043-352 幸せの使者と、心優しき少女 @余暇

ある日曜日の午後のことだった。僕は学園の中庭を、ナナリーの車椅子を押しながらゆっくりと歩いていた。周りでは様々な花が綺麗に咲き誇り、僕の心を楽しませてくれている。
「風も気持ちいいし、暖かくて空もスッキリ晴れている。まさに散歩日和だな」
「ええ、本当にそうですね。お花のいい香りがして、鳥の鳴き声が聞こえて、すごく心がウキウキしてきます」
僕に車椅子を押されながら、ナナリーが微笑む。いい天気なので彼女を散歩に誘ってみたのだが、楽しんでくれているみたいで本当に良かった。
「おっ、風が…ん?」
そして僕たちのそばを風が通り抜けた時、花壇の隅で小さな何かが揺れるのが目に入ってきた。
「ライさん、どうかしましたか?」
「いや。今一瞬だが、花壇の隅に何かあるような気がしたんだ」
それは気づかぬまま素通りしてしまうような、本当に小さな存在に思えるものだったが、何故か気になった僕は視線を落とし、花壇の隅の方を見た。
そして視線の先に見える「何か」の正体が、ついに明らかとなる。
「あっ、これって四つ葉のクローバーじゃないか」
僕が見つけたのは、小さな四つ葉のクローバーだった。綺麗な花たちの影に隠れるように、決して自分の存在をアピールすることなく、クローバーは四枚の葉を空に向けて広げている。
「えっ、四つ葉のクローバーですか?確か滅多に見つからない珍しい物で、幸せを運ぶって言い伝えがあるんですよ」
「ああ、それは僕も知っている。実際に幸せが訪れるかどうかは別として、何だか得した気分だ」
「ふふっ、良かったですね。ライさんが嬉しそうだと、私も嬉しいです。これも四つ葉のクローバーが運んできてくれた、幸せなのかもしれませんね」
ナナリーが笑みを見せ、僕も楽しくて笑みを返した。彼女が言うように、四つ葉のクローバーは本当に幸せを運ぶのかもしれないな。
「でも四つ葉のクローバーって、何だか懐かしいです」
ふとナナリーが、昔を懐かしむような表情を見せた。
「小さい頃、庭園でお兄様と一緒に四つ葉のクローバーを探して、すごく楽しかったのを思い出します。もうあれから、何年過ぎたんでしょう」
「へえ、その頃からルルーシュと仲が良かったんだな。君たちは本当に理想的な、いい兄妹だな」
僕が声をかけると、ナナリーは恥ずかしそうに頬を染めた。
「あ、ありがとうございます。でもそんなに褒められたら、嬉しいですけど何だか恥ずかしいです」
「恥ずかしがることはない。そしてこれからも、二人で仲良くして欲しい」
「は…はい、そうします。あっ、でも私は二人だけじゃなくて、ライさんや他のみなさんとも、その…もっと仲良くなりたいです。どなたも、すごく大切な方ですから」
「ありがとう、ナナリー。僕も君と同じ気持ちだ。君や学園の人たちには感謝しているし、できるならこれからも仲良くしていきたい」
優しいナナリーらしい言葉に、僕も正直な気持ちを返した。僕はお世話になっている人たちが好きだし、恩返しがしたいから。
そして何より、彼女の優しい笑顔をいつまでも見ていたいから。
「ナナリー、この四つ葉のクローバーはどうしようか。もし良かったら、君が持っていてもいいんだぞ。僕は今ここにある幸せだけで、十分幸せだから」
ナナリーにとって、四つ葉のクローバーは昔を思い出させてくれる物らしいので、「彼女が持っていた方がいいのでは」と思った僕はそう提案した。
だが彼女は、静かに首を横に振る。
「いいえ、そのままにしてあげて下さい。その四つ葉のクローバーも、花壇で人知れず芽吹いて、この世界で懸命に生きているんです。
そんなクローバーを、私たちの都合で摘み取って持ち帰るなんて、何だかかわいそうじゃないですか」
「ふむ。確かに君の言う通り、無粋な真似はしない方がいいかもしれないな。それにこの場所で偶然見つけるからこそ、幸せが訪れるんだろうし。
すまない、ナナリー。君の思い出に関わる物だから、どうかなと思ったんだ」
謝る僕に対し、ナナリーは優しい笑みを向けながら言った。
「いいえ、気にしないで下さい。ライさんは私のためを思ってそう言って下さったんですし、その優しさは嬉しいです。
でも私にとって大切なのは、『過去』ではなく『今』であり、そして『未来』なんです。みなさんと一緒にいられるこの瞬間が大好きで、この平和で優しい世界が、いつまでも続いて欲しいんです。
もし私がこの四つ葉のクローバーにお願いするとすれば、『この世界がいつまでも優しい気持ちを忘れないように、これからも誰かに小さな幸せを届けて下さい』といった所でしょうか。
みなさんが笑顔と『幸せだな』って気持ちを持ち続けられることが、私にとって一番の幸せですから。ライさん、こんな私って変ですか?」
「ナナリー……」
ナナリーの言葉を聞いて、僕は胸の中が温かい気持ちになるのを感じていた。そして僕は彼女のそばにひざまずくと、彼女の手を優しく取った。
「全然変じゃない、むしろ君らしくて素敵な願いだと思う。ナナリーは本当に優しくて、人を温かい気持ちにさせてくれる素敵な女性だと僕は思う」
「そ、そんなことないです。ライさんは、その…私のことを褒め過ぎだと思います。あまり褒められてしまうと、何だか恥ずかしいです」
ナナリーが恥ずかしそうに頬を染め、モジモジする。そんな姿さえ、僕には愛らしく映った。
「それは悪かった。でも今のは僕の本心だから、撤回するつもりはない。それにナナリーにはいつまでも、今の優しい君のままでいて欲しいから」
「うぅ、ライさんって何だかずるいです。でも…ライさんが言うように、私も今の気持ちを忘れずにこれからも過ごしたいです。もちろん、みなさんやライさんと一緒に」
ナナリーが僕の手を握り、その想いを僕に伝えてくる。僕も彼女の手をそっと握り返すと、優しく声をかけた。
「ああ、僕も同じ気持ちだ。そしてナナリーの願いが四つ葉のクローバーに届いて、叶うといいな」
「はい、叶うといいですね」
僕とナナリーは手を握り合い、優しい日差しと風の中で笑い合った。どうか風に揺られている四つ葉のクローバーが、彼女の願いを聞き入れて世界中に幸せを届けてくれますように。


最終更新:2009年11月02日 22:05
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。