それは唐突な宣言から始まった。
もちろん言ったのはミレイさんである。
言い出し方こそ、実はね、提案があるんだけど……なんてしおらしかったからかもしれない。
ついつい、ルルーシュが渋い顔で
「何を提案するんですか、会長っ」
なんて言ってしまったのが後の祭り。
その台詞にニヤリと小悪魔的な微笑みを浮かべるミレイさん。
もちろん、その微笑に危険を感じ、しまったという表情のルルーシュ。
そして、多分、僕も同じ顔をしていたのだろう。
僕とルルーシュの顔をちらりと見て高々と言葉が続けられる。
「生徒会主催で劇をやります~っ。すでに脚本を文芸部に、演出と舞台作成を演劇部に依頼していますっ。以上、報告終わりっ」
どう考えても決定事項である。
これを提案だと判断できる人は、多分、ミレイさんとはとても仲良くなれるが、僕とは決して仲良くなれないだろうなぁ、なんてそんな事を思わず思ってしまう。
「会長、それじゃほとんど決定事項じゃないですかっ」
ルルーシュがミレイさんの宣言に異をとなえる。
実に正論である。僕もそう思う。
だから、僕も同意の声をあげた。
しかし、そんな僕らの声にミレイさんはニタリと笑う。
彼女の悪女の素質を垣間見せる一瞬だ。(僕はそう思っている)
「あら、提案よ、提案っ。限りなく、決定事項に近い提案っ」
「なら、撤回も出来るんですね」
きつい口調でルルーシュが言う。
その言葉には、ここで引いたら負けてしまうという事がわかっている為か悲痛さがにじみ出ていた。
「ええ、出来るわよ。でもねぇ……」
「でも?」
「脚本ほぼ完成してるし、舞台の作り物や衣装の方もほとんど完成してるし、なにより劇の為の予算通しちゃったからね……。今から中止なんて……大変よぉ……」
もう絶句するしかないと言った表情のルルーシュ。
もちろん、僕もである。
そして思い知らされる。
正論で勝てない相手もいると言う事を……。
そして、その代表的な相手が目の前にいる事も……。
「くっ……」
ルルーシュの口から口惜しそうな音が漏れる。
その態度から、生徒会に入ったばかりの僕でもとても覆すのは難しい事がわかった。
ならば、次に打てる手を先に打つまでだ。
局地にこだわるより、大局を見なければならない。
ましてや、覆せない部分に力を注ぐのは愚の骨頂でしかないのだから。
「えーっとミレイさん、質問いいですか?」
僕の言葉に、ミレイさんの目が細くなる。
まるで獲物をいたぶるかのように思えてしまうのは、気のせいではないのかもしれない。
無意識のうちに身体が後ろに動いていた。
そしてそれは僕だけではなかったようだ。
なぜなら、ルルーシュも思わずすーっと身体を引いていたからだ。
そんな僕らに気にも留めずにミレイさんが極上の微笑み(悪女の嘲笑)を浮かべた。
「いいわよ、ライ。何でも聞いて頂戴な」
「じ、じゃあ……。あのですね、題目は何なんでしょうか」
「ふふふっ。よくぞ聞いてくれましたっ。題目は『眠れる森の美女』よっ」
どう考えても学園(生徒だけではなく先生を含む)で一番の大きさを誇る胸を張って宣言するミレイさん。
ある意味、男らしさと色っぽさを同時に表現しているとしか僕にはいえない格好である。
リヴァルの見開いた目の視線がミレイさんの胸に注がれて、「おおおおおぉぉぉーーーっ」と声が漏れてしまうのは男としてよくわかるものの、実にみっともないしかっこ悪い。
ああはなるまいと言う事で、僕はささやかな感じに見ることで済ます事にした。
ちなみに、ルルーシュは貧乳スキーらしく、どうでもいいと言う感じだし、スザクは性欲なんてそんなものはないという感じで相変わらずニコニコしているだけだ。(でも、多分、スザクは巨乳派でむっつりスケベに違いないと僕は確信している)
いかん、いかん、思考が別の方向に流れてしまった。
今は、そんな事を考えている暇はない。
僕とルルーシュが、巨乳小悪魔系策略家の魔の手から、いかにして最小限の被害で脱出するかという事を最優先で考えなければならないときなのだから。
「なんで、『眠れる森の美女』なんですか?」
「うふふふ……。聞きたい?」
うっ……。なんかすごく聞きたくないんだけど、聞かない限り話は進まない。
えーいっ、虎穴にいらずんば虎子を得ずだっ。
「ええ。聞かせてください」
その僕の言葉に、楽しそうに、そして、うっとりとしてミレイさんが両手の指と指を絡ませながら祈るようなポーズで答える。
「それはねぇ……」
「ええ、それは……」
「演劇部の部長からお勧めされたからよ」
あまりにも予想外の答えに僕は思わずがくりとコケそうになってしまった。
いかん。いかん……。
「会長にしては、意外ですね」
思わずぽつりと言うと、ルルーシュや生徒会のみんなも頷く。
絶対に何か思惑があると思っているのだろう。
もちろん、僕も思っていた。
「なんか隠し事があるんじゃないんですか、会長……」
ルルーシュがじとーっという視線でミレイさんを見る。
「あ、あはははは……。隠し事はないかなぁ」
慌ててそんな事を言っていたミレイさんだったが、どう考えてもおかしすぎる。
そんな時、どたばたと大きな足音を立てて生徒会室に飛び込んできた人物がいた。
その人物は、ミレイさんをいの一番に見つけると一冊の本を興奮して差し出した。
「出来ましたっ、会長ーっ。ご希望通りっ、新人くん主演の歓迎劇の台本っ」
その言葉と同時に、あちゃーっという表情を見せるミレイさんと、ああそういうことかと納得する僕以外の生徒会員。
えーっと、新人って……。
きょとんとした僕の肩をルルーシュが軽く叩く。
「お前を歓迎する為の劇だそうだぞ、ライ」
「………。へっ?!」
「あははは……。ばれちゃったのならしょうがないか……。
実はね、生徒会入りしたライの紹介を兼ねての歓迎劇をやろうと思ったのよ。
ほら、ライってまだ日が浅いから、知らない人も多いし、見た事もない人からは謎の銀髪の美少年って言われているのよね。だから、そういう人たちにも、しっかりライを紹介できたらいいかなと……思ってね」
そこで言葉を止めると上目遣いでじーっと僕を見ながら言葉を続けるミレイさん。
「だからね、ライ……出てくれるよね……」
くっ……。卑怯ですよ。これじゃあ、断れないじゃないですか…。
凄くうれしいのに、認めたくない気持ちも少しあったりするのは、照れている為なのかもしれない。
「わかりました。やりますよっ」
「本当、ありがとうね、ライ」
しかし、釘は刺しておかなければいけない。
「もちろん、王子様役ですよね」
その言葉に、苦笑するミレイさん。
「もちろんよ。ライは王子様役よ、最初から……」
その言葉に少しほっとする。
まぁ、これで被害は最小限になったと思う。
そんな事を思っていたらミレイさんの口から、とんでもない言葉が続けて発せられた。
「で、相手のお姫様……誰にするかが問題なのよね」
その瞬間、場の空気が変わった。
殺気立ったといっていいほどの雰囲気が場を占める。
「あははは……。大変そうだね」
スザクが実に場の空気を読まない発言をする。
えーいっ、巨乳好きのむっつりスケベは黙ってろっ。
「ふむ……」
考え込むルルーシュ。
「いいなぁ……。ライはよぉ~」
これはリヴァルだ。
そして、その空気を引き裂く第一声は、ミレイさんから発せられた。
「誰もしないなら、私がやってもいい?」
その瞬間、今まで我関せずを通していたはずの生徒会室にいた残りの女性が一気に発言した。
「わ、私……やっても……いい……」
「私がライの世話係主任だから、私が……」
「私、やってみたいなぁ……」
「わ、私もやってみたいです」
ちなみに、上から、ニーナ、カレン、シャーリー、ナナリーである。
「もてもてだね、ライ」
「くそーっ、なんでライばっかりさ……」
「ナナリー……」(泣
こっちは、女性陣の後に発せられた男性陣の声である。
ちなみに……、いや男性陣はどうでもいいか……。
だってその時思ったのは、えーいっ、うるさいっという事だけだったりする。
しかし、そうは思ってもどうすべきなのだろう……。
思わず考え込む。
下手するとこのままの流れなら、僕に選んでもらおうなんてなったら、とてもじゃないが僕は選べない。
えーい。優柔不断と言うなら言ってろーっ。
ともかく、どうかしなくてはならない。
どうすべきか……。
そう思っていたら、ルルーシュが溜息混じりに提案した。
「どうせなら、相手役は全校生徒の投票で決めたらいいんじゃないんですか?」
その提案に、まずは面白そうねということでミレイさんが賛成し、続いてそうですねと言いながらナナリーが賛成する。
後は、流れを読んだシャーリーが賛成して過半数。
一番渋っていたカレンも、ミレイさんの挑発的な売り言葉に買い言葉で賛成し、ニーナはそんな様子を仕方ないですねって感じで見ていただけで、反対しなかった。
「じゃあ、ライのお相手は、全校生徒の投票で決定とする事にします。いいわよね、ライ」
「ああ、それでいいよ」
僕はそう答えた。
つまり反対をしなかったのだ。
そして、それは後日、後悔となって何倍にも、いや、何十倍にも大きくなって跳ね返ってくることとなるなど、その時の僕は思いもしないのだった。
つづく
最終更新:2011年12月05日 12:45