040-248 コードギアス・ラストカラーズ シーン11『シャーリー』Aパート @KOUSEI



 シーン11『シャーリー』Aパート


 実を言うとね、私には好きな人が二人いたの。
 一人はもちろんルル。そしてもう一人は……銀の髪がよく似合う、とても神秘的な人。
 でも……、やっぱり私はルルの方が好きかな。
 だって、こんなに彼を救ってあげたいと思えるから。
 自分の事より他人の方が大切だと思えるのは、やっぱりルルだけだから。
 だから、最後にルルに会えてよかった。満足だった。本当だよ。
 でも、許されるなら。ほんのちょっぴり、わがままを言ってもいいなら。
 もう一度だけ、どこかにいってしまった神秘的な彼に会いたかった。
 会って、せめてさよならって言いたかった。
 だって、彼は本当に優しくしてくれたから。私にも、そしてルルにも、みんなにも。
 だから最後ぐらいは、ありがとう、って言いたかった。
 未練があると言えば、それぐらいかな。

   ○

視界に映る現実を否定しながらも、ロイはある予感をもって歩を進めていた。
 アーニャとのお詫びデート。その最中の出来事だった。商店街を私服で歩いていたロイとアーニャは、突如発生した大量の煙に四方を囲まれた。
 民衆より幾分かは冷静に状況を判断できたロイは、混乱する人々を先導しながらも、素早く煙の幕を抜け出した。安全地帯と思える商店街の外に避難すると、その先には、消防隊や警察の指揮を執っている私服姿のスザクがいた。
 スザクは軍服ではなく私服姿だったので、任務で呼び出されたというよりは、たまたま近くにいて、騒ぎを聞きつけて、駆けつけてきたのだろう。
 ロイは迷わず、スザクに近寄っていった。
 最初、スザクは冷静に指示を出しているようだった。だが、ある警備員風の男が近寄ってきて、スザクになにやら耳打ちすると、
「!? なぜちゃんと見ていてくれなかった!」
 と、急に大声を出して、それから、目に見えて狼狽し始めた。
「スザク」
 ロイが声を掛けると、スザクはすぐにこちらの姿を見つけた。
「ロイ、それにアーニャ!? 何でここに? ……いや、ちょうどよかった」
 スザクは、ロイの両肩を掴むと、すがりつくように懇願した。
「シャーリーを探してくれ!」
 話を聞くと、スザクはこの商店街でシャーリーと会っていたらしい。白い煙が商店街を包んだとき、スザクはシャーリーを安全な場所に避難させ、そして彼女を、近くにいた警官に預け、警察と消防の指揮を執るために別れたらしいのだが、
 なぜか、そのシャーリーは、警官を振り切って商店街の方に戻ってしまったらしい。
 事情を聞いたロイは、アーニャと共にすぐに商店街へ引き返し、シャーリー・フェネットの捜索を開始した。
 アーニャと別行動をとり始めてから五分もしないうちに、ロイは商店街に響く銃声を耳にした。
 嫌な予感がした。
 銃声が響いたビルに見当を付けて、ロイはコンクリートの階段を駆け上がった。そのビルにはサクラダイトを動力源とした最新のエレベーターが設置されていたが、なぜか起動していなかった。
 息も切らさず、ロイは飛ぶような速さでビル中をかけずりまわる。
 一階、二階、三階、
 銃声を聞いてから五分後。ロイはその場――四階の踊り場にたどり着いた。そこから二十メートル程離れた場所に、赤い絨毯とその上に置かれた“何かが”見えた。
 ロイは怪訝に思って目を細めた。そして、大きく息を飲んだ。“何かが”ではなく“誰かが”、という言葉の方が正しいと気づいたのだ。
 あたりを警戒しつつも、ロイは吸い寄せられるようにその“誰か”に近づいた。悪い予感は、先ほどよりも心の中で大きく広がっていた。
 一メートル、二メートル、三メートル、
 近づいて、近づいて、やがて、
 心臓が凍りついた。
「シャーリー、シャーリー・フェネット……」
 呟くと同時にロイは認識した。赤い絨毯に見えたものは、湖のように広がった血液。そして……その上で眠り姫のように安らかな顔を浮かべているのは、自分の友達だった。
 数秒の思考停止の後、ロイは跳ねるような動作でシャーリーの傍に膝をついた。その時、買ったばかりのジーンズが床の血で汚れたが、そんな事は一向にかまわなかった。
 ロイの行動は素早かった。慣れた手つきで、変わり果てた友達の細い首と、腕の脈を確認する。
「ッ」
 小さく呻き、次にロイは安らかに眠っているような彼女の顔に手をやって、まぶたをグイッと強制的に開かせ、眼球を覗き込んだ。
「……」
 “確認”を終える。ロイは唇を噛み、こぶしを小さくふるわせた。そして、床に――血の池にその拳を叩きつけた。同時にネットリとした液体が鈍重に跳ねて、拳を赤く染めた。
 その時、ロイの懐からリズムの良い音楽が鳴った。
 しばらく、ロイは反応しなかった。だが、携帯はしつこく鳴り続ける。やがて彼は血まみれになった手で懐を探り、携帯電話を取り出した。
 携帯は小刻みに震えていた。それは自分の手が震えているのか、バイブの機能によって揺れているのか、ロイにはよく分からなかった。
『ロイ。今、どこ?』
 電話の相手はアーニャだった。珍しく呼吸が乱れているのと、電話越しに足が地面を叩く音が聞こえてくる。どうやら、彼女は今も全力で走り回っているようだった。
 ロイはアーニャの質問には答えなかった。ただ、こう伝えた。
「アーニャ、シャーリーを見つけた」
『本当?』
 電話越しの足音が無くなった。どうやら、アーニャは足を止めたようだった。
『なら、スザクに連絡』
「それは僕がする。君はすぐにスザクの所に戻るんだ」
『えっ』
 アーニャの返答を待たずに、ロイは電話を切った。次いで、携帯を持った手と腕を地面に向けて、だらんと垂らした。
「……」
 ロイはシャーリーを―ーシャーリーだったものを見た。
 血の池に浮かぶその表情は、どこまでも安らかだった。しかし、もうその顔は動かない。ロイが、そして他の友人達がどれだけ望もうとも、
 シャーリーの笑顔は、泣き顔は、怒り顔は、そのほかの彼女の魅力的な表情は、
 もう、見れない。
「シャーリー……」
 いつの間にかロイは泣いていた。歯をくいしばって泣いていた。
 自分でも驚く程の悲しみが体の奥から――底から溢れてくる。今のロイの弱々しい理性では止めようがなかった。
「シャーリー……」
 それから何度も、ロイは帰らぬ友人の名を呟いた。

   ○

 十字架が規則的に並ぶ静かな墓場で、葬儀はおごそかに行われた。
「……」
 全てを済ませ、政庁に帰る車の中。式に出席したラウンズの四人は終始無言だった。
「くそったれ」
 政庁に帰ってくるなり、第一声を発したのはジノだった。自販機が並ぶ休憩室、その壁に拳をぶつけて、彼は悔しそうに歯を鳴らした。
「……」
 ロイはそんな同僚の憤りを横目に、冷たい缶コーヒーを握りしめていた。その瞳から、もう涙は出ていない。
「あんな良い子が、何で死ななきゃならない。何で……」
 ジノは答える相手のいない問いかけを続けていた。その他の三人は皆一様に、視線を落としていた。
 だれだって、なぜ彼女は死ななければいけなかったのか、なんて分からないのだ。いや、ロイだけは違った。ロイだけはある答えにいきついていた。
(僕のせいだ……)
 ロイは缶コーヒーを握る手を強めた。スチール製の缶が軋みをあげて不格好な形になる。幸い、中身はもうほとんど残っていなかったので、コーヒーがあたりに飛び散る事はなかった。
(僕がもっと早く彼女のもとに駆けつけていれば、こんな事には)
 あの日から、ロイはその事ばかり考えていた。
 銃声を聞いてからロイがシャーリーの場所に辿り着くまでに要した時間は約五分。距離と現場の条件を考えてみても、この五分というのはむしろ、素早く駆け付けた、と言える時間である。
 しかし、それでもロイは自分を責めた。
 もっと早く駆けつけられたら、
 銃声を聞く前にシャーリーを発見できていたら、
 それは、ほとんどゼロに近い可能性だった。しかし、ロイはそれをどうしてもゼロだと思うことができなかった。
(僕が……僕がもっと早くに……)
「悪い顔してる」
 不意に、傍に座っていたアーニャが言った。彼女は体半分だけロイに近寄ると、強く握りしめられたロイの両手に自分の手を重ねた。
「シャーリーが死んだのは自分のせい。そう思ってる悪い顔」
「……」
 ロイは黙って唇を噛んだ。アーニャは少しだけ顔を傾けて、俯くロイの顔を覗き込んだ。
「責任があると言うのなら、それはあの場にいた全員に言える事。ロイだけのせいじゃない」
「その場にいなくたって、責任はあるさ」
 ジノが言った。
「俺達の任務の中には、エリア11の治安維持も含まれている。あんな事件を起こされた時点で、俺はナイトオブスリーとして責任を感じずにはいられない」
 ジノはうっとうしそうに前髪をかきあげ、その髪をギュッと握りしめた。青い瞳が様々な感情に染まって揺れていた。
「油断していた。黒の騎士団が去ったから、もう大した事件なんて起きないと思っていた。それが、この結果だ……畜生」
 この時、黒の騎士団の国外退去にしたがって、エリア11の警戒ランク下げる事が三日前に採択されたばかりだった。
 これが議題に出されたとき、その会議に出席していたラウンズの四人はだれも反対しなかった。
 ゼロがエリア11にいなくなって、もうかなりの日数が経っていたし、それに何より、今のエリア11にはゼロに警戒する以外にも、力を注がなければならない事はいくらでもあったからだ。
「そうは言っても、過ぎた事は仕方がない」
 アーニャが小さいながらも、よく通る声で言った。
「……」
 ロイとジノは、アーニャに複雑な視線を向けた。男二人のまなざしが悲しげなのは、別にアーニャの発言に不満を持ったわけではない。誰かが言わなければいけない事を、この場にいる最年少の少女に言わせてしまった、その後ろめたさがあったからだった。
 それを感じてか知らずか、アーニャは言葉をつづけた。
「今回の事件。まだ、犯人か分かってない。その目的も分かってない」
 間をおいて、銀髪と金髪が持ち主の頷きにしたがって微細に揺れた。二人に応えるように、アーニャも頷いた。
「私たちがシャーリーのためにできること、それは事件を解明し、犯人を捕まえる事。それだけ」
「そうだね」
「ああ、アーニャの言う通りだ」
 三人が新たな決意を胸に、視線を交わらせた。その時、
「犯人は黒の騎士団だ」
 そう断定したのは、今まで黙っていたスザクだった。彼は普段の青ではなく、黒のマントを揺らしてゆったりとした動作で立ち上がった。
 同僚三人は、そろってスザクに顔を向けた。
「犯人は黒の騎士団だ。間違いない」
 再度のスザクの言葉に、本人以外の三人は顔を見合わせた。代表して、ロイが一歩前に出た。
「その根拠は?」
「根拠だって?」
 スザクの言葉には明らかな苛立ちがあった。
「それは、君がよく知ってるんじゃないのか」
 言われて、ロイは眉間に軽いしわを寄せた。
「それは、どういう意味だい?」
「今まで黙ってたけど……シャーリーの死因は自殺なんだ」
『!』
 ロイとジノが目を見開き、アーニャは片眉を上げた。
「それは……、それは本当なのかい?」
「信じられない」
 ロイとジノは驚きを隠せなかった。二人とも、シャーリーとは生徒会つながりで面識があるぐらいで、そんなに長い付き合いをしてきたわけではない。だが、それでもシャーリーが自殺などする子ではないという認識は共通して強く持っていた。
「本当だよ。シャーリーは自分で銃口を腹に押し付け、そして自ら命を絶った」
 スザクは暗い表情で言ってから、ロイに近づいた。
「信じられない事だ。シャーリーは――彼女は自ら命を絶つような子じゃない。しかし、司法解剖の結果は……」
 ギリッとスザクの歯が鳴り、肩が微細に震えていた。それらの仕草全てが、シャーリーの司法解剖の結果を物語っていた。
 スザクは、ロイの目の前で足を止めた。
「ロイ、君なら分かるんじゃないのか」
 グッと近寄られて、ロイは思わず背をのけ反らせた。
「分かる? 何が?」
「自殺でないシャーリーを、自殺に見せかける。そのカラクリをだ」
 そんなの分かるわけがなかった。そもそも、シャーリーの死因が自殺だというのも、初耳だったのだ。
 戸惑うロイに、スザクは容赦なく質問を続けた。
「嘘をついてるんじゃないのか、君は」
「ちょっと待ってくれ。カラクリなんて僕には分からないし、それに……嘘、って何? どういう――」
 バッ、と急にスザクの腕が伸びてきた。突然の事で反応できなかったロイは、あっさりと胸ぐらを掴まれた。
「おいおいっ!」
 スザクの行為を咎めるようにジノが声を荒げた。スザクはそんなジノを無視した。
「答えろロイ。今回の事に君は関与しているんじゃないのか」
 ロイはハッとしてスザクを見た。くせ毛のある栗色の髪の下には、敵意の表情があった。
 まさか、とロイはとある予想に思い当たって愕然とした。
「も、もしかして、僕を疑っているのか!?」
「……」
 スザクは答えなかった。ただ刺すような眼でロイを見ていた。
 同僚からのあんまりな疑惑に、ロイは言葉を失った。なぜそんな事を疑われなければならないのか、ロイには理解できなかった。
「どうして、そうなるの」
 ロイの気持ちを代弁するように、アーニャが前に出た。
「そもそも私たちにシャーリーの捜索を頼んだのはスザク、あなた」
「そうだぞスザク」
 当然、ジノもロイを擁護する。
「大体、何でロイがシャーリーを殺す必要があるんだ。いくらロイが第一発見者だからって、その疑いはあんまりだ」
 そう二人に言われても、スザクはロイの襟を握る力を緩めなかった。
 ジノの声が更に荒くなる。
「スザク! お前いい加減に――」
「……答えてくれ、ロイ」
 ジノの怒声に、スザクの呟きが重なった。声量でいえば明らかに前者の方が大きいのだが、なぜかロイの耳によくとどいたのは後者の方だった。
「あの日、シャーリーの死を目撃したあの日。君はずっとロイ・キャンベルだったと言えるか?」
 ロイは意味が分からなかった。何かの冗談かとも取れる質問だが、スザクの顔はどこまでも真剣だった。
「答えろ!」
 襟の締め付けが厳しくなる。ロイは呻き声を混じらせながら答えた。
「そ、その日だけじゃなく、皇帝陛下からキャンベルの性をいただいた日から今日まで、僕はロイ・キャンベルだ。例外は無い」
「……その言葉、シャーリーの墓前に誓って嘘偽り無いと言えるか」
 頷こうとしたが、スザクが襟を掴む力が強すぎてできなかった。仕方ないので、ロイは声だけで答えた。
「もちろんだ」
 それでも数秒間、スザクはロイを開放しなかった。彼は吟味するようにロイの顔を見つめ、ほどなくして、
「分かった」
 と言って、手の力をゆるめた。
 ロイの体が数センチ落下した。着地すると同時に、数歩後ろにふらつき、ついでに何度かせき込んだ。
 アーニャは、そんなロイに駆け寄って背中を支えた。
 ジノは、スザクに厳しい顔を向けた。
「お前なぁ」
「……」
 スザクは黙って背を向けると、そのまま喪服のマントを揺らして歩きだした。
「話は終わってないぞ!」
 ジノはスザクの肩に向けて手を伸ばした。しかし、意外にスザクの歩くスピードが速く、ジノは目測を誤って、その長い手を腕は空振りさせてしまった。
「おい! 待てって」
 再度、ジノはスザクに腕を伸ばした。だが、
「ジノ」
 とロイに言われて、ジノは手を止めた。
 その間に、スザクは早足で廊下の角を曲がり、姿を消してしまった。
「なに、あれ」
 アーニャが、スザクの消えた曲がり角のあたりを睨みながら言った。
「アーニャ、そう言ってあげないでくれ」
 ロイが言うと、アーニャは不思議そうな表情で見返してきた。実際に疑われたのはロイなんだよ、とでも言いたそうな顔だった。
 ロイは乱れた襟を整えながら、
「きっと、スザクは混乱してるんだ。無理も無いよ。この四人の中では、スザクが一番シャーリーと仲がよかったから……」
 そう言われてしまうと、ジノとアーニャは何も言えなかった。
 ただ、ロイのこの言葉には、自分にそう言い聞かせる、という意味合いも含まれていた。まともに受け止めるには、親友の疑いはあまりに悲しすぎた。
 疑う、というのは可能性があると思われたという事だ。
 つまり、スザクにとって、ロイ・キャンベルというのはシャーリーを殺す可能性がある男、というわけである。
 正直、ロイはかなりショックを受けていた。そんな疑惑など入る余地のない友情を、ロイはスザクと築いてきたと思っていた。
「僕は大丈夫だから」
 ロイは笑顔で二人に言う。
 ただ、ロイ自身だけが、その笑顔が嘘であると知っていた。

   ○

 自室に戻る、というロイと別れて、ジノとアーニャも自室に戻るために並んで廊下を歩いていた。
「なぁ、どう思う?」
 ジノがふいに尋ねた。
「何が?」
 アーニャは携帯電話に視線を落としながら応じた。
 ジノは前から感じていた心配事を打ち明けた。
「以前から……というかこのエリアに来る時期に前後して、どうもロイとスザクの関係がギスギスしてきたと思わないか?」
「……そうかも」
 アーニャも素直に同意した。考えていることはどうやら一緒だったらしい。
 ロイ・キャンベルと枢木スザク。兄弟機と言える“クラブ”と“ランスロット”をそれぞれ操り、ブリタニアの敵国であるEUからは“ブリタニアの二本槍”とまで恐れられたコンビである。
 その連携は親密にして緻密、豪快であり繊細、最強のナイトオブラウンズであるナイトオブワンに、あのコンビは敵に回したくない、とまで言わしめた。
 二人は仲も良かった。大抵ジノもそこに混ざったが、ロイとスザクはよく遊びにもいったし、二人のコミュニケーションをとる雰囲気には、出会って一年も経っていない時期でも、昔からの知り合いだったかのように思える程、温かみがあった。
 しかし……、どういうわけか、今はそれがない。
 特にこのエリアに来てからロイとスザクは意見の相違が多く、会話にもささくれが生じてきたように、ジノは感じていた。
 挙句にさきほどの一件である。
「なぁアーニャ。ロイとスザクの仲がああなった理由みたいなのを知らないか?」
 アーニャはしばし指の動きを止めて考えていたが、結局は首を横に振った。
「そっか……」
 ジノは頭の後ろに腕を回した。
「昔は普通に仲がよかったんだが、ここ最近は、さ」
 ジノは天井に視線を移した。
 以前から――このエリアに来る前でもロイとスザクのケンカ、というか口論は、大小あれどあるにはあった。殴り合いに発展しかけた事も何回かある。
 しかし、それらはお互いの発展を願うような、いたわりからくる延長上のようなものだった。大切な相手のためにあえて口論になったり、殴り合いになったりする。そんな喧嘩は放っておいてもいつの間にか仲直りするので、ジノも今まで大して気にした事はなかった。
 でも、さっきのは違う。
 敵。
 信じたくはないが、スザクはロイの事をそのような目でみていた。
「以前のように、みんなで仲良くできたらいいんだけどな」
「みんな仲良く、なんていうのは不可能」
 アーニャが意外な反論をした。ジノが驚いて顔を向けると、アーニャは携帯に視線を向けていた。
「特に、自分の苛立ちを他人にぶつけるような奴とは」
 つまり、スザクの事か。と理解して、ジノは深いため息をついた。
 今さらだが、アーニャはロイの事が好きだ。おそらく、愛してもいる。
 アーニャは自分の事以上にロイが大切なのだ。だから、ロイに危害を加えるものには無条件で敵意を抱く。
 ただ、それはとてもマズイ事なんじゃないか、とジノは以前から抱いていた不安を、改めて強く感じ始めていた。
 ジノは、アーニャの横顔を見つめる。
 アーニャは、ここ最近、本当に可愛くなった。
 以前と比べて、アーニャは笑うようになった。怒るようになったし、喜ぶようにもなった。照れたりするようにもなった。
 ジノにとって、そんな同僚の変化はとても喜ばしいことだった。何も、アーニャを妹のように思っているのはロイ一人ではないのだ。
 しかし、その変化はたった一人の人間――ロイによって引き起こされたものだ。
 それだけに、ジノはとても恐ろしかった。
 例えば、アーニャ・アールストレイムはロイ・キャンベルがいなくなったらどうなってしまうのだろうか。
 シャーリーの死を――人の死を目の当たりにして、ジノはこの不安の影が、心の中で大きく揺らめきはじめていた。
 人は死ぬ時には死ぬ。それは当然のことだ。ロイだって例外ではないし、職業柄いつでもありえることである。
 通常、人は他人の死を乗り越えられるように作られている。しかし、アーニャの場合、その通常から外れているのではないか? そんな心配をしてしまうほど、アーニャの中のロイの存在は大きいように見えた。
 ロイ・キャンベルは世界でただ一人、初めてアーニャ・アールストレイムに心を開かせた人間だった。
 いわば、アーニャの心が開いた後の世界には必ず、ロイ・キャンベルという人間がどこかに存在していたことになる。その存在がもし消えたとき彼女はどうなるのか。心が閉ざされた世界に戻る、というのはまだ良い方かもしれない。最悪……。
 そんなのは嫌だな、と思い、だれにも気付かれない程度にジノは首を振った。
 そうならないためにも、誰も死なさないし、誰も悲しませない。そういう事ができる人間でありたい。
 そんな人間であり続ける事が不可能だというのをジノはよく知っているし、今回のシャーリーの死で強く実感もした。それでも、
 自分のできる限り、自分の大切な人たちを守る。
 その決意だけはゆらぐ事の無いよう。ジノは喪服に包まれた自分に何度も強く言い聞かせた。

   ○

 ロイは喪服用の軍服から通常の軍服に着替えて、とある場所に向かっていた。その途中、偶然顔を合わせた人物がいた。
「紅月カレンに会う? いきなりどうして?」
 紅月カレンに会う、そう告げると、肩を並ばせてきたアーニャは露骨に嫌な顔をした。
 どうやら、いつかの大アヴァロン空中戦での出来事が、まだ尾を引いているらしい。
「先日の商店街の一件。あれが、黒の騎士団の仕業なのか、それとも違うのか。これだけでもはっきりさせておきたくてね。それに、彼女は黒の騎士団の幹部だ。黒の騎士団が犯人じゃなかったとしても、もしかしたら何かを知っているかもしれない」
「知ってても、何か喋るとは思わない。テロリスト同士で庇い合うのがオチ」
 アーニャの言葉はどこまでも辛辣だ。しかし、ロイは
「喋るさ」
 と確信を持って言った。
「黒の騎士団は自称正義の味方だ。もし、今回の事件の犯人が黒の騎士団ではなく、他の組織の仕業なら、一般人の被害者が出てる以上。彼らは――黒の騎士団は僕たちに協力、とまではいかなくとも、その組織の肩を持つ事は無い」
「それは、そうだろうけど」
 アーニャはロイの言葉に納得しつつも、まだ不満そうだった。
 ロイは数秒天井を見上げてみて、音も無く溜息をついた後、
「ねぇ、アーニャ。紅月カレンに会うのが嫌なら、別に付いてこなくてもいいんだよ?」
「……」
 アーニャの返事は無かった。だだ、黙って後を付いてくる所を見ると、どうやら一緒に行くつもりらしかった。
 ロイはそれ以上は何も言わなかった。二人は黙って廊下歩き、政庁内で唯一地下に繋がっているエレベーターを使って地下に下りた。
 エレベーターが目的の場所に到着し、二人が両側に開く扉をくぐると、若い看守が二人に近寄ってきて敬礼した。
「ナイトオブシックス様、ナイトオブゼロ様。このような場所になにか用でしょうか?」
 ロイは軽く答礼した。アーニャも義理でロイと同じ動作を行う。
「ここにいる紅月カレンと面会したい」
「えっ、紅月カレンとですか?」
 若い看守の声は、なぜか裏返った。
「? 何か問題でも?」
 ロイが尋ねると、若い看守は、
「いえいえ!」
 と大げさな手振りで否定した。
「そんな事はありません。ただ……今、紅月カレンにはナイトオブセブン様が会っておられますので」
「スザクが?」
 ロイとアーニャは顔を見合わせた。
「いかがいたしますか?」
 若い看守は、身長の違うナイトオブラウンズを交互に見た。

 シーン11 「シャーリー」Aパート 終わり。


最終更新:2009年05月30日 18:57
ツールボックス

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