046-104 騎士たちの帰還 @青い“HANA子”運命

皇暦2018年、春。
街角に寒風が吹きすさぶ。
打ち棄てられた屍と瓦礫の山。
ただそれだけが半年前に日本人──イレブンたちが手に入れたモノの総てだった。
ブラックリベリオンという祭の終わりに、
遺された総てだったのだ。


【騎士たちの帰還】


「で、本部からの新しい情報にはなんと?」
そう問いかけるブランドン少尉はソファにふんぞり返っており、差し出されたコーヒーを受け取る様は上官に対する態度とは到底かけ離れているものだった。
「たいした情報ではなかったと言えますし、これはたいへんな情報だとも言えますな」
しかしメッケナム中尉は気にしない。もっとも、この場合、気にしないよう努力していると言った方が正しい。
部屋の中は暑い。外の寒さが嘘のようだ。メッケナム中尉は早くも自分の背中に汗の筋が流れるのを感じている。
どっちなんです? 聞き返すブランドン少尉の言葉には呆れた──馬鹿にしたような色が混じっている。メッケナム中尉もさすがに少しムっとした。
だが抑えるしかない。相手は士官学校出のエリートだ。いくらもしないうちに自分の上役に出世するのは目に見えている、とメッケナム中尉は自分に言い聞かせ続ける。
二十歳を前に少尉に任官したこの男、この“少尉殿”は酷いミスでも犯しさえしなければ1年ほどの内に中尉に昇進することだろう。そしたら次は大尉殿。もう自分の上官様ということになるのだ。
だったら心証を悪くするような振る舞いは慎むべきだろうとメッケナム中尉は思うのだ。
自分が何年もかけて……それこそ血の滲む思いで上った階段を、目の前のこの男は汗をかくことなくエレベーターで昇っていくのだ。
そう思うとなんとも言い難い思いに目の前が真っ赤になる。
が、所詮軍隊というものはそういう場所であるのだし、この世界はそういうところなのだと彼は自分に言い聞かせた。
神様というものは、実に世界を不平等な代物に創り上げたものだと彼は慨嘆する。まさに我らの皇帝陛下が口にするとおりに。
「どっちと言いますかな。現在我が中隊が追っている黒の騎士団残党を指揮する人物の名が判明したとのことですよ」
「数機のナイトメアを有するだけの残党を指揮する人物の名前? 確かにたいしたことのない情報に思えますね」
「ただ、その指揮官というのが」
「いうのが?」
「ゼロの直属で戦闘部隊を指揮した隊長とも、参謀として作戦立案の補佐を行ったとも言われている人物だったそうなのですよ」
へぇとブランドン少尉はうなった。
「直属の部下なのか」
コーヒーを舐めるように啜り、ブランドン少尉はもう一度「直属の部下か」と繰り返した。
ゼロ。
それは奇跡をも起こすと言われた帝国の怨敵。捕縛され、処刑されたとは言うものの、トウキョウ租界での決戦で巻き起こした甚大な被害には今でも眩暈を覚えるほどだ。そのゼロが直々に従えた人物。
「で、その名前は?」
「えぇ、その名前というのが──」
メッケナムは“彼”の名前を口にした。
その名前を、ライと言う。

自分の名前にブリタニア軍士官二名が身震いをしていたことなど、当のライ本人が知る由ももない。
ブリタニア軍に“ペテン師”と呼ばれ、他方“悪魔の様な男”と称されるゼロ。そのゼロの近侍に従っていたからといって、ライが人智を超越した悪魔であるわけはないのだ。
「へっくしょん」
「くしゃみ? 風邪でも引いたんじゃない?」
ティッシュを差し出すカレンにライは頭を振った。
「いや、体調はキチンと管理しているよ。誰かが噂でもしていたのかな?」
受け取ったティッシュで鼻をかむライ。
「きっと女の子ね」
「なんでそう言い切れるんだい?」
「うぅん。知らないけど、きっとそうよ!」
そんなことを言われてもなぁとぼやきながらライは立て膝をついて降着姿勢を取っているナイトメア・紅蓮弐式の肩口から身を躍らせた。
膝をついているとはいえ、それでも3mはある高さから飛び降りて、しかしライは階段を数段飛び降りただけのように地面に降り立つのだ。
「よくあんな高さから飛び降りて大丈夫ね」
「カレンだったらもっと高い所から飛んでも大丈夫だと思うよ?」
ライは真顔だ。
「それって褒め言葉になってないと思う……」
「そうかな?」
ライには冗談を言ってるつもりはない。
もちろん皮肉を言ってるわけでもない。つまり、そういう男なのだ。
渡された手ぬぐいで額に浮かんだ汗を拭う。作業用のツナギも胸の中ほどは汗でびっしょりになっている。
それもしょうがない話だ。いくら整備が容易とはいえ、ナイトメアフレームの整備は一人二人でサッと行えるものではないのだから。
「それにしても……」
紅蓮を見上げるライにカレンも思わずそれに続いた。
「やっぱり、紅蓮はもう限界だよ」
「そんな……」
冬を越え、春になり、そろそろ初夏を迎えようかという頃の北陸の夜。
しかし、夜空に雪は凄惨な美しさを広げていて、風は刺すように冷たかった。



【ブラックリベリオン】とは黒の騎士団による反ブリタニアの一大反抗作戦の名前だった。
冬のトウキョウ租界を舞台としたこの決戦。当初有利に戦局を進めていた黒の騎士団だったが、副指令扇要の負傷やエリア総督コーネリアの腹心ギルバート・ギルフォードの奮戦、何よりもゼロの戦線離脱という異常事態が重なり続け……、
黒の騎士団は──日本人は敗北した。
国外脱出を遂げた者は極少数に過ぎず、藤堂鏡志郎、扇要を始めとした主だった幹部は逮捕され、ゼロの行方はようとして知れない。
逮捕され、処刑されたという報道がある。
ゼロは神聖皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの前に引き出され、処刑されたのだと。
だが、ライはそれを信じていなかった。
ゼロは生きている。
そして、再起の道は必ずやある。
信じている。
なぜなら、彼こそは“奇跡を起こす男”であり、自分は彼の──友だから。
そして今、彼らは北陸の山中にあった。
放棄された旧軍の基地。そこがライたち黒の騎士団残党の現在の隠れ家だ。
基地と言っても大した設備があるわけではない。あるのは兵舎と重機の格納庫。それに山岳輸送用のロープウェイがあるだけだ。
「元々軍の施設だったってわけじゃないんだ。そんなだからブリタニアも把握してなかったんだろうってとこだな」
それがこの場所を紹介した卜部の説明だ。
「少尉任官したあと、俺はしばらく石川の駐屯地に勤務していたんだよ。藤堂中佐と出会ったのはその後、東立川の技研本部に移ってからでな」
「技研? 技術研究本部ですか?」
似合わないか? と卜部はライに笑ってみせたものだ。
「まぁ人は変わっていくものさ。良きにつけ、悪しきにつけ、な。ライ、君はどうなんだろうな」
ライの質問に卜部が答えることはなかった。卜部の問い掛けにライが答えることも。
自分のこれまでの変化について、そしてこれから如何に変わっていくのか。ライにとって、それは今現在深く思索するべきものではなかった。
黒の騎士団の残党を率い、雌伏して決起の時を待つこと。その為に全知を尽くすことが今現在彼がするべきことであったからだ。
技研にいたと言うだけあって、卜部のマシンに関する知識確かなものであったから、ナイトメアに関する限りライの負担は軽いものになった。
ただ、それにも限界はあったのだ。

兵舎に戻ったライとカレンは他のメンバーとは別に設けた幹部用の会議室に卜部を訪ねた。
寒い。兵たちの部屋と違って、ここにはストーブがない。唯一の暖房器具は固くゴワゴワとした膝掛けが数枚あるだけだ。
入ってきた二人を、卜部は軽く手を挙げて迎えた。
「おかえり。機体の様子はどうだ?」
「いかんともし難いですね」
まぁ、しょうがないかと卜部は手と手を合わせて擦る。
「ブラックリベリオンからもう6ヶ月だ。C整備も行えない状態で、よくここまでもったと言うべきなんだろうな」
「紅蓮の状態は最悪を通り越しています。電装系ももうどうにもなりません。でもそれ以上に酷いのは脚部です。耐用限度はとっくに越えています」
すまなさそうに紅蓮の状態を話すライに、カレンはそれ以上に深く俯く。
今日まで生きてこれたのは紅蓮の突破力とカレンの力に拠る部分が大きい。それだけに紅蓮の消耗は他のナイトメアよりも激しかったのだ。
なにより、ブラックリベリオンの決戦の際に紅蓮は右腕部──輻射波動機構を失っている。
決定打を欠く紅蓮はそれまで以上にその俊敏さを生かした戦闘を行うしかなかった、ゆえに限界は想定していたよりも早く来た。
「私がもっと上手く紅蓮を使えていたら……」
「そう自分を責めるな、紅月」
「だけど……」
「嘆いてみても始まらん。現状は何も変わりはせん」
そうだね、とライも頷いた。
「要は今をどう行動するか、だよ。どうするかを考えて如何に行動するかだ」
このような状況なら出来た人間でも多少は腐るものだがと卜部は思うのだけど、見た目ライは将校としての役割を完璧に演じ切っている。
この残党の士気がぎりぎりのところで一つの組織としてまとまっているのも彼の功績によるところが大きいと卜部は認めていた。
だからいまだにここに留まっているのだと。
それで、と卜部はライに視線を向けた。
「わざわざ愚痴を言う為だけにここに来たわけじゃあるまい。ライには何か考えがあるんじゃないのか?」
「考えがあるって程の大仰なものではないんだけど……」
見てくださいと言ってライは卜部が座するデスクの上に紅蓮の図面を広げた。
「紅蓮の今の問題箇所なんですが──」
「フム……」
相槌を打ちながら、実際の所──と卜部は思う。
『このライという男。パイロットとしての腕は確かだし、大局を見る目もある。さすがにゼロが重用していただけのことはあるか……』
卜部が最初にライと顔を合わせたのは収監された藤堂鏡志朗奪還の為に黒の騎士団に合流した際だ。
その時、新型ナイトメア・月下の操縦に習熟した者として機種転換訓練に付き合ってもらった時以来なのだが……その頃とは大きく印象が変わったと言っていい。
そう、随分と……人間らしくなったと卜部は感じるのだ。
千葉が「何を考えているかわからない辺り、ゼロと同じだ」などと言っていたことを思い出す。
確かにそうだ。いや、
「そうだった、だな」
「はい?」
たはは……と苦笑しながら卜部はなんでもないと手を振った。
「それより続けてくれ。ライの“解決策”をな」
そんなんじゃないですよ、と言いながらライは広げた図面を指し示す。卜部とカレンは身を乗り出すようにしてその様子を見つめる。
「まずは、これらのポイントを踏まえた上で──紅蓮を生き返らせます」

「以上です」
フム、と卜部は唸った。
「確かにここならある程度の工作機械はある。重機の整備用のな。元々ナイトメアは整備が容易な機械だし作業自体は問題なかろう」
「通常ナイトメアの本格的な分解再整備には144人時かかります。整備兵と工兵経験者にパイロットを合わせて12人……あるだけの人員をかりだして、なんとか作業時間12時間弱ってところでしょうか」
「追手のことを考えるとギリギリ……いや、それでも少し足りないと思えるな」
「ただ、これを間に合わせることが出来れば例の『柳の下の泥鰌作戦』は問題なくやれます。そうすれば追手への対応もかなり楽になります」
手を顎にあて、再びフムと卜部は唸った。
ライはまっすぐに卜部を見つめている。カレンの視線はそんな二人の顔をいったりきたりだ。
正直なところ、ライの提案した“解決策”は卜部も考え付かないではなかった案だ。
言い出さなかったのはライに気兼ねをしたからと言っていい。
しかし、それをライは自分から卜部に提案してきた。
「……フム」
確かにこの逃避行を続ける黒の騎士団残党において、卜部は自分が最年長者であることを自覚している。自分が残党勢力を糾合している中心人物であるということも承知している。
しかし、組織としての黒の騎士団での上位者はライであり、またカレンの方なのだ。
その上位者であるはずのライがわざわざ自分に意見を求めてきている。
『これが日本解放戦線での話しなら、事後の責任を押し付けるためにあえて意見を求めているというポーズを見せているのだ、なんて邪推をするところだな……』
机の上に広げられた図面に目を落とし、そして卜部はライの視線に目を向けた。
「ライ、時間に関しては極力短縮を図るとして……これでやれると思うかね」
「やれます」
「単純戦力が低下することには?」
「総合的な戦力はむしろ増すことになります」
ならば、と卜部は膝掛けの毛布を脇に除けて立ち上がった。
「よし、やろう」
下手な考え休むに似たりというのが座右の銘だった。壁に引っ掛けられていた作業服を手に取り、卜部は二人を振り返る。
「いいかげん毛布に包まって丸くなっているのにも飽きていたところだ。菜っ葉服を着込んで暖まるとするか!」
ほっと胸を撫で下ろしたカレンの表情。
対称的なのは、卜部ならそう言ってくれると心の底から信じていたといった体のライの落ち着いた笑顔だ。
卜部はなるほど、と胸の内でつぶやいた。
『パイロットの腕、大局を読む眼、それらは確かにこの男の長所であるし、武器であることは間違いない』
しかし、と卜部は思うのだ。それは彼の本質の一端に過ぎないと。
『この男の本質はもっと、何か、違うものだ』
その何かが何であるのか、それはまだ卜部の胸の内に確固とした言葉となって表れていない。
ただ、卜部がこの青年のことを好きになり始めていることは確かだった。

異常気象が叫ばれて久しいこの2018年、もうじき初夏を迎えようという時期であるのにこの北陸の地は吹雪いてさえいた。
さすがに積雪量はそれほどでもない。しかし、そうであっても銀世界と化した山中はナイトメアの行軍には厳しいものがある。
ゆえにメッケナム中尉の愚痴はその胸の内でますますうず高く積み重なっていくのだ。
それでもメッケナム中尉は胸のむかむかを抑え、指揮車コンソールのマイクを手にとって自分の責務を果たさんとしている。
「トレボーより各機へ。これより想定される敵勢力圏内に侵入。フォーメーションはこのまま、以降無線封鎖とする。オーバー」
ブリタニア帝国正規軍──陸軍のナイトメアフレーム部隊の編成は5機で1小隊となっている。
アサルトライフル装備の前衛担当が3機、
バズーカ砲もしくは対戦車ミサイルランチャー装備の後衛担当が2機、
合わせて5機という編成が標準となっていて、
これに歩兵戦闘車両一台を軸とした機械化歩兵分隊が随伴歩兵として同行する。これが基本戦闘単位とされるのだ。
その小隊を4個小隊でまとめ、さらに戦闘指揮車両一台を組み込んだ編成が正式なナイトメアフレーム1個中隊である。
今回の作戦では随伴歩兵は付随していない。季節外れの吹雪という悪天候では歩兵の随伴は危険を伴う。
また、本来バズーカ砲などを装備する後衛担当の機体も雪山での作戦活動ゆえに銃火器を外した基準兵装で出動している。
よって雪上用機材を装備した基準兵装のナイトメア部隊と指揮車両だけで作戦は実施されていた。
今、メッケナム中尉は中隊副官として指揮車に乗り込んでいる。
後ろには中隊長のブック大尉が鎮座し、脇には情報将校のマスケラ少尉がいる。
前部には操縦主のデボラ軍曹が、上部には彼らを見下ろす様な位置で機関銃主のバーナビー上等兵が座っていた。
「ソーズマン──ブランドン少尉の隊が先行し過ぎていないか?」
「いえ、彼の隊にはベテランのジョンスン准尉にロベルト曹長もつけています。間違いはないと判断します」
フウ……ブック大尉は戦術情報モニターから目を離さずに鼻を鳴らした。
メッケナム中尉はブランドン少尉とは別の意味でこの中隊長を苦手としている。
数々の戦場を渡り歩いた歴戦の勇士。本来ならばもっと出世しているはずの万年大尉。
その身に漂わせる“出来る男”の匂いがキライなのだ。
仕えるにせよ、配下に置くにせよ、どちらにしろもっと扱い易い人物に来て欲しいものだと思うのがメッケナム中尉の人となりであった。
そんな考えだからそれなりの出世しか出来ないんだと非難されるかもしれない──いや非難されるだろうと彼は理解している。
が、「しかし」と彼は思うのだ。
それの何が悪いんだと彼は思うのだ。
能力至上主義のお国柄とはいえ、所詮貴族体制の国家である以上「家柄」というものは絶対的な価値を持つ。
そのような社会ではよほどの能力──あるいはよほどの強運なしに下層階級の人間がのし上がることなど有り得ないのだ。
学者としての栄達? 学問には金がかかる。企業家としての栄達? その企業に如何にして入り込むというのか。
やはり下層民が栄達する道などこの国にはないのか?
何もないところから何かを掴もうとすることなど出来ないのか?
一つだけあった。
それが軍に進むという道だったのだ。
そうして手に入れた道、手に入れた中尉という地位なのだ。
その地位をさざ波を立てることなく保っていきたいと考えることの何が悪い、とメッケナム中尉は思う。
一兵卒から士官になり、中尉という立場にまで上り詰めるまでは紆余曲折があった。
綱渡りにも似た選択を迫られる状況も幾度となくあったし、危険の中でいちかばちかの賭けに討って出たことも一度や二度ではない。
そうして死ぬ思いで手に入れたこれが「中尉」という成果なのだ。
それだけに彼の「成果」を危うくさせうる総てのものが彼にとっては敵だ。
ブランドンもブックも、彼の精神をささくれ立たせる総ての者が彼にとっては敵なのだ。
「敵はあのゼロの双璧に四聖剣とかいうエースパイロットの生き残りだが……」
「大尉殿、1個中隊全20機での包囲殲滅戦です。要員も装備も総て万全であると確信しております。たとえ、」
「たとえ?」
「あのゼロの双璧と四聖剣であっても、ろくに補給も整備もできないまま逃げ回っての六ヶ月。もはや年貢の納め時と言うものでしょう」
いつになく雄弁な自身の副官にブック大尉は少し驚いたようだった。

「随分自信があるようだが……黒の騎士団は強力なナイトメアを擁しているのだぞ?」
「赤い奴は……《グレン》はトウキョウ戦においてダメージを負っております。もはや残党は脅威ではないと判断しますが」
「だが指揮官はあのゼロが重用した人物なのだろう? 確かライとか言う」
「そうです。あくまでゼロではありません、大尉殿」
フウ……とまたしてもブック大尉は鼻を鳴らし、メッケナム中尉はイライラを募らせる。
「中尉、一つ確認して──」
「大尉殿、一つ確認し──」
同時に喋りかけた二人がお互いに虚をつかれ、共に「何か?」と聞き返そうとした時、警告音が車内に鳴り響いた。
「最右翼プリーストチームが敵性戦力からの攻撃を受けた模様です。金属反応感アリ、機種確認……機種はナイトメアフレーム《ブライ》を二機を確認!」
マスケラ少尉の甲高い声が警告音と入れ替わりに彼らの鼓膜に癇に障る不快さを与えて、今為すべき事へと意識を向けさせた。
ブック大尉が頷き、マスケラ少尉はブリーフィングで決められた通りにコンソールを叩き、指示を飛ばしていく。
「全機、こちらトレボー。無線封鎖解除、交戦開始。全機、こちらトレボー。これよりタクティカルデータリンクを開始する」
中隊の配置は右翼からプリースト小隊、ソーズマン小隊、メイジ小隊、戦闘指揮車、ビショップ小隊の順だ。攻撃は最右翼のプリースト隊から受けている。
この戦闘指揮車両は簡易のEWACS(電子戦支援機)としての運用も可能だから、すぐに最新のデータが全中隊機にリンクされる。
「トレボーはこの地点に停車。……襲撃は《ブライ》だけか? 《ゲッカ》と《グレンニシキ》は出てきていない……陽動か?」
「連中のいつもの手です。別働隊をけしかけて陽動とし、指揮系統を狙う。連中はこちらを狙ってきますな」
言わずもがなのことと言った体でメッケナム中尉はブック大尉に進言した。言われるまでもないことだとブック大尉は目だけで頷く。
そうなのだ。過少戦力で多数の敵と戦おうというのだから陽動をかけて戦力を分散し、各個撃破を図るのは当然のこと。
『だが何かがまだある』
しかしブック大尉の中の、歴戦の兵士の勘がそれだけではないと警鐘を鳴らしていた。
「ビショップとメイジを呼び戻しましょう。プリーストにはソーズマンを。連中の主力がこちらに襲撃をかけてきたところで、右翼の敵を撃退したプリーストとソーズマンの隊で挟み撃ちの形に持ち込めます!」
そう、そうなのだ。何もおかしくはない。なのになぜ納得出来ない? ブック大尉は胸に手を当てる。メッケナム中尉はそんなブック大尉に何をしているんだと言わんばかりに詰め寄るのだ。
「大尉殿、ご命令を!」
彼にしてみれば「何を躊躇っている」と罵倒したい気分で一杯だ。
敵に各個撃破の隙を見せずに部隊を集結させ、一気に叩くチャンスだというのに何故動かないのかと。
だがブック大尉は動けない。自分でもなぜ動けないのかがわからない。
『なんだ、この胸のざわつきは? 部隊を終結させ、戦力を糾合させるべきだ。なのになぜ踏み切れん!?』
その時、戦術情報モニター内のマーカーが一斉に動き始めた。
ブランドン少尉指揮下のソーズマン隊が戦闘中のプリースト隊の方へと最大戦速で向かい始めたのだ。
そうなれば部隊と部隊の間の距離、その均衡が破れる。『えぇい、くそっ』ブック大尉は胸の内で激しく舌打ちをした。『あの青二才の少尉めが功を焦りおって』と。
「仕方ない。ビショップとメイジを呼び戻す。ソーズマン・プリーストとの距離を保ちつつ、合流して正面に進むぞ」
不安は未だに止まない。しかし、問題はないはずだとブック大尉は強引にその胸の震えを押し留めることにした。
「索敵、全周警戒を維持しつつ前進。敵に隙を見せるなよ」
そうだ、メッケナム中尉も言っているではないか。敵は旧型のコピー機体に稼動がやっとの半壊したナイトメアしか持っていない敗残兵に過ぎない。こちらは20機もの戦力を持ち込んでいるのだ。
ましてこちらは雪上用装備も完備している。このような悪天候でも移動も戦闘もなんら問題はない。
「ビショップ小隊合流までおよそ180sec。メイジ小隊合流までおよそ380sec」
報告を無言で受け止め、ブック大尉は座りの悪いシートに身を埋める。
フィーンンンという静かな振動と共にエンジンが鳴動を再開させ、ギュルルルルといった喧しい音を立てて強化樹脂製の履帯が動き出して指揮車が移動を開始した。
「急がなくていい。急進すれば間に合うだけの距離を保っていればいい」
戦術の基本は機動性と戦力の集中。倍以上の戦力を集め、相互に支援をとれる配置も取っている。そうだ、心配することは何一つない……ブック大尉はもう一度自分に言い聞かせた。
「ビショップ小隊を肉眼で確認、合流までおよそ60sec。メイジ小隊合流までおよそ260sec」
そうだ、とブック大尉は“心配すべきこと”を一つ思いついた。
考慮しなければならないとしたら──「せいぜい移動を慎重にせねばならぬことくらいだな」ブック大尉は誰にともなく呟く。たいしたことのない積雪量だとはいえ、山の機嫌はいつ変化するかわからないのだからと。

山、

雪、

それに斜面。

──斜面。

「ビショップ小隊を肉眼で確認、合流までおよそ60sec。メイジ小隊合流までおよそ260sec」
マスケラ少尉が淡々と報告を行い、
メッケナム中尉が鷹揚に頷き、
ブック大尉が目を見開いて座席から腰を浮かせ、叫んだ。
「ぜ、全速でこの戦域から離脱するんだ!!」
車内の全員がブック大尉を振り返る。
そして、地響きが彼らの何もかもを揺らし始めた。



「な、何が起きたんだ? 各機状況確認! ソーズマン1、ブランドン少尉! トレボーはなんと?」
ジョンスン准尉の呼びかけにようやくハッとしたブランドン少尉は自分が操縦桿から手を離して頭を抱えていることに気が付いた。
「わ、わかっている!」
それが答えになっていないことは承知の上だったが、怯えを気取られぬためにはそう言う他になかったブランドン少尉だ。
襲い掛かってきたのは衝撃。音。真っ白に閉ざされた視界。機体各部の反応が鈍いのは関節に想定以上の負荷を受けたせいなのだが、パニックを起こしている彼がそれに気付く事はない。
「トレボー、こちらソーズマン1。トレボー状況を知らせ。トレボー! ソーズマンだ! マスケラ少尉! 応答をしろ!!」
返事はない。無線はノイズを撒き散らすばかりだ。ドンっと肘掛けを怒りにまかせて叩く。
「いけませんね、データリンクも切れている」
それはロベルト曹長の声だ。その言葉にようやくブランドン少尉もトレボー──戦闘指揮車とのデータリンクが途切れていることに気が付いた。
失態だ──まず彼の胸に浮かんだのはその二文字だった。
自分が気が付かなかったことを部下に……平民出身の下士官などから指摘されるなど屈辱だ! 次に浮かんだのはその二文字が象徴する怒りだ。
今の地響きと巨大な振動は一体なんだったのだ。モニターが白一色で何も写っていないのはなんでだ!
「おそらく雪崩が起きたのではないか。この分だとトレボーはそれに……」
「雪崩ですって? このタイミングでですか? それは……向こうにとってだけ都合の良すぎる話ですね」
「そう、その通りだ。タイミングが良すぎる話だ。そんなことはありえない。だが──」
ジョンスン准尉が一瞬口篭り、そして言い放った。
「ロベルト、君もいただろう? ナリタ攻略戦に」
──ナリタ攻略戦。それはエリア11駐留ブリタニア軍にとって口にすることが憚られる、汚点の一つと言っていい戦いだ。
ナリタ連山要塞を基地とする日本解放戦線の掃討を企図した大作戦。その最中、終始優勢に戦いを進めていたブリタニア軍を突如土石流が襲った。
戦力の過半を喪失させたその土石流を起こしたのは黒の騎士団──ゼロの策であったと言われている。


「あれをこの山で再現したとおっしゃるのですか、准尉殿」
「そうとしか思えん話だ。だが有り得るだろう、相手はゼロの腹心だった男なのだからな。とにかく──」
「貴様ら、いつまでくっちゃべっている!」
ジョンスン准尉を遮るようにブランドン少尉が割って入る。
「とにかくこうしていても仕方ないんだ。早くトレボーの救助に向かわないと」
だが今度はそのジョンスン准尉がブランドン少尉の言葉に割って入った。
「おそらく無駄でしょう。それよりは交戦中のプリーストと合流すべきです。でなくては、我々は各個撃破の憂き目にあいます」
「なん……だと……」
「この雪崩は恐らく──いえ、間違いなく黒の騎士団残党の仕業と判断します。であれば、確実にトレボーを潰しているでしょう。そして次の目標は我々です!」
部下の断定的な口調に「しかしな……」とブランドン少尉は異を口にしようとした。
その時、コックピット内に甲高い警告音が鳴り響いた。
「敵襲!」という悲鳴にも似た部下のパイロットに瞬間うろたえたブランドン少尉機を押し退けるようにして、ジョンスン准尉のサザーランドが前に出る。
「敵は上だ! 迎撃!」
カメラは白を写すばかりで用を足さない。ジョンスン達はすでにモニターを切り替えていた。
ファクトスフィア──統合情報センサーが捉えた熱源や音といったデータをコンピューターが複合的にまとめ、判断してモニターに表示する。
画質は良くないが──
「捉えきれる!」
ジョンスン准尉は自機が手に持つアサルトライフルをセンサーが捉えた敵機に向けた。ロックオン。識別機能が働いて敵機の正体を報せる。
「《グレン》か!」
イレブンが開発した第七世代相当のナイトメアフレーム。嘘か真か先のトウキョウ決戦では十数機ものサザーランドやグロースターを屠ったという……。
「だが《グレン》ならトウキョウ決戦でダメージを負ったはずだ!」
ならば戦う方策はまだあるとジョンスン准尉は判断した。
アサルトライフルを斉射するが、《紅蓮弐式》は危なげなく回避する。しかし、その動きはシュミレーション上の《紅蓮弐式》の動きより緩慢なように思えた。
やれる。それが彼の感じた印象だった。
こちらに向かって来たのが《グレン》ならプリーストに向かったのは《ゲッカ》と《ブライ》だろうと彼は判断する。
それならばプリーストはもってくれる。そちらを指揮しているのはベテランのバッジェス少尉の隊だからだ。
「ロベルト、ボディー、《グレン》を囲い込むぞ。奴には例の腕はもうない。メッチェ、距離を取って支援しろ」
もはやブランドン──お飾りの──小隊長のことはジョンスン准尉の頭から消えていた。彼は平民からの叩き上げの熟練下士官であったから、
戦いが目の前にあれば、それに必要な総て以外のことが頭の中から消える。勝つために。
ジョンスン准尉は確信を持っていた。フォーメーションを崩さなければ必殺の“輻射波動機構”を失っている紅蓮弐式に勝機はないはずだ、と。
「いくら腕が立つと言えど所詮はゲリラに過ぎん。やれっ!」
1対多数の戦いとはいえジョンスン准尉には手を抜くつもりはない。どんな優勢な立場であっても気を抜けば殺される。それが戦場なのだから。
だから彼は自機とボディー機とで左右に別れ、紅蓮弐式を十字砲火に捉えようと動いた。後衛担当のメッチェ機はロケットランチャーの代わりに装備したロングバレルのライフルで牽制の援護射撃を行う。
そこを敵から見て左舷からロベルト機が肉薄する。このチームでの必勝パターンだ。
モニターに映し出されたCGの《グレン》に向かってアサルトライフルの銃口が火を噴く。5発に1発の割合で曳光弾の軌跡は当然ながら見えない。
しかしモニターにはCGの《グレン》へと向かう銃弾の軌跡が補正されたCGとして表示される。
恐るべきは《紅蓮弐式》と言うべきか。彼奴は小刻みに回避運動を続け、致命弾を避けているようだ。
「化物め……」
思わずクチをついて出る。が、この十字砲火と牽制の射撃は《紅蓮弐式》の機動を阻害するためのものだ。
本命は彼奴の死角となる左弦から強襲をかけるロベルト機──!
火線を途切れさせることなくジョンスン准尉は撃ち続けていた。弾を撃ちつくしても弾倉交換時には互いにフォロー出来るようにボディーとタイミングを合わせている。
最中、メッチェの放った何射目かのライフル弾がグレンを捉えてその体勢を大きく崩した。
好機!
一気に前進してより濃密な弾幕でグレンを囲い込む。しかしこれはフェイクだ。ロベルト機の機動を隠す為の陽動なのだ。
よしんば気付いたとしても、この濃密な近距離からの十字砲火の中では避けられまい!
通常の《サザーランド》と違い、黒の騎士団残党の追撃を主任務とするこの部隊には特別に先行生産分のMVSが支給されている。
MVS──メーザーバイブレーションソードと呼ばれるこの斬撃兵装は刃と重さとで目標を叩き切る兵装ではない。
刀身にマイクロ波を増幅・発振させた高周波振動を起こし、触れる物の総てをバターの様に自在に切り裂くという正しく“剣”そのものといった武器なのだ。
例え紅蓮弐式といえども、このMVSをもってすれば……。
モニターにロベルト機の表示が現れる。《紅蓮弐式》の左斜め後方。絶好の位置。
ジョンスン准尉たちはロベルト機の強襲を邪魔せぬ様に火線を逸らした。それと知らねば分からぬくらいの絶妙な角度でだ。
そして刹那、無残に切り伏せられる《紅蓮弐式》を幻視した彼らは次の瞬間、一瞬で真っ赤に灼熱して弾け飛ぶロベルト軍曹の《サザーランド》を見た。
癇に障るBEEP音が鳴る。瞬間何が起こったのか分からなかったジョンスン准尉は呆けた目をモニターの中の表示に向けた。
《ソーズマン3 撃墜》
長年チームを組んできた相棒の、それが最期を示すワードだった。
「……一瞬で機体が弾け飛んだ。輻射波動だと言うのか……?」
半年前のトウキョウ決戦の際、《グレン》の切り札である輻射波動機構が内蔵されている右腕は特派の嚮導KMF《ランスロット》によって破壊されたはずだった。
修復された?
崩壊した黒の騎士団にそんな余裕があるとでも?
予備パーツがあった?
撤退時に予備パーツは総て破棄されたとの情報が吸い出されている。
ではこれは。これはなんだ?!
一瞬の隙をついて《紅蓮弐式》の赤いボディが宙を舞う。 
その時、ジョンスン准尉は見た。
《紅蓮弐式》が半年前に失ったはずの右腕、捉えたモノに等しく平等なる“死”与える右腕を。

その部屋はだいぶ明るかった。その明るい部屋の中ほどにライがつくデスクはあり、彼は着席したまま、正面に立つ年長の下士官の報告を受けていた。
「自在戦闘装甲騎隊の撃墜戦果は総計8機、拿捕は2機。捕虜の拘束2名。我が方の損害は機体、人員共に0です!」
下士官の報告した内容はすでに知っていることではあったが、指揮官としては“報告を受ける”ことも仕事のうちなのだ。
数度頷いてみせてからご苦労と答えて下士官を下がらせるとライは窓から外を覗いた。
吹雪はすでにやんでいる。陽の光さえ差し込んでいる。
良好な視界のその先には《紅蓮弐式》と卜部の《月下》そして数機の《無頼》が駐機していて、その周りで黒の騎士団の団員たちが忙しそうに動いている。
久しぶりの勝ち戦に皆が皆沸いているようだ。
「一個小隊そこそこの戦力で中隊規模の敵を。それも追撃専任部隊を全滅させたのだからな。そりゃあ士気も上がるってものさ」
扉を開けて入ってきた卜部はパイロットスーツのままだった。
「ご苦労様でした。撃墜3、さすがですね」
よせよ、と苦笑して卜部は部屋の隅に立てかけてあったパイプ椅子を引き摺ってきて座り込む。
「まさかナリタのあの地すべりを再現して敵の戦力の過半を奪うとはな……今となってはあの時の事を怒る気にもならん。感心するよ」
そうして彼もまた窓の外を覗いた。
彼の視線の先にあるのは《紅蓮弐式》と自身の《月下》だ。
「君はよかったのか?」
「これが最良の選択ですよ」
そう言ってライも再び《紅蓮弐式》たちの方を見る。脱落したはずの《紅蓮弐式》の右舷に“右腕”が付いていた。
ライの搭乗機《月下・先行生産機》の甲壱型腕だ。
「今の僕達の最大戦力はやはりカレンと卜部さんですよ。だったら僕がするべき事はお二人が最大限戦えるようにすることです」
「その為には自分の《月下》を潰してもいい、かい?」
「充分に実力を発揮できない壊れかけの機体3機よりは完全稼動状態の2機の方が戦力として信頼できますからね」
ライはどうということもなさそうに言い、ますます卜部は苦笑を消せなくなってしまう。
そう思いはしてもそれを思い切れる者などそうはいないのだ。
ライの提案は驚くべきものだった。予想はしていても、いざそれを打ち明けられれば面食らいもする。
自分の愛機を潰して、《紅蓮弐式》と《月下・卜部機》の補修用パーツとする、などということは。
「機体に愛着はあります。でも、それよりも優先することがあるのなら思い切ります。僕には夢がありますから」
夢──ゼロを取り戻すこと。日本を取り返すこと。
卜部にはゼロの正体が異能の力を手にした学生だと言われてもピンとこない。だからどうしたってやつだ。
最初ライとカレンから打ち明けられたときも、後のことはともかくとしてしばらくは同行しようと決めた。解放戦線からの部下もいたし、騎士団に参入してからの部下もいた。彼らを養わなければならなかったからだ。
つまり、必要にかられたからライたちと同行している。それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。
──今は?
そうだ、以前は以前、今は今だ。
今は──少し違う。
ゼロに対する不信感を隠そうとしない千葉や朝比奈などはまた違う考えに至るだろうが……と卜部は思う。至るだろうが、自分は彼らではない。
卜部自身はゼロに対して強く思うことはない、が──この青年、ライが信じるゼロならば信じてみてもいいと思うのだ。
『昔に比べて俺も変わったのかな』
望んでいたエリートコースから外され、金沢の駐屯地に送られたころの自分を思い出す。
あの頃はなにもかもが嫌でたまらなくて、目に見える者の総てが敵であるかのように思えたものだ。信用とか信頼とかそんな言葉は有り得なかった。
だけど、
『人は変わっていくもの、だからな』
昨日ライに向かって笑った言葉を卜部はそのまま自分に返していた。
そのように笑っていた二人の和やかな時間は唐突に途切れた。
「ライ! と、卜部さん? ……連絡がついたわ!」
部屋に飛び込むように入ってきたカレンをライは思わず腰を浮かして迎える。「トウキョウからかい」聞き返すライの語尾は震えていた。
それは待ち望んでいた一報なのだ。
「そうよ。先行したC.C.たちからの連絡……《坊やは楽園に舞い戻った》だ、そうよ」
ドサっと深く腰を下ろし、ライは「そうか」と呟いた。一度目は放心したように微かな声で。そうしてもう一度、
「そうか──!」
それは希望を見出した人間の強い言葉だった。
「取り戻しに行くんだな」
卜部の問いかけにライは強く頷く。
「取り返します。奪われた何もかもを」
ライの心中はその言葉程単純なもので埋め尽くされてはいない。
目的を果たすための戦略はどうしようか、戦術はどうする、人員は、装備は、資金は……なにもかもがまだ手詰まりのままだ。

だけど、

いまここに希望が生まれた。
生きているかどうかわからない、あやふやな希望ではない。確かな希望が生まれたのだ。
『ルルーシュ、もうじき君を取り戻しに行く』
これまでの戦いが、死者が、総ての犠牲が無駄ではなかったことを確かめるために。

この六ヵ月後、トウキョウ租界にて
黒の騎士団残党によるバベルタワー襲撃事件が起こる

そしてライたちは再び
自ら陰謀と戦火に飛び込み

幾百の怨嗟
幾千の悲憤
それを目にすることになる

たった一つ、捨てきれない希望を手にせんが為に──


最終更新:2011年12月05日 12:57
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