043-237 最強(?)のデコボコトリオ @余暇

ある日のこと。僕は政庁にあるジェレミア卿の部屋で、彼やヴィレッタ卿とともに書類整理をしていた。
「ええい、何故私がこのような雑務をせねばならんのだ!このようなことは、下の役人に任せればいいだろう!」
そして案の定、三十分もしないうちにジェレミア卿が文句を言いだした。まあ、こうなるのはわかっていたが。
「ジェレミア卿、今は耐えて下さい。我々純血派の軍における地位を取り戻すためには、こうした小さなことからコツコツと実績を積み重ね、地道に評価を上げていくしかないのです」
ため息交じりに、ヴィレッタ卿がジェレミア卿を諌める。心中、お察しします。
「だがヴィレッタ、これではいつ以前のような栄光を取り戻せるか、わからんではないか。だから私は戦場にて大きな手柄を立て、早く元の純血派に戻りたいのだ」
「ジェレミア卿、僕はヴィレッタ卿の方が正しいと思います。雑務だからと侮ってはいけません、こういう仕事こそ的確に早く済ませなければ、いくら戦果を挙げても評価は上がりません」
「むぅ、ライ卿までそのようなことを。だが貴公が言うのならば、あながち間違いでもないのだろう。ならば仕方がない、ひとまずこの作業だけでも終わらせよう」
僕が声をかけると、ジェレミア卿は渋々ながらも納得してくれた。そして口の中でまだ文句を言いつつ、書類に目を通し始める。
ふとヴィレッタ卿の方を見ると、「助かった」とでも言いたげな視線を僕に向けてきた。そして僕も軽く頷いてそれに応えた後、再び仕事に取り掛かった。
ちなみに言っておくと、このようなやり取りは今日だけでこれが三回目であり、しかもこんなことが三日連続で繰り返されているのだ。もうため息しか出ない。
それから二時間が経過して、ようやく作業が終わった。僕たちは三者三様に、大きく息を吐く。
「やっと終わりましたね」
「やはり私には合わない、つまらん作業であった」
「ジェレミア卿、またそのような……」
本当に三者三様、色々な感情が渦巻いている。ジェレミア卿もヴィレッタ卿も、相も変わらずといった具合だ。
「やはり私は、ナイトメアで戦場を駆け抜けるのが一番性に合っている。このような作業は最も似つかわしくない、そうは思わんかライ卿」
この話題を振られるのも、もう何回目だろう。数えればキリがない。僕は軽くため息をつき、ジェレミア卿に言った。
「確かに、ジェレミア卿のナイトメア操縦技術はすごいと思います。『戦闘と事務的作業のどちらが合っているか』と問われれば、間違いなく戦闘でしょうね。
でも今は作戦に参加できても、あまり重要でないポイントしか僕たちには割り振られないじゃないですか。そこで戦果を挙げても、すぐに名声を取り戻せるとは思えません。
だったら、なおのことこういう書類整理から地道に評価を上げて、また最前線で戦わせてもらえるようにしていけばいいんですよ」
僕がそう言うと、ジェレミア卿は渋い表情で言った。
「そうかもしれんが、性に合わない分野でどう評価を上げるのだ。これでは満足に評価も上げられず、純血派の名声は半永久的に取り戻せぬまま。
ならば、軍人らしく少しでも多く戦闘に参加して戦果を挙げ、評価を上げていくべきではないのか?」
「確かに軍人は職業柄、戦闘に率先して参加するものです。ですが四六時中戦闘が起きているわけでもありませんし、組織で動く以上、こういう仕事だって少なからず発生します。
それにこのエリア11での戦争が終結したら、戦闘に参加する機会なんて減るでしょうね。そうなったら、ジェレミア卿はどうするんですか?苦手な事務的作業を、嫌でもやる日々が続くんですよ。
だったら、今のうちに苦手意識を克服して、こういう仕事でも評価を上げられるように自信をつければいいんですよ」
「ぐっ、それは……。だ、だがここでの戦争が終結しても、まだ世界中のどこかで戦争は続く!今度はそこへの参加を志願して、再び戦地に身を置けば良いではないか」
ジェレミア卿は、なおも食い下がってくる。そんなに書類整理が嫌いなのか、この人。
「ではもし志願したとして、それが簡単に承認されて別の戦地に行けるという保証が、今の僕たちにはありますか?正直な所、かなり厳しいでしょうね。
もし、どうしてもあなたが『少しでも多く戦闘に参加したい』と思うならば、こういった書類整理から地道に評価を上げていくしかありませんね」
「くっ、どうしてもそこに行き着くのか。私は戦闘でこそ己の真価を発揮できるというのに、いつまでこのような仕打ちに耐えねばならんのだ」
眉間にしわを寄せるジェレミア卿に対し、僕は少し優しく声をかける。
「大丈夫ですよ、そのために僕やヴィレッタ卿がいるんですから。何のために僕たちが、あなたのそばにいると思うんです?何故純血派は三人もいるのに、一人で苦しむんです?
一緒に力を合わせて、頑張って純血派の地位を回復させましょうよ。僕たちもお手伝いしますから、ねえヴィレッタ卿」
「ん?あ、ああ。ジェレミア卿、ライ卿の言う通りです。我々が補佐しますから、今はとにかく耐えて下さい。いつか道は開けますから」
僕に話を振られ、一瞬言葉に詰まった後、ヴィレッタ卿もジェレミア卿に励ましの声をかけた。まあ実際一番苦しんでいるのは彼女だと思うし、僕の言葉に疑問を持っても仕方ないか。
それに僕自身も、何となく放っておけないから彼らに協力している部分が大きい。随分期待をかけられている現状を考えると、そんなことは彼らに言いにくいけど。
「おお、二人とも……」
ジェレミア卿が、何か感動したようなキラキラした瞳で僕たちを見つめている。本当に単純というか、何というか。
「ありがとう、何だか勇気が湧いてきたぞ。そうだな、必ずや苦手分野も克服し、私が純血派の地位を回復させてやろう。いや、『私たち』が!」
そう言って親指を突き出し、ジェレミア卿が歯を光らせて笑った。爽やかというより、暑苦しい。
「しかしやはり、私たちの真価が一番発揮されるのは戦場だと思うのだ。ああ、今すぐ戦場に飛び出して三人で輝かしい戦績を……」
ダメだ、まるでわかっちゃいない。
「ハァ、何だか頭が痛くなってきた」
ため息をつきながら、ヴィレッタ卿がこめかみを指で押さえている。本当にいつか倒れそうで、すごく心配だ。僕が何とかして支えてあげないと。


結局、この後も似たようなやり取りが小一時間ほど繰り返されたのであった。

それから数日が過ぎた。僕たち純血派は、中規模レジスタンス組織の掃討作戦に参加するため、とある地方に来ていた。
どうやら今回の組織は黒の騎士団とは関わりを持たないらしいが、それでもエリア11に駐留する軍にとっては、大事な戦闘である。
そして今回は主力を温存するということで、運良く純血派にも活躍の機会を与えられたというわけだ。
「むぅ、今回は黒の騎士団との戦闘ではないのか。私はこの手で一刻も早くゼロを討ちたいのに、それだけが残念でならない」
もっとも、せっかく活躍の場を与えられたのに、「ゼロと戦えない」というだけでジェレミア卿は不満らしい。本当に立場をわかっているのか、この人。
「いいですか、ジェレミア卿。不満なのはわかりますけど、これもちゃんとした任務で、戦果を挙げるいい機会なんですよ。
この作戦で活躍できれば、今度からはもう少し重要な所を任される可能性が出ないとも限りません。ですから、今は不満を胸にしまって頑張りましょう」
「むぅ、それもそうだな。よし、まずはこの作戦に大きく貢献し、いつか必ずゼロと!うおおお!」
僕の言葉に乗せられ、ジェレミア卿が俄然やる気になる。空回りしなければいいのだけど。
「すまないな、ライ卿。ジェレミア卿のせいで、本来は特派として動くべき立場の貴公を巻き込んでしまって」
ヴィレッタ卿が、心底すまなそうに僕に耳打ちしてくる。
そう、本来は特派に所属する僕が何故純血派と一緒に行動しているのかというと、ジェレミア卿が今回の作戦の司令官に、しつこく僕を推薦したからである。
その司令官も最初は取り合わなかったらしいが、彼が何度も頼みに来るので、仕方なく折れたらしい。
ヴィレッタ卿からその話を聞かされた時、僕は「強引なことをするものだ」と呆れたし、ロイドさんには憐れみの目で見られてしまった。
だが結局、彼らを放っておけない気持ちと、ロイドさんの「クラブのデータを取るいい機会だしねぇ~」という言葉に押される形で、僕も参加を承諾したのである。
それと、実は少し嬉しくもあったのだ。僕に向けられた、ジェレミア卿の厚過ぎるくらいの信頼が。だからこそ、僕は彼らの力になってあげたいと思う。
「いえ、気にしないで下さい。確かに初めは面食らいましたけど、最終的に決断したのは自分の意思ですから。
ジェレミア卿にこれだけ信頼してもらえるのはやっぱり嬉しいですし、その期待に応えたいですから。それと、もちろんヴィレッタ卿のためにもね」
「何、私のため?私はジェレミア卿から貴公を引き離してやることもできず、色々な騒動に巻き込ませ、迷惑をかけているというのに」
困惑顔のヴィレッタ卿に対し、僕はさらに話を続ける。
「そんなことないですよ。確かにドタバタが多くて大変な時もありますけど、お二人といると何だか居心地がいいんです。
それにヴィレッタ卿は純粋で真っすぐで、そして意志が強い人だ。僕はそんなあなたを、どんな形であれ支えてあげたいんです。もしかして、ご迷惑でしたか?」
するとヴィレッタ卿が、突然顔を赤くしてあわて始める。
「そっ、そんなことはない!貴公に対して『迷惑だ』などと、お…思えるはずがないだろう。しかも私のことを買いかぶり過ぎだ、私はそんな……」
「買いかぶってなんかいませんよ、僕の本心を言っただけです。僕は本当に、あなたを心から尊敬しています」
「う…時々、貴公という人間が恐ろしくなる。だが、その…あ、ありがとう」
伏し目がちに、ヴィレッタ卿が僕に礼を言った。僕は軽く頷くと、腕時計を見る。
「そろそろ時間ですね、作戦本部で作戦の内容を聞きましょう」
「むむっ、時間か。ならば行くぞ、ライ卿!」
僕は二人と一緒に、作戦本部が置かれているテントの方へ向かった。

「ちょっと待て!ライ卿だけ本陣で待機とは、どういうことだ!」
作戦区域の地図が置かれた机を両手で叩き、ジェレミア卿が怒鳴る。だがこの作戦の司令官は、冷たく言い放つ。
「だから言っただろう、『特派の新型がいなくとも、我々だけで十分だ』と。彼は万が一の場合に備えての切り札みたいなものだと思えば、それでいいじゃないか」
「お言葉ですが、私もこの作戦内容には反対です。確かに相手ナイトメアの数を考えれば、我々のサザーランドだけでも勝機はいくらでもあるかとは思います。
ですが、こちら側の被害を最小限にとどめ、なおかつ我々との力の差を見せつけるならば、ライ卿のランスロット・クラブを前面に押し出すのがよろしいかと」
「そこまでしなくとも、我々だけでも奴らに力の差を見せることはできる。被害だって、大したことにはならんはずだ」
「ですが……」
頑として譲らない司令官に対し、ヴィレッタ卿がなおも食い下がろうとする。
「この作戦の指揮を執るのは私だ、文句は誰にも言わせない。もし不服ならば、即刻この作戦から外れてもらうぞ。
それにしても、せっかく君たちを作戦に参加させてやった上、『特派の新参者を加えろ』という無理難題まで聞き入れてやったというのに、なおも我を押し通そうとするとはね。
純血派とは、ここまで落ちぶれてしまったのかね」
「なっ!?言っていいことと悪いことが……」
司令官の嫌味に立腹したジェレミア卿が、前に出ようとした時だった。僕は素早く彼を手で制すると、司令官に向かって言った。
「わかりました。指示通り、こちらで待機します。ですが万が一の場合は、ご決断は速やかになさいますようお願いします」
「おい、ライ卿!」
「ここは抑えて下さい、ジェレミア卿。せっかくのチャンスを、僕のせいで失うわけにはいきません」
「ぬぅ……!」
ジェレミア卿が、渋々といった感じで引き下がる。司令官は冷たい笑みを浮かべると、僕たちに向かって言った。
「君は随分と物わかりが言いようだな。だがこれだけは言っておく、友人を作るならもう少し人を選んだ方がいい。
君たち二人も、物わかりのいい彼に感謝するんだな。では、以上だ」

「まったく、何なんだあいつは!」
テントを出た後、歩きながらジェレミア卿がまだ文句を言っていた。
「仕方ありませんよ、ジェレミア卿。ただでさえ、特派ってだけでいい目では見られないんですから」
「やはり、彼がライ卿を戦線に出そうとしないのは『特派だから』という理由か」
「おそらく」
ヴィレッタ卿からの問いかけに、僕は頷いた。
自分で言うのもアレだが、最近特派の活躍は多少なりとも注目されている。それと言うのも、ランスロットとランスロット・クラブという、最新鋭のナイトメアが二機も配備されているからだ。
それらの機体で作戦に大きく貢献し、僕とスザクは「特派のダブルエース」などと称され、スザクに至っては、ユーフェミア殿下にいたく気に入られている。
だがにわかに出てきた若輩者、特に片方は名誉ブリタニア人という二人が注目されれば、古参の軍人の中には「面白くない」と思う者も出る。あの司令官が、その典型的な例だ。
僕とクラブを戦線に出して敵を倒されれば、功績は半分特派の物になり、「ナイトメアで勝った」と言われる。そうなれば、自分の軍における存在価値が誇示できなくなる恐れがある。だから僕を外したのだ。
「僕だって、特派やお二人のことを悪く言われるのは、気分のいいものではありません。ですがここで我を押し通して作戦から外されてしまったら、自分たちからチャンスを手放すことになります。
今はそんなことをしている場合ではありません、純血派の地位を回復するために頑張らないと。ですから、あなた方二人だけでも」
「ライ卿、すまない。我々のために、嫌な思いをさせてしまったな」
殊勝な面持ちで、ジェレミア卿が僕に謝る。
「僕は大丈夫です。それよりも気をつけて下さい。この作戦区域は廃都市で、道はある程度の幅がありますけど、崩れかけたビルや瓦礫など相手が盾にしやすい物が多い。
そして中央通りから離れた場所にちょっとした広場がありますけど、そこはナイトメア十騎が一斉に動くには少し狭過ぎる。囲まれないようにだけ、注意して下さい」
「ああ、わかった。それと私からも謝りたい、貴公には迷惑をかけてばかりだ」
謝ってきたヴィレッタ卿に対し、僕は微笑みながら答える。
「気にしないで下さい。それよりも、無事に帰ってきて下さいね。戦果を挙げることも重要ですけど、あなたが無事でいてくれることが一番大切なことで、僕はそれを願っていますから」
「うっ、あ…ああ。こ、心遣いに感謝する。貴公の言う通り、その…ぶ、無事に帰ると約束しよう」
顔を赤くして視線を僕からそらしながら、ヴィレッタ卿が答える。怒らせてしまったんだろうか、でもそんな感じには見えないが。
「よし、ではそろそろ行くとしよう。ライ卿、我々の活躍を見届けてくれ!」
「ではな、行ってくる」
「はい。お二人とも、気をつけて。いざとなったら僕の方でも何とかしますから、とにかく全員で無事に帰ってきて下さいね」
「ああ約束するぞ、我が同志よ!」
ナイトメアの方へ向かう二人を、僕は見送った。そしていよいよ、作戦が始まろうとしていた。

作戦が開始されると、僕は作戦本部のあるテントの中にいた。目の前には司令官がいて、無線で兵士に指示を送っている。
『敵ナイトメア、中央通りに現れました!数は五!』
「よし、相手はナイトメアを全部出してきたか。かかれぇ!我々との力の差、たっぷりと思い知らせてやるのだ!」
司令官がそう言うと、無線からアサルトライフルの発射音などが聞こえ始める。ついに戦闘が始まったのだ。
『うおおお!私が相手だー!』
『ジェレミア卿、あまり出過ぎないで!』
(ははは…相変わらずだ。しかしあそこなら、ある程度は自由に動けるか)
相変わらずの二人のやり取りに苦笑いしながら、僕は無線に耳を傾けていた。
『ぬぅ、距離ばかり取りおって!正面から堂々と勝負せよ!』
(ジェレミア卿がいら立っているな。おそらく相手は距離を開け、接近戦を避けている。一気に近づこうとすれば損傷は避けられないし、少し厄介だな)
僕がそう思っていると、兵士の一人から報告が入ってくる。
『敵ナイトメア、西へと後退していきます!指示を!』
「構わん!そのまま奴らを追い詰め、一気に叩くのだ!」
無線の向こうにいる兵士たちに、司令官が指示を出す。僕は机の上に広げられた地図を眺め、現状を把握しようとする。
(今いるのは中央通り、ここから先には交差点があって、そこから南北に走る道路は幅がやや狭い上に、脇道は全部瓦礫で塞がっている。そっちに誘われたら、明らかに動きづらくなるな。ん?ここから先って…まさか!)
僕があることに気づいたすぐ後に、次の報告が入ってきた。
『敵ナイトメアが我々と距離を取りつつ、交差点を右折!北へと向かいます!』
(やはりそう来たか、まずいな)
予感が当たった僕は、すぐに無線で声をかけた。
「ヴィレッタ卿、聞こえますか?僕です!」
「おい、貴様!」
司令官の怒声を無視して、僕は声を発し続ける。
『ライ卿か、どうした!』
「ここから先の道路は元々幅が狭く、瓦礫などで一部が埋まっていて、今までみたいに自由には動けなくなります。脇道から回り込むにしても、使えそうな道はまったくありません。
そしてそれだけじゃない、敵はこの先の広場に、あなたたちを誘い込むつもりです!退路を断たれたら、囲まれてしまいます!」
『くっ!瓦礫を盾にして、接近戦も射撃戦も我々が不利な状況にし、焦れた我々を広場まで誘導するのが、こいつらの役目か!道理で報告より戦車の数が少ないわけだ!』
「おそらく、広場の近くに待機しているんでしょう。この街は元々彼らの故郷で、地の利は向こうにあった。地形と心理を利用した作戦に、まんまとかかってしまったってことです」
『うおおお!私が倒す!』
『ジェレミア卿!今の話を聞いていたのですか!?』
そこへジェレミア卿の雄たけびと、ヴィレッタ卿が彼を制しようとする声が聞こえてきた。本当に彼らしい。
広場へ着く前に、うまい具合に敵ナイトメアに追いついて破壊できれば状況も変わるのだろうが、そうそう簡単に行きそうもない。
「ええい、貴様!この作戦の司令官は私だぞ!勝手な予測を垂れ流して、味方の士気や行動を揺さぶるとは、どういうつもりだ!こいつの言うことは無視しろ、早く奴らを追うのだ!」
ましてや、司令官がこの有り様である。このままでは、敵の思うつぼだ。
『ですが司令官殿、このままでは本当に!』
「うるさい!いいから指示に従うのだ!」
『くっ、イエス・マイロード』
ヴィレッタ卿が食い下がろうとするが、司令官は聞き入れようとしない。仕方なく彼女も折れ、僕に声をかけてきた。
『すまないライ卿、私もジェレミア卿たちを追う。みんな血が上って、冷静に考えられないでいるようだ。どうやら、ついて行くしかないらしい』
「わかりました、気をつけて」
僕がそう言い終えると、司令官がにらみつけてきた。
「申し訳ありません、出過ぎた真似をしました。以後気をつけます」
「ああ、まったくだ。ぜひそうしてもらいたいね」
その後、無線で「広場に敵が入った」との報告が入り、司令官は追うよう指示した。僕は嫌な予感が的中しないよう祈っていたが、それは通じなかった。
『報告します!広場に進入しました所、入り口にあるゲートが爆破され、道を塞がれました!あっ、敵戦車や機銃が出現!囲まれました!』
「何だとぉ!?」
僕が予想した通りの展開になり、司令官があわて始めた。
「ええい、怯むな!活路を開け!」
『ダメです!我々の行動可能範囲が狭く、うまく身動きできません!』
我慢できなくなった僕は、意を決して司令官に声をかけた。
「僕を出撃させて下さい!広場の東側入り口に通じる、ナイトメアが一騎通れるだけの狭い道があります。そこを通れば、クラブのスピードならすぐ広場に着きます。
今は『特派』だの『僕が生意気だから』だのと言っていられる状況ではありません!人命がかかっているんです、ご決断を!」
「黙れ!それを決めるのも私だ、貴様や特派に手柄を横取りされるなど!」
司令官に対し、僕も負けずに話しかける。
「今の僕は純血派です、ジェレミア卿やヴィレッタ卿の仲間なんです!仲間を助けようと願って、何が悪いんですか!」
そこまで言って、僕は言葉を切る。こういう挑発的な言動は気分のいいものではないが、仕方がないか。
「あなたは今回、コーネリア殿下から指揮を任されているんですよね?それはすなわち、大事な兵士の命やナイトメアを、殿下からお預かりしたのと同じだ」
「な、何が言いたい!私を脅すつもりか!」
総督殿下の名前を出されて動揺する司令官に対し、僕は言葉を続ける。
「黒の騎士団相手の作戦であれば、多少の損害もやむを得ないかもしれません。しかし今回は違う。言い方は悪いが、戦略を間違えなければ損害は最小限に抑えられ、犠牲者など出るはずもない組織が相手だ。
しかし、あなたはそれを誤り、彼らを危険にさらしている。ナイトメア数騎が行動不可能になるだけならともかく、誰かが命を落としてしまえば、あなたの責任問題は避けられない」
「うっ、そ…それは」
僕の指摘を受けて、司令官の顔から血の気が引いていく。
「でも今なら、まだ間に合うかもしれません。いいえ、僕が必ず間に合わせてみせます。大切な同志だけじゃない、軍のみんなを助けるために。
手柄のことばかり気にしていたのでは、下手をすればあなたの軍人生命にも関わってきます。僕の望みとあなたの今後のためにも、今動くしかないんですよ」
「くっ、ぬぅぅ……」
僕に決断を迫られて、司令官が唇をかみしめた。そして絞り出すように、僕に命令を下す。
「やむを得ん、出撃せよ!味方と合流し、流れを変えるのだ。ただし貴様が宣言した通り、味方を誰一人として死なせるな!わかったか!」
「イエス・マイロード!」
僕は司令官に一礼すると、クラブのキーを握りしめ、テントを飛び出した。
(必ず間に合わせてみせます!だからジェレミア卿、ヴィレッタ卿、みなさん……、無事で待っていて下さい!)

「くっ、完全に囲まれたか!」
広場で敵に囲まれながら、私はサザーランドを操縦し、こちらに向かってくる銃弾を何とかかわしていた。
他の機体も少しずつ損傷箇所は増えてはいるものの、アサルトライフルで応戦するなどして持ちこたえていた。しかし十騎のサザーランドがひしめくこの状況では、相手の攻撃を受けるので精一杯だ。
『ぬうう、何たる不覚!みすみす相手の策にはまってしまうとは。だがこのままではライ卿に申し訳が立たぬ、道は私が切り開く!他の者は何とか持ちこたえよ!』
ジェレミア卿のサザーランドがライフルを構え、戦車を破壊する。そして隙を見て突撃しようとするが、彼に攻撃が集中し始め、押し戻されてしまった。
「ジェレミア卿、無茶です!ここは少しずつ戦力を削り、どこかの道に通じる風穴を開けねば!」
『しかし他の者は機体の損傷が大きく、あまり長引かせることはできん!ならばここは私が活路を切り開き、彼らを守らねば!』
『守るだと?今まで君たち純血派を冷遇してきた我々を、何故そこまでして守ろうとするのだ?その技術があれば、君たちだけでも助かるだろうに』
オープンチャンネルに設定された通信を使い、一人の兵士がジェレミア卿に尋ねる。
『ふっ、簡単なこと。ここにいる全員で生きて帰ると、同志と約束したからだ。同志との約束を破るなど、私は絶対にしない主義でな。
それに、その同志を信じているからだ。彼なら、ライ卿ならこの状況を黙って見過ごすはずがない。生きて待ってさえいれば、必ず何とかしてくれる。だから貴公らも、信じて耐えるのだ!』
その声を聞きながら、私は思った。他者を見下し、常に自分本位だったジェレミア卿が、これほどまでに他人に厚い信頼を寄せ、自分に冷ややかな視線を浴びせてきた者を守ろうとしている。
周りを冷静に見ることができず、相手に迷惑をかけるのは相変わらずだが、彼はライ卿に出会ったことでこんなにも変わった。このような言葉を、今まで一度でも聞いたことがあったろうか。
そして私自身も、ライ卿のおかげで「身分や名誉以外にも大切な物がある」と教えられた。「人の心を彼が呼び覚ましてくれた」と言っても、過言ではないと思う。
私はそんな彼に、「無事で帰る」と約束した。そして彼は、味方の犠牲を望んではいない。だから私も、まだ望みを捨てるわけにはいかないのだ。
「ジェレミア卿、援護します!何としても活路を切り開くのです!」
『おお、ヴィレッタ!随分とやる気ではないか』
「ライ卿との約束です、ここは誰一人として死なせるわけにはいきませんから。ですからここは、我々が」
『よし、我々純血派の力を大いに発揮するぞ!』
するとそこへ、敵レジスタンスのリーダーらしき男から通信が入った。
『盛り上がっている所悪いが、お前らは自分たちが袋のネズミだってことが、まだわかっていないようだなぁ?』
『ふん、これしき大したことないわ!このような包囲網だけでは、我々は倒れん!ブリタニアのためにも、信頼する同志のためにもな!』
『ハハッ!じゃあそのお仲間よりも先に、あの世に送ってやるよ!野郎ども!』
男の合図で、五騎のナイトメアが一斉に銃を構えた時だった。突然轟音が響き、東側の通りの前を固めていたナイトメアが、煙を上げて崩れ落ちる。
『なっ、何だ!?新手か!』
『東側から何かが来る!も、ものすごいスピードだ!』
敵に動揺が走り、男たちがあわてている。私が乗るサザーランドのセンサーにも、高速で接近する機体の反応が出ていた。それだけで、私はすべてを確信した。
「そうか、彼が……」
『おお、やはり!』
確信を得ていたのは、ジェレミア卿も同じだった。やがて東側の通りの奥から、撃破されたナイトメアを切り裂いて、一体の白と青に色塗られたナイトメアが現れる。
『遅くなりました!みなさん無事ですか!』
私たちのサザーランドの前に止まり、敵に向けてMVSを構えるそのナイトメアこそ、大切な同志であるライ卿の愛機、ランスロット・クラブだった。
『しっ、新型だとぉ!?』
『ブリタニアの野郎、俺たちを刈るのにこんな物まで!?』
レジスタンスのメンバーが、口々に動揺の声を上げる。これは形勢が逆転したか。
『ジェレミア卿、ヴィレッタ卿!大丈夫ですか?』
『おお、同志ライ卿よ。貴公の助太刀に感謝するぞ!』
私のサザーランドの中に、ライ卿の声とジェレミア卿の声が響く。正直ライ卿の声が聞けてホッとしたし嬉しかったが、努めて冷静を装う。
「ああ、問題ない。しかし、よくあの司令官が出撃を許可したものだな」
『まああの人にとっては苦渋の決断だったんでしょうけど、何とか理解してもらえました。しかしみなさん無事のようで、本当に良かった』
「ああ、ジェレミア卿のおかげだ。『全員で生きて帰る』という貴公との約束を守るため、みんなを守っていたのだ」
『そうでしたか。本当にありがとうございます、ジェレミア卿』
『フッ、貴公との約束は絶対だからな!さあ、我々でこの状況を打破しようぞ!』
クラブの隣に、私とジェレミア卿のサザーランドが並び立つ。敵側のリーダーらしき男が、怯えたような叫び声を上げる。
『く、くそぅ!さっきから何なんだ、お前らは!』
その声に対し、私たちは口々に答えた。
「我々はブリタニア軍を構成する一派、純血派だ」
『大切な仲間を守るため、僕は…僕たちは戦っている』
『そして貴様たちを捕らえ、エリア11やブリタニアの平穏を守る者だぁ、覚えておけ!』


その後、勝敗はあっさり決まった。私たち純血派によって敵方ナイトメアは全部行動不能となり、それと同時に士気を喪失したリーダー格の男から、降伏の申し入れがあったのである。


「いやあ、ライ卿!貴公のおかげだ、礼を言うぞ!」
「い、痛いですってジェレミア卿!」
本陣に戻ってから、僕はずっとジェレミア卿に手を握られ、腕を強く振り回されっぱなしだった。あの場にいた兵士たちが礼を言いに来た時だけ手を離してくれたが、その後すぐ再びつかまれ、そのたびに痛い思いをしている。
「ジェレミア卿、そろそろ手を離されては?ライ卿が痛がっています」
「むっ、すまんな。しかし本当に貴公のおかげで、すべてが良い方向に進みそうだ。あのように礼を言われたのは、久方ぶりかもしれん」
「確かに、あの者たちの我々を見る目は多少は変わったでしょう。上層部の評価も、これから少しずつ良い方向へ向かう可能性が出てきました。
これもすべてライ卿、貴公のおかげだ」
ヴィレッタ卿に礼を言われ、僕は首を振った。
「いいえ、僕だけの力ではありません。僕が駆けつけるまでみんなを守ったのはお二人ですし、今までのお二人の頑張りがあったからこそ、周りの見る目が少しずつ変わってきたんだと思います。僕はそのお手伝いをしただけですよ」
「謙遜するな、ライ卿。私たちがここまで来られたのも、ライ卿の協力があったからだ。貴公の活躍なくして純血派は語れないし、貴公の言葉のおかげで何度も救われたのだ」
「ジェレミア卿の言う通りだ。ライ卿が我々に協力してくれるようになって、随分と色々なことを教えてもらったし、助けてもらった。それに……」
そこまで言って、ヴィレッタ卿が不意に視線をそらした。
「その…私自身も変わってきた気がするのだ。あなたのおかげで、価値観だとか本当に大切な物とか、色々変わったことや知ったことがあった。あなたに会えて、私は……」
「ヴィレッタ卿?」
どうも様子のおかしいヴィレッタ卿に、僕は首を傾げながら声をかけた。
「あっ、いや…何でもない!今言ったことは忘れてくれ。とっ…とにかく、今日は本当に助かった。礼を言わせてもらう。それと、心配させてすまなかった」
「え…あ、はい」
我に返ったように、ヴィレッタ卿がまくし立てる。何を言いたかったのかわからないが、本人が「いい」と言うのならいいか。また機会があれば、その真意を聞かせてくれるだろう。
「でもまあ、気にしなくていいですよ。僕たちは三人で一つのチームですから、純血派という名前のね。誰一人として欠けてはいけないんです」
僕は笑みを浮かべながら、二人に声をかける。
「色々とドタバタすることもありますけど、僕はお二人と一緒にいる時間は好きですよ。充実しますし、楽しいですから。それに、お二人はもう大切な仲間ですから。
ですからこれからも、一緒に頑張っていきましょう。微力ながら、純血派のためにお手伝いさせてもらいます」
「おおおお、ライ卿ー!」
「おぶっ!?」
すごく感動したらしいジェレミア卿に抱きつかれ、僕は変な声を出した。汗で暑苦しいし、息ができない。
「ありがとう、同志よ!私はこの出会いに、一生感謝すると誓おう!そして私は今、猛烈に感動している!感動フォルテッシモだー!」
「くっ、苦し…助け……」
「ジェレミア卿!ライ卿の顔色が変わってきています!早く離して下さい!」
この後、気を失いそうになる寸前まで、僕はジェレミア卿に抱きしめられたのであった。やはり彼は相変わらずだ。


作戦の後、純血派に対する周りの評価は少しずつ好転してきている。そして僕とヴィレッタ卿は、相変わらずジェレミア卿に振り回される日々を送ってはいるが、以前より彼らにも笑顔の時が増えてきた気がする。
それは状況が良くなっているせいもあるだろうが、結局何だかんだ言っても、この仲間たちと一緒にいる時間が大切で、互いにかけがえのない存在だと思えるからだろうと僕は思う。現に僕自身がそうだから。


最終更新:2009年10月08日 22:50
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