼にどう言えば良いのか分からない。
ソレが悔しくて歯噛みした瞬間、私のお尻に何か硬いものが押し当てられた。

京太郎「あ、あの…沢村さん離れて…」
智紀「はぁ…♪はぁぁ…♥」

そんな私の下で顔を真っ赤にして京太郎君が訴える。
それを見た瞬間、私の肌が一気にざわめき、さっきのゾクゾクが溢れだす。
いや、さっきよりも遥かに気持ちよさを増したそれは間違いなく快感と呼べるものなのだろう。
それを咀嚼するように確かめた瞬間、私の口は勝手に開いていた。

智紀「なんで…こんなに大きくしてるの…♥」
京太郎「そ、それは…」

尋ねる私の前で京太郎君がその顔をさらに赤く染めながら視線を背けた。
勿論、私がそうやって彼に尋ねたのはその顔が見たかったからである。
幾ら女子高にいるとは言っても…下世話な話くらい聞いた事があるのだから。
それが一体…どういう状況なのかくらい…私にだって分かっていた。


智紀「なんで…私で…興奮してるの…♥」
京太郎「い、いや、だって…!沢村さんが…」
智紀「私が…何なの…?」
京太郎「顔…赤くて…それに…その…お尻が…」
智紀「お尻が…なぁに…?」
京太郎「うあ…!」

そう言って、少しお尻を揺するだけで京太郎君は甘い声をあげる。
どことなく艶っぽいそれは…きっと彼も気持ち良いからなのだろう。
私のお尻に触れるそれが敏感なものであるという知識はあるものの、まさかこれほどとは思わなかった。
そして、何より… ――

智紀「(可愛い…っ♥京太郎君…可愛い…っ♥♥)」

私の下であられもない顔を今にも見せそうなその姿にゾクゾクとしたものを感じる。
元々、弄られて光るタイプだと思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
正直…こうして彼が恥ずかしがる様を見ている方がさっきよりも気持ち良いくらいである。

智紀「(だったら…もっと彼を辱めたら…気持ち良く…なれる…♪♪)」

それは『目覚め始めた』私にとって当然の結論だった。
そして…その為にどうすれば良いのか、私はもう分かっている。
経験こそまったくないが、僅かながらの知識と本能で…それを補う事が出来るのだから。

智紀「お仕置きが…必要…♪」

知識と本能。
その二つが教えるままに私はそっと振り返り、彼のズボンに手をかける。
そのまま、じぃっとジッパーを下ろした先から固く反り返ったものが飛び出す。
萌黄色のトランクスで覆われたそれはほんの少し触れただけでも熱と硬さが伝わってきた。



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