043-565 朱禁城の聖夜 @もっふー

「はぁ、温まりますわー」
 ずずずー、と音をたててお茶をすすった神楽耶はほっと息をつきながらそう言った。
 ライは苦笑を浮かべ、
「だから、吹き抜けのテラスで飲みたいなんて無茶な話だったんだよ」
「ぷいっ」
 声つきでそっぽを向いた神楽耶を見て、向かいに座っていた天子がくすくすと笑った。
「神楽耶は、初めて来た時からあの場所がお気に入りでしたね!」
「ええ、とても。景色がとても素敵で……だからこそ、今の時期にあの場所でお茶を楽しもうと……」
「風邪ひくから駄目だよ」
 ライが軽くたしなめると、神楽耶は再びぷいっと顔を背けた。天子がその様子を見てまた嬉しそうに表情を綻ばせた。
「まあ、気持ちは分からないでもない」
 そう付け足しつつ、改めてライは周囲を見渡した。
 朱禁城の客間、の一つだ。天子の下を訪れた時は大抵この部屋(もしくは神楽耶が好きだと言う、朱禁城内の庭園にあるテラス)を使うので馴染みあるはずなのだが――どういう訳かクリスマスイルミネーションで彩られている。
 しかもイルミネーションで飾り付けられているのはこの客間だけでなく、朱禁城全体がキラキラ光り輝いているのだ。
 幾ら今日がクリスマスイブとはいえ、やることがかなり派手だ。朱禁城の朱色と、イルミネーションの真っ白い輝きは、ある意味クリスマスカラーと言えるのかもしれないが。
「着いてみたら驚いたよ。朱禁城がこんな風になってるなんて」
「そうでしょう!」
 その言葉を待ってましたとばかりに天子が勢いよく答えた。
「私が星刻にお願いしたら、このような素敵な催し物にしてくださって……!」
 合衆国中華政府主催の、朱禁城を使ったクリスマスパーティー。しかも一部の場は一般向けに解放されるらしい。
 星刻としては、新しい国家が民に開かれたものだということのアピールも兼ねているのだろう。ライと神楽耶はこのイベントに招待されてきたのだ。
 そして、その企画を実行した当の本人はというと、先ほどからずっと天子の後方に控えていて、
「お褒めに頂くほどの事ではありません」
 と恭しく礼をした。
 その反応を見た神楽耶はあからさまなため息をつき、不満げに声を荒げた。
「ああ、堅い。堅いですわ!」
「神楽耶様、お言葉ですが私は……」
「思えば、この客間に着くまでも、色んな道を行ったり来たりで堅苦しくて息の詰まるような警備体制でしたが――黎星刻、あなたが警備の担当ですわね。」
「ぐ……」
 図星なのか、星刻が押し黙る。
 確かに、何度も何度も身分証の提示を求められた過剰なセキュリティーには、ライも多少辟易とさせられた。僕が来たのはクルシミマスパーティーか? と自問したくらいだ。
 しかし星刻も負けじと言い返す。
「今回は朱禁城の一般解放も行われる。天子様の安全を考えれば当然の処置だ」
「はあ、それだけ天子様を想っているなら、どうしてそう堅いのです? 結婚式に乗り込んだときの勢いはいずこへ?」
「なっ……それとこれとは関係ないだろう!」
「大アリです!」
 だんだん語気の荒くなっていく二人に挟まれる格好となった天子は再びおろおろし出したが、ライは落ち着いたものである。――こういう会話で神楽耶に勝てる者はいない。
「こんな厳重な警備では、サンタさんも入ってこれないでしょうし」
「ぷっ」
「は?」
「ええっ!?」
 神楽耶のサンタ発言に対する反応は三者三様であった。
 吹き出したのはライで、ぽかんと口を開けたのが星刻。驚愕の声を上げたのは天子だ。
 始まった。ライは内心で笑みを深くした。こうなったら神楽耶のペースだ。無論、神楽耶はサンタを信じている訳ではない。だが天子はどうだろう。
 何のことかさっぱりといった星刻に向かって、天子がまくし立てた。
「星刻。星刻ー! 早く、早く警備を解いて下さい!」
「は、いえ……何故?」
「サンタさんが来れない!」
「サン……」
 星刻は軽く目眩がしたのか、ふらつきながら神楽耶の方を睨む。してやったり、という神楽耶の笑みがその瞳に映る。
「星刻! 星刻ってば!」
 尚も懇願する天子に星刻はそっと笑い掛け、
「大丈夫です天子様。警備の者には、サンタクロースだけは見逃すように伝えておきます」
「ほんとう?」
「ええ、だから安心して下さい」
「わかったわ!」

 天子は満面の笑みで頷き、席に座り直した。
 星刻は勝ち誇った表情を神楽耶に向け、神楽耶はちっと舌を打った。
 神楽耶に一本取るとは流石星刻だなぁと感心していると、
「だいたい天子様も天子様です。せっかく心許せる関係になったのですから、もっと自分からアプローチしないと!」
「そ、そうなのですか……?」
「皇神楽耶、天子様に変な事を吹き込むのは――」
「貴方がヘタレなのがそもそもの原因なのです」
 ぴしゃりと星刻の言葉を封じ、神楽耶は真剣な眼差しで言った。
「最近の殿方がヘタレで奥手なのはもはやしょうがない事です。こちらのライも、一緒に寝床に入ろうとも一切手を出さなかったものです」
 流石にこの発言には黙っていられなかった。
「おい!」
「ライは黙っていて下さい。事実でしょう?」
「あれは君が勝手に僕のベッドに入って来たんだろう!」
「ええ、ライはヘタレでしたから夜這いを、と」
「な……もうちょっとオブラートに包めないのか君は!」
「包んでますわ」
 基本スペックが低いんだな、とライは納得した。
 神楽耶はこちらを無視して進める。
「しかしそういった強気のアプローチで殿方を惹きつけるのも必要な事なのですよ、天子様」
「そうなのですか?」
「ええ。ただ、最終的な主導権は譲る、というのが理想の形と言えますね。女性ならば慎ましさも併せ持たないと」
 神楽耶が慎ましさ……? とライは本気で首を傾げたが、天子はふんふんと熱心に神楽耶の言葉を聞いている。
 星刻は訳が分からない、とばかりに頭を抱えていた。「ヘタレ……ヘタレ……?」とぶつぶつ呟いてもいる。
「天子様はとても魅力的なのですから、そこを磨けばきっと道は開けるはずです」
「何の話だったんだ」
 ぽつりと言うと、神楽耶はにっこり笑って小声で、
「今ではライの方から求めて下さいますものね。毎晩」
「わー! わー! わー! 聞こえない! というか天子様の前で何を言い出すんだ!」
「え、今神楽耶は何と言ったのですか?」
「聞き直さなくていいです! 神楽耶も言い直さない! ああもう、星刻! 何とかしてくれ!」
「ヘタレ……ヘタレ……」


最終更新:2009年12月30日 22:19
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