皇歴うんたら年ばつ月さんかく日、僕はナイトオブラウンズになった。
「と、いう訳でー! ライがラウンズに相応しいか見極めよう大会開催ー!」
ジノが高らかに宣言して、大部屋に集まったラウンズ達が思い思いの拍手をする。
「何がという訳なんだ説明しろ!」
僕がそう叫ぶと、一気に場が白けてしまった。僕? 僕が悪いのか?
アーニャだけがおろおろと周囲を見渡し、やがて空気を読んで皆と一緒にしゅんとなった。たぶん、彼女だけは何も聞いていないのだろう。不憫だ。
最初アーニャに「ジノ達が呼んでる」とエンジェリックボイス付きで連れてこられた時は部屋にラウンズ全員が集まっていて「これが噂の先輩からによる新人いじりだったりして。あはは」などと勘違いしたと思いきや全然勘違いではなかった。間違いなく新人いじりだ。
ジノはスピーカーに繋がれていないマイクを持ちながら、「ゴホンゲホンガハッ」と空港でやったら新型インフルエンザの疑いで隔離措置を取られるほど大きく咳払いして、
「ライ、これは新入りラウンズの伝統なんだ。私達ラウンズがお互いの力を認め合い、この国の未来を守っていくための必要な儀式なんだ」
こちらの信頼は限りなく低くなったが、どうやら僕は“お互い”に含まれてないらしい。早くもこの国の未来に暗雲が立ち込めた。
「でも僕、ラウンズ同士のナイトメア戦、僕ヴァルトシュタイン卿とやったんだけど。あれが伝統じゃないのか?」
「あれは周囲の者を納得させるための形式的な物に過ぎない。あれで力を見せたつもりか?」
ジノがくいっと顎を引いてヴァルトシュタイン卿の方へと促した。彼はうやうやしく頷いて、
「あの時の私は全く本気を出していなかったからな。今回は君の力を存分に確かめたい」
そうでしたか、と僕はとりあえず納得して、努めて冷静を装って「因みに、あの時は何割程度の力だったんですか?」と聞いてみた。できれば常識的な返答を期待したい。
「二割だ。因みに私はまだあと三回も変身を残している」
何になる気ですかあなたは。
たぶん左目から光線とか出すんだろうな、と妙な方向に想像が行き届いた辺りで話を打ち切った。
最も硬派だと信じた人物の理想がこれ以上砕けないよう注意する。「私のナイトメアは百八機まであるぞ!」とか何とか叫んでいるノネットさんは無視した。あなたは最初から等身大過ぎる。というかどうやって一度に動かすんだ。
「では、ルールの説明をするぞー」
マイペースにジノが話を進めつつ、僕の前にホワイトボードを持ってきた。びっしりと油性ペンで(何で水性じゃないんだ……)書き込まれている。
「えー……『ラウンズに必要な能力テスト』?」
一、身体能力。担当:スザク
二、ナイトメア操縦技術力。担当:ビスマルク
三、雑務処理能力。担当:ノネット
四、状況判断能力。担当:ジノ
五、精神力。担当:ドロテア
六、知力。担当:モニカ
七、貴族力。担当:ルキアーノ&アーニャ
「…………これが?」
何やらよく分からない物が入っている気がする。特に貴族力というのは初耳だ。現代のゲームにはステータスに「すばやさ」「かしこさ」「きぞくさ」とでも並んでいるのだろうか。あり得なくもないから困る。
「甘く見るなよライ! ラウンズは強さが絶対。だが強さとは必ずしも一つではない! これはその強さを一つ一つ確かめるためのテストだ!」
ジノの言いたい事は分かるが、やっぱりどこか違うと思……いいか、もうツッコミ入れるのも面倒だし疲れた。流れに身を任せるのも時には必要だ。
今日僕は、一つ大人になった。
こういう小さな積み重ねが、人を強くしていくんだろう。
「続けていいよ」
「おっライもノリノリだな! じゃあ早速第一のお題、身体能力だー!」
わーっと拍手が湧き起こる。というかお題ってもはや僕が若手芸人の如き扱いなのは何でだろう。僕、帝国の最強騎士の一人になったんだよね。いや、こういう変わった意味で最強っていうのはいたたまれない。
『レディースアンドジェントルメーン! これより、お待ちかねのライ(中略)大会が始まるぞー!』
再びジノが宣言する。いちいちうるさいので彼の発言は『』で括る事にした。マイクは別に繋がれていない。気分だ。
『では今大会の出場者を紹介しよう! 「フラグ建築力なら耐震性もばっちりラウンズナンバーワン! 生粋のモテ男!」ライーー!』
周囲のラウンズの拍手に加え、政庁にお勤めの皆さんから野次が飛ぶ。彼女返せって何だ。というか、
「なんかギャラリー増えてないか!?」
『んーんー気にしない気にしない。それよりライ。君は、名字がないようだけど?』
「腰に手をあてて人差し指つきで小首をかしげる仕草は激しく似合ってないから今後はやめた方がいいな。……だが、まあ質問の答えなら、確かに今の僕には名字は無い」
あったようななかったような。というか今まで名字無しでよく何も問題なかったなと我ながら感心する。
もしかしたら、大事なのは名前ではなく、その人間性だということをこの国は理解しているのではないかと思う。
『無いのも変だから適当に付けとこう。ライ・アールストレイムー!』
「僕の感動ぶち壊しだね。っていうか何故アーニャのなんだ」
『ん、なら他のがいいか? 誰のがいい?』
ジノの一言で場内がしんと静まり返った。……え、どういうことだ?
ギャラリーの主に女性陣がそわそわとプレートに名字を書き出して提示していく。そこから選べというのか。
ちらりとアーニャの方を見ると、困ったような恥ずかしいような何だかよく分からない表情で縮こまっていた。ごめんね、巻き込んで。でも僕も被害者だ。分かって欲しい。たぶんここで弁明しても中世の魔女裁判の如き当てつけが行われるだろうが。
『さあさあライ。誰の名字がいいんだ?』
ジノがしつこく促す。女性陣がじりじりと近づいてくる。名字ってそんな決め方でいいのだろうか?
平行世界の僕(SS『さあ、民主主義を始めようか』参照)は「民主主義で全てが計れると思うなよ! 数の暴力に頼りきった人類は、いつしかその正義という名の欺瞞に自身を喰い尽くされるぞ!」と全くどうでもいい助言を寄越してきた。彼も色々大変だったのだろう。
「もういいよ、アールストレイムのまま続けてくれ」
たぶんここでどう足掻いてもアールストレイムに落ち着くような気がしたので諦めた。主に作者的な力が働くと思う。平行世界の僕も同意見だった。
ジノ達は『大胆にもアーニャを宣言だー!』とかひとしきり騒いだ後で、ようやく進行を再開した。
その間散々からかわれていたアーニャは、茹でダコのように真っ赤になっていた。これが終わったら何か奢るなりで謝罪しなければなるまい。
『では第一試験! 身体能力を担当するのは「体力バカというのは、体力がバカみたいに高いという意味じゃなくて、体力が高くて頭はバカという意味だ!」枢木スザーク!』
こいつはいちいち人をけなさないと紹介できない性格らしい。
スザクもスザクで気にしないで周囲の拍手に照れた笑みを返している。彼は慣れという能力を手に入れたのか、諦めという限界を知ったのか……。
「じゃあ始めようか」
言いつつスザクは前に出る。
身体能力と言われれば頭に思い浮かぶのは間違いなくスザクだが、ラウンズ内の常識でもそれは通用するみたいだ。嬉しいやら悲しいやら。
「でもどうやって身体能力をテストするんだ?」
至極当然の質問をしてみる。するとスザクはどうしようか、と悩み始めた。今決めようとしているみたいだ。おい、ラウンズの伝統じゃないのか。
「じゃあ壁走りで」
「『じゃあ』で始める気軽な競技とは思えないな」
僕ができるはずがない。スザク以外にもだ。
「え、意外と簡単だよ。ラウンズなら皆できるさ」
スザクは振り向いてギャラリーラウンズの方を見る。
彼らは皆「壁走りくらいなんだ。シベリアの寒さに比べれば」とか何とか言いながら頷いた。比べる対象が酷い。
唯一アーニャだけは「え? 私は出来ないよぅ」と言いたげな困った表情を浮かべていたが、やがて周囲の空気に圧されて小さく頷いた。頑張れ。
「それじゃあやってみて。十メートル以上が合格で」
スザクはスザクでそれで納得したのか、人類は地球の重力に魂を縛られているから壁走りができないんだと言わんばかりの法外な合格ラインを提示してきた。
『いきなり第一試験は高レベル、壁走り十メートル自由形だー!』
また増えてきたギャラリーの熱気が凄まじい物になる。意外と暇人が多いな、ブリタニア帝国。
「仕方ない……」
黒のマントをばさりと脱ぎ捨て、それっぽい演出をしてみる。こういうのは意外と、嫌いではない。
それに、理由はどうあれ(大半が暇つぶしとかだろうけど)僕のために集まって企画されたものだ。無理だろうけど、誠意を持って応えねばなるまい。……無理だろうけど。無理だろうけど!
結論から言えば、やっぱり無理だった。分かってたよ、僕はまだ地球の重力から抜け出せていない古い人間だ。
だがまあ、何とか第一試験は合格した。喜んでいい……よね?
というのも、壁走りのコツというか仕組みを理解してない僕は全速力で壁にハイキックをぶち込んでしまったのだ。
すると部屋の壁が粉砕し、隣の部屋まで突き破るというハプニングが起こった。
本国の宮殿全てを管理している通称「管理人さん」がやって来る前に皆は退散。百人に達しようとしていたギャラリーは、逃げている途中でその半数以上が屈強なお婆さん一人に捕まってしまった。彼女こそラウンズに相応しいのでは。
試験の結果は、結局「壁をぶち破る脚力」ということで身体能力を示せた。後で壁の修復代が請求されないことを祈る。
――と、いう訳で。僕達は第二試験会場である練兵場へとやって来た。
『はいはい、こちらジノ・ヴァインベルグ! これより第二試験を開始するぜイヤッホーゥ!!』
ジノは水を得たマグロの如く司会を続ける。たぶん、彼にとっての生きがいなのかもしれない。マグロは泳ぐのを止めると死ぬらしい。
『第二試験はラウンズの基本能力! ナイトメア操縦技術力を試すテストだ。担当するのは勿論この人! 「片目でも遠近感は心眼でバッチリ」ビスマルク・ヴァルトシュタインだーー!』
一応目上の人なので直接罵倒する事はしていないが、明らかに小馬鹿にしている。
だけど、あの左目が一体何なのかは僕も気になるところだ。まさか本当に光線が出る訳はあるまい。
それとなく聞いてみると、
「私の左目は未来を予測する」
「あの、もうそういうのいいです。ヴァルトシュタイン卿はもっと堅実な方だと思ってたのに……」
「む、むぅ。そうか……すまなかった」
ヴァルトシュタイン卿は見るからに意気消沈した。本気で騙せると思っていたのだろうか? まぁ、反省してくれるならそれでいい。
本気でこんな遊びにナイトメアを使うのか半疑半疑、つまりは完全に疑っていたわけだが、改めてランスロット・クラブの起動準備を行っていると、実感が伴ってきて気分がこう、逃げ出したくなる。色々と現実から。
携行してよい武器は一つなので迷わずMVSのランスタイプを選ぶ。柄の部分を連結させ一本の槍に。
これで戦闘開始時に分裂させれば、いとも簡単に武器が二つというお得使用だ。
卑怯だが相手はヴァルトシュタイン卿が騎乗するギャラハッド。携行武器エクスカリバーでいつも通りの出で立ちだろう。これくらいしなければまともに太刀打ちできない。……どうせまともな試合にはならないだろうけど。
確信めいた予感に思わずため息がでる。本当に逃げ出したい。
「ん?」
OSを立ち上げ、クラブのセッティングを行っていると、奇妙な物を目にした。
「これは――」
僕は整備班に頼んで急遽武器を変えてもらう事にした。
どうやら勝機が見えてきたみたいだ。あまり嬉しくはないが。
まともな試合には、やはりなりそうにはなかった。
†
ナイトメア戦が行え、かつ見学用の席まで用意された室内練兵場はあまり数が多くない。故に、一ヶ月前から予約がいっぱいのはずだ。いったいどれほど前から計画していたのだろう? 私は全然聞いてないのに……。
と、悩んでいる間に一キロメートル四方の練兵場に二機のナイトメアが入場した。ヴァルトシュタイン卿のギャラハッドと、ライのランスロット・クラブだ。
第二試験のナイトメア戦のルールは一対一の特別決闘形式で、携帯武器は互いに一つだけしか認められてないけど……ギャラハッドは元々武器はエクスカリバーしか持っていない。つまりは今、フル装備の状態にある。
「あれっていいの?」と隣に座っているモニカに聞いてみたが、彼女は「はいはい一口二千からだよー!」と賭けにいそしんでいる。賭け率を見ると、ヴァルトシュタイン卿が優勢だ。むぅ……私も賭けてみようか、ライの方に。
そのライはといえば既にランスロット・クラブに乗って準備を進めている。携帯武器は可変式のヴァリスだ。弾は勿論衝撃性のペイント弾だろうけど、それにしては意外な選択だ。いつもならMVSなのに。
少しわくわくした。ヴァルトシュタイン卿の優位は変わらないが、ライならば何かやってくれそうな気がする。何かとは、まあ、たぶん私の考えつかない事だろう。私は決闘苦手だし。モルドレッドは一対一に向かないから。
『それじゃあお互い準備はいいかなー?』
見学席の先頭に設けた審判兼司会席からジノが言った。練兵場に響き渡る声からすると、どうやらマイクを場内のスピーカーに繋いだらしい。俄然、うるさくなった。
『では今回の戦闘の特別ルールを説明するぞ!』
特別ルール? 障害物も取り除かれたこの場所で、これ以上何をしようというのだろう。
ジノはポケットから取り出したコインを、皆に見せびらかすように掲げ、練兵場に向かって親指で弾き飛ばした。
コインは綺麗な放物線を描いて地面に落下し――た瞬間爆発した。
「え!?」
思わず声を上げると、横からノネットが「ありゃ対人地雷だなー」とのほほんと教えてくれた。なるほど、コインが地雷に触れただけか……って何で練兵場に地雷が?
場内が唖然とする中、ジノは得意気に、
『これが特別ルールだ! フィールド内にはこれ以外にも色んなトラップが仕掛けられているぞ!』
一瞬ぽかんとしていたギャラリーがわっと盛り上がった。みんなハデ好きだ。特別ルールというよりルール無用な気がする。
ともあれ事はライに有利に運んだようだ。
このトラップではギャラハッドは思うように近づけまい。ライの用意した武器はライフルだから、その場から動かず狙い撃ちしていればいいだけだ。モルドレッドでも楽に勝てるかもしれない。
私はポップコーンを注文する程度に余裕を持った。流石にブリタニア軍内で作られた食糧だけあって映画館のように無駄に空気を詰め込んで体積を稼ぐような真似はしない。どうして戦闘糧食にポップコーンがあるかは謎だけど。
その旨をモニカに説明すると、彼女はふふんと鼻を鳴らした。
「安心するのはまだ早いわよ、アーニャ。――ところで、あなたってライ君の味方なのね」
「べ、別に味方って訳じゃ……!」
モニカに思ってもみなかった事を指摘され、私の心はひどく動揺した。うう、ポップコーンも少し落としちゃった。
……でも、実際どうなんだろう。私は彼を、どう思っているんだろうか。ライの事を考えると体中がもやもやした感じになる。
いずれにしても、
「私は、勝って欲しいって思ってる……」
「それは、ライがってこと?」
「うん。たぶん」
「へぇ」
モニカは目をぱちくりさせて驚いた後、私を見ながら納得したように何度か頷いた。何となく居心地が悪い。
「私、なんか変?」
「そんな事ないわ。でもね、えーっと…………ライ君ともっといっぱい話してみれば、分かると思うわ」
「モニカは分かるの?」
私のことなのに。
「ま、あなたよりはお姉さんだからね」
「ふうん」
そんな物だろうか。落ち着きの無さから言えば私よりジノやモニカの方がよっぽど子供みたいだが。
「ほら、とりあえず始まるわよ」
「あ、うん」
とりあえずこの問題を考えるのは後にした。これはライを認めるためのイベントだから、新しい仲間になる彼には是非頑張って欲しいという私の優しさ、ということにしておく。要検討。
二機のナイトメアは互いに練兵場の端と端に位置して、試合開始の合図を待つ。ギャラハッドの方がクラブより三メートル近く高いから、ちょっと不釣り合いに見えた。
開始を告げるゴングが響く。
「え?」
そして次の瞬間、事態は思わぬ方向に走り出した。
『あーっとぉ! ギャラハッドが宙に舞い上がったーーー!』
ジノが興奮した様子で解説した事で、ようやく状況を把握する。
ギャラハッドが飛んだのだ。勿論、フロートシステムを使って。
「そんな!」
私は思わず叫んでしまった。特別ルールはこのためにあったのだ。エクスカリバーの鞘にはフロートシステムが一体化されているから、ルール上付けていても問題ない。一方クラブのフロートシステムは後付けなので、当然今は携行していない。
「ふふ、これで勝負は決まったわね」
ゆうゆうと宙を漂うギャラハッドを見てモニカが不敵に笑う。どちらが勝っても賭けの親として儲かる仕組みにしているくせに。
「ヴァルトシュタイン卿は知ってたの?」
「というより、ヴァルトシュタイン卿がジノと一緒に仕組んだのよ」
その言い方はつまり、モニカも知っていたんだろう。さっきの余裕の笑みはこれが理由だったのか。
「ずるい」という子供じみた感想しか私は言えなかった。「大人の勝負ってそんなものよ」と返されると余計に腹が立つ。
「騎士としての誇りとか無いの?」
「それはあなたに言われたくないわね」
……もっともだ。反論できない。だからといって、私はこんな卑怯な真似は絶対しないが。
私達がそんな会話をしている間にも、戦況は刻一刻と変化していた。
クラブは可変式ライフルを狙撃モードに移行。大型のファクトスフィアを展開してギャラハッドに向けて射撃した。でも外れ。
如何に室内といえどライフルをかわす程度、フロートシステムがあればモルドレッドでも可能だ。中距離だとちょっとキツいけど。
それに相手は卑怯極まりない手法を使おうがラウンズ最強のナイトオブワンである事に変わりない。ライの正確な射撃をことごとく見切って回避する。
ライフルの弾が切れ、補充する一瞬の隙を突いてギャラハッドが前進。再び射撃と回避の攻防が始まり、弾切れすると距離が縮まるの繰り返し。……このままじゃライが負けるかも。
ライはフェイントを入れたりと色々工夫してはいるが、ギャラハッドの前進を止められない。
やがてギャラハッドのスラッシュハーケンの射程圏にクラブが入ってしまった。五指のハーケンがクラブに襲いかかる。即座にクラブが横にジャンプしてかわす。でもトラップがあるから危険じゃ……と思ったけど何とか大丈夫みたい。
その後もギャラハッドの猛攻を全てかわして、ぴょんぴょんとフィールドを飛び跳ねるクラブを見て、さっきまで意気揚々と賭け金のまとめに入っていたモニカも「あれ?」という顔をした。
罠を仕掛けたジノも何やらスタッフらしき人物に慌てて話しかけている。
「トラップが……発動してない?」
誰かの呟いた言葉が、私達の総意を表していた。
トラップが不発なのかと思いきや、ライの動きはトラップを警戒したものであることに変わらない。
もしかしたら、ライにはトラップの位置が掴めているのかも――
そんな私の予想を裏付けたのは、クラブがかわしたハーケンが地面に突き刺さると、その場所から電撃が流れ出したことだ。
「トラップだ!」
「回避はフェイントで、相手のハーケンを罠にかけるのが狙いだったのか!?」
「そんなまさか、狙って出来ることじゃない!」
誰かが次々に叫んだ。こういう時に必ず状況を説明しながら驚く人がいるけど、どうなんだろう。
電撃はハーケンを伝ってギャラハッドに襲いかかる。動きが鈍った。クラブの動きに迷いはない。ヴァリスの連続射撃でギャラハッドを狙い撃ち。
でもギャラハッドも速い。ハーケンを切り離す。ヴァリスをかわす。クラブが撃つ。ギャラハッドがかわす。回避しつつ、もう片方のハーケンでクラブに攻撃する。クラブが跳ぶ。突き刺さったハーケンが爆発する。またトラップだ。
やっぱりライはトラップの場所を知っている。でも、どうやって……?
中距離での攻撃手段を失ったギャラハッドは距離を詰めていたことが災いして回避と防御しか手はない。エクスカリバーでペイント弾を弾き、すんでのところでまたかわす。
決まるか? でもギャラハッドの動きを捉えきれていない。
私が見るに、後何か一手が欲しい。
と、クラブが突然ヴァリスをギャラハッドではなく、ギャラハッドのやや後方下の地面に撃ち込んだ。
どうっと砂ぼこりが巻き起こると同時、その中から長さ五十センチほどの筒が飛び出した。
「あれはケイオス爆雷だ!」
またご丁寧にも観客の説明が入る。
飛び出したケイオス爆雷は空中五メートルほどの地点で静止する。
丁度、ギャラハッドの真後ろだった。
「あ……」
私はぽかんと口を開け、その一瞬の出来事を見た。
今にもペイント弾を辺り構わず撒き散らそうとしているケイオス爆雷を、ギャラハッドは反射的に振り返り、エクスカリバーの一閃で寸断する。
見事な一撃。流れるような斬線は、ヴァルトシュタイン卿がやはりナイトオブワンだということを思い起こす。
しかし、それが決定的な隙だった。
ヴァリスのペイント弾でギャラハッドが青く染まる。
私は小さくガッツポーズをした。横にいるモニカを見る。あちゃー、と額に手をあてて困った表情が、もうざまあみろとしか言いようがない。
『決まっちゃったー! 第二試験、合格だーー!』
わあっと練兵場が歓声で溢れかえった。騒がしい場内で、モニカが私の視線に気づく。
「なによ」
「何でもない」
「嘘よ、何か言いたくないの」
「別に」
そうだ、何てことはない。私は最初から、ライが勝つって信じてたから。
「ライ」
格納庫に戻って来て、機体をチェックしているライに私は話し掛けた。
「アーニャ、どうしたんだい?」
いつものように柔和で温かい笑顔で迎えてくれる。良かった、私を怒ってはいないみたいだ。
でもジノの言うことをほいほい聞いて、ライを連れて来たのは私だ。だから謝らないと。
「ん……えと…………ごめん」
言葉が上手く出せない自分が嫌になる。いっそテレパシーでも使えれば……ああやっぱりそれは駄目。
でもライは私の頭にぽんと手を乗せて、
「アーニャは悪くないって分かってるよ。謝らなくていい」
「う、うん……」
胸がじーんとあったまる。何て優しいんだろうか。この感動はジノ達に必ず伝えようと決意する。勿論、制裁という形で。
「あ、その、ライ」
「ん?」
もう一つ聞きたかった事を思い出す。
「何で、トラップの場所が分かったの?」
「ああそれはね、こっちに来てごらん」
言われ、クラブのコクピットに案内された。
ライは何やらコンソールを操作した後、体を横にずらして私を入れてくれた。
「見てごらん」
モニターに映っていたのは、練兵場をファクトスフィアで観測した際のデータ群だった。それだけなら大して珍しくもない。モルドレッドでもよく見る。けれど、様子がちょっとおかしい。
レーダーには赤い点がぽつぽつと至る所に表示されている。でも、練兵場には何もないはずなのに。
「これって……」
「そう、トラップの位置だよ」
何て量だと思ったのと同時に何で観測できたのだろうとも思った。普通、地面の下のトラップまでは見えない。大抵はバレないよう電波障害とかの処置もしてあるはずだし。
「クラブのファクトスフィアは特別製でね。狙撃用にかなり探査能力が上げられてるんだ」
「じゃあ、それで罠の場所が分かったの?」
「そう、流石に種類を把握するには接近する必要があったからね。最初に跳ね回っていたのは近づいてトラップの種類を解析するためだったんだ」
「すごい……」
全てが計算づくの行動だったなんて。ジノとヴァルトシュタイン卿は策に溺れたわけだ。まともに戦えば勝ってただろうに。
「せっかくだからトラップ解析のデータも見る?」
言いつつライがコンソールを操作する。
その瞬間、気づいた。開いているとはいえ、ナイトメアのコクピットは狭い。私はそこで、ライの隣でぴったりくっつい――
「いいいぃぃっ!」
私はとっさにライから離れた。できるだけさり気なく。限りなく不自然でないように。
「どうしたの?」
駄目だバレた。
「な、何でもない! つつ、次も、頑張って……!」
私はそれだけは何とか絞り出して、コクピットから飛び降りて駆け出した。ライが何か言っていたけどとても聞いていられる状況じゃない。
胸が熱い。顔も熱い。心臓がドキドキしてる。
いったい私は、どうしてしまったんだろう。
モニカは、わかると言っていたけれど。
でも、何となく、聞くのはためらわれた。
以上、投下終了です。
読んで下さった方どうもありがとうございます。読んでない方もありがとうございます。この世の全てにありがとう、
ピンクもふもふです。
一人称で通したの今回が初めてかなー、たぶん。普段は三人称だから、書いてるこっちは新鮮でした。斬新とも言う。
今回視点を持たせたライとアーニャは共に口数が少ないので会話文の分量に苦労しました。しかも地文が一行255byte制限に引っかかって引っかかって……。
そして相変わらずのアーニャ至上主義。でも前に誰かが書いてたけど、ロスカラにアーニャ出てないんですよねそうですよね……。
ロスカラからSSの時系列への流れを書けば問題無いのでしょうが、一つ一つのSSに書いていると面倒でしょうがありません。
色々解決策を模索した結果――
――気に入らないならライカレでも読んでればいいじゃなーい! みんなあのおっぱいに騙されればいいのよ!
はい、そんな人は今すぐ名前とトリップをNGワードに登録ー。ただもっふーはSSにはどちらも使わないから回避できないけどねわははははー。
という訳で見逃して下さい! ほら、職人の多様性というか、アーニャばっかり書く変な奴が二、三十人はスレにいてもいいと思いませんか!?
そんでもって私は今までどおり、数は少ないが確実にいるであろう「純愛ちまーじょ好き・馬鹿話好き」という稀有な層を狙いたいと思います。咲か和か選べと言われたら衣を選ぶのがもっふーです。すみません話が逸れました。はいていらおゆえー。
第一、第二の試練を突破したライ。
彼は納得できないまま流されてしまう自分を情けなく感じながらも、結局第三試練を受け、順調に先に進んでしまう。
一方、ライに対する複雑な感情を持て余していたアーニャは、運命の第四の試験で己の感情に何を見出すか。
次回『ナイトオブライアニャ新大作戦:破』
この次も、ライアニャライアニャ♪
最終更新:2009年05月30日 18:57