「よし、では次の作戦について説明しようか」
仮面を付けた人間がホワイトボードを指示棒で叩く。 そんな少々シュールなことが黒の騎士団のアジト内の会議室にて起こっていた。
しかしその場にいる面々は真剣な面持ちで仮面の人間の動作を追っている。
「君達はハロウィンという行事を知っているか?」
仮面の人間――ゼロはそう切り出す。 恐らくは答えを求めてはいないであろう問い、それに一人の男が元気よく答えた。
「おうよ! 酒が飲めるめでてえ日だろ、ゼロ!」
そんな玉城の言葉にしばし会議室は静寂に包まれた。
「そう、一般的には仮装して街を練り歩く。 宗教的観点等様々な視点から見ることも出来るが、私が今回の作戦に使うのは仮装して練り歩くというところだ」
ビシッっと指示棒でホワイトボードを叩くゼロ、その先には仮装と言う文字が赤い丸で囲まれていた。
ちなみに玉城は扇と井上に同意を求めたが、井上に頭をひっぱたかれていた。
「……なんで玉城はこの会議に出てるんだろう」
ボソリ、とライが呟く。
「なんだかんだ言ってもさ、あいつはムードメーカー的な所があるからな」
小声で呟き、当然答えなど期待していなかった疑問に返答があったことにライは肩をビクリとはねあげる。
ゆっくりと顔を向けると南が少し笑いながらライの方に顔を向けていた。
「アイツがいるとな、なんだかその場の空気が変わるんだ。 良くも悪くもな。
お調子者のアイツが感情をあらわにしてくれたおかげで俺達が冷静でいられたってのもあるしな。 ―――ただ……」
「ただ?」
少し考え込む素振りを見せる南にライは続きを促した。
「うん……まぁ、正直今回はアイツ別にいなくてよかったんじゃないかなぁ、と」
「……やっぱりそうですよね」
井上とカレンのツープラトン(クロス・ボンバー)をくらっている玉城を二人してため息をつきながら眺めた。
「ふむ……しかしな、ゼロ」
「なんだ、藤堂?」
ゼロが作戦内容を述べる前に藤堂が疑問を投げ掛けた。
「正直、仮装する意味が分からんのだが?」
「あぁ、そういうことか……ディートハルト」
「了解です、ゼロ」
その質問を予め想定していたかのようにゼロは落ち着いてディートハルトの名を呼んだ。 それに呼応してディートハルトは映写機のスイッチを入れる。
そしてホワイトボードにあるチラシが映し出された。
「『ハロウィン記念、皆にお菓子を配ります』、か……」
扇がそのチラシの見出しを読み上げる。 そのチラシには政庁の近くでハロウィンの催しをやる旨と大きなかぼちゃの後ろにいるユーフェミアの写真が載せられていた。
「それでは今回の作戦の概要を説明しようか。 なに、簡単なことだ。
仮装してお菓子を貰いにいく、それだけでいい」
「……それに何の意味があるのか僕にには分からないんだけど」
ライの言葉にその場にいるほぼ全員が頷く。
すると、ゼロはライの方に視線――と言っても仮面で何処を見ているか分からないが――を向けて、言う。
「そうだな……より分かりやすく言うならば―――合法的にブリタニアの物資を奪い、尚且つ日本の文化を広めることのできる作戦だ」
ライの方から皆の方に仮面を動かしながらゼロはそう言う。 一部(特に玉城)はそれで納得したが、それでも未だ大事な所が明らかにされてはいなかった。
「待ってくれ、ゼロ。 物資を奪うのは分かる……うん、まぁ、分かるが日本の文化を広めるというのは?」
扇の出したその疑問にも慌てることなくゼロは答えた。
「ハロウィンではお化けや怪物、魔女の恰好をして練り歩く。 ミイラ男やドラキュラ、狼男に悪魔、という風にな。
ならば、日本の伝統的なる怪物、鬼や妖怪を出しても良いだろう?」
最後に全員に問いかけるようにゼロは言う。
「つまりは俺達が奪われた『日本の文化』!」
「それを少しでも広め、取り戻すというわけか!」
「やっぱゼロはすげぇよ!」
口々に言う、黒の騎士団の幹部、特に旧扇グループ、にゼロは満足そうな雰囲気をかもしだす。
「決行は一週間後のブリタニアのハロウィンイベントだ! 他の皆にも伝えてくれ。 ……ラクシャータ」
「はいはーい、何か特殊メイクとかいる仮装なら私に言いなさい。 喜んでやってあげるわ」
ゼロの横に控えていたラクシャータの言葉でこの作戦会議は終わることになった。
そして会計監査等の事務的な会議を終え、各自解散の流れとなった。
「妖怪かぁ……どうするかなぁ……」
帰り道でライは呟く、何故か1000種類以上の妖怪が網羅されている自分の頭に戸惑いながら。 もしかして妖怪博士だったんだろうか、という訳の分からない考えも彼の脳内に浮かんだ。
「やっぱり猫またとかその辺が無難かなぁ……ライ、あなたはどう思う?」
横を歩くカレンの問い掛けにライは思考を自分の仮装からカレンの仮装へと切り替える。
猫耳を付けたカレン、似合う。 ミレイ会長の思い付きイベント、猫祭りの時に撮られた写真を見た記憶と照らし合わせるとそれは確定的に明らかだ。
しかし、それはつまり――そこまで思い、ライはつい考えを口に出した。
「……砂かけババアとかどうかな」
その言葉、特にババアの辺りでカレンの雰囲気が変わる。 先程までは少し思い悩んでいた表情だったが、今はとてもイイ笑顔だ。
「ふぅん、そう、砂かけ“ババア”ね。 そう、ライは私に砂かけ“ババア”が似合うって言うのね?」
イイ笑顔を浮かべながらカレンはライに聞く。 その笑顔に背骨に氷柱が突き刺さったような寒さを感じながら、ライは慎重に言葉を探す。
「いや……似合う、というより、ほら、やっぱりテレビとかに撮される可能性があるから。
ネコマタとかだと素顔がそのままだろ? だからラクシャータに頼んで特殊メイクってヤツをほどこして貰えば、ね?」
後半ライの口からスラスラと言葉が出てきた辺りからはカレンの笑顔にあった形容し難い雰囲気は消えていた。
なるほどね、と軽く言ったカレンは、なら、とライに対して言葉を発した。
「じゃあ、ライもそういう特殊メイクをしてもらう方がいいわ。
ライは私と違ってアッシュフォード学園に住んでるんだし、バレる可能性も、バレた後の危険性も私より高いんだから」
カレンの言葉に頷きつつ、ライは再び思考を巡らせた。
とりあえず人型の妖怪以外―――大入道やだいだらぼっち等大きさに無理のあるものも――を除外。
素顔のままでも出来そうなものや輪郭がそのまま残りそうな物――別に特殊メイクをしても出来そうではあるが――も除外。
少なくなる選択肢の中から、ライはピンッと来たものに決める。
「よし、じゃあ僕は―――」
ハロウィン当日、黒の騎士団のトレーラーには様々な妖怪が集っていた。
何やらフラフラしているぬりかべにやたらとゴツい子泣きじじい、そして多数のネコマタや一つ目小僧が多数。
他にも様々な種類の妖怪がそこにいた。
そして壇上にマントを付けた黒い、目玉の化け物のような人間が現れる。
「諸君、これより作戦を始める! 各自豆腐は持ったな?
いざ、トリックオアトリート!」
『トリックオアトリート!!!』
目玉の親父の号令――何気に変声機から出る声がいつもと違う――に呼応する妖怪たち。
ちなみに卵ではなく豆腐を投げ付けるのは仙波のアイデアで、曰く「~前略~卵より豆腐の方が日本らしい、豆腐小僧という妖怪が~後略~」ということだ。
「悪い子はいねぇかぁ!」
「藤ど……酒呑童子、それはなまはげです」
「フハハハハハ! トリックオアトリート!」
「うら……馬頭、イナゴの唐揚げをまくな!」
「牛頭、お前も醤油さし片手に何をやっておるか」
藤堂率いる四聖剣は全員が鬼の恰好をして先頭を駆けていた。 特に藤堂はどこから持ってきたのか、金棒を振り回してノリノリである。
ちなみに千葉、仙波はそれぞれ茨城童子、牛鬼の恰好をしており、仙波の蜘蛛の脚はヤケにリアルである。
造形は卜部が担当したという。
「しっかしアンタは無駄に似合ってるわね……ここまでくると才能よ」
「しっしっし、そんなに褒めるなって照れるじゃねぇか」
「ねずみ男が似合うってどう考えても誉め言葉じゃないと思うんだが?」
旧扇グループの面々は各自、いわゆる○太郎の仲間の妖怪(だが、鬼太○はいない)に扮していた。
そして、大きな車輪つきの茶碗に入ったゼ――目玉の親父を、巨大な鬼○郎が後ろから押していた。
「ゼ――父さん」
「なんだ、鬼太○」
お約束と言えるやり取りをしつつ一人と一機は進む。 その大きな鬼太○の中で一人の青年がため息を吐いていた。
「仮装したかったなぁ……」
大きな鬼○郎の正体、それはハリボテを被せた先行試作型月下である。
ただのハリボテとあなどることなかれ、頭にはラクシャータ謹製の毛針を模したペイントガンが装備されている。
更に下駄はスラッシュハーケンの様に飛ばすことの出来る有線式リモコン下駄。
なお、この装備は今回の作戦のためだけに開発されたもので、量産計画など一切立てられていない。
「おい、鬼○郎! もうすぐブリタニア政庁だぞ!」
「分かってますよ、父さん」
ブリタニア政庁の前、そこにはドラキュラに狼男、魔女やジャックオランタン等、有名な西洋の怪物が勢ぞろいしていた。
そして一際高い場所にはカボチャを模したバッグを持ってたたずむ黒い翼と尻尾、そして何故かトラの耳を付けたユーフェミアがいた。
そして、その隣には自らの首を右手に抱えた騎士――デュラハンの仮装をしたスザクがいた。
「あら、あれは確か……日本の妖怪さん達、ですね!」
異彩を放つ集団を目にしたユーフェミアはパンと手を叩き、隣にいるスザクの方を少し向いて確認をとると、花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「ハロウィンパーティーにようこそ、皆さんどうか楽しんでいって下さいね」
そう言って彼女はカボチャのバッグから飴玉を取り出し投げ始めた。
するとそれに呼応して周りに控えていたブリタニア兵達もお菓子を投げ始める。
「父さ―――ゼロ」
「なんだ、鬼―――ライ?」
外部スピーカーを切って話しかけるライにゼロもまた元のボイスチェンジャーに戻して応える。
「……作戦云々言ってた僕達が恥ずかしくなってきたよ」
「奇遇だな、私もだ」
日本の妖怪の面々は沢山のお菓子を持ち帰ることに成功した。 そして、ブリタニア――ユーフェミアの企画したハロウィンイベントは彼女の姉が驚くほどの大成功を収めた。
おまけ
「そういえばC.C.は?」
騎士団のアジトに直帰する訳には行かないので各自現地解散となったあと、KMF移送用のトレーラーに乗ったライはゼロに聞く。
「あぁ、C.C.がいると余計な騒動が起きる可能性が有るからな、別の場所でカボチャピザを50枚ほど用意したから大丈夫だろう」
そんな会話をしつつ、アジトへの帰路を走っていた。
「おかえり、遅かったな」
「何故ここにいる!? ピザはどうした!?」
ゼロの部屋にてオーソドックスなピザを食べているC.C.を見てゼロは思わず叫んだ。
焦っているためか目玉の親父ボイスへの変声機がオンになっている。
「たったあれだけのピザで私を足止めしようという浅はかさはアワレだな。
私を足止めしたくばあの三倍は持ってくるがいい!」
百五十枚もピザ置いてたらチーズの匂いがものすごいことになるだろう。
そんなツッコミ心で入れ、C.C.と激しい口論をするゼロを後目にライはユーフェミアキャンディ(包み紙にデフォルメされたユーフェミアが描かれている)を舐めた。
「ん、ピーチ味か」
ハリボテを剥がすのは手間がかかるだろうなぁ、と近い未来のことについて思いを巡らせるライだった。
最終更新:2009年11月11日 00:52