「それで、学校で飴玉をなめているとそいつが――『その舌をよこせぇ!』と叫んではさみを持って襲ってくるそうよ」
感情の入ったおどろおどろしい声でミレイさんが叫ぶとニーナとシャーリーがビクッっと身を震わせた。
「でもその時になめている飴玉を噛むと助かるらしいわ。 飴玉を噛んだことが原因だからそんな癖のある舌はいらないってことかしらね。
これで私の話は終わりよ。 次に話をするのは誰かしら?」
そういって彼女は話を締めくくった。 声こそ出なかったが僕の表情はこわばっているだろう。
『夏だから怪談話で涼しくなろう』という会長の企画を安直だ、とルルーシュは言っていたがなるほど、これは確かに効果がありそうだ。
ちなみに安直だといっていた当人も少し頬の辺りが引きつっていた。
会長の前、最初のスザクの話『学校に置き忘れられた人形の霊』もなかなか怖かったのだが、スザク自身の話し方が問題だったのかそこまで怖くはなかった。
「じゃ、じゃあ次は私が話すね」
先ほどまでの恐怖の余韻が残っているのか少し震える声でシャーリーが話を始めた。
「これはね、最近うちの部員が本当に体験した話なんだけど――」
うちの部員……シャーリーは確か水泳部に所属していたからプールであった怖い話であろうか? そうアタリを付けておく。
多少の予想を立てておけばある程度怖さが半減するかもしれない、とそんなことを思いながら。
「最近ね、プールの様子が変なのよ……夕方にきちんと掃除をして帰っても朝練の時間にはなぜか少しプールサイドが湿っていたり、髪の毛が落ちていたり……
それにね、落ちている髪の毛は透き通るような緑色の髪。 そんな髪の色の子は誰もいないのに……」
シャーリーが真剣な顔をして話している。 ニーナが組んだ手を震わせながら話を聞いている。
リヴァルも、スザクも、ミレイ会長も、カレンも、ナナリーも、真剣に話を聞き入っている。 だが、僕はその怪談の真相をなんとなく察した。
ちらり、と横にいるルルーシュを見てみると彼は先ほどとはまた違ったかんじに頬を引きつらせていた。
「それでね、私の友達が後輩と飛び込み台の影に隠れて、原因を探ることにしたのよ。 もしかしたら不審者かもしれないけど二人なら大丈夫だ、ってね。
で、夜遅くのプールをじっと見張ってたんだけど二人とも練習で疲れていたらしくて、ついうっかり眠ってしまったらしいわ……」
シャーリーが声を潜めながら話を続ける。
「そして、どれくらいかの時間たって肩を叩かれて起きたらしいわ。 あ、私寝ちゃってたんだ。 起きたばかりのボーっとした頭でそんなことを考えたらしいわ。
で、起こしてくれた後輩にありがとうって伝えようと思って後ろを見たらそこには飛び込み台にもたれかかって寝ていた後輩がいたらしいわ。
なんだ、後輩も寝てるのか。 ――――あれ? じゃあ肩を叩いたのは誰だろう? そう思って彼女は背中がゾクッとしたらしいわ」
皆が息を呑む。 そしてシャーリーもゆっくりと話を続ける。
「『おい、お前ら。 こんなところで寝ていると風邪をひくぞ? 早く帰るんだな』 そんな声が聞こえてきたそうよ。
聞き覚えのない声だったけど、確かに自分たちを心配する声。 それを聞いて安心してお礼を言うために彼女は振り向いた」
少し明るい声になってシャーリーが言う。 ニーナのほっとした様子が僕の目に入った。 同時に少しニヤリと嗤うシャーリーの顔が目に入る。
「『それとも――――お前たちも私と一緒に泳ぐか!?』」
突然の大きく、そして空気を震わせるような声をシャーリーは出した。 その声を聞いて安心しきっていたニーナが大きく目を開いた。
「そこにいたのは――――――全身ずぶぬれでらんらんと輝く金色の目が緑色の髪の間からのぞく女だったそうよ。
その子は怖さのあまり気を失ってしまったらしいわ。 翌朝、無事な彼女と後輩が朝練に来た先輩に発見されたそうよ。
なんでも、昔プールで泳ぐのが大好きな子がいたんだけど不慮の事故で死んでしまったらしいわ。 それで一緒に泳ぐ仲間を探して夜な夜なプールに現れている。
そういう噂が昔あったって顧問の先生が言ってたわ。 しばらく前から出てこなかったけど最近になってその幽霊がまた現れたのかもしれないわ。
これで私の話は終わりよ。 次の人、どうぞ」
シャーリーの話し方はうまいと思った。 話し方は。 そういえばこの前C.C.が「親切にも声をかけたやったらいきなり気絶した無礼なやつがいた!」とか愚痴ってたな……
そんなことを考えながらルルーシュのほうをチラリと見てみる。 彼はため息をついていた。
「よし、じゃあ皆落ち着いたところで俺の話だな。 俺もシャーリーと同じ、最近の話をするぜ。
まぁ、体験談って言うよりも他愛ない噂話みたいなもんだけどな」
そういってリヴァルは話を始めた。
「で、なぜかいたるところにバーコードのみが切り取られたピザの空き箱が置いてある。
それも授業時間中に誰もいないようなところで捨てられているってわけ。 ピザ妖怪、とかバーコード妖怪、とかそういう風に言われているんだ。
ま、こういう怖くない怪談があってもいいっしょ? 俺の話は終わりだよ」
リヴァルの話が終わったときルルーシュと僕は顔を見合わせ、なんとなく頷きあった。 ため息を吐きながら。
そして続くニーナの話は『授業を受けたくても受けることのできなかった薄幸の少女の霊が授業中さまよい歩いている』というものであった。
もちろん緑髪の生徒の幽霊だった。
―――――そういえば魔女っていうのも十分に怪談になりうる話だよな……
願わくば「怪談」のまま終わって欲しいな……そういうことを思っているといつの間にかカレンの話が終わっていた。
残るは僕とルルーシュ―――ナナリーは少し時間が遅くなってきたから咲世子さんがベッドへと連れて行った、だが、僕は問題を抱えていた。
怪談を用意できていなかったのだ。 少ない記憶の中には怪談など存在していなかったし、怪談をするといわれてすぐに聞ける友人もいない。
ミレイさんは「用意できなかったら罰ゲームよ」と言っていたのでルルーシュに相談してみると「任せておけ、俺たち二人でできる怪談を見つけておこう」と言われたので安心していたのだが……
ルルーシュを見ると先ほどから続く学校であった魔女の独自行動についての考察をしているらしくなにやらぶつぶつとつぶやいていた。 おそらく正気にもどるにはしばらくかかるだろう。
今考えるか、それとも正直に謝るか……一瞬の迷いの後、僕は後者を選んだ。
「すみません、ルルーシュが考えてくると言っていたのですがこの様子なので……」
言ってから思ったが、たとえルルーシュが何かを用意していたところで僕はそれを知らないわけだから……台本でも作ったんだろうか?
妙に思考が働く。 今なら即興で怪談を作って話せそうな気さえする……いや、なんでこんなに頭が回るのか、原因はわかっている。
現実逃避はやめよう、目の前の出来事を受け入れよう。
そして僕は目の前で笑みを浮かべるミレイさんの言葉を待った。
「ふぅん、じゃあルルーシュも怪談は無理みたいね……じゃあ二人そろって罰ゲームね……何がいいかしら……」
そしてミレイさんが罰ゲームを考えている間、今日のどんな怪談よりその間に肝が冷えるような気がした。
最終更新:2009年09月02日 01:50