「ハァ、もうすぐ夏休みか」
ある日の放課後、生徒会室でリヴァルがため息をついた。今日ここには、僕とリヴァル、そしてスザクの三人だけがいた。
「あれ?リヴァル、どうしてため息なんだい?普通は休みが近くなれば、嬉しくなるものじゃないの?」
スザクが声をかけると、リヴァルは憂鬱そうな顔で答えた。
「そりゃあ嬉しいさ。だが忘れていないかスザク、夏休みに必ずと言っていいほど我々を悩ませる、アレの存在を」
アレと聞いた瞬間、スザクの表情が曇った。
「ああ、アレね。夏休みの宿題のことか」
「そうだ、前半戦に楽しいことを優先させたツケとばかりに、終盤に俺たちを苦しめたアレさ。小さい頃は、本当に嫌だったぜ」
「そうそう、『今年こそは先に終わらせよう』と思っても、結局は誘惑に負けて後回しにしちゃうんだよね」
「へえ。僕には記憶がないからわからないが、休みの間も課題が出て、君たちはそれで苦労していたんだな」
子供には子供なりの苦労があるってことか。まあ、僕たちは今でも完全に大人になったわけではないが。
「今年もまた、色々な教科からたっぷり出されるんだろうなぁ。あー、やだやだ」
「僕は軍に勤めながら消化しないといけないから、今のうちにちゃんと計画を立てておかなくちゃ」
リヴァルとスザクが夏休みの宿題に思いを馳せているところへ、僕は声をかけた。
「なあ、二人とも。その宿題って、具体的にどういう内容が出るんだ?」
「内容か?まあ基本的には、これまで習ってきたことの復習だな。数学や歴史の問題集だったり、教科によっては簡単なレポートだったりもするぜ」
「なるほどな。それは、子供の頃の教育カリキュラムでも変わらないものなのか?具体的に、この学園に入る前の二人の経験を聞きたいんだが」
夏休みの宿題のことを知りたくなった僕は、二人が小さい頃の話を聞き出そうとした。リヴァルが腕を組み、昔のことを思い出すような仕草を見せる。
「うーん、昔はどうだったかねえ。やっぱり思い出すのは、自由研究だよな。特定の教科に縛られず、自分が『これだ』と思ったことについて独自に調べ、一つの成果にするんだ。
あとは、今でもあったりするけど読書感想文だな。昔に書かれた有名な小説なんかを読んで、感想文を書くんだ。あれは面倒だったなぁ」
「あとさ、計算ドリルってなかった?簡単な計算問題を、ひたすら解いていくやつ。内容は簡単だからいいんだけど、数が多くて意外と面倒だった覚えがあるよ」
スザクの言葉に、リヴァルが手を打って反応した。
「そうそう、そんなのあった!簡単だからって理由で真っ先に片づけて、後に残った難しい文章問題集を見てため息をつくんだよなー」
「懐かしいよね、こうして昔出た夏休みの宿題を思い出すのも」
「僕も、二人の思い出話は聞いていて楽しいと思う。こういう時間って、本当にいいものだな」
本格的な夏を前にした午後のひと時は、こうして過ぎていった。
「しかし最近、暑いよな」
生徒会に届けられた書類に目を通していきながら、リヴァルが言った。その表情は、少しダルそうだ。
「もう七月だから、仕方ないよ。文句を言わずに仕事を片づけなくちゃ。でないと明日、会長に叱られるよ」
「うっ、会長に嫌われるのは御免だぜ。けどなあ、やっぱり何かテンション上がらないんだよ」
スザクがリヴァルをたしなめるが、リヴァルのやる気は上がらない。そこで僕は、ある提案をした。
「じゃあ、何か楽しい話なりやる気の出そうな話をしたらどうだ?さっきの計算ドリルの話題みたいに、何か盛り上がれそうな話題はないか?」
「楽しい話ねぇ。さっきのドリルみたいに盛り上がる話って言っても…ん?『盛り上がる』、『盛り上がる』と言えば『ハイテンション』。そして『ドリル』……」
ブツブツと「ドリル」や「ハイテンション」といった単語を呟いていたリヴァルが、ポンと手を打った。
「そうだ、それだよ!テンションを上げるには、熱血や情熱が必要!男なら情熱を感じる瞬間が、どこかにあるはず。そこで今から、『熱血』及び『情熱』を連想させる何かを出し合おうぜ!」
「なるほどな。確かにそのキーワードなら、テンションは上がりやすいかもしれない。だが、具体的にどんな事例があるんだ?」
僕はあいにく、そういったキーワードに関する話をすぐにはできそうになかった。そこで、まずはリヴァルとスザクの話を聞き、それらを参考にして何か話すことに決めたのだ。
「おう、今から俺とスザクで事例を出し合うから参考にしろよ。それでいいか、スザク」
「うん、僕はそれでいいよ。それじゃあ、どっちから話そうか?僕は後でいいけど」
「よし、まずは俺からだ。さっきの会話からピンと来たんだが、『熱血』と言えばロボットで決まりだな。
高速回転するドリルで新たな道を切り開き、敵を討つ。変形して大空を駆け、合体して友情パワーで世界を守る。くぅー、熱いぜ!」
リヴァルが拳を握り、熱く語る。熱中するのはいいが、何のことだか理解できない。彼の様子を見るに、おそらく「熱血」の言葉にふさわしいのだろうけど。
「ロボットアニメかぁ、確かにいいよね。強大な敵が出現してピンチに陥った所で次回に持ち越されると、次回までの一週間が妙に落ち着かないんだよね」
「そうなんだよなあ。そして紅一点の少女と主人公との、切なくて甘酸っぱい恋模様なんかも見過ごせないぜ。俺も、会長とそんな風になりたいよ」
あさっての方角に目を向けながら、リヴァルが言った。よくわからないが、確実にテンションは上がってきているな。
そしてスザクも瞳を輝かせているので、おそらくはテンションが上がってきたのだろう。だが僕だけは、困ったことに置いてけぼりを食っていた。もちろん、二人にそんなことは言えなかったが。
「よしっ、今度はスザク、お前の番だ。熱い話を聞かせてくれよ!」
「わかった。そうだなぁ……」
リヴァルに話を振られ、スザクは少し考えた後に話し始めた。
「ロボットの話はもう出たから、僕はスポーツ根性系アニメを推すよ。強くなってライバルや己に勝ち、頂点をひたむきに目指す青春ドラマは、まさに『情熱』や『熱血』そのものだと思うよ。
そして挫折を味わった時の悔し涙や、目標を達成した時の嬉し涙は、見ているこっちもジーンと来ちゃって目頭が熱くなるんだよね」
楽しそうな表情で、スザクが話す。彼の話す内容から察するに、それは見る者の心を揺さぶる情熱的な内容なんだろうし、スポーツが心を熱くさせるのは何となく理解はできる。
だが先ほどのロボットアニメと同様、スポーツ系アニメもその情景が頭に浮かばず、僕は燃えようにも燃えることができずにいた。もどかしい、あまりにもどかしい。
「あぁ~、わかるわかる。ひたむきに頑張る主人公の姿って、心を打たれるよなあ。そういう意味では、感動したり燃える要素はたくさんあるよな。
あとたまにさ、目から炎を出して熱血状態を演出したりもするだろ?あれって面白いよなー。よーし、いいぞ。想像していたら何だかテンション上がってきた!」
「うん、わかるよ!僕も何だか楽しくなってきた!」
スザクとリヴァルが目をキラキラさせて、すごく楽しそうにしている。二人のテンションが高まっているのは、明らかであった。
(……困ったぞ、今の僕はかなり浮いている気がする。一人だけテンションが普通で、まるで自分の方がおかしいみたいじゃないか。
だがそれでも、みんなのテンションを上げるために、何か情熱的な心を揺さぶる話を考えないと)
僕はすごく悩んでいた。自身の過去に関する記憶はないが、何故か知っている情報だけはやたらとあるから、そこから探せば何か彼らにできる話は見つかるかもしれない。
だが偶然か必然か、二人ともアニメに関する話題を出して一緒に盛り上がっており、多分僕もアニメ関連の話をすれば無難なのだろうが、いくら探しても僕の脳内にはそちら関係の情報がないのだ。
(僕の頭の中は、よくわからないな。色々な情報が入っている割には、肝心というか必要な情報がなかったりするし。
しかし何故だ、何かカルチャーショックのようなジェネレーションギャップのような、一抹の寂しさを覚える。見た目からして、彼らと年齢はさほど違わないはずなのに)
聞いてその情景を想像しただけで熱くなれるような話題を考えながら、僕はちょっとした寂しさを覚えていた。だがその寂しさの種類が種類だけに、僕はますます自分自身がわからなくなりそうだった。
「さてと、ラストはライの出番だぜ。一発熱い話を頼むぜ!」
上機嫌で、リヴァルが僕に話を振ってきた。そもそも、締めを僕が担当するのってどうなんだ。
「だが僕には記憶がないから、君たちみたいにアニメの話はできないぞ。それに、君たちの期待に添えるかどうか。それでもいいのか?」
「大丈夫だって!お前だって、ここに来てから色々見聞きしてきただろう?その中に、何か熱くなれる話があるかもしれないじゃないか。
そうやって自分を過小評価するなよ、要は気の持ちようだって。だから思い切って俺たちに話してくれよ、お前の思う『情熱』を!」
リヴァルが拳を握り締め、僕に熱く語りかける。
「そうだよ、ライ。『記憶がないから』と自分に限界を作っちゃダメなんだ!限界は超えるために存在して、それを超えた時、新しい自分になれるんだ。
今ここで何か話をすることで、それを君が変わるきっかけにするんだ。だから聞かせてよ、君の心を熱くした話を!」
「リヴァル、スザク……」
想いがこもった二人の言葉を聞いて、僕は少し感動していた。そうだ、弱気や逃げ腰では何も変わらない。彼らが言うように、自分を変えないと。そのためにも、頑張って情熱的な話を考えよう。
それで実際に記憶探しが前進するかは不明だし、何だか場の雰囲気に流されている気もするが、時には場の勢いを借りても罰は当たるまい。
「ありがとう、少しずつだが前向きになれそうな気がしてきた。君たちの想いに応えて、何とか話を考えてみよう」
少し高揚した気持ちが冷めないうちに、僕は情熱を感じられる話題を考えることにした。頭の中で検索をかけ、情熱的っぽい話題を探す。
(うーん、なかなか浮かばないな。いやいや、こういう時は冷静になるんだ。必ず何か、何かあるはずだ)
そうやって僕が頭をひねっていると、つい最近テレビで見たある光景が、僕の脳裏に蘇ってきた。そしてその瞬間、僕はハッとする。
(あっ、この話なら情熱的で、もしかしたらスザクやリヴァルにも気に入ってもらえるかも。彼らの話していた内容とはジャンルが全然違うが、迷ってばかりもいられない)
僕は心を決めると、顔を上げて二人の方を見た。
「それでは、話をさせてもらおう。僕が情熱を感じた話を」
「おう、ドンと来い!」
「楽しみだなあ、ライの話」
二人が目をキラキラさせながら、僕の話を待っている。そして僕はついに、話を始めた。
「僕が情熱を感じること、それは闘牛なんだ」
「な、何だって?」
「えっ、闘…牛……?」
リヴァルが口を開け、スザクが目を丸くし、それぞれがキョトンとした顔になる。
(うっ、こ、この反応はいきなり前途多難な予感がするぞ。やっぱりダメなのか?い、いや、ここで後ろ向きになってはダメだ!最後まで話し切って、自分の想いを伝えないと!)
僕は再度気持ちを奮い立たせると、話を続ける。
「少し前に、偶然旅番組で見たんだ。ある街を紹介していて、そこでは闘牛が昔から盛んに行われているそうなんだが、その映像を見て思わずうなったんだ。
赤いマントを持った闘牛士が、逃げることなく興奮して突っ込んでくる牛に立ち向かい、最後には倒してしまうんだ。
あの大きな角に突かれたら下手をすれば命だって落としかねないのに、勇敢に立ち向かっていく様は感動したな。観客からスタンディングオベーションを浴びるシーンでは、僕も心の中で拍手を送っていた。
そんなわけで、僕は闘牛こそが『情熱』の言葉にふさわしいと思うんだが、えーと、どうだろう。やっぱりダメか?」
僕は、恐る恐る二人の方を見た。少しの期待と、大きな不安を抱えながら。
「す……」
リヴァルが体を細かく震わせ、次の瞬間椅子から立ち上がった。僕はその勢いに驚きつつ、彼の方を見る。
「すっげぇよ、ライ!お前はやっぱ違うぜ!そっかー、闘牛か。二本の大きな角を振りかざして突進する牛、あの体の中には、煮えたぎるほど熱い血がたくさん流れているんだろうなあ。そう、まさに『熱血』そのもの!
片や闘牛士の方は、そのクールな立ち居振る舞いとは裏腹に、『牛に立ち向かって華麗に倒してやる』という熱い気持ちを宿しているんだろう。こっちはまさしく『情熱』の言葉がふさわしいよな!
そして観客たちも、闘牛士と牛の熱い闘志のぶつかり合いによる熱気が自分たちに乗り移って、『オ・レ!』の大合唱や拍手を送るんだろう。まさに会場が一体となった、熱気の渦だぜ!くぅー、いいねぇ!」
「そ、そうか。気に入ってもらえたようで嬉しいが、もう少し落ち着かないか?机が壊れそうで怖い」
机の上に片足を乗せて拳を握るリヴァルに、僕は圧倒されながらも注意した。しかし、まさか彼がこんなに興奮するとは思わなかったな。
「闘牛かあ、それは想定していなかったな。闘牛士と牛の息詰まる攻防とか、会場のすさまじい熱気とか、きっとハラハラして心が躍るんだろうなあ。
ライ、君にはお礼を言わなくちゃ。君は現代社会に脈々と受け継がれてきた情熱の祭典が存在することを、僕たちに改めて気づかせてくれた。本当にありがとう!」
「あ、ああ。君たちにプラスに働いたなら、僕も嬉しい。だが、その…そんなに強く握られると痛いんだが」
両手で強く僕の手を握りながら、スザクが僕に語りかけてくる。彼に握られた手は既に赤くなりかけており、結構痛い。
しかしこの二人の反応は、僕にとって想定外であった。だから「彼らを満足させられて嬉しい」という気持ちと、予想以上に高まった二人のテンションに面食らっている気持ちが半々だった。
「よしっ。スザク、ライにクッション一枚進呈!このお題に一番うまく答えられたご褒美だ!」
「座布団の代わりだね、わかったよ!」
「えっ、な、何?」
スザクが立ち上がってクッションを探しに行き、僕はその様子を戸惑いながら眺めていた。座布団の代わりって何だ、ていうか冷房で多少涼しい室内とはいえ、夏場にクッションは尻が少し暑いんだが。
「さあライ、受け取ってよ!」
ニコニコしながら、スザクがクッションを「二枚」差し出してきた。あれっ、リヴァルは「一枚」と言ったはずなんだが。
「一枚はリヴァルからのご褒美、そしてもう一枚は僕からの感謝の気持ちだよ。こんな形でしか表現できないけど、『いい話を聞かせてくれてありがとう』という僕の気持ちを伝えたいんだ。
さあライ、どうか受け取って!」
(な、なるほどな。しかし一枚どころか二枚とは、何だか気分的に落ち着かないな。本当は彼らを喜ばせられて嬉しいはずなのに、ただただ戸惑うばかりだ。
い、いや、ここで彼らの勢いに負けてはダメなんだ!彼らの気持ちを正面から受け止めないと、彼らに失礼だ。頑張れ、自分!)
僕は気持ちを立て直すと、笑顔でスザクからクッションを受け取った。
「ありがとう、二人とも。君たちを満足させることができて、本当に嬉しい。何だか前向きにやっていけそうな気がしてきた」
「そうそう、その意気だぜ。よーし、情熱のキャッチボールのおかげで、テンション上がってきたぜ!」
「うん、僕もだよ。漢字の『漢』と書いて『おとこ』と読む時って、こういう熱い男の友情を指す時なのかもしれないね!」
リヴァルが再び机の上に片足を乗せ、スザクが目を輝かせている。ああ、僕も感覚がマヒしてきたのか、彼らの妙な造語を聞いても何故か納得できてしまう。
きっと傍から見れば単なる勢い任せのハイテンション、悪く言えば空回りのはずなのに、少しずつ気持ち良くなってきた自分がいる。でもまあ、たまにはこういうのもいいか。
「よーし、頑張って生徒会の仕事を片づけるぜ!準備はいいか?」
「うん、僕はいつだってやる気十分さ!」
「任せてくれ、全力を尽くす」
リヴァルの合図で、僕たちは再び生徒会の仕事に取りかかった。
その後、不思議なことに仕事はそれまでよりもはかどり、その日の夕方にはすべてが片づいた。雰囲気作りというのは、やはり大切なものなのかもしれない。
だがこれだけは言えるかもしれない、「同じことを生徒会の女性陣やルルーシュを交えてやろうとしても、多分引かれて終わりだ」と。
最終更新:2009年09月03日 23:14