042-664 二人の歩き方 @余暇

ある休日のことだった。僕はその日、朝からずっとクラブハウスにある自室にいた。恋人であるカレンと一緒に。
天気はいいが特に「どこかへ出かけよう」となるわけでもなく、一緒に昼食を作って一緒に食べたり、何気ない会話を楽しんでいたりした。
「ふむ……」
ソファに隣り合って座っていた僕たちの会話が途切れ、少しの間静寂な空気が流れた時だった。僕は前から密かに気になっていたことを思い出し、天井を見上げる。
それは、「何をしていても二人でいる時間そのものが大切だ」と考えている僕にとって、唯一気がかりな部分でもあった。
「ライ、どうしたの?何か考え事?」
隣にいるカレンが、僕の顔を覗き込んでくる。
「ん…ああ、ちょっと気になったことがあって。君に聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「ええ、いいわよ。何かしら?」
カレンが優しい笑顔を僕に向け、先を促してくる。僕はその表情に愛しさを感じながら、話を続けた。
「カレンはこの先、僕にどういう関係を望んでいるんだ?」
「えっ、どういうって?」
カレンが首を傾げ、質問の意図を測りかねるような表情を見せた。
「えーと、何て言えばいいのかな…よし、質問を変えよう。君は僕に、今よりも会話の量やバリエーションを増やして欲しいか?
と言うのも、僕はあまり会話が上手じゃないし自信もないから、今みたいに二人の会話が途切れてしまうと、次にどうしたらいいか困ってしまうんだ。
そのことに関して君は特に何も言わないが、もし君が明るくて会話の多い関係を僕に望んでいる場合、僕には今の状況を打破するための努力が必要になってくる。
だからその辺に関して君がどう思っているのか、意見を聞きたい。今後の二人の関係を良い方向へ進めるために、参考にしたいんだ」
そう、今までカレンとの会話が少し途切れるたびに、僕は迷っていた。会話のない静寂な空気も、すごく穏やかで僕は好きだし、彼女も居心地は良さそうにしていた。
だが、「もし彼女が静寂よりも会話の方がさらに好きだとしたら」と考えると、僕はその静寂を何とかしようとして、密かに思案に暮れてしまうのだ。
僕はあいにく流行に疎いし、多くの話題を提供できるわけでもない。それに気の利いた会話をする自信なんてないし、人を楽しませる術も持たない。
彼女が僕に何かを無理強いするような性格でないことはわかってはいるが、もし彼女が本当は何かを望んでいて、僕がそれを満たすのに不足している部分がある場合、やはり努力はしなければならない。
そう思って、僕は彼女にこんな質問をぶつけてみたわけだ。
「ふーむ、なるほどね。ライって、そんなことを気にしていたのね。知らなかったわ」
カレンが腕を組み、ジッと僕を見つめた。
「別に私は、ライに会話の量やバリエーションなんか求めないわ。そりゃあ楽しい会話は好きだけど、それってネタを必死に探してまで、どうしても毎回しなきゃいけないものではないわ。
この世界が平和で、なおかつ私たちの関係がうまく進展していれば、会話のネタなんか、探さなくても向こうから転がり込んでくると思わない?」
「まあ、言われてみれば確かにそうだな」
「でしょ?だから『会話の量を増やそう』とか、無理に頑張らなくてもいいの。私はさっきみたいに会話のない静かな時間も、心がすごく落ち着くから好きよ。
私にとって一番大切なのは、あなたと一緒にいる時間なの。だから、変に気にしなくてもいいのよ」
「そうか、わかった。ありがとう、そう言ってくれてホッとした」
カレンに優しい笑みを向けられ、僕も笑みを返した。「彼女にとっても、二人でいる時間そのものが一番大切なんだ」とわかって、嬉しかったのだ。
(この穏やかで幸せな時間がこれからも続くように、特区の方も頑張らないとな。もちろん、みんなやカレンと一緒に)
そして僕は心の中で、この世界を守り抜くことを、改めて誓うのだった。大切な人たちのために。
「あっ、そう言えばライの『努力』って言葉で思ったんだけど……」
カレンは何か思う所があるらしく、僕の方を見て話し始めた。
「実はさ、その…努力と言うほどじゃないけど、あなたに忘れないで欲しいことがあるんだけど」
「何だそれは?教えて欲しいな」
僕が促すと、カレンは僕を見つめながら話し始めた。
「うん、私がライに忘れないで欲しいことは、その…初心を忘れないで欲しいの。『今より次の瞬間に、もっと君のことを好きになっていたい』って言ってくれた、あの言葉をいつまでも覚えていて欲しいの」
その言葉は特区の式典が行われた日、すなわち僕とカレンが結ばれた日の夜に、僕から彼女に贈った言葉であった。
「常に新しい気持ちでカレンを見つめ、新しい魅力を探して、いつまでも愛し続ける」という想いを込めて、僕は彼女にそう誓っていたのだ。
「あの言葉を聞いた時、すごく嬉しかった。そして思ったの、『私も負けないくらいライを見つめて、どんどん好きになって、いつまでも一緒にいたい』って。
だから、いつだってライと一緒にいる時間を大切にして、ずっとあなたを見つめてきたつもりよ。次の瞬間に、もっとあなたを好きでいられるためにね」
そう言って、カレンは僕の手に自分の手を重ねてきた。手を通して伝わる彼女のぬくもりが心地良く、そして愛しい。
「だから、ライもあの時の気持ちを忘れないで。会話の量は今のままでもいいの、無理して私を楽しませようとしなくてもいいの。ライはライのままで、ずっと私の隣で私を見ていて欲しいの。
私たちにとって、想いを通わせる手段は会話だけじゃないわ。言葉がなくても態度や雰囲気で通じ合えるし、愛し合える。だから……」
カレンが僕を見つめ、愛の言葉を紡ぐ。
「これからもっと私を好きになって、ずっと愛して。それが私にとってたった一つの、そして一番のお願い」
「カレン……」
僕はカレンを抱き寄せると、その体のぬくもりを感じつつ、彼女の瞳を見つめる。
「ああ、もちろんだ。あの時誓ったことは、決して忘れはしない。いつだって君を見つめて、もっと君を好きになって、そしていつまでも愛し続けよう。
この瞬間を大切にして、言葉だけじゃなく色々な方法で相手を知って、次の瞬間にはもっと相手を好きになる。それが僕たち二人の歩き方だからな」
「ふふっ、本当に歯の浮くようなセリフをサラッと言うのね。とても会話に自信がない人間には見えないわ。でも、そうやって自分の気持ちを真っすぐに伝えてくれるライが、私は大好き」
「ああ、僕も自分の気持ちを真っすぐに受け止めてくれるカレンが大好きだ」
僕たちは自然と顔を近づけ、唇を重ね合っていた。部屋の静寂な空気が二人を優しく包み、ゆっくりとした時間が流れる。
「ぷはっ……」
やがて二人の顔が離れ、再度見つめ合う形になった。お互いの想いを唇で確かめ合い、前の一瞬よりもさらに相手に愛しさを覚えながら。
「言葉がなくても通じ合えるのは、本当だな」
「でもそんなこと、本当はとっくに知っていたくせに」
「まあ、わかってはいたけどな。でも改めて確認したかったんだ、もっと君を知って、もっと好きになりたいから」
僕はカレンの頬に手を添え、問いかけた。
「次の一歩を進めるために、カレンはどうしたい?話をしたいならそうするし、君に任せようと思うが、どうする?」
するとカレンの顔が、少しずつ赤く染まってくる。
「えーと、多分同じことを考えているはずだから、雰囲気と態度で察して……」
僕はカレンとしばらくの間見つめ合った後、彼女が目を閉じるのを見て、再び唇を重ね合わせた。そして彼女を抱き寄せると、キスを続けたまま、一緒にソファの上に倒れ込んでいった。


(カレン、改めて君に誓おう。君の一番の願いを叶えるために、僕はずっと君の隣で、君と一緒に歩いていくから。僕の進む道は、ずっと君と一緒だ)


最終更新:2009年09月07日 22:20
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