「はぁ~い、探したわよ」
ある時、僕はアジトの中でラクシャータに声をかけられた。彼女の隣には、ゼロもいる。
「やあ、二人して僕に何か用事か?」
「うむ、ライにぜひ見て欲しい物がある。すぐに私の部屋まで来て欲しい」
「見て欲しい物?ゼロ、それは一体何なんだ?ラクシャータが一緒ということは、新型ナイトメアか新しい武装の図面かな。特区ができて戦争も収まってきたのに、本当に研究熱心だな」
僕がそう予想を立てると、ラクシャータがニッと笑う。
「フフ、残念ねぇ。悪いけど今回は、そっちじゃなかったのよぉ。まっ、ナイトメアの研究の片手間に、ゼロに頼まれて作った物なんだけど」
「へえ、そうなのか。何を作ったのか興味はあるな」
一体ゼロはラクシャータに何を頼んで、そして彼女は何を作ったんだろうか。
「まあ、一種の娯楽のようなものだよ。君も、そのつもりで気楽に見てもらえればいい。では行こうか」
僕はゼロやラクシャータと一緒に、彼の部屋へと向かうことにした。
そしてゼロの部屋に着くと、早速彼がラクシャータに指示を出す。
「よし、ラクシャータ。早速だが例のアレを」
「はいはい、せっかちな人ねぇ」
そしてラクシャータは部屋の隅へ行くと、一つの小さな球体を持って戻ってきた。
「私が作ったのは、これよぉ」
「……え、これって花の球根か?しかも、真っ黒じゃないか」
そう、僕が見せられているのは何かの植物の球根だった。しかも腐敗しているのかと勘違いするほど、黒い色をしている。
「うむ、私が彼女に頼んだのは、とある花の品種改良なのだよ。球根が真っ黒なのは改良を重ねた結果であり、決して腐敗などではない」
「花の品種改良だって?どうしてまた、そんなことを?」
僕が尋ねると、ゼロはポーズを決めながら答えた。
「よく聞いてくれた。特区日本が軌道に乗り、少しずつ平和がこの地に戻ってきた。だが特区を運営するには、何かと費用もかかるのは君も知っているだろう。
そこでだ、ゼロに関する斬新なグッズを大々的に世に売り出し、費用の足しにすることを決めたのだ」
「ざ、斬新なゼログッズ?もう少し普通の収入源は考えられなかったのか?」
するとゼロは、また別のポーズを決めながら話し始めた。いちいちポーズを決めないと話せないことなのか?
「ふっ、自分で言うのもおこがましいが、ゼロの人気は意外と高いのだぞ。それこそ上昇カーブ一直線だ!」
「カーブなのか直線なのか、どちらかにしてくれ。まあとにかく、この球根をどうやって売り込む気だ?何か人気が出るような、面白い特徴でもあるのか?」
するとゼロが、マントをはためかせて言った。
「愚問だな、ライ。当然用意してあるさ、ラクシャータ!」
「了解~」
ゼロに指示されたラクシャータが、土の入った植木鉢を持ってきた。僕は一体、これから何を見せられるのだろう。
「この球根だけど、みんなが『あっ』と驚くような特徴があるのよ。それをアンタに今から見せてあげるわぁ。まずは、球根を土に植えてっと」
「ふむ、土に植えるのは一緒なんだな」
「そして、お水をたっぷりあげるっと」
土の中に植えた球根に、ラクシャータがじょうろで水を与えていく。
「ラクシャータ。一体、この植物の特徴って何なんだ?まさか、すごく成長速度が速いとか?」
するとラクシャータが、ニヤッと笑ってみせる。
「いい所を突くわねぇ。そう、答えは……」
そう言ったラクシャータが、突然どこからかミニコンポを出してきた。そして一枚のCDをセットする。
「それじゃあ、ミュージック・スタートォ」
ラクシャータがスイッチを押すと、何やら軽快なメロディが聞こえてきた。だが何故だろう、この歌詞はどこかで聞き覚えがあるんだが。
「あの、この歌詞ってブリタニアでの式典か何かをテレビ中継している時に、聞いたような気がするんだが」
「ご名答ぉ、これはブリタニア国歌・ヒップホップヴァージョンよぉ。歌っているのは、最近デビューしたコルチャックwith不愉快な手下たちで……」
「ヒッ…ヒップホップ!?いいのかそれ、僕が気にすることじゃないけど。ていうか、そこは『不愉快な』ではなく『愉快な』にした方が…って!?」
僕は鉢植えに起きた異変に気づき、声を上げた。何と曲に合わせて、土の中から芽が出てくるではないか。
「ど、どういうことだ!」
「音楽のリズムに合わせて、自由に成長速度を変えられる。これが、この植物の特徴よぉ。面白いでしょ」
「お…面白いというか、むしろ不気味だぞ。何故か髪が勝手に伸びてくる、呪いの人形を想像してしまったぞ」
するとゼロが、抗議の声を上げる。
「失礼な男だな、私がせっかく提案したアイデアを、そのように評価するとは」
「って、君のアイデアだったのか!?しかし、これはさすがにシュール過ぎだろう」
「私もライの意見に同意するわぁ。自分の技術力を見せたいからあえて黙っていたけど、こんなのがニョキニョキ生えてきたら、小さな子供が泣かないとも限らないわよ?」
「んなっ!?ラクシャータ、君が以前私のアイデアを褒めてくれたのは、あれはウソだったと言うのか!」
ショックを受けたらしく、ゼロが頭を抱える。まさか共同開発者からこんなことを言われるとは、思いもしなかったろうな。
しかしラクシャータも、「開発前に指摘してやる」という選択肢はなかったんだろうか。今さら本音を言われても、余計にショックなだけだと思うのは僕だけだろうか。
「しかし…葉っぱも茎も全部真っ黒というのは、ゼロのグッズだからわからなくもないが、何となく縁起が悪そうだな」
「くっ、人が気にしていることを……。だがきっと、受け入れてもらえるはずだ!」
「あ、一応気にはなっていたんだな」
そんなことを話しているうちに、ブリタニア国歌・ヒップホップヴァージョンが終わった。そして植物はというと、これまた真っ黒なつぼみが、今にも開きかけている。
「五分もかからず、こんなに成長してしまうのか。ますます不気味だ」
「う、うるさい!さあ、もうすぐ花が咲くぞ」
僕たち三人が見つめる中、ついにつぼみは開いた。そしてその瞬間、僕は信じられない現象に遭遇することとなる。
『我が名は、ゼロ!』
「えぇっ!?は、花がしゃべった!」
ゼロの仮面に似た形の真っ黒な「ゼロの花」が咲いた瞬間、何とそれが言葉を発したのだ。当然僕は動揺し、頭の中が混乱してくる。
「フフッ、驚いたでしょ?この花はねぇ、何とゼロの言葉が話せちゃうのよ。それがもう一つの特徴にして、最大の売りなのよぉ」
「ラ、ラクシャータ。『売り』とは言うが、これは予備知識と心の準備がなければ、お年寄りだと体に響きそうだぞ。おもちゃじゃない限り、誰も花がしゃべるなんて思わないぞ」
「あら、仙波大尉はこれを見ても、『面白いものですな』とか言って笑っていたわよ?だからアンタが心配しなくても、大丈夫なはずよぉ」
「もう他の人で試したのか。ていうか、大尉で試しても一般の人との精神的強さが違い過ぎて、参考にならない気がする。あの人がどれだけ修羅場をくぐってきたと思っているんだ」
勝手に仙波大尉をお年寄りに分類しながら、僕はラクシャータに問題点と思ったことを指摘した。大尉には、後でそれとなく謝っておこう。
「ハハハ、この『ゼロ・チューリップ』の仕掛けに驚いているようだな」
「自分の仮面が、チューリップに似ているという認識はあったのか……」
ゼロが得意そうにポーズを決めながら、僕に話しかけてきた。
「だがこれで終わらないぞ。この花は、他にも言葉を話すのだよ」
「えっ、まだあるのか」
驚く僕をよそに、ゼロはチューリップに触れた。するとゼロ・チューリップが声を上げる。
『条件はすべてクリアされた!』
「よりによって…いや、何でもない」
ゼロのプライドを考えて、僕はあえて何も言わなかった。せめて、この企画が失敗しないように祈ってあげよう。
「フッ、最早言葉もないか」
「ああ、色々な意味でな。しかし、これをどう具体的に売り込むんだ?これは花屋というより、おもちゃ屋で売るべきなのか」
するとゼロが、またしてもポーズを決めながら言った。
「うむ、方法なら決まっているぞ。名づけて『百万本のゼロをあなたに』作戦だ!」
「ひゃ、百万本!?そんなに売り込む気なのか」
「そうだ。こいつを全世界に売り込み、資金を稼ぐのだ。そして見せてやろう、私が売り込む、忠実な花たちを!」
ゼロが高らかに宣言すると、懐からスイッチを取り出し、そのボタンを押した。
すると四方を囲んでいた部屋の壁が、まるで箱を解体した時のように外側に向かって倒れ、無数のゼロ・チューリップが三人を囲むようにして出現する。
『『『『我が名は、ゼロ!!』』』
「う、うわぁあああ!何だよこのチューリップ畑は!?ていうか、壁!壁が!」
頭の中が完全に混乱している僕をよそに、ゼロが話し始める。
「どうだ、この漆黒の花畑は!まさに壮観だろう!」
「まっ、待ってくれ!どこをどうツッコんだらいいかわからなくて、頭の中がグチャグチャだ!」
「なぁるほどね~、ライの頭の中がお花畑寸前ってことかぁ」
「待て、ラクシャータ!まだ思考回路まで放棄はしていないから!ていうか、何故平然としていられるんだ!」
頭の中を必死に整理しながら、僕はラクシャータにツッコむ。
「だってぇ~、これは私が作ったのよ。製作者が自分で作った物を見て動揺して、どうするのよ」
「くっ、理由が当然過ぎてツッコめない!」
何が何だかわからない僕の意識は、次第に白いモヤがかかってきた。思考を手放す時は、近いのかもしれない。
「喜べ、ライ。いつも帳簿を見てため息をつくお前の力に、もうすぐなってみせるぞ。私のカリスマ性と、この『ゼロ・チューリップ』の力でな!フハハハハハ!」
『『『フハハハハ!!』』』
百万と一人分のゼロの高笑いを聞きながら、僕の頭は思考を停止しようとしていた。
(ああ、悪い夢なら覚めてくれ。ていうか、そろそろ起きなきゃ。……え?起きる?起きるって――)
「うーん、うーん……はっ!?」
アジトのラウンジにあるソファの上で、僕は飛び起きた。仰向けになっていたせいか、背中が汗で濡れている。
「ゆ、夢かぁ…良かった。そう言えばさっき、疲れていたからソファの上で少し寝ようと、仰向けになったんだっけ。しかし、本当にとんでもない夢だった」
心の底から安どしながら、僕は床に足を下ろす。もうあんなカオスな夢は、二度と見たくないものである。
「はぁ~い、そこにいたのね。探したわよぉ」
するとそこへ、ラクシャータとゼロがやってきた。あれ?何か既視感が。
「どうした?二人して僕に何か用事か?」
頭の中に引っかかるものを覚えつつ、僕は二人に尋ねる。するとゼロが声を発した。
「うむ、ライにぜひ見て欲しい物がある。すぐ私の部屋まで来て欲しい」
(ちょっと待て、思い出したぞ。これって、さっきの夢の展開と同じじゃないか)
僕は少しずつ嫌な予感を胸の中で膨らませながら、一応尋ねてみる。
「見て欲しい物?ゼロ、それは一体何なんだ?ラクシャータが一緒ということは、新型ナイトメアか新しい武装の図面かな。特区ができて戦争も収まってきたのに、本当に研究熱心だな」
期せずして、夢の中と同じセリフを僕は口にした。するとラクシャータが、ニッと笑いながら言う。
「フフ、残念ねぇ。悪いけど今回は、そっちじゃなかったのよぉ。まっ、ナイトメアの研究の片手間に、ゼロに頼まれて作った物なんだけど」
(ま、まずい。ラクシャータのセリフまで夢の中と一緒じゃないか。いやいや、僕が気にし過ぎなんだ。そうだ、そうに違いない!)
僕は頑張って前向きな心を保つと、二人に言った。
「そ、そうなのか。何を作ったのか興味はあるな」
興味があるのは間違いない、怖いもの見たさとか色々な意味で。
「まあ、一種の娯楽のようなものだよ。君も、そのつもりで気楽に見てもらえればいい。では行こうか」
(ああ、正夢じゃなきゃいいなあ。さっきみたいに壁が倒れて百万本のゼロとかは、一応心の準備はできたがシュール過ぎる……)
僕は大きな不安を抱えながら、二人と一緒にゼロの部屋へと向かったのであった。
結論から言おう。ゼロの部屋で僕が見せられたのは、何と僕の愛機・試作型月下をモデルにしたボブルヘッド人形だった。触ると頭の部分がコミカルに揺れる、あのおもちゃのことだ。
実は黒の騎士団の女性団員たちの間で、僕及び試作型月下の人気が高まっているらしく、それを知ったゼロが、彼女たちのやる気向上のためにラクシャータに作らせていたらしい。
ちなみに僕はその事実を知った時、安心し切ってしまって思わず床にへたり込んでしまい、不思議がった二人に夢の話をして、大笑いされてしまったのであった。
最終更新:2009年09月28日 23:06