租界のショッピングモールを歩いていたら、ふと足が止まりあるものが目に留まった。
灰銀の髪の下から覗く瑠璃色の双眸が捉えたもの、それはショーウィンドウに飾られた一着の白いドレスだった。
――彼女が着たら似合うかも
ふとそんなことを思ってしまう。頭を振ってその場を離れたがドレスが目に焼きついて離れない。
そのままショッピングモールを歩いて花屋を通り過ぎようとした時、またしてもあるものが目に留まってしまった。
どうするか腕を組んで考え出すライ、唸りつつもアッシュフォード学園のクラブハウスに向かって歩いているつもりであったが、知らず内に踵を返して先程の店へと引き返していた。
穏やかな日差しが窓から差し込む部屋にヴィレッタ・ヌゥはいた。
ある人物から呼び出されて、その部屋にある椅子に座り込み腕時計にチラチラと視線を送っている。
本日も学生は勉強という義務を終えるとクラブなどに足を向けていった。
彼女が顧問を務める水泳部は今日は休みとなっており、職員会議が終えた現在、任務の定期報告の時間までの間はフリーとなっている。
軽く三十分は経過したであろうか。彼女は暇つぶしにと纏め上げた長髪をいじり始める。
枝毛を二箇所ほど見つけたときに部屋のドアが勢いよく開かれた。一瞬、身構えそうになってしまったが入ってきた人物を見てすぐにその行動は中断された。
アッシュフォード学園の制服で身を包み、灰銀の髪と瑠璃色の瞳が特徴的な少年――ライが入ってきたからだ。
「?」
思わずヴィレッタはライが両手で抱え込んでいる白い大きな箱に目が奪われてしまい、頭の上に疑問を思い浮かべる。
その視線を察知したのかライは歩を進め、彼女の前に抱えていた白い箱を差し出す。
「遅れてすみませんヴィレッタさん。あの、突然ですみませんけど・・・これ、隣の部屋で開けてみてもらえませんか」
ヴィレッタが差し出された箱を手に取ってまじまじと見る中で、ライは笑顔でそう言った。
「ライ・・・これは?」
いきなりの事に理由が分からず、とりあえずは箱の中身を聞いてみると「いいから」と背中を押されて隣の部屋に押し込まれる。
隣の部屋へ行き、箱を開けてみると中には白いドレスが入っていた。
体にぴったりし、膝下付近から裾を広げ、人魚の尾ひれ状にした型が特徴的なマーメイドラインのドレスだ。胸から首までの生地はレースで編みこまれおり、レースの網目から肌が見えるようになっている。
タイトなウエストから広がっているティアードスカートはスタイルをより美しく演出するだろう。
マーメイドラインのデザインはシンプルなところが特徴的である為に様々なアレンジを加えられる。
このドレスには布に絹を使っているのだろう、持ち上げた部分が指を滑っていった。
これを着ろということなのだろうか。
ドレスのサイズからして他の女の物とも思えない。果たしてこれを自分が着てもいいのだろうか?暫く考え込んでいるとライが部屋に入ってきた。
「まだ着てないんですか?」
「という事は・・・・・・これは私が着ていいのか?」
ヴィレッタの言葉にライは微笑んで、「その為に買ってきたんですよ」と答えて部屋を出て行った。ヴィレッタ再びドレスに視線を移す。
白のドレスは子供の頃にしか着た記憶がない。果たして今の自分に合うのだろうか
ライは時計を見た。時間はとっくに過ぎていて、部屋を出てからもう二十分は経っている。
「・・・・・・」
無言で立ち上がるとベッドルームのドアを開けた。部屋の奥へと進んでいくとヴィレッタがシーツに包まり隙間からライを見つめている。
箱の中のドレスは無くなっているという事は一応着替えたらしい。
「ヴィレッタさん?」
ライが一歩踏み出すとヴィレッタもそれに合わせて一歩下がる。
一定の距離を保とうとする様に。ライにはその行動が理解できなかった。
「シーツなんか巻いてどうしたんですか」
「ライ、取らなくては・・・ダメなのか・・・?」
ライが足を前に踏み出すごとにヴィレッタはどんどん壁に追い詰められていく。
「見ないほうがあなたの為だと思うのだが」
背中が壁に当たった。これ以上後ろへは下がれない。ライとの距離が縮まってい
く。ライは手を伸ばしてシーツに触れた。
「見せてください、ヴィレッタさん」
「う・・・・・・」
ライの顔を見てヴィレッタは言葉に詰ってしまった。
ドレスを着た自分を鏡で見た時に軽いショックを受けた。可愛いドレスはとても自分とは不釣合いな物に見えたからだ。
綺麗、美しい、そんな言葉は社交場で嫌というほど聞いてきた。若いが故に見下されぬ様、落ち着いて見えるものを身につけて社交場に行っていた。
だから持っているドレスも自然と落ち着いた物ばかりになる。可愛い物など一枚も無かった。
自分のイメージとは違う服、そんなちぐはぐな姿を見たらライは気を悪くするのではと思った。
脱ぎたかったが折角、彼が自分の為にと買ってきたドレスだ。持ち主に見せない訳にもいかない。
そんな葛藤をしている内にライが部屋に入ってきてしまったので慌ててシーツを纏ったのだ。
ライの手に力が篭る。シーツが引っ張られた瞬間にヴィレッタは目を瞑る。彼の視線から逃れる為に。
「・・・・・・・・・」
「似合いますよヴィレッタさん。とても綺麗です」
その言葉に恐る恐る目を開けるとライが嬉しそうに笑っていた。
「・・・変、ではないか?」
「いいえ。これが変であれば、僕の目はおかしいと思われますよ・・・・・・あと、こっちに来てもらってもいいですか?」
ライはヴィレッタの右手を握って踵を返す。
ヴィレッタは彼の手を拒否することなく、それに従って、着替えていた部屋から元々居た彼の部屋に戻ってきた。
部屋の中央まで連れられると、ライは微笑みながらヴィレッタに向き直った。
「三秒だけ、目を瞑って下さい」
言われた通りに目を瞑り心の中で三秒数える。
「目を・・・開けてください」
ゆっくりと瞼を開くと目に飛び込んできたのは両手一杯のブルースターとホワイトスターの花。
ブルースターの花言葉は『幸福な愛』、ホワイトスターの花言葉は『信じ合う心』
その二つは結婚式に主に使われる花であった。
「!?」
呆気に取られているとその花束を両手に持たされた。
ライが嬉しそうに微笑んだ。その笑顔にドキっとしてしまう。
こんなにも幸せそうに笑っている彼を見るのは。そう思うと自分も嬉しくなった。
「・・・・・・ありがとう、ライ」
精一杯の笑顔で返すとライの顔が少し赤くなった。
「ヴィレッタさん・・・今日はこのままでいてくれませんか。できれば、寝るときまで」
「っ!?な、なななな、ラ、ライ!」
こんなにもドレスが似合うのに何故、誰も気がつかないのだろう。
豪華な装飾品よりも可憐な花の方が何倍も魅力的に魅せられる。
ライから見れば、ヴィレッタはまるで少女だ、ならばそれ相応の格好をするのが一番似合う。
綺麗な服を着せて無理に頑張らせなくても、時が経つにつれてちゃんと似合うようになる。
それまで待てばいい。
――ゆっくり、と
最終更新:2009年09月28日 23:18