042-433 今日からコのつくエンペラー! @聖

拝啓、空にいるのでしょう母上と最愛なる妹へ
突然ですが僕はブリタニアの皇帝になりました。


今日からコのつくエンペラー!


「シャルルは僕に何をさせたいというのだ…」

頭に乗せている煌びやかすぎる冠を外し、僕はため息をついた。
眠ってから百年以上、その眠りから覚めてまだ一年も経っていない。
眠りから覚めた当時はギアスを自分にかけていたせいで過去の記憶などすっかりと忘れていたのだが、シャルルのギアスによってあっさりと全てを思い出すことになってしまった。
奴のギアスは記憶関連に関するギアス、脳(というか魂)に働きかけて別の記憶を埋め込んだり消絵消すことができたりするシャルルには、忘れた記憶を思い出すこともまた可能というわけだ。

勝手に起こされ勝手に記憶を戻され、僕としては大変不本意な結果になったわけだが。
それでもこうして諦めて今ここに生きているのは、この世界もそんなに悪いものではないと思えたからなのだろうか。
シャルルとV.V.はともかく、ラウンズのメンバーや皇族の人間には個人的に友好にしたいという人物も多く、また非常に刺激的な人間も多かった。
特に僕とほぼ変わらない年で(眠っていた年数を加えないなら、の話だが)皇帝の騎士という地位にいるジノや、そのジノより幼いアーニャたちとは友人のような関係まで発展している。
僕がまだ長い眠りにつく前には友人と呼べる存在などはいなかったといっても可笑しくはないので、この2人との友達とも呼べる関係が少しだけくすぐったいように感じる。


だが問題はそこではない、そこではないのだ。
手にもった王冠をいじりながら、僕は二度目のため息をつく。何故こんなものを被らなければならない。
腰が痛くなりそうな王座に座りながら、王冠を右手へ左手へと移動させる。
無駄な装飾がありすぎて実用的ではない、こんな椅子に座るくらいならまだ業務用の椅子に座っていた方がマシだ。僕を肩こりにさせる気かシャルル。
だいたいここには僕が座るのではなくシャルルが座るべきなのだ。王座に座り冠を被り、いつものように堂々とした態度でただ座っていればよかったというのに。
「遺跡の発掘、か……」

シャルルは突然僕に皇帝の座を押し付けるような形で玉座から去った。
その理由が遺跡の発掘、だ。他の権限は与えるが遺跡関連のものだけは己の好きにさせてもらう、とだけ言ってシャルルはV.V.だけ連れてどこかへ行ってしまった。
そして逃げられた、と気付いたときには遅すぎた。あの男はこういう時だけ手回しが早いのかすでに他のものからの承諾も得ていて
(どうやって皇族である自分の子供らを説得したのか非常に気になるのだが)どうあがいても僕が玉座に座るように仕向けていたからだ。

奴の考えていることは何一つ分からない。
それどころか
『嘘を無くしてきますおじい様!』『おい待て誰がおじい様だ』
という会話を最後にV.V.と共に旅立ったのだからわけが分からなさ過ぎる。
これが皇帝を譲られる前の最後の言葉?ここまでくるといっそ笑いものだ。
大体誰がおじい様だ、たしかにもしかしたら(本当に低い、低すぎる確率でだ)シャルルは僕の血を…
いや、あるいは僕の一族の血を引いているのかもしれない。
が、僕はこんな孫を持った覚えはないしこれからも持つつもりは無い。

食えない男だと思えばいいのか、ただの馬鹿だと思えばいいのか。
あれで皇帝だなんて泣ける話だ、いっそ誰かあいつを殺してしまえばいい。


僕にどうしろというのだ、と痛くなる一方の頭を思わず手で押さえる。
勝手に血縁だと言われ、勝手におじい様と呼ばれ、勝手に皇帝の座を押し付けられ。
三度めのため息をつきながら(おそらくこれで今日の幸せは全て逃げた)王冠を頭に乗せる。
そして先ほどもらったエリア11に関する書類を読んで……どうするべきだろうか、と昔の時代とは違う(この時代の視点で言えば進化した)
文字をなぞって、その地に咲いていたであろう遥か昔に見た桃色の桜を頭に浮かべた。
母上の愛した国は、僕が王であった頃に治めた一部の国が膨れ上がった結果飲み込まれてしまった。
聞けばサクラダイトが多く採れる国であったらしい。
ブリタニアはサクラダイトの採れる量が少ない…だからこそ孤立している島国が狙われてしまったのだろう。
海に囲まれた島は、逃げ場がない。
小さな島国、人口は多いらしいがブリタニアに比べれば少ないものだ。
人海戦術と圧倒的な科学と武力の前に敗れた島国は、日本という名から屈辱的なエリア11という名に変えられてしまった。
おそらく母上の愛した国は、もう今はないのであろう。全てがブリタニアに飲み込まれてしまった。

それでもどこか懐かしい気がしてならないのは、名前が変わり他の土地の支配下におかれたとしても母上の愛された国だからか。
それとも、僕の血の半分が反応しているのか。

後者はありえないか、と考え苦い笑みを浮かべる。

どうせ遺跡以外のことは僕に権限があるのだ、エリア11を母上が愛した土地に戻すのもいいかもしれない。
そのためにはやることは数多くあるし、一筋縄ではいかないであろうことも分かっている。
それでも僕の2つの故郷の内の1つだ。できるのならば開放してやりたい、なんて皇帝の身でありながら個人的な感情丸出しで思う。
眠っていた間に、僕は丸くなってしまったのだろうか。昔の私ならばこんな判断は思っても下そうとは思わなかったはずだ。
守るべきものの対象が変わったせいか、それとも植えつけられた知識のせいか。
……もしくは、目が覚めてから今までの間に自分が少し変わったのか。




「陛下」

エリア11の資料を読みながらそんなことをつらつらと考えていると、不意に扉の外から呼びかけられ、慌てて無意識の内に緩んでいた口元を直した。どうやら随分と感傷に浸っていたようだ。
表情を戻すためにも一度、二度深呼吸をして「入れ」と声をかければ、その声を主は静かに扉をあけて僕の前に立った後、唯一開いている片目をこちらに向け深く頭を下げた。
その行為に対してわずかながら口元を緩ませる。

「頭をあげて構わない、ビスマルク」
「はっ」

一言そう声をかければ、彼……ビスマルクは真正面(といっても玉座に座っているせいもありどうしても彼を見下す位置になってしまうのだが)から僕の顔を見る。
その顔にはほんの少しの安心と、どこか誇らしげな表情が浮かんでいる。緊張などはどこにも見当たりはしない、さすがはラウンズと言ったところだろうか。
開いていない片目の下にはギアスが隠れていることは知っているが彼は僕の騎士だ、彼が裏切ることは無いと僕は知っているので警戒する必要などどこにもない。
そもそも彼が片目しか開かないのは忠誠の証なのだ。こうして目の前に立たれそれをこうして前面に現されたのならば、受け取るのが相応だろう。
それにシャルルから譲り受けた騎士は己の責務とプライドとその他もろもろの事情によって僕に対して敵意を向けることはまずありえないのだ。

まあ僕がそう思いたいだけなのかもしれないが…と考えながら目の前の男を見る。
彼とはこれでも1年近くの付き合いになる。なんといっても記憶の無かった頃の保護者(つまり養子として引き取って僕の父親になるということ、だ)を受け持ってくれた人物であるからだ。
記憶が戻った今となっては、ついつい本当の父と彼を比べてしまうが(勿論ビスマルクの方があの男より何倍もいい男でありよき父親であるのだが)それでも僕にとって、父はこの男以外にありえないと思っている。
そして今も彼とは親子の絆を持ったままだ。
養子縁組は僕が皇帝になることでなくなってしまったものだが、それでも僕は彼を見るたび「父」だと思わずにはいられない。
そして願わくば、彼が僕を見て「息子」だと思えばいいという身勝手なことさえ思っている。
父と子として向き合っていた癖なのか、無意識の内とはいえ頬を完全に緩めてしまえば、僕と彼の二人しかいないからだろうがビスマルクも穏やかに微笑んだ。
今この場にいるのは皇帝とその騎士だというのに、だ。
まったく、だから僕には皇帝という立場に立つことが出来ない人間なのだ。王であった時でさえ自分のために動いていたのだから、皇帝になった今も個人的理由で動くことはシャルルにも分かっていただろうに。
何故僕に皇帝の座を渡したのか、やはり謎のままだ。
シャルルは何を考え、何のために行動をしているのか。ただ一言「争いは無くなる」と言ったシャルルの顔に嘘はなかったのでそれに向けて動いているのだとはなんとなく分かるが。


「誇らしいな」

騎士ではなく、父親として彼がそう語りかける。
僕はそれに声を出さず口を動かして答える。「ありがとう、父さん」
皇帝となった今ではこのやり取りさえ出来なくなってしまうものなのだろう……ジノは僕が皇帝になっても遠慮なく背中に飛びついてきそうではあるが。でもそれはそれで救われる。
僕が皇帝となっても、彼らとは友人のままでいたいからだ。なんという自分勝手で自己満足な願いだろうか。

けれど勝手に皇帝の座を押し付けられたのだ、これくらい思ってもいいだろう。
むしろこれくらい許されなければ皇帝なんて地位は無理にでも捨ててやる。



片手に持ったままの書類には、エリア11の資料と、そしてその資料の中のひとつに書かれている「黒の騎士団」という文字。
1年ほど前に壊滅した組織で残っているのは残党と少しの戦力だけと聞くが、シャルルからの情報によれば復活することが無いことも無い組織、らしい。
何故か、と問われればその理由はひとつ。その組織のリーダーはギアスを持ち、共犯にはコードを持った女がいるからだ。

リーダーの名はゼロ…ルルーシュといったか。シャルルの愛する息子らしい。
愛にしてはねじれ曲がったものだと思わないでもないが、そんな彼が僕と同じギアスの能力を持っていると知ればルルーシュという人物に同情せずにはいられない。
その彼を餌としてコード持ちの女、C.C.というらしいのだが、彼女を引きずり出そうとしているらしい。

そしてルルーシュが餌として人生を終わらせるのか、再びゼロとして舞台に立つのかは…ルルーシュ次第なのだろう。
どちらにしてもあんまりな人生だ、まるでシャルルの手の内で踊らされているみたいじゃないか。

こんなことをしてまでもまだ「愛息子」だというシャルルには恐れいる。
おそらくルルーシュはその愛を愛だと感じていないだろうと予想しつつも、これから先のことを思いまたひとつため息をつく。
今日の幸せだけでもなく、これから先の幸せさえも逃げただろうか。


「ああ、やることが多すぎる…」

思わず口に出してしまった呟きに、父は少しだけ苦笑しながら頷いた。
黒の騎士団がまた表舞台に立つというのならば、僕は私として騎士たちと共に戦争を始めなければならないのだろう。
なかなか面倒な役を押し付けられたものだ。放りだせるのならば今すぐにでも放りだしてやりたい。

それがなかなか出来ないのだからこの地位は窮屈だ。
やるべきことは信用を得ること、皇帝としての職務を全うすること、…数をあげればきりがない。
そしてどれも入念にやらなければならないことで、おそらくはエリア11を開放してやることなど先の先になってしまうだろう。悲しいことだ。

まずはどれから始めるべきか、と考えて重いだけの冠と硬い玉座を見る。
とりあえずは、このいらない冠と玉座を売買することから始めてしまおうか。


(ゆるいおまけ)

「乾杯!」
「「「かんぱーーいっ!!」」」

ある日の夕刻。
いつもならば仕事に励み、時には死とも隣り合わせになるラウンズ一同は明るい顔をしながらそれぞれが手に持っている酒やらジュースやらに口をつけていた。
無礼講、というに相応しい有様だ。だがそれを叱りつけるものは一人もいない。
それはこの場にはラウンズしかいないということだけではなく、彼らにとってそれはひとつの宴会のようなものだったからであろう。
その宴会の主役は残念ながらここにはいないのだが。

「にしてもライ君が皇帝かあ…今度からはライ様とか呼ばなくちゃ駄目なのかしら」
「そうだな。だがライはライのままなのだろうからそこまで心配することもあるまい」

少し残念そうに肩を落とすモニカと、そんなモニカの肩に手をおくドロテア。
その様子を見てノネットも二人の話に割って入る。三人揃ってしゃべるせいか、ふんわりとした酒の香りが彼女たちのまわりに広がった。

「そうだなあ、残念ではあるな。ライはいい男だったし」
「っ、ノネット!」
「そうよねえ、ライ君はいい男だったから。…私があともうちょっと若ければなあ」
「モニカまで何を言ってるんだ!」
「なんだ、ドロテアは弟みたいにしか思っていないのか。それはいいな、それじゃあお前は私の義理の姉か」
「えー違うわよノネット、ドロテアは私の義姉さんです!」
「酔っているのかお前たち!」

すっかりとガールズトークになっている三人を見て、宴会のメンバーの一人であるビスマルクは薄く笑う。
それを見て隣にいたルキアーノは面白そうににやりと笑って口をはさんだ。

「親馬鹿だな」
「なっ!?」
「今のお前の顔、まるで「そうだろう俺の息子はこんなに素晴らしいんだ」みたいな笑みを浮かべてまんざらでもない顔をしてたんだよ。親馬鹿オブワンめ」
「ルキアーノ!」
「事実だ、気持ちわりいんだよその笑み」
なあお前もそう思うだろヴァインベルグ、とルキアーノがジノの方に顔を向ければ、ジノはジノでルキアーノたちの話などには興味なさそうにアーニャとしゃべっていた。
二人して手にはジュースを持っている。
つまんねえな、とルキアーノが再びビスマルクの方に顔を向けば、ビスマルクは般若のような顔でルキアーノを睨みつけていた……。


「酔っ払いは嫌い」
「そう言うなってアーニャ、今日は無礼講だろ!」

険悪ムードになっているルキアーノとビスマルクには関心を見せずジュースを飲んでいる未成年組は、和気藹々と飲み食いしながら語り合っていた。
その内容はもっぱら、新しく帝王となった友人のことである。

「しっかしライが皇帝かあ…」
「不満なの?」
「いいや?だってライって不思議と俺らの上に立ってもしっくりくるイメージがあるんだよなあ」

皇帝の騎士にとって、守るべき皇帝が代わるとなれば大事だ。
それなのにこうして新しき皇帝を歓迎し祝福しているのは、他ならぬライの人格とカリスマあってのものだとジノは考えている。
もっとも、ラウンズでは好評のライが他の貴族に好評かというとそんなわけがあるはずないのだが……まあそれは年月が解決するものなのだろう。
一人納得して手元にあるオレンジジュースを飲み干す。
なんだか最近オレンジジュースが異様においしくなっているのだ、なんでも農家に一人のオレンジ職人がやってきてからオレンジの質が一気によくなったらしい。

「それよりアーニャはいいのか?」
「何が?」
「ライが皇帝になって。手、伸ばしにくくなったんじゃないか?」

初恋だろう?とからかうように聞けば、アーニャはなんともなさげにジノを見、一言。

「私、迷信は信じてないから」

初恋は実らせてみせる…と決意表明なことを言うアーニャに一瞬あっけにとられ、次の瞬間ジノは少し複雑そうに「そっか」とだけ言って笑った。
複雑だ、なんせアーニャもライも友人でそのどちらにも嫉妬する。盗られたような気分になる。
俺もまだまだ子供だなあ、と照れ隠しにアーニャの頭に手をおけば、「髪型が崩れる」とアーニャに言われてしまったが。


そして守るべき唯一の人のためへと。
それぞれに抱えた忠誠を胸に主役なしの宴会は、しかしラウンズの誰もがその存在を胸に抱えながら明るく優しく夜が明けるまで、そして明けてからも続いた。



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最終更新:2009年08月03日 22:38
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