世歴一九四二年六月二日、大火炎共和国東部地方都市・瀬鷹、共和国海軍瀬鷹基地……
廻林艦隊旗艦・戦艦雲河を始めとする大小さまざまな軍艦が並ぶ中、一際目立つ戦艦がある。
「ロランド沖海戦からもう半年か……」
響艦隊司令長官、巌伊忠弘はその大型戦艦を眺めながら言った。あの戦闘以来、帝国海軍はシベリアと東南アジア攻略に勤しみ、共和国には爆撃機を送るだけで大きな戦闘はなかった。
北米連邦海軍機動艦隊が味方についたこともあるのだろう。その北米米連邦なのだが、彼らは欧州戦線に釘付けで大東亜帝国など眼中にないように思えた。
「まさかあそこまで警備が手薄だったとは。こちらも、見くびられたものだ」
かつて大東亜帝国海軍聨合艦隊旗艦を勤めていた世界最大の戦艦・大和。極秘作戦・Yで強奪、今は大火炎共和国海軍廻林艦隊次期旗艦として大規模な改装工事が行われている。
司令部は小高い山の斜面にあり軍港からはすこし離れているが、そこからでも十分迫力はあった。
「しかし、東帝はまだ攻めないのか。シベリア及び豪州戦線は優勢で、陸軍は豪州上陸を成功させたようだが」
「いいや、攻めて来るさ。敵も随分余裕なものだ。しかも政府は軍と財閥が牛耳っていると言っても過言ではない」
ただ国民はひどい状況らしい。食料輸入禁止と飢饉で餓死者が増え、経済状況は最悪。おまけに在東帝の火炎国民は非国民扱いだ。
「今頃、我が政府の役人は北米でルーズベルトに胡麻をすっているところだろう。彼らも相当な軍備は揃えていると聞いた」
「ああ。条約開けと共に一気に軍備増強したよ。大型空母に高速戦艦、航空機の大群。東帝も馬鹿なものだ」
一呼吸置いた後、巌伊は欧州戦線に話題を移す。
「欧州戦線だが、ソ連の半分を制圧した独軍はアラビアと交渉を開始したらしい」
「当然の結果か。上得意が居なくなった今、最大の消費国は第三帝国だからな。イギリスもこの間、落ちたそうだ」
「流石にチャーチルもヒトラーには敵わなかったということか。北米連が血眼になるのもわかるな」
突然、部屋の隅にある電話が鳴り響き三池が出る。彼は受話器を静かに置いた後、用ができたと言い残し高官室を出た。
同刻、共和国帝都・紅城、国会議事堂――
共和国政府の意見は真っ二つに分かれていた。
「この戦争を終わらせるためには、話し合いしかありません」
と主張したのは交渉を訴える穏健派の高碕だ。これに対して報復を訴える急進派の柏葉は猛反発した。
「今の大東亜帝国は我が国などただの非国民の集まりだなどと言い、日本へ移民した同士は激しい差別と虐待を受けています。失礼ですが、貴方の言ってることで解決するとは思えない。
平和のために今こそ、我々は立ち上がらなければならないのです!」
柏葉の発言に大勢の拍手が挙がる。これに高碕は反論した。
「かと言って相手の陣地へ乗り出したらそれこそ侵略行為です!私は出来るだけ血を見たくありません……」
「何を今更言っているのだ、キミは! その国家の緩みが、戦争と言うものに巻き込まれたのではないか。現に軍隊の中では死者も出ているんだ」
他の議員からも同じような主張が飛んできた。高碕は何も言い返せなくなりそこに柏葉が付け加える。
「しかも、大東亜帝国はあのナチス・ドイツ第三帝国とも同盟を結んでいます。そうです、今やモスクワを一瞬でこの世から消し去った輩の矛先がいつこの共和国に向けられるのか分からないのです。
我々はそれを腕を拱いて見ているわけにはいきません。だから、それと手を組んでいる大東亜帝国を屈服させるべきなのです!同志よ、今立ち上がるのです」
柏葉の演説に大歓声が上がった。柏葉もそれに応えて手を振った。大統領は相変わらず顔をしかめている。そしてこれが、本格的な戦争の始まりの合図だった……
一方、北アメリカ連邦合衆国首都・ワシントンD.C 、大統領官邸・ホワイトハウス――
「大統領、火炎共和国は支援を求めています。いっそのこと手を組んだほうがいいと思いますが……」
合衆国国務長官のコーデル・ハルは必死に大統領に直訴していた。
「大統領、私はあのような国は大日本帝国と一緒に屈服させたほうがいいと思います」
合衆国海軍長官のウィリアム・ノックスは反論。連邦合衆国第三二代大統領、フランクリン・D・ルーズベルトは悩んでいた。正直、火炎共和国は厄介だ。莫大な資源と高度な技術力を保有し、
今も進化し続けている。そこで火炎共和国はどうしても直接手中に収めたい。
最大の特典は東南アジアの市場が手に入るということ。だが……
無理やり攻めるなら国民に批判され、辞任も覚悟しなければならない。かと言って攻めなければ内部の不満をあおることになる……
一番厄介なのは巨大な未確認爆撃機と大国ソ連の首都・モスクワを一瞬で消滅させた謎の兵器・Nを保有するナチス・ドイツ第三帝国である。
マンハッタン計画を発動させ、一刻も早くあの兵器を完成させねば、我々に未来は無い。すでに独軍は原爆どころか国一つ破壊できる兵器を持っている。急がねば……
「だ、大統領!」
そのときであった。副大統領のヘンリー・ウォレスが飛び込んできた。
「どうした?! 何が起きた!」
「ダッチハーバーとパールハーバーが攻撃を受けました! ほぼ同時です!」
「やはり、共和国の奴らだと思います。奴らは特殊工作部隊を持っていると聞きました。たぶんそいつらに違いありません! 大統領、攻撃の許可を」
ノックスの主張が正しければこれはよい口実になる。迷っている暇はない。だが派遣した艦隊は彼らの手中。
「ノックス君、艦隊の派遣を許可する。また、それらが合流するまで共和国の連中には行動を悟られるな」
この機会を逃して何をするか! この戦いは勝たねば意味が無いのだ!
ルーズベルトは早速、軍の緊急会議を開くことにした。アメリカもとうとう動くのである……
一方、大東亜帝国帝都・東京、軍令部――
大和強奪事件について陸軍と政府から激しい抗議を受け、海軍の地位は一気に下降し、混乱状態になっていた。
「そもそも、なぜ我が大東亜帝国が誇る戦艦大和がこうも簡単に盗まれたのだ!」
軍令部総長の永野修身は激怒していた。
「申し訳ありません。我々の防衛が不備であってために。しかし、我々にはまだ同型の武蔵、信濃が残っています。しかもこちらにはあとすこしで実用可能な最新鋭超大型三胴戦艦・新羅があります」
聨合艦隊司令長官、山本五十六が答える。しかし……
「馬鹿者!私はなぜ莫大な労力を注ぎ込んだ大和を易々と共和国へ渡したのかと聞いているのだ」
「その点については本当に申し訳ございません。責任者は我々のほうで処分いたしますのでご理解を。我々はこの数ヶ月間、火炎共和国を抹殺する計画を着々と進めてきました。
今こそ、その計画を実行する時かもしれません。許可を」
そして、ついに山本の計画も実行される……
最終更新:2009年10月29日 14:43