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Street Dreams

ソウル発のKE766便の到着ゲートには、大勢の出迎えが群れをなしていた。
そこから少し距離をとった辺りで、俺も便の到着を待っていた。
予定到着時間を過ぎると、まだか、まだかと慌てる客をよそに、俺は静かにイヤホンの音楽に集中していた。
飛行機てものが天候などの影響で、時間が遅れるのはよくあることだということを知っているからだ。
ミュージックプレイヤーに入れてあるアルバムが丁度1枚分終わろうとした頃、便は到着した。
やがて、韓国人や日本人と思われる旅行者や帰国者がゲートから溢れるように出てきた。
黒髪の群集の中から、ブロンドヘアで170センチ近くある一際目立った彼女を捜すのは難しいことではなかった。
彼女もこっちに気づき、キャリーバッグを引きずりながら小走りに近づいてきた。

「ただいま!ケンジ」
「久しぶりだなアンナ。どうだった故郷での暮らしは?」
「やっぱりウラジオストクは最高よ。ケンジがいなかったら日本には戻ってこなかったかもしれないくらい・・・なんてね。」
彼女はそう冗談っぽく言ったが、真剣な眼差しに少なからず動揺してしまった。
「ごめんな、韓国経由便しか取れなくて」
俺はキャリーバッグを受け取りながら、取り繕うように会話を始めた。
「大回りするわけでもないし、全然平気よ!」
「・・・家族は元気でやってた?」
「うん。家族に会ったらずっと傍にいたいて思ったんだけど、でも、もっと私が頑張って働かないと!てね」
「偉いなアンナは俺より年下なのに・・・。まあ店が始まるまで少し時間あるから、美味いものでも食べてゆっくりしようか」
俺は携帯でアンナの到着を店に報告すると、駐車場へ向かった。
アンナは就業ビザの関係で、6ヶ月しか日本では働けない。
半年間、ロシアのウラジオストクに帰郷していたのだが、今回は2度目の来日になる。
俺達はあまり知られていないハンガリーレストランで、少し遅めのランチを取った後、歌舞伎町にあるロシアンパブへと向かった。
「よかった!じゃあ、ナターリアもユリアもオリガもみんな残ってるんだ」
「ああ・・・あ、ナターリアは先月帰国したところか。でも、みんな頑張ってるよ」
アンナとの会話は基本的に英語だ。
俺は外国人パブ専門のプロモーターという仕事柄、日本語以外でコミュニケーションを取る機会がよくある。
英語は日常会話レベルであれば支障なく話すことが出来るが、ロシア語はほとんど話せない。
ロシア人でも英語が出来ない子も珍しくないが、アンナの英語力は俺よりも数段上だった。
うちの会社はロシア人との契約の少なくないので、ロシア語を覚えるように日々社長からは口煩く言われていた。
「あ、そういえばケンジって彼女は出来たの?」
「いや、忙しいから相変わらずいないよ」
業界では周知の事実だが、パブで働く女性の色恋沙汰はご法度だ。
客はもちろん、プロモーターやパブのボーイと関係を持つと、ペナルティや強制帰国されることになる。
基本的には店側は女の子が辞めないように、ガチガチのルールで縛り付ける。
うちの会社は女性の斡旋が主な仕事になる。女の子を現地から調達して、店側に提供するまでがあくまで業務範囲であり、
それ以上の店と女の子の関係には一切関与出来ない。
ただ、厳しい労働環境や客のトラブルなど、相談事を受けるのも俺の仕事の一つだ。
通常、空港に出迎える時には数人単位で来ることが多いのだが、今回は珍しくアンナ一人を店まで送迎することになった。
「あー・・・またあの辛い生活が始まるのね」
「そう言うなって。この半年間アンナを待っていた客だって多いんだから」
基本的に俺は仕事にはシビアだ。親身になって女の子の相談にも乗るが、斡旋ビジネスだと割り切っている。
それでも、アンナは俺にとって想い入れのある子だった。
ラースカヴァヤは基本的に「おさわり」は認めていないが、ある程度黙認しているところがある。
アフターなど店外でのデートは禁じられているが、半年前アンナは1人の客と寝た。アンナにはまとまった金が必要だった。
そもそもアンナは母親の入院費用を稼ぐ為に、日本まで来て仕事をしに来ている。
アンナの父親は、アンナがまだ小さい頃に別の女を作って出て行ってしまったらしい。
女手一つで育ててくれた母は、無理が祟ってか1年半前入院生活を送ることになった。
唯でさえ貧しかった生活が借金を抱えるようになり、アンナが日本で働くことを決意したのだという。
アンナは兄に2人の妹の面倒を任せて、1年前日本にやって来たのだった。
家族にはロシア語の講師をしていると話しているらしい。
帰国前、どうしても必要な額が得られなかった為、絶対に身体を売ることのなかったアンナが、たった2枚の紙切れで中年の日本人に身を委ねてしまった。
俺がその話を聞いたとき、いつもなら「この業界ではどこにでもある話」で済ませてしまうのだが、なけなしの給料の半分をアンナに渡していた。
その後、アンナは身体を求めてきたので抱いた。

「・・・ケンジ・・・ケンジ?ねえ何考え事してるの?」
俺が半年前の事を考えていると、一瞬アンナに呼ばれてるのに気がつかなかった。
ロシア語で可愛い人という意味を持つロシアンパブ「ラースカヴァヤ」に到着した頃には、時計は既に夕方の6時を回っていた。オープンまで2時間はあるが、女の準備には少し足りないかもしれない。

最終更新:2006年12月13日 23:26