第弐話:始まりの戦火

 世歴一九四二年一月一三日 火炎共和国領・南鳥島沖合一三〇キロメートル―
 青々とした白波立つ海に、漆黒のシルエットが浮かぶ。四基の砲塔を構えたそれは共和国の誇る戦艦"雲河(くもがわ)"である。 
 一九三〇年代、共和国は北米連邦や帝国海軍に対抗するために共和国海軍は大型戦闘艦を含めた沿岸警備船の配備を開始した。当時、国際的に共和国の軍事的存在力は菲薄だったため、
ワシントン・ロンドン軍縮会議の対象とならなかった。そのため、海軍は当時の最新設備を惜しみなく注ぎ込み、大型艦の建造に尽力できた。
共和国随一の戦力を誇る廻林艦隊旗艦である雲河もそんな新型戦艦のひとつだ。
 穂坂信一艦長はその慌ただしい艦橋内の中央で指揮していた。その隣に座っているのは廻林艦隊司令長官の三池八郎少将だ。
「君の心境はどうだね?私はまだ、起こっていることが信じ難いのだが……」
 三池が聞いてきた。突然の問いだ。慎重に言葉を選び、答える。
「おっしゃる通り、私も貴方と同じ心境です。私たちには討てないかもしれません。……申し訳ございません。このような無礼なことを長官殿の前で」
「いいのだ、気にするな。ただ、これが戦争ということなのは確かだ」
 これまで共和国領海には幾度となく帝国所属の潜水艦が進入してきた。だが帝国の襲撃直後から潜水艦は一気に姿を消してしまった。
これを不審に思い、哨戒のために司令部は艦隊の出撃を命じた。まだ水兵の間では本当に敵は帝国軍なのかという疑問さえあった。
 戦争というものは恐ろしく、たとえそれが同類であろうと、敵であれば容赦なく殺し合う。
 殺戮を犯しても、罪を償うどころか母国では英雄となる。そして、新たな憎しみ呼ぶ。
「破壊は憎悪を呼びそして、復讐する……。それが戦争という物なのだ。それが……」
「人間の本性ですか……」
 三池は顔しかめて頷きながら前方に広がる蒼い海を眺めた。冬の海は少し荒れており、白波が立っては消えていった。
 穂坂は横目で司令長官の横顔を見た。顔には深々としわが刻み込まれてあり、老長官の勇姿にぴったりだ。
「戦争は人間だけに感染する伝染病のようなものだ。感染すれば罪も無い人々も犠牲になる……」
 三池は表情も変えず海を見つめながら、小声で呟いた。直後、見張りの水兵から敵発見との報告が飛び込む。異常に気付いた副長はすぐに双眼鏡を用意し、穂坂と三池に渡した。
水平線上を這うようにして進む黒点。その大きさは近づくにつれ、すぐに判る。
「第一種戦闘配備!! 急げ! 敵はすぐそこだぞ! レーダーはどうした?」
 穂坂が叫ぶ。この最新型戦艦には他の艦船を遥かに上回る高性能レーダーが備わっているのだ。とは言っても初期のレーダーには変わりなく、一度敵を捕捉しないと使えないという欠点があった。
「範囲外です。あと二キロメートル近づかないと!」
 レーダー担当員が叫んだ。穂坂は舌打ちをして、
「最大戦速!取り舵一杯!」
 副長が復唱し、艦は左へ傾き、曲がり始めた。
「とうとう来たか。全空母に打電。航空機部隊を出させろ。同じ人種が争う。なんと愚かなことか」
 三池は呟く。双眼鏡に映ったもの、それは紛れも無く大東亜帝国所属の第一航空艦隊であった。
「他にも艦影多数!」
 見張りが叫ぶ。
「レーダー起動完了。反応新たに戦艦四、空母五、重巡五、駆逐艦十!」
 レーダー担当がおおよその大きさを読み取り、報告する。
「結構な戦力を出してきたな」
 三池はスクリーンの中の移動している点を見つめた。

 第一航空艦隊旗艦・空母赤城、艦橋……
「来るなら来い。先の無念、此処で晴らしてやる!」
 南雲はそう言って殺気立った不気味な笑みをもらした。
 帝国への帰還後、南雲は軍令部へ出頭した。総司令長官である山本五十六は南雲から伝えられた共和国の技術力に驚いた。危機を覚えた山本はすぐに各分野の知識人を集め、会合の末、
北米連邦より火炎共和国を攻めるという決定に至った。また、これには陸軍も賛成し、制空権さえ奪えれば多数の爆撃機及び空挺師団を派遣できるという。
 つまり、この海戦で勝利し、限りある海戦力を奪えば後は陸軍がやってくれる。
「攻撃部隊出撃!」
第一航空艦隊から次々と攻撃隊が放たれていく……。
同時に小笠原方面からの一式陸上攻撃機も低空で飛び去った。

 一方、廻林艦隊からは遠くの味方機動艦隊から次々と航空機部隊が飛び立って行くのが見えた。三池はそれを眺めつつ言った。
「全速で敵艦隊へ向かえ。実用試験だ」
「機関最大全速前進! 対空、対潜警戒厳に!」
 物好きな指揮官だと思いつつ命令を出す穂坂。三池の実用試験とは如何なるものなのであろうか……

 数分後、蒼穹の空の下、無数の航空機が入り乱れ巨大な鉄の蚊柱が出来ていた。大東亜帝国と火炎共和国双方の飛行隊が衝突した瞬間だ。
 その中の一機に城島信吾という男が乗っていた。十五歳の時、海軍航空隊へ志願し直後にその才能を開花させた彼は二十歳にして大東亜帝国のエースパイロットとなった。
熟練パイロットをも凌ぐ腕前を魅せる彼は帝国海軍内でも恐れられていた。
「来たか。よし、第二小隊は右から第三小隊は回りこめ。第一、第四小隊は俺に続け!」
 愛機である零戦はエンジンを唸らせ味方機と共に火炎共和国攻撃隊へ襲い掛かった。

 同刻、火炎共和国主力攻撃機・青天は向かって来る無数の迎撃機を必死でかわしていた。
「護衛の旋火はまだか! このままでは……」
 操縦士の住田が攻撃をかわしながら嘆いた。
「大丈夫ですよ。すぐ来ます、多分」
 射撃手の小野寺が励ましたその直後、頭上を味方の旋火が通り過ぎ、敵を掃射する。
「やっと来たか。よし、船狩りの始まりだ」
 住田は操縦桿を倒し、アクロバットさながらの腕前で機体を急降下させた。

 廻林艦隊旗艦・戦艦雲河、艦橋……
 いつもは生新しい広々とした部屋だが、緊張のせいかかなり狭く感じられた。
 艦長の穂坂はてきぱきと判断し、指示を与えていた。
「敵機多数接近。大型機も来ます!」
 レーダー担当と見張り係が同時に叫ぶ。
「対空戦闘ヨーイ」
 前方には旋火に落とされながらも五十機近くの爆撃、雷撃隊が見えた。
「レーダー担当、敵の動きは?」
「真っ直ぐこちらへ向かってきます」
「よし、射程に入り次第対空レーダー射撃を開始する。時限信管で弐式空中焼夷散弾転送、砲撃準備!」
 弐式空中焼夷散弾は共和国軍が開発した対空砲弾である。一瞬にして敵機を焼き尽くす強力な砲弾だがコストが高く、一度の戦闘に十回ほどしか撃てない。
 艦橋の緊張が一気に高まった。帝国の一式陸攻が海面すれすれで向かってくる。
「とうとう始まるのか……。味方航空部隊を退避させろ」
「射程、入ります!」
「面舵一杯!一番、二番ヨーイ!」
 雲河の巨大な砲塔がスムーズに動き敵航空部隊を捕らえる。つられて別の戦艦の砲塔も動く。
「撃てーッ!」
 直後に凄まじい爆発音とともに主砲が火を噴いた。弐式空中焼散弾が打ち上げ花火のように天に昇ってゆく。
直後、砲弾は右前方で炸裂。一面の青空が夕焼けのように染まる。数千度の炎の後に残ったのは澄み切った青空と鉄粉だけであった。
「レーダー射撃成功です!一気に敵の戦力を削ぎ落としました!」
 レーダー担当が興奮を必死にこらえながら言った。何とか回避した一式陸攻も落ちてきた破片によって次々と墜落する。
「全艦へ打電。ワレ、レーダー射撃に成功セリ」
「敵大型機一、こちらに向かってきます!」
 黒煙の中から生き残った一式陸攻が艦隊へ向かってきた。各艦から対空掃射をうけ、エンジンが火を噴きながらも魚雷を投下。直後、機体は海中へ没した。
 放たれた魚雷は真っ直ぐな軌跡を描いて巡洋艦へ突入。巨大な水柱があがる。
「巡洋艦羽柴、左舷大破。戦線離脱を求めてます」
「許可する。駆逐艦を護衛に就かせ、救助をしつつ帰還せよ」
 三池は墜落した攻撃機の尾翼に描かれた日の丸を見つめた。
 その後も帝国は波状攻撃を仕掛けたが他の戦艦からも続々と砲弾が放たれ、攻撃隊の姿は無く戦果を挙げた機体は稀だった。
 なぜなら間一髪空中焼夷散弾をかわした機体も待ち構えていた旋火と対空弾幕の餌食となったからである。

 その頃――
「くっ!小ざかしい鳥め!」
 城島はそう言いながら操縦桿を引く。零戦は宙返りし、二〇ミリ機銃弾が火を噴く。同時に旋火の主翼の付け根あたりへそれが突き刺さった。
途端に旋火は主翼の付け根から真っ二つになり、墜ちてゆく。その隣で味方機が爆発。城島は舌打ちして操縦桿を倒した。

 攻撃隊は――
「見えたぞ。小野寺、投下準備しておけ!」
「了解!」
 小野寺は潜望鏡のようなものを引き上げた。これこそ青天の最大の武器である27型光学照準機である。
 これは魚雷の視点から目標を狙うという画期的なもので、訓練では百発百中の命中力を誇った。
「行くぞ!全機、俺に続け!」
 彼らは超低空飛行で弾幕を突破し、後から多数の攻撃機が続いた。

 第一航空艦隊旗艦・空母赤城、艦橋――
「下賎者どもが。叩き落してくれる!」
 南雲は余裕であった。が……。
「敵機機接近!!こちらへ向かってきます!」
「弾幕をかわしただと?! ええぃ、対空戦闘用意だ。予備の零戦も上げろ! なぜだ、最強の戦闘機といわれた零戦からなぜ簡単に逃れられるのだ」
 南雲は焦っていた。勝たねば、未来永行彼らに名誉は無い。
「敵機魚雷発射!」
 副司令の言葉で南雲は我に返った。
「何をしとる、回避!」
 遅かった……。
 共和国攻撃隊、青天の放った魚雷二十本中、十五本が空母赤城の左舷へ直撃。傾いて炎上する艦橋の中で南雲はつぶやいた。
「なぜだ。なぜこれほどの戦力を所持しているにもかかわらず負けるのだ。なぜ……」
 直後に魚雷うちの一本が爆薬庫で炸裂、大爆発を起こし赤城は爆沈したのであった……。

 廻林艦隊旗艦・戦艦雲河、艦橋――
 司令官の三池と艦長の穂坂はレーダーを食い入るように見つめていた。他の点と比べて少し大きめの点が消えた。両者は安堵し、他の要員からは歓声が上がる。
空母赤城を撃沈させた瞬間であった。地平線で巨大な黒煙が上がっている。
「我が艦隊も大した損害も無く航行できるのは君のおかげだよ。感謝する」
 三池はレーダー担当に感謝の言葉を言った。
「いえいえ、身に余るお言葉です。長官」
「しかし、長官。これで終わったわけではありません」
 三池は我に返り、すぐに親しい老人から真剣な趣の老長官へと早変わりした。
「第一艦隊か……」
 穂坂は無言でうなずいた。三池が聞く。
「今どこにいる」
「左前方、北西へ航行中」
「さて、艦長の意見はどうだね?」
「深追いは無用かと。我々も少なからず被害は出ています」
「わかった。我々はこれより救助活動をしつつ本国への帰還の途に就く」
 三池は茜色に染まった空を眺めた。

 一週間後、大東亜帝国帝都・東京、軍令部――
「さてと。先の海戦の件なのだが、敗因は何だと思う?」
 連合艦隊司令長官・山本五十六は今後の作戦について会議を開いていた。
「第一艦隊の戦線離脱だ。逃げ帰るなら戦って沈んだ機動艦隊の方がよっぽどましだ」
 と言うのは航空参謀で航空主兵論者の源田実である。
「何?そちらこそ大型空母と一式陸攻を導入させておいてあのざまではないか!」
 反論するのは参謀長で大艦巨砲主義者の宇垣纏だ。
「なんだと?!私は絶大な破壊力と防御力を誇る戦艦をなぜ帰還させたかと聞いておるのだ」
 源田は宇垣の反論をそのまま返した。
「こちらの都合が悪かっただけだ。あのような出来損ないの艦など、次は一撃で沈めてくれる!貴様らこそよくハエの様なもので戦えるものだ!」
「何を言う!貴様らこそ、そのような鉄の塊でよくここまで来られたものだ」
「貴様らは東郷元帥のご理念を忘れたのか!!」
 いつの間にか作戦会議室内は罵声が飛び交っていた。そこへ山本の一喝。
「黙れ! ともかく第一艦隊が戦力不足だったのは言うまでもないだろう。技術面、戦力面から見ても戦力を温存する方が理に適っていたのだろう。
しかし、海軍期待の一式陸攻で歯が立たなかったというのもどういうことか。だが、打開策は必ずあるはずだ……」
 山本には余裕があった。それは超極秘で建造中の戦艦に期待を寄せているからであった。

 同刻、ドイツ第三帝国領・エジプト――
 北アフリカに展開中のイギリス軍は本国が第三帝国軍に占領されほとんどが降伏したが、ゲリラ化してナチスに抵抗している者もいた。ハリス・ロードもその一人だ。
「ナチ野郎どもは撒いたか? よし、このままナイルへ向かう・・・・・・。」
 ロードたち第二独立戦車師団は補給のためナイル川へ向かっていた。無数のピラミッドの破片が散らばっている。ロードたちは破片に偽装している戦車を見落とさないように必死で目を凝らしていた。その時である。一台の戦車が飛び出してきた。側面にはカギ十字マーク。
「戦闘準備! 目標、敵III号戦車!」
 ロードたち第二独立戦車師団のクルセーダー巡航戦車は一斉に砲身を動かした。
 敵戦車もようやく砲塔を動かし始めたが、遅かった。クルセーダー巡航戦車から放たれた砲が敵戦車の装甲を打ち抜き爆発、炎上。その時であった。
 遥か地平線の彼方に暁の太陽を背にして何かの影が見えた。一目見ただけでは飛行船だ。だがそれは違う。
「あいつが、後方部隊を一撃で消滅させた、天空の破壊神なのか……」
 異様なシルエットが一瞬光る。その光はイギリスの一戦車中隊を消滅させるには十分すぎるものであった。

最終更新:2009年10月29日 14:36
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