044-134 バレンタインデー @カナリア

あらすじ…………
親衛隊編の後の話。本国から戻って来たライは、特区日本政府と在日ブリタニア政府の仕事を両立する日々。

この日は特区で働いていたのだが…………


政庁にある仕事場で書類をまとめていたライ。

書類を持ってきた兵士から、政務室にゼロがいないために部下が困っているという話を聞いたライは、散歩も兼ねて彼を探す事にした。



しかし、歩けど歩けどゼロがいない。

作戦会議室、格納庫、寄宿舎、談話室、技術研究室。

ゼロがいそうな所は探したものの、見つからない。



見つけるのを一旦断念したライは、突如空腹感を覚えた。

昼食の時間では無いが、お腹が空いては働けない。
彼は食堂で何かを食べようと決めた。



「無責任だとは言わないで欲しいな。僕は育ち盛りなんだから……」

此処には居ない誰かに言い訳をしてみるが、少し虚しい。









――スパゲティ、ハンバーグ、和洋折衷定食。お任せBセットでも良いかも知れない。特区の食堂は美味しい物が多いから楽しみだなぁ………――

真面目な顔をしながらそんな事を考え、食堂に向かっていたライが、そこらに漂う甘すぎる匂いに気づく事は無かった。


入口に近づいたライは、食堂が混んでいる事に気が付いた。

普段の食堂は弁当を持たない独身男性が多いが、今は何故か女性が多い。

その女性達は、食堂の真中に円を作っている。


不思議に思って円を覗き込んだライは、不気味な光景を見てしまった。






彼が探していた仮面の男がエプロンを装着しており、千葉とヴィレッタを伴って「お料理教室」を開催していたのだ…………

「最後に今までの作業をお復習しよう!」
ゼロが手をくねらせて言った。
千葉が後ろで文字ボードを掲げる。恥じらいは無い。


ゼロが話している言葉は、ライには全然意味の分からない物だったが、一生懸命メモをとる女達を見れば随分と為になる物なのだろうとは理解出来た。


ゼロがエプロンを翻した。
「運悪くメモを忘れたという其処の貴方達!そう、そんな貴方達の為に今までの作業を分かりやすく纏めたプリントを配布する。各自で上手く活用してくれたまえ。では……第一回、ル・ル・ル。楽しくチョコレートを作ろう作戦♪、を終了する!!」

ゼロの言葉と同時に、職員が女性達にプリントを配った。


ライは、群がってプリントを貰いに来る女性達に辟易しながらも、頑張って配る職員に感心の念を抱いた。









五分程すると、ゼロの周りから女性がいなくなった。

「やぁゼロ。終わったようだな」
見計らってライは彼に話しかけたのだが、ゼロは何処か疲れた様に首を振った。


「私は疲れたぞライ。まさかあんなに人が来るとは思わなかったからな」
「私には、君が料理を出来るということにこそ驚きを感じたが………」
「料理は男のたしなみだからな。出来て当然だろう?」
ライは理解出来ない、という風に首をかしげた。

「男子厨房に入らずが日本の風潮じゃないのか?」
「ふっ、何を言っているのだ。今の日本は旧日本では無い」
「しかし、卜部と朝比奈が厨房で料理しているのを見て、他の四聖剣と藤堂隊長が嫌そうにしていたぞ?」
「…………君は、セシル・クルーミーが料理を作っていたら嫌な顔をするだろ?それと同じだ」

ゼロが何を言いたいか気付いたが、それには触れたくないので軽く頷いただけの反応に済ませた。


話を変えよう、と仮面の男が提案したので、ライは何かを考えた末に言った。


「仮面とエプロンの組み合わせは合わないな」

瞬間、ゼロは固まった。

「なにを言って……」
「仮面は外す事が出来ないから仕方がないというのは理解している。しかし、ミスマッチであるというのは事実だぞ?せめてエプロンも黒に………」
「エプロンが白いのは清潔感を出すためだ、これも仕方がないことなんだ」

「そうなのか?」
「あぁ。エプロンが茶色い人間と、エプロンが白い人間では清潔感が違うだろ?黒も駄目なんだ」
「仮面とマントが黒いじゃないか………」
「これは清潔な漆黒だ。何時も私自ら洗っているから大丈夫なんだ」

ふーん、と気のない返事を返したライは、それより………と気にしていた事を質問した。


「なぜ料理教室の題材がチョコレートなんだ?」

ライの質問に、ゼロは唖然とした。
「もしやと思うが………バレンタインデーを知らないのか?」
「バレンタインデイ?」

仮面が首を振る。
「私が最初から教えねばならないのか。……まぁ良いだろう、教えてやる。バレンタインデーとは……………」

そこから十分、ゼロはライにバレンタインデーの事を余すことなく教えた。


ライは熱心に聞いた後、感嘆を洩らした。
「それは女性陣が張り切るわけだな。意中の人間に想いを告げるキッカケになるのだから…………まぁ大変そうだがな」
「人事だな」
「事実、人事だからな」
「…………本当に言っているのか?」
ゼロはライに仮面を向けた。
「は?」
「いや、分からないなら良い」

ゼロの言葉に首をかしげたものの、この時はたいして気にもせずにいた。

2月14日AM7:50

前日が完徹だったが故に仮眠室で寝ていたライは、息苦しさを覚えたので跳ね起きた。

窓が閉まっているとはいえ、あまりにも酸素が足りな過ぎる。


慌てて窓を開けて深呼吸をしながら外をみると、既に沢山の人間が出頭しているようだった。


「今日も頑張るか」
先程の息苦しさを不思議に思ったが、気にしてばかりも居られず、そう呟いて窓を閉めたライはドアノブを軽く捻った。


しかし、ガチャという音はしたのだがドアが開かない。

――あれ?――

不思議に思いつつ再びドアノブを捻って押す。

ガチャガチャ………

開かない。




何故かイラッとしたライはノブを捻りまくった。

ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……………



無益な事を数回繰り返し、やがてライは気付いた。


これはノブのせいではなくて、ドアの向こうに何かがあるのだと…………



ならば自分だけの力で何かが出来るわけでもない。


ライは部下に内線を入れて、ドアを調べに来るよう命じた。





待つこと10分。


ようやく仮眠室のドアが開いたのだが…………




「一体これはどういうことなんだ?」

天井に届くのではないかと思える程に積み上がった小包を指差して問うと、自称【ラインハルト・ディザー太尉の】右腕のクーランジュが当然の様に答えた。

「小包ですね」
「これが小包ということは分かっている。私が言いたいのはなクラン……」
部下のずれた回答に、思わず愛称で文句を言ってしまう。

「はい、分かっております。なぜ大量の小包が廊下に有るのか、ということでしょう?」
「そうだ、分かっているならどうして最初から言わない…………まぁ良いが、どうしてこんな所にコレが有るんだ?」

不機嫌な上官の態度にクーランジュは笑った。

「仮眠室のドアの前に溜まっていたんですよ。しかも、どう詰め込んだのか誰にも分からない程ギッシリとね。………いや、本当に窒息しないで良かったですね」

クーランジュの言葉に溜め息を吐いてライは言った。
「それで?中身はなんなんだ?」
「チョコに決まっているでしょう?人気者は辛い」
「ほぅ、それは良かったな。………で、なぜ小包が此処にある」
「は?」
「だから何故此処にチョコレートが有るんだ?」



そりゃアンタ………ねぇ?、とでも言いたそうな空気がその場を支配する。

「………」
「…………」
「……」

部下達の沈黙に耐えられなくなったのか、ライは唸った。

「なんなんだ、その痛い子を見るような眼は!!」

クーランジュが呆れた様に言う。
「いや、実際痛い子ですからね?貴方って人は」
「私の何処が痛い子だ!?」
「自分に対するバレンタインチョコの山を見て、なぜ此処に有るだなんて言ってる所ですよ」


ライは鼻で笑った。

「バレンタインチョコとは下駄箱か手渡しする物なのだ。コレはそのドチラでも無いじゃないか!」

更に固まる空気。



クーランジュでは無い部下が恐る恐るきいてきた。

「それは学校での事なのでは?」
「ん?しかしゼロは下駄箱が手渡しが一般的だと………」
「それは学校での常識だと思います………ですよねクーランジュ卿?」
「そうだな」
「……そうかなのか?」
「「えぇ」」

ライはまたもや唸った。


――ゼロめ。間違った事を堂々と教えたな――

「ライ卿。とりあえずこのチョコレートはどうしましょうか?」
クーランジュに問われたライは悩んだ末にこう言った。

「捨てるのは忍びないが、私は彼女以外の物を食べる訳にはいかない。誰か欲しい者が居たら好きなだけ持って行けば良いさ」

空気が固まった。


クーランジュが手を挙げる。
「それは捨てられるよりもキツイですよ」
「捨てる方が資源の無駄になる」
「想いが詰まったチョコを、好きでも無い人間に食べられたら悲しいでしょう?」
「何を言ってるんだクラン。これは義理チョコだぞ?私が上官だから義理として渡してくれたのだろう…………そんなに強い想いは詰まっておるまい?」

クーランジュは思った。

――駄目だ。この方は根本を理解していない――



呆れて何も言えない部下達を尻目にライは、名案だとでも言うように手を叩いた。

「いまでもゲットーは食料不足の筈だ。このチョコを配れば少しは足しになるに違いない!そして、それと同時に配給も開始しよう…………名付けてバレンタイン配給。どうだ、良い考えだとは思わないか!?」

部下達はどうにでも成れと頷いた。



これがAM8:10の事である…………


主だった人間を会議室に呼んだライは、先程考えた事を発表した。

「という訳なんだが………どうだろう?」


ライが提案した事を、二人が真剣に悩み、他多数が呆れた。


「副隊長、貴方は突然何を言っているんですか?」
朝比奈が手をあげた。


「確かにゲットーに食料を供給しようと言うのは立派ですよ。けど現実には問題があります」
朝比奈の言葉に皆が頷く。

しかし……
「………砂糖だけでは駄目です。塩分……醤油も付けなくてはね!」

朝比奈の言葉に千葉が突っ込んだ。
「そっちか!しかも醤油!?どんだけお前は醤油が好きなんだよ!!」
「うっさいなぁー千葉は。そんなんじゃ嫁さんには成れないよ?」
「う、うるさい!」

仙波が二人を止める。
「ほら二人とも。皆が迷惑そうにしておるぞ、少し黙らんか」
「「はーい」」


藤堂が真面目な顔でライを諭す。

「日本人の私達としてもゲットーに食料を供給したいと言う君の心は嬉しく思っている。しかし、今の特区には日本全域のゲットーに食料を渡せるだけの力は無いんだ」

「私にもそれくらい分かってますよ」
「ならなぜ………」
「私達の国はただの特区ではありません。行政特区なんですよ。独自の行政を行って良い半独立国家!ならブリタニア………エリア11の政府と連絡を取って食料を買い、ゲットーに分配する事だって許される筈ですが?」
ライの言葉に卜部が言う。
「食料だってタダでは無いし、そもそもゲットー全ての人間に行き渡る程の食料を買える財力もないぞ?」

ライは軽く笑った。
馬鹿にしたつもりは無かったが、卜部は少し無然とした。

「何が可笑しいんだい?」
朝比奈が眼を細めた。





「あなた方は行政特区最大の武器を忘れてませんか?」

この場にいる全ての者がライを見た。

「富士にはサクラダイト資源が豊富に有るんですよ?しかも、ほぼ無尽蔵に!!」

あ!!と言う声が上がった。


「確かに、アレとの交換であれば、幾らでも食料を貰えますね。」
ディードハルトが頷いた。


「俺はこの件、試す価値が有ると思う」

扇が小さく呟いた。

その呟きに、これまで黙っていたゼロが口を開く。

「その理由は?」


扇は立ち上がって言う。

「ゲットーにはいまでも沢山の人間がいる。しかも食料は依然足りないままだ。特区成立以前なら耐えられた空腹も、成立した今では耐えられないと思うんだ………」

朝比奈が手を挙げた。
「良く意味が分からないんだけど?」


そんな朝比奈を手で制して扇がまた話す。

「以前なら――自分達は虐げられる立場にあるから仕方がない………耐えるしかないんだ――と思えただろう。けど、成立した今では――特区が有るんだ、俺たちはもう、一方的に虐げられる側の人間では無くなった――と考えて略奪に近い行為を起こす連中も出てくると思うんだよ。…………そうしたら今より更に日本人に対する反感が増えるだろ?そうなったら困るから、今食料を配るべきだと思う」

千葉が反論する。

「このままでも略奪など起きないかも知れないだろ?」

ディードハルトが答えた。
「残念ながらウツノミヤゲットーで起こってますよ。駐在していたブリタニア軍の指揮官が、貯蓄してあった食料を放出したので大事にはなりませんでしたがね」


藤堂はゼロを見た。

「どうするゼロ?」
藤堂の問いに答えず、ゼロは室内に居る全ての人間に顔を向けた。

「民主主義で決めよう……お前達はこのライの案件をどうしたい?」



「やるべきだと思います」
と、ディードハルト。

「反対する理由はない」
と、藤堂。

「右に同じ」
と、四聖剣。

「やらない理由が思いつかないな」
と、扇。


その他の人間も頷いたのを見て、ゼロは何も語らなかったユーフェミアに眼を向けた。

「賛成多数です。ユーフェミア代表」


ユーフェミアは頷いた。

そして一言「認めます」と言った。


ライは満足げに笑ったが、ユーフェミアはシニカルな笑みを浮かべて続けた。

「しかし、一つだけ削除すべきところがありますけどね」
「それは………」
「貴方が貰ったチョコレートを配るという所ですよ。貰い物の処理くらい自分でやりなさい」

厳しい言葉にライは激しく項垂れた。


最終更新:2010年02月22日 00:33
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