カリカリカリ……とボールペンが走る音が机の上で鳴る。 時折隣から書類を補充しつつ、書き上げた書類を隣の机のほうへと置く。
隣の机から聞こえるカタカタとヴィレッタさんがキーボードを打つ音がどこか心地よく感じられてきた。
僕達が大部分を完成させた書類、あとは責任者がサインをすればできあがるその書類たちは主なき机の上でひたすらにその存在を主張しているように見える。
そうして僕が次の書類へと取り掛かろうとすると、隣の机からため息が聞こえた。
「また仕事を投げ出して……どこをほっつき歩いているんだ、ジェレミア卿は」
キーボードを叩くヴィレッタさんがため息混じりに呟く。 それを横目で眺めつつ、そういえば……と僕はジェレミア卿に頼まれていた伝言を彼女に伝える。
「ジェレミア卿なら貴女がくる前に『特派のトレーラーで訓練をしてくる。 今度こそゼロを倒して見せるぞぉぉぉ!』 と叫んで部屋から出て行きました」
僕がありのまま起こったことを伝えるとヴィレッタさんは眉間にしわを寄せて深いため息をついた。
「まったく……盛り返したとはいえいまだ純血派の地位は低いというのに……あの人は……」
「シミュレータで2,3回模擬戦をしたら疲れて帰ってきますよ、それまでの間はこの仕事を片付けましょう」
必要箇所に書き込みを入れながら、今までのジェレミア卿の行動から十分予測できる当たり障りのないことを言う。 そこで会話を打ち切り、僕は仕事に戻る。
何故か盛り返してきたはずの今でも最大三人しかいない政務室にはやたらと仕事が舞い込んでいる。 僕達は、今現在二人でその仕事をこなしているところだった。
あとは純血派の責任者"ジェレミア・ゴットバルト"のサインを入れるだけというところまで完成させる、という仕事を。
ペンの走る音とキーボードを叩く音だけが僕の耳に入るおおまかな音となってしばらく経った。 書類も残り少なくなり、後はジェレミア卿が帰ってくるのを待つだけだ、と僕は考えていた。
隣の机に書類を持った手を伸ばしたとき、何か暖かいものが手に当たる。 反射的にそちらのほうを向くとヴィレッタさんと目が合う。 そこで少し視線を下に向けると、僕の手と彼女の手が触れ合っていた。
「あっ……」
僕か、彼女か、あるいはその両方か、思わず声を上げてしまう。 なんとなく気恥ずかしい雰囲気が満ちる。
互いに見つめあい、刹那が永劫と感じられるようなその一瞬。 僕とヴィレッタさんの距離が近づいていくような、そんな錯覚が起きる。
「くそっ! あと一歩で作戦が成功していたものを……! 聞いてくれ、同志ライ、ヴィレッタよ!」
微妙な空気を完全にぶち壊して僕らの上司が帰ってきた。
「ジェ、ジェレミア卿、お早いお帰りで」
「ま、またダメだったんですか、シミュレータ」
とっさに僕達は距離をとる。 そしてごまかす様に僕はジェレミア卿に詳しい結果を聞くことにした。
「そうなのだ、同志ライよ! もう少しでシミュレータの作戦が終了したというのにゼロが現れたのだ!
おのれぇ! ゼロ! シミュレータという仮想世界でもこの私の邪魔をするとは!
しかしシミュレータは所詮シミュレータ、このジェレミア・ゴットバルトがリアルで貴様を倒してみせる!」
とりあえずごまかすために話題を振ってみたが、ジェレミア卿は一人でヒートアップしていく。
そのジェレミア卿にヴィレッタさんが声をかける。
「あー、その、ジェレミア卿?」
「む、ヴィレッタ。 そうだ、次は君も来たまえ、ロイド伯爵が言うには二人から四人まで同時に作戦を実行できるらしい。 我ら三人揃えばゼロなど恐れるに足らず!」
熱く語り始めるジェレミア卿と、何かを言いたそうなヴィレッタさんを見比べつつ、僕は彼女の手助けをすることにする。
「ジェレミア卿、ヴィレッタ卿が何か言いたいことがあるようですが?」
「ん? そうなのか? ヴィレッタ?」
ジェレミア卿がそういうとヴィレッタさんは首を縦に振り、彼に向かって口を開く。
「シミュレータで戦闘訓練を積むのはかまいません。 ですが、政務をおろそかにしないでいただきたい」
ヴィレッタさんはキッパリとジェレミア卿に言った。 仕事をしろ、と。 その言葉に対してジェレミア卿は何故かニヤリと笑いながら答えた。
「仕事をするのはかまわんが、別にサボってしまっても構わんのだろう?」
「サボらないでください!」
即座にヴィレッタさんのツッコミが入る。
「だがな、この前みたテレビ番組に言っていたのだ。 仕事をするとストレスが溜まる。 ストレスが溜まった人間はR18指定のゲームをやる。
そしてストレスを発散するために性犯罪に手を染める、と。 私は性犯罪の予防のために仕事をサボっているのだ!」
言い切った。 堂々と。 清々しくなるほどきっぱりと。
「あのー、ジェレミア卿?」
「なんだ、同志ライ?」
とりあえず僕は根本的な疑問を口にする。
「貴方は性犯罪をする、と?」
「するわけがなかろう! このジェレミア・ゴットバルトがそのようなことをする人間だと思うのか!?」
その言葉を聞き、僕は安心して次の言葉を口にする。
「じゃあ働け、全力で!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!! 次の書類を持ってくるのだ! この、ジェレミア・ゴットバルトが貴様らに全力でサインを入れてやる!」
やはり仕事が進むと気持ちがいいな。 そんなことを思いながら僕は新たな書類の束をジェレミア卿に渡す。
「……まぁ、仕事をしてくれるなら害はないか……」
隣の机のヴィレッタさんがつぶやくけど気にしない。 うっかりギアスを使ってしまったけど僕は気にしない。
ガリガリと減っていく未完成書類の山が見える、今はそれだけで十分だ。
最終更新:2009年12月24日 21:36