うー、気のせいかな。
気のせいだよね。
だが、気が付くといつも彼が私を見ているような気がする。
それも何やら訴えるかのような視線で……。
いや、違う、違うっ。
私は頭の中に沸き起こった考えを慌てて否定する。
そんな訳あるわけないもん。
それに、私はルル一筋っ。
「うんっ!!」
ガッツポーズをして気合を入れる。
が、気が付くと、横で部活の申請予算の計算をしていたカレンがびっくりした顔でこっちを見ていた。
「あ、あのぉ、シャーリー……」
おどおどと実に言い難そうに聞いてくる。
「何か悩みでもあるの?」
その言葉には、友人を心配する彼女の思いが強く込められていた。
ここ最近は二人でいろいろ話すことも多くなってきているだけに、その言葉や思いはすごくうれしい。
だから、私は慌てて否定する。
「ううんっ、違うのっ。気合入れてただけなの。うん、本当にそれだけ、それだけなの」
なんか、言い訳がましい感じに聞こえたかもしれないが、まぁ、概ね事実だ。
だが、それでもカレンは心配そうに見ている。
「本当だってっ。さぁ、さっさと終わらせましょ」
私がそう言って生徒会の書類整理に戻る振りをすると、カレンも納得できない表情ながらも作業に戻る。
ふう、よかったっ。
私はほっとしたものの、まだ頭の隅にはさっき浮かんだ考えが引っかかって離れない。
ライ、もしかして……私の事……。
いけないいけないっ。
ぶんぶんと頭を左右に振り、完全にその考えを否定する。
なにやってんのよ、私はっ……。
ほんと、今は生徒会の仕事に集中しなきゃ。
ぱんぱんっと軽く自分の両頬を叩く。
よしっ。
さぁ、さっさとやっちやおう。
そう思ったときだった。
すごく痛い視線を感じた。
えーっと、やっぱり……。
恐る恐る視線の先を盗み見る。
そこには、複雑な、そう……まさにそうとしか言えないカレンの表情があった。
やっぱ、はっきりさせないと駄目だよね。
生徒会の仕事が終わり、部活に行ってもどうも落ち着かない。
それどころか、もしかしたらどこかで彼に見られているとか考えてしまって、身体がカチカチになってしまっている。
おかげで測った記録は最低の状態。
まぁ、原因がわかっている分、まだいいのだが……。
だが、どっちにしてこのままでは問題だ。
どうにかして解決しなければならない。
何より、このままじゃ精神衛生上よくない。
ふう……。
ため息がまた口から漏れる。
今日だけでも軽く二桁は越えるほど出たのではなかろうか。
涙は枯れると言うけれど、ため息の方はどう言うべきなんだろうか。
それとも、ため息はなくならないのかしら。
そんな詰まんない事も考えてしまう。
あーんっ、何考えてんのよ、私はっ。
自分の頭をぽかりと叩いてみせる。
なんで悩むのよ、私っ。
そう。そこが問題なのだ。
もし彼が嫌いな人なら、ここまで悩まないだろう。
でも彼、いい人なんだよね。
そうよ、そうなのよ。
ルルもいいけど、彼も素敵なの。
顔もルルに負けないくらい美形でかっこいいし……。
特に笑った時のあの笑顔なんて、もううっとりしちゃいそうになってしまう。
最初の頃のぎここちない表情を知っているだけに、余計にそう思ってしまうのだろう。
なんか、これって私が恋しているみたい……。
プールの手すりにつかまりながらぼんやりと天井のライトに目をやると、その光の中に彼の微笑む姿が見えたような気がした。
その瞬間、一気に顔に熱が集まる感覚。
私は慌てて手すりを離すと、プールの中に頭から突っ込んだ。
火照った顔が水で一気に冷やされるのが実は気持ちよかったりする。
だけど、頭の中はごちゃごちゃだった。
なに考えてるのよ、私はっ……。
私にはルルがいるのにっ。
そう、私はルル一筋!!
普段なら、それで考えは切り替わっただろう。
しかし、なぜか今回ばかりは切り替わってくれなかった。
ルルって……私の事、どう思ってんだろう。
もしかして、ルル……実はカレンの事が……。
そういえば、この前も中庭で二人でこそこそ会話してたし、それにルル、カレンの事抱き寄せそうになってたし……。
段々と考えがマイナスの方に流れつつある。
えーいっ、違うっ、違うーーーーーーーっ。
勢いよく水の中から飛び出すと、私は用意していたタオルを持って更衣室へと向かった。
「ど、どうしたのよ、シャーリー……」
そんな私をさすがに見かねて恐る恐る聞いてくる部活の友人に、私はすばやく答える。
「用事思い出したから、今日はもう上がる」
そして、ずんずんと更衣室に向かう私の耳に僅かに聞こえる友人達の声。
「シャーリー、今日、なんか変だったわよね」
「そうね。記録ガタガタだし、なんかテンションの上がり下がりがすごかった気がするわ」
「そうそう。なんか、心ここにあらずって感じ」
「もしかしたら………」
「もしかしたら?」
「ルルーシュ君と何かあったのかも……」
そしてひときわ大きな声で湧き上がる黄色い歓声。
あーもー、好きにしてっ。
ああなってしまったら、いくら言っても彼女らの好奇心という炎の燃料にしかならないことを知っている。
つまり、言っても無駄ってこと。
それに、年頃の女性にとって、他人の恋の話題は最高の娯楽なのだ。
多分私も自分の事じゃなかったら彼女達のような反応を示しただろう。
ふーーっ。
がっくりと疲れる。
だが、諦めているので否定する気がおきるはずもなく、私は更衣室のドアを開けた。
ともかく、彼を捕まえてきちんとはっきりしょう。
そうしないとこのモヤモヤはきっと晴れる事はない。
そう思いながら……。
で、それから30分後。
私は校舎の屋上にいた。
もちろん、目の前には彼がいる。
彼は、私に話があると言われてすごく驚いていた。
その態度はとても落ち着かないという感じで、ますます私の想像通りではないかと疑いたくなってしまう。
しかし、私にはルルがいるから……。
そう思うものの、私は迷っている。
もし、告白されたらどうしょう。
そうなのだ。
今頃になって気が付いた。
実際、今の今までそういう事をまったくと言っていいほど考えていなかった。
ただ、彼がどういう理由で私を見ていたのか、それだけをはっきりさせようとだけ考えていた。
だが、もし想像通りに彼が私に好意を持っていて、告白したらどうすればいいのだろうか。
頬に熱が集まってくる。
頭がくらくらしてくるような感覚。
いけないっ。このままじゃ……。
私は、慌てて口を開く。
「あのね、ライっ」
そう言って言葉に詰まる。
どう言い出せばいいんだろう。
ストレートに聞くべきだろうか。
それとも遠まわし?
えーーーーんっ。
どうしよう……。どうすればいいのよぉ~っ。
「じ、じ、実はねぇ、あ、あのぉ……ね、そ、そのぉ………」
怪訝そうな表情の彼。
そりゃそうだろう。
呼び出されて、二人きりで、そして、訳わかんない事をごにょごにょ言われて……。
ここで笑顔なんかされた日には、私の方が凹みそうだ。
それに、実際に反対の立場なら私も同じ態度を示しているに違いない。
しかし、よく考えてみたら……。
こ、これじゃあ、私が彼に告白してるみたいじゃないのっ。
そう思った瞬間、上り詰めていた熱が一気に沸点まで跳ね上がる。
漫画とかだと、よくヤカンみたいにピーッとかなるんだろう。
まぁ、そんな事は起こるはずはないのだが、それに近い感覚になっているのは間違いなかった。
だが、このままずるずると時間が過ぎていくのに任せていい訳がない。
えーいっ、ともかく言っちゃえっ。
私は、覚悟を決めたっ。
そして、叫んでいた。
「もしかして告白したいのっ?」
言って、どーっと汗が出る。
それも冷たい汗。
なんというストレート。
というか、もっと別の言い方はなかったの~っ、私っ。
えーいっ、自分ながら不甲斐ないというか、情けないというか。
もっと、こう遠まわしにっ……。
じわじわと真綿で首を絞めるかのように……。
ええーいっ、違う違うっ。
そうじゃない。
えーと、つまり……。
こう柔らかい感じに……。
爆弾発言してしまった後に、頭の中をわけのわからない思考がぐるぐると回っている。
で、出た結論。
よく考えて喋りましょう。
自爆は、自業自得です。
ちーーーんっ。
頭の中でなにやらはずれくじを引いた音がしたような気がした。
しかし、問題はそれで終わらなかった。
なぜなら、
「な、何でわかったんだ、シャリー」
彼の口から、そんな言葉が飛び出したからだ。
えっ?
えーと……。
……………。
…………。
………。
……。
…。
何が「わかった」って?
その「わかった」っていう言葉は、どの言葉にかかっているのでしょう。
っていうか、この場合、「告白」だよねぇ。
しばし、思考が止まる。
そして……。
一気に思考が爆発した。
えェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーっ。
声にならない叫びが口から漏れた。
ぱくぱくとまるで陸に打ち上げられた魚のように口が動く。
だが、言葉にもならないし、音でさえない。
ほ、本当に……。
本当なのっ……。
思考が一気に焼き切れ、ぐわんぐわんと頭の中で銅鑼が鳴り響く。
しばしの沈黙。
だが、信じられずに私は無意識のうちに聞き返していた。
「本当に……告白したいの?」
聞き方としてはおかしいのかもしれないが、混乱の真っ只中に居る今の私はそれが変だとは思えなかった。
その私の言葉に、迷いなく力いっぱい頷く彼。
頬により熱が集まっていくのがわかる。
私は、ルル一筋……なの。
私の心に深く刻み込まれたその言葉が、霞んで見えなくなっていこうとしていた。
ドキドキと心臓が高鳴り、息が苦しくなっていく。
でも、それは決して不愉快ではない。
いや、かえって嬉しいというか、わくわくするというか、そんな気持ちが強いのかもしれない。
どうしよう。どうしょう。
「本当に……本気なの?」
「ああ、本気だ。……好きなんだ……」
真っ赤になりながらも、彼は「好き」という言葉をはっきりと口にした。
それがますます私を追い詰めていく。
ごめん……ルル。
私、貴方が大好き。
きっと世界で一番好きだと思うの。
でも、私……。
このまま……流されそう……になってる。
だって、彼、すごくいい人だもの。
ああっ、やっぱり駄目っ。
ルルを裏切れない。
私、ルルが好きっ。
でも……。
こんな感じで、思考がループを繰り返す。
まさに盛大な空回りというべきだろう。
しかし、そんな私を尻目に、彼は言葉を続ける。
「だから……」
真っ赤になった顔と言いにくそうな表情。
普段の彼からは想像できないほどの変化。
それがますます私を興奮させていく。
だが、より上昇していくテンションもそこまでだった。
「だから、カ、カレンへ橋渡しを手伝ってもらえないかな、シャーリー」
その言葉が沸騰していた私の頭に、冷水のごとくぶっかけられた。
しゅ~っ、しゅ~っ。
焼けた石に水をぶっかけられ、水が蒸発していく。
まさにそんな擬音が似合いそうな感覚。
ああ、これが冷や水をぶっ掛けられるという感覚なのか。
そんな事がなぜか頭に浮かぶ。
熱病にかかったかのような高揚感が一気に下がる。
そりゃ、もう急降下。
奈落の底に堕ちるかのように。
そう、まさにリバウンド。
ぼーんっと高く跳ねて、勢いよく堕ちる。
つ、つまり……。
今まで、私を見ていたのは……。
その為?!
カレンに告白する為。
そういう事なのね。
と、いう事は……。
つまりだ。
私が告白されるという事ではないという事。
あはっ……。
あはははははははははは……。
苦笑するしかない。
もちろん、脳内では「とほほほ……」である。
そして、一生懸命に頭の中でルルに謝る。
ごめんなさい、ルルっ。
私、私……、浮気しょうとしてた。
本当にごめんなさい。
これからはしっかりルルだけを見ていくから。
だから、今回は許してっ。
何度も何度も謝り続ける。
そして、矛先は、自然と彼に向かってしまう。
大体、そういう事ならはっきりそう言えば言えばいいのに。
変な訴えるような視線で見なくたって……。
だが、そう思った瞬間、彼の姿が自分と重なる。
そっか、あれは私の姿なんだ。
ルルの事が大好きで、大好きで……。でも言い出せない勇気のない私。
それはカレンの事が好きだけど、言い出せない彼と同じなんだ。
そう思った瞬間、わだかまりはかき消すように消えていく。
確かに誤解を招きそうな視線で私を見ていた事は問題だけど、それ以上に勝手に暴走した私自身が一番悪い。
はぁ……。
ため息が漏れそうになるのを何とか押さえ込む。
なぜなら、じーっと彼が私を見ている事に気が付いたから。
そうなのだ。
彼は私の返事を真剣な表情で待っている。
だから、私も真剣に答えなければならない。
「うん。私でよければ手伝う」
その私の言葉が口から出た途端、彼の表情が大きく変わった。
もちろん、喜びの表情に……。
「ありがとう、シャーリーっ」
肩を捕まれ、がくがくと揺さぶられる。
かなり興奮しているのだろう。
が、すぐに自分がやっている事に気が付いて真っ赤になって慌てて手を離すと謝ってくる。
「ご、ごめんっ」
「ううん、いい。気にしないで……」
自然と口から言葉が出た。
彼の姿がすごく楽しそうで、それでいてすごくうらやましい。
だから、私の口が勝手に動いたのかもしれない。
まさに、考えが口から出たというべきだろう。
そして、そこで言葉は止まらない。
まるで、もう一つの自分。
いや違う、自分の本心が言葉となって出ているような感じだ。
「それでね。カレンとうまくいったら……」
ああ、私、何てことを言おうとしているのだろう。
そう思ったものの、止めようとする気は起こらなかった。
だって、それは私の望みだもの。
それに私と立場が近い彼になら相談できる。
だから、言おう。
「私とルルの事、手伝ってよね」
その言葉に、彼は嬉しそうに微笑むと大きく頷いて答えた。
「もちろんさ」
その言葉が私には、とても心地よいものに感じられた。
こうして、思い違いから始まった彼との関係は、ただの友人から、お互いの恋を応援するかけがえのない友人へと代わったのだった。
おわり
最終更新:2010年03月23日 22:38