大人になるということは、社会の常識やルールに縛られるということかもしれない。
子供の心を忘れなくたって、行動にまではうつせなくなってしまう。
自分で思っている以上に、まわりの目というものを気にしてしまう。
大人の社会って難しく出来てるなあ、と思いながらミレイはグラスに並々と注がれていた日本酒を飲み干した。
日本酒はミレイと同じ生徒会で汗水を流しながら青春のいくつかのページを共に過ごしたスザクの故郷の代表ともいえる酒だ。
それが飲めるのもミレイが大人と呼ばれる年齢になったからであり、日本を取り戻すために命を賭けて戦った人たちがいるからなのだろう。
その人たちはいなければ酒はおろか、日本は日本という名前を取り戻すことなどなかったに違いない。
そしてミレイが会長を務めていた生徒会のメンバーの何人かも、その命を賭けて戦った人たちだ。
その人たちが今、どうしているのか。どこにいるのか。
そしてそこに参加していなくても生徒会のメンバーとして共に過ごした友人達がどうしているのか。
ミレイには分からない、忙しすぎてろくに連絡も取り合っていなかった。
おなじ学校に通って共に過ごした日々は手に取るように分かった(まあ一部を除いて、ではあるが)というのに、
今となっては誰がどんな生活をしているのかだなんてまったく分からない。
こんな簡単に繋がりが切れてしまうのなら子供のままでいたかったなあ、と、
早く大人になりたがっていた学生時代を思い出しながらミレイはため息をこぼす。
連絡するね、連絡してね。
そう約束していたことも破って破られて。
仕事に没頭されていたことを言い訳にしても後回しにしすぎてしまっていたのかもしれない。
もっと定期的に連絡をとっておけばよかったと後悔しても遅い。
だからと言って今更電話をするのも少し照れくさい気がする。
学生時代はこんなことに照れなどまったく感じなかったのに、ああこれも大人になったということなんだろうか。
ガラスの中に入っている氷がカランと音を立てた。
今日は酔えそうにないかなあ、とミレイが二度目のため息をつこうかと思ったとき、
半ば無理やり隣に座らせて酒を飲ませていた男が日本酒に手を伸ばしていることに気がついた。
あれ、お酒苦手じゃなかったっけ、とミレイが慌てて男の顔を確認する。
そうすればそこにはほんのりどころではなく、まるでのぼせ上がったかのような男の真っ赤な顔がそこにはあった。
「ラ、ライ!?」
「……あ、はい」
「大丈夫!?顔、凄い真っ赤よ?」
「……ああ、大丈夫です、少しも酔ってませんから」
どこが!?と内心突っ込みをいれながらミレイは男…ライから日本酒を取り上げる。
もっと酔わせたら面白いだろうと思わないこともなかったが、ライが酒に弱いことは以前から知っている。
故に普段は飲酒もしないことも。
それを無理やり隣に座らせて飲ませたのはミレイ自身なのだが、それでもここまで酔うとはミレイにも予想外だった。
ライがハメを外して飲むことなど滅多にない、それもライ自身が酒に弱いことを自覚してからは尚更。
だからどうせ隣に座らせて酒を誘ってもほとんど飲まないとミレイは予想していたのだ。
それなのにどうやらミレイが少し過去へとトリップしていた時にいつもより飲んでしまったらしい。
酒に弱いためあまり度数の強い酒を飲んだりしないライにとって、日本酒はアルコールが高すぎたのだろう。
それに、日本酒の中身は半分以上減っていた。酒に弱いものにとっていささか多すぎる量だ。
それなのにここまで飲んだのは友人であるスザクの故郷の酒だからか。
それとも、自分の半分の血の故郷であるからか。…おそらくは、両方なのだろう。
これは明日二日酔いかな、と一応無理に酒に誘った自分にも悪い部分があると自覚しているのでライから目をそらしてしまう。
明日何を言われるかが手に取るようにわかる。これだから飲みたくなかったんだとかなんとか。
そう言われると分かっていてもライと一緒に飲みたいというから乙女心というものは複雑だ。
ライも乙女心を少しは理解してくれたらねえ、と思いながらミレイは日本酒を遠ざける。
「…まだ飲めます、よ」
「いーの、ライと話していたいから」
そろそろ呂律が怪しくなってきたライの肩にそっと寄り添いながら、ミレイはうっとりと目を閉じる。
酒に誘った自分がこういうのもアレだが、ライには酒を飲まないのだとしても傍にいてほしかったのだ。
ライの傍というものは不思議だ、疲れが勝手にとれていく。
ライ自身の雰囲気がそうするのか、恋というもののせいか、あるいはその両方か。
どれにせよ手放す気になど絶対にならないと自信を持って言えるほどだ。
「…日本酒、というのはいいものです、ね」
「そうねえ」
「スザクの故郷の酒、ですよね」
「ええ、スザク君の大切な日本のお酒よ」
「あと、僕の、半分の…故郷」
酔いにまかされて、ライがぽつりぽつりと話し始めていく。
それにひとつひとつ頷き返しながらミレイは笑う。たまにはこんな日だって悪くない。
「懐かしいですね…あの頃は、無茶ばかりしていた気がします」
「男女逆転祭りとか?」
「それもそうですけど、それだけじゃなくって。もっと色々と」
「そうね…あなたも、ルルーシュも、みんなみんな、ね」
どうしてそんなに頑張るのって言うくらい頑張って。
どうして学生という身分で普通の大人でもしょえないくらいのものをしょいこんで。
命を賭けて戦って戦って戦って、友人と敵対してまでも戦って。
それなのに私は待っているだけで。待つことしかできなくて。
それでもせめて私の傍にいる間は安らいでいて欲しいから、ずっと笑顔でいよう、明るくいようと誓っていた。
あの頃は複雑だったとミレイも思い返しながら頷く。戦う力が無いことをあれほどまで悔やんだのもあの時だけだ。
今更、言葉になんてだしたりはしないけれど。
「…また、会いたいです…ね」
「そうね。今度生徒会メンバーだけの集まりでも企画しましょうか」
「それ、いいですね…」
真っ赤になった顔でライが笑う。
その笑顔に、おや珍しいとミレイが凝視していれば、なれた手つきでライはミレイの頭を撫でた。
ふわりとした髪を優しく梳くように撫でて、酒のせいで目を潤ませながら笑う。
これは女性を悩殺させる表情ね、とミレイは思いながらも酒のせいだけではない顔の熱さを誤魔化すように
そっとライの火照った頬に手を当てる。
ひんやりとした手が気持ちいいのか、ライはそれに擦り寄るようにして目を閉じる。
それはそれでなかなかのものがあるのだが。
そもそも男なのに色気がこんなにあるって可笑しくない? とミレイが思わないでもない。
「また、皆で、」
「そうね、また皆で楽しみましょう」
頬に置かれたミレイの手にライの手を重ねて、ライは嬉しそうに笑う。
酔っているからだろうが、ここまで表情を豊かにするライは珍しい。よほど嬉しいのだろうか。
これならばメンバーに連絡するのが恥ずかしいだなんて思っていられないなあとミレイも笑う。
なんだかんだで集まるならば、会長として活躍していた自分が集めなくてどうすると思ってしまうのだ。
「ふふ、楽しみね」
「ええ、本当に…」
まあライは明日地獄のような苦しみを味わって、今日話したことなんてすっかりと忘れてしまうのだろうけれど。
それはそれでいいからサプライズにして驚かせてやろうじゃないかと思いながら、ライの真っ赤な頬に口付ける。
そうすればくすぐったそうに笑って、お返しとばかりに頬にキスを返される。
こんなに楽しそうなライを見れるのならばいくらでも呼んでやろうじゃない、と男前なことを考えつつも
普段ならばやらないことを平然とやってのけるライに気分をよくして遠くに置いたはずの日本酒を手に取る。
その時に離れた手を見てライが少しばかり寂しそうな顔をするのをかわいいと思うのは仕方が無い。
だってかわいいんだもの、と自分を擁護しながら日本酒を再びグラスに注ぐ。
明日のことなんて明日考えればいいのだ。
「さあライ、飲みましょ」
「ええ、そうですね」
赤い頬をゆるませながらライが笑う。
これなら共にお酒を飲むことも悪くない、というかいいことばかりよねえと思いながらミレイは微笑み返す。
むしろ他の人とライが飲むのをこれから止めることになるかもしれない。
そんな自分の嫉妬心から生まれた考えに少しばかり苦笑しながらもグラスに注いだ日本酒を飲む。
隣ではおいしそうにライもグラスの日本酒を飲んでいた。
どうせ明日は休みなのだ、ならばしこたま飲んでも構わない。
それよりもこの雰囲気に酔うべきだと、ミレイは再びライに寄り添った。
最終更新:2009年09月17日 04:00