040-166 コードギアスLOST COLORS R2『裂かれた双璧、交わされる魂(いろ)』@風太郎

 誰一人いない礼拝堂の中、座席に腰掛けてただ静かにその時を待つ。
 ここには沢山の思い出が残っている。そして、彼女なら僕がここにいる事が分かるだろう。
 何故ならここは僕たちがもっとも幸せで、満たされていた時間の思い出が残る場所なのだから。
 彼女が現れるまで僅かな時間。
 有りしに日々の思い出に身を委ね振り返っていたが、背後の扉が開く気配によって追憶は遮られた。
「……やっぱり、来ていたのね」
「ああ、ここにいれば君に会えると思った」
 開いた扉の前に立っていたのはやはり彼女――カレン一人だけだった。
 服装こそ初めて見るものだったものの、その姿は僕の記憶と何も変わらない。
 だけど、その目はまるで違い、かつて僕に向けてくれた思慕や温もりなど欠片も残ってはいなかった。
「ナイトオブイレブンって……ブリタニアの騎士ってどういうこと?」
「言い訳はしないさ。皆を……僕が大切なものを守るにはこうするしかなかった。だから裏切り者と罵られても構わな
いし、報いを受ける覚悟もできている」
 そう、僕が大切だったのは日本解放という理想などではなかった。
 ただ色が分からない僕に居場所と世界を教えてくれた生徒会の皆、ルルーシュ、ナナリー、そしてカレンだけだった。
 結局僕はかつて王だったころと何も変わっていなかったんだ。
 そのために再び全てを裏切った僕はもう赦されない。
 ……だからこそ裁かれるならば、僕を終わらせてくれるなら、彼女にそれを委ねたかった。

「抵抗、しない心算?」
 そんな僕の姿をカレンは震える声で問いかける。
 たとえ怒りに支配されていても、だからこそこの最低な裏切り者の真意が分からない。
 かつては誰よりも想いを交わし合ったからこそ、その思いは誰よりも理解できた。
「ああ。特区の準備は終わっているし、幸いにも僕の意志を継いでくれる人は居る。ここで君に殺されるなら本望だ」
 その言葉を最後に瞼を閉じる。
 僕が今できることは全てはもう終わらせた。
 ナナリーが提唱した行政特区計画の具体案は既に完成し、サンチアに預けている。後はジノやローマイアさん、
スザクが実現してくれるだろう。
 皇帝と交わした契約を半ば反故にすることには不安は残るものの、後はアリスが受け継いでくれる。
 全てを押し付けることには申し訳なく思うが、彼女ならばきっとナナリーを、ナナリーが大切に思うものを全て守るはずだ。
 だから、ここで終わっても悔いはない。
 ……そう思いながらその時を待つも、カレンは何も行動を起こさない。
 やがて漏れたのは、彼女の弱々しい否定の言葉だった。
「……嫌よ」


「え?」
「貴方を殺すなんて嫌!!貴方が消えた時、それでもまだ生きていると信じたから私は立てた!貴方が今でも強く、
変わらずに戦っていると思えたから、それを支えに生きてこれた!!」
「…………」
「私がここに居るのは貴方が護ってくれたからよ!それなのに、貴方を殺すなんてできるわけがない!!」
「カレン……」
「日本解放なんてもうどうでも良い。私も騎士団を辞めて貴方の傍に居るわ!」
「……カレン」
「ううん、それだけじゃない。貴方のためならブリタニアも騎士団も、邪魔なものは全部潰す。そのためならどんな事もするわ。
そうすれば、また――」
「カレン!!」
 彼女にそれ以上は言わせないために強く抱きしめる。
 カレンにはそれを言ってほしくなかった。
 どんなに苦しくても、どんなに悲しくても強くひた向きだった彼女だからこそ、僕は惹かれたのだから。
 そんな彼女が僕なんかのために穢れてしまうなんて、あって良い筈がない。
「――ッ」
「それ以上、言っては駄目だ。そうなれば君は僕と同じになってしまう。僕と同じ所まで墜ちてしまう……」
「……それが駄目なの?」
「え……?」
「そこでなら、ライと一緒に居られるんでしょ?だったら…私は……」
 彼女の言葉は最後まで紡がれることなく、嗚咽の中に掻き消される。
 僕はそれに何も答えることはできなかった。
「……どうすれば良いの?…どうすれば、貴方と一緒に居られるの?」
 彼女は震える声でそう問い続ける。
 彼女が今、望むことはただ互いが傍にいたいだけだ。そして、その想いが押し殺していた本当の願いを曝け出す。
 本当はそうしたかった。
 今ある全てを捨てて、ただの男と女として共に生きていければ、他に何も望みはしなかった。
 人並みの幸せなど必要ない。ただ互いが傍にいれば、それが僕たちにとって何よりも代えがたい幸福なのだから。
 ……だけど、世界が…運命がそれさえも許さない。
 傍に互いを感じられても、僕たちの想いは届かないほど遠く引き離されたのだから。
 たとえ今、二人で共に居てもその先には破滅しか残されていない。
 それほどまでに『この世界』から与えられた運命は残酷だった。
 だけど……それでも、誰であってもこの想いだけは引き裂くことはできない。
「カレン……結婚しよう」
「え?」
「立会人も居ないし、形になるものは何もない。……だけど、僕たちだけの誓いを結べばどこにいても、例え互いに
どんな最後を迎えても、魂だけはいつも共にいられる」
「ライ!!」
 僕の言葉に彼女は涙で濡れた、それでも輝くような笑顔で笑ってくれた。
 その笑顔に胸の中が暖かいものに満たされていくのが分かる。
 この想いがあれば、僕はこの先に待つ運命に臆することなく立ち向かえる。……そう信じられた。
「汝、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで
――分かった先にも、愛を誓いますか?」
「誓います」
「……誓います」
 僕が口にしたうろ覚えな聖句に、しかしカレンはしっかりと答えてくれた。
 だからこそ、僕も躊躇うことなく誓いの言葉を口にできた。
 互いに胸に分かち合う想いのままに抱きあう僕とカレン。
 たとえ残るものが何もなくても、この先に待つのが別れであっても、これで僕たちが恐れるものは何もない。
「これで、僕たちは……僕たちの魂は一つだ」
「うん」
「愛してるカレン」
「私もよ、ライ」
 そう言って互いの唇を重ねる。
 これ以上の言葉は必要ない。後は互いの存在を互いに刻みつけるだけだ。



 ――言葉なく重なり合う影と影。
 その姿を、ただ月夜に照らさる聖人の像だけが見守っていた。


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風太郎
最終更新:2009年05月29日 16:54
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