043-280 うっかりドッキリ @余暇

「ふむ、こんな時間か……」
ある日の午後のこと。クラブハウスの自室でくつろいでいた僕は、四時を指す時計を見て呟いた。
今日は午後から職員会議のため、授業は午前中で終わっていた。お昼に自室に戻っていた僕は、今まで昼食を食べたり読書をしたりしながら、適当に過ごしていたのである。
「しかし、さすがにのんびりし過ぎたかな。最近は特派に通い詰めだったから、少し休んでから数学の復習をするつもりだったのに」
最近は特派の研究室で過ごす時間が多かったため、復習が少し遅れ気味だった。だから特に用事のないこの機会に勉強するつもりだったのだが、読書に夢中になり過ぎてしまったらしい。
「とにかく、早く始めよう。えーと、ノートは……ん?おかしいな、これは嫌な予感がしてきたぞ」
僕はカバンの中を探してみるが、いくら探しても数学のノートは見つからなかった。
「しまった、教室に置いてきてしまっていたのか。参ったなあ、こんなことならもっと早くに取り掛かるべきだった」
復習をするには教室へ行かねばならないが、僕はそれが少し面倒だった。かと言って復習を諦めるのは、これからの時間が少しもったいない気もする。
「仕方がない、取りに戻るか」
僕は軽くため息をつくと、制服に着替えて教室へと向かった。

「よし、あったぞ」
教室に入った僕は自分の机の中を探り、すぐに数学のノートを探し当てた。そして教室の窓から入る西日を眺めながら、僕は軽く汗を拭く。
「しかし夏が近いせいか、直射日光で室内に熱がこもると、少し暑いな。さて、早く帰って復習するか」
僕はノートをカバンに入れると、教室から廊下に出た。すると向こうの方から、誰かが歩いてくる。
(ん、あれは……)
向こう側から歩いてきた少女は、僕に気がつくと笑顔で手を振ってきた。
「ライ君、こんにちは」
「やあ、シャーリー」
そう、僕が出会ったのはシャーリーだった。彼女は上着を脱いでブラウス姿になっており、腕に持った制服のポケットからは、ネクタイの端がわずかに顔をのぞかせている。
「どうしたの、何か忘れ物?」
「ああ。帰って復習するつもりだった数学のノートを、教室に置いてきてしまって」
「へえ、真面目だね。でもライ君でも、うっかりすることはあるんだ」
シャーリーにそう言われて、僕は苦笑いしながら言った。
「今まで読書に夢中になっていたから、本当に真面目かと言うとそうでもない。だが、うっかりなのは認めるしかないな。
ところで、君こそ教室に何か用事か?わざわざこんな時間に来るなんて」
僕が尋ねると、シャーリーは小さく舌を出して答えた。
「実はね、歴史の課題のプリントを教室に置いてきちゃったの。提出期限までには時間があるんだけど、早めに終わらせたいから」
「なるほど、うっかり者なのはお互い様だな」
「あははっ、そうだね。お互い、うっかりミスには気をつけないとね」
シャーリーが明るく笑い、僕も笑みを返した。本当に明るくて、楽しい女性だな。
「しかし、夏は確実に近づいているな。昼間の外もそうだったが、西日で熱のこもった教室も暑い」
僕がそう言うと、シャーリーは笑顔で頷いた。
「確かに暑くなってきたね。今日は部活も自主練習の日なんだけど、少しでも体を動かしておきたかったし、水の中は冷たくて気持ちいいから、さっきまでプールで練習していたの。
でもプールから出たら結局暑くて汗をかいちゃうし、もう上着は着ないで来ちゃった」
「ああ、今までプールにいたのか。しかしこういう時にプールに入ると、さぞ気持ちいいんだろうな」
「ふふっ、ライ君も水泳部に入ってみる?君なら大歓迎だよ」
「ハハ、まあ考えてみる」
シャーリーに笑顔を向けられ、僕も笑みを返す。今は軍に入って忙しいし、記憶探しも並行してやっているから、部活のことは多分後回しになってしまうだろう。
でもいつか戦争が終わって記憶も取り戻せたら、少し部活のことを考えてみたい気持ちもある。せっかくできた大切な仲間と、もっと色々な経験をして過ごしてみたいから。

「あ、そろそろ教室に行ったらどうだ?プリント……」
途中まで言って、僕はシャーリーの胸元に違和感を感じた。ブラウスの布地が、不自然な形で盛り上がっているのだ。
(あっ、ボタンを掛け違えたのかな。道理でおかしいと思っ…いや、それじゃあその下に見える白いのって……)
緩んだ胸元の隙間から見えるのがシャーリーのブラジャーだと気づき、僕は顔が熱くなるのを感じた。見えるのがその白い布地だけならまだしも、彼女の綺麗な肌が少しだけ見えるものだから、余計恥ずかしい。
(疲れていたのか急いでいたのか知らないが、もう少し身だしなみに気を配るべきじゃなかったのか?ていうか、ここへ来るまでに誰か指摘しなかったんだろうか。
と、とりあえず彼女に伝えて…待て!それじゃあ僕が彼女のその部分を見ていたと、告白するようなものじゃないか!それって、印象としてはかなり悪いんじゃないか?)
このまま指摘せずにいれば、帰宅の際にシャーリーが恥をかくことになる。それを未然に防ぐためには、ここで僕が彼女にブラウスのことを指摘して、直してもらうしかない。
だがそれをすると、彼女は僕に「自分の恥ずかしい姿を見られた」と思ってしまうだろう。それはそれで気まずいし、今後の生徒会活動なんかにも影響が出かねない。
「どうしたの、ライ君?顔が赤いよ」
「えっ?あ、いや何でもない。気にしないでくれ」
「ふーん、そうなの?」
シャーリーが首を傾げ、僕を見る。
(本当は何でもあるし、大いに気にして欲しいんだがな、自分の身なりを。でもハッキリとは言いにくいし、どうしたものか)
チラチラと目に入るシャーリーの胸元を気にしつつ、僕は悩んでいた。だが悩んでいても始まらないし、事態が好転しないのも事実であった。
(悩んでいても仕方がない、もう思い切ってしまおう)
心を決めた僕は、一つ呼吸をして気分を落ち着かせ、シャーリーに向かって話し始める。
「シャーリー、僕が今から言うことを、落ち着いて聞いて欲しい。これは君にとって、少し重要なことだと思う」
「えっ、ど、どうしたの改まって。でもライ君がそう言うなら、きっと大切なことなんだよね。一体、何の話?」
シャーリーが真剣な眼差しで、身を乗り出すように僕を見つめる。真面目なのはわかるが、真実を知ったらどんな反応をするのやら。
「重要だとは思うが、あまり真面目っぽい話でもないんだ。と言うのも、その…ブラウスのボタンがだな」
「ん?ブラウス?」
キョトンとしたシャーリーの胸元を指さし、視線をそらしつつ僕は指摘する。
「ブラウスのボタンを掛け違えているから、その…胸元が緩んでいるぞ」
「えっ…わっ、わわわっ!?」
胸元の状態に気がついたシャーリーが、あわてて両腕で前を隠した。そして恥ずかしそうに赤面しながら、僕の方を見る。
「もっ、もっと早く教えてよー。まさか、ずっと黙って見ていたの?」
「そんなわけあるか。僕も気がついたのは、つい今し方なんだ。まあ言うのが恥ずかしくて、少し迷ったが」
「やーん、恥ずかしいよー。今までこんな格好で歩いていたなんてー」
胸元を隠しながら、シャーリーが悶絶する。まあ、普通はそう思うよな。
「とりあえず、教室の中で服装を整えてきたらどうだ?いつまでもこのままってわけにもいかないだろう」
「う、うん。そうだね、ちゃんとしてくるよ」
少し落ち込みつつ、シャーリーが歩を進める。そしてすれ違いざま、少しだけ足を止めて僕の方を見た。
「ねえライ君、もしかして…見ちゃった?」
その言葉を聞いて、僕はシャーリーの白い下着と肌を思い出してしまった。そして熱くなった頬を指先で掻きつつ、小さく頷く。
「すまない、少しだけ見てしまったかも」
「エッチ……」
「はい、すみませんでした」
僕の謝罪の言葉を聞いた後、シャーリーは教室に入っていった。二人の今後に、尾を引かなければいいんだが。

「でも良かった、最初に会ったのがライ君で」
廊下を並んで歩きながら、シャーリーが言った。服装を整えて教室から出てきて以来、彼女はこんな感じですっかり落ち着いている。
「だが本当にすまなかった、その…見てしまって」
改めて謝罪する僕に対し、シャーリーは手をパタパタさせて言った。
「いいよ、気にしないで。ちゃんと確認しなかった私が悪いんだし、君は私を思って教えてくれたんだから、むしろ感謝しているの。
それに、恥ずかしいのは恥ずかしいけど、見られたのがライ君でまだ良かったよ」
「それは、どういう意味だ?」
僕が尋ねると、シャーリーは話し始めた。
「だって、もし最初に私のあの姿を見たのが会長だったとしたら、きっと大変な目に遭っていたはずだよ。多分触られたりとか、もっと恥ずかしいことをされたと思う」
「ええっ?いくらミレイさんでも、そこまでは…いや、どうだろう。可能性を否定し切れないのが、あの人だから」
「でしょ?実際、イベント用衣装の採寸と称して、何度もあちこち触られてきたんだもん。もう大変だったんだから」
「そ、そんなに触られたのか。さすがの行動力というか、何というか」
もしかして、これから僕もミレイさんに触られる機会があるんだろうか。生徒会での日常は楽しいし好きだが、本当にある意味パワフルだ。
「しかし、無事にプリントを持って帰ることができて良かったな。僕もしっかり復習しないと」
「うん、そうだね。お互い頑張って勉強を…あれ?ちょっと待って、そう言えば私……」
シャーリーは足を止め、カバンを開けて中を探り始めた。
「どうした?」
「うん。教室に入って服装を整えたまではいいけど、その後プリントをカバンに入れた記憶が…あー!」
何か思い出したらしく、シャーリーが口元を手で覆った。そして、何やら恥ずかしそうに頬を染める。
「あはは…プリント、教室に置きっぱなしだったよ。服装のことしか頭になくて、一番大切な用事を忘れてきちゃった」
「え?」
僕はシャーリーの言葉を聞いて、一瞬呆気に取られた。そして何だかおかしくなって、小さく噴き出す。
「ははっ、シャーリーって本当に楽しい人だな。今回は僕も悪かったが、やっぱりうっかりさんだ」
「あー、笑ったなー!」
僕に笑われたシャーリーが、僕をにらんできた。だがそれも長く続かず、彼女もすぐ笑顔になる。
「でも良かった、ライ君が本当に自然に笑えるようになって。きっと、この学園が楽しいから笑えるんだよね」
「ああ、楽しい。ここに来てみんなと出会えた奇跡に、感謝している。もしできるなら、これからもみんなと一緒に思い出を作っていきたい」
「もちろんだよ、私やみんなも、ライ君と一緒に思い出を作りたいんだもん」
「ありがとう、これからもよろしく頼む。ついでに、うっかり癖も治るといいな」
「もー、それは余計だってば!」
またシャーリーが僕をにらんでくるが、決して険悪な雰囲気などではない。むしろ和やかな空気が、二人の間には流れている。
その証拠に、僕たちはしばらく見つめ合った後、自然と噴き出していたのだから。
「ふふっ、ライ君も冗談を言うようになったんだね。いい傾向だと思うよ」
「それも君たちのおかげだ。それじゃあ、改めてよろしく頼む」
「うん、こちらこそよろしくね!」
この和やかで優しい時間や世界が、僕は本当に好きだ。いつまでもこんな時間が続いて欲しいし、この世界や仲間たちを守りたい。僕は心の底から、そう強く願っていた。


最終更新:2009年10月14日 22:25
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