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BFT妄想記

Atelier





街はずれのガソリンスタンドに1台のシルバーの古いクーペが停まる。中から降りてきたのは20代後半から30代頭くらいに見える青年だ。名前はクラウス・クルツリンガー。無愛想なガソリンスタンドの店主が出てきてガソリンを入れ始める。愛想はないが、給油口の開け方やバルブを入れるときの手つきから車に愛情を持っていることは感じられる。クラウスは店主におずおずとこの街に不動産屋があるかどうかを尋ねる。店主はハンチングを今風にかぶっているクラウスを少し不審げに見、それでも必要な情報は教えてくれた。どうやら不動産屋というものはないらしい。もしここで住むところを探すのであれば、この先を左に行って右に行ってさらに左に曲がったところにあるてっぺんに大きな時計のある建物に行けば登記所があるそうだ。そこで空いている建物とその持ち主を教えてくれるとのこと。クラウスは店主に礼をいい、クーペに乗り込んだ。

目的の建物はすぐに見つかった。駐車場に車を停め、中に入る。入口の案内を見ると、右手奥に登記所があった。登記所には中年の男がひとりで所在なく座っていた。クラウスはさっそくその男に、これからこの街に住みたいと思っていること、職業は建築家であること、できればアトリエと兼用できる住居を探していることなど、自分の求めている条件を告げた。男は後ろの棚から分厚い帳面を引っ張り出してきて、めくり始めた。クラウスはカウンターに片肘をついたまま、男が目的の物件を探し出すのを待っている。やがて男は1枚のページをクラウスの方に向けて提示した。

メインストリートに面する古い4階建てのビル。そんな一等地で4階建てのビルなんてとても無理だと思っていたら、意外に家賃は安かったのでそこを聞いてみることにした。家主は今は新街区のマンションに住んでいる引退した貿易商のキルケ氏だった。クラウスは男に礼をいい、駐車場まで戻った。シートに座って、今貰ってきたばかりのこの街の地図を眺める。候補地はこのすぐ先だ。そしてそれを通り越してまっすぐに行くとキルケ氏の住むマンションがあるらしい。クラウスはクーペを発進させ、メインストリートを走り始めた。石畳の振動が心地よい。両横にある2階くらいの歩道がアーチウェイと呼ばれているのは知っていた。彼の尊敬する19世紀の建築家、オーギュスト・レンツの代表作だ。もともとはアーサー・W・ラウルバックの空中庭園だったものを、レンツが蘇らせた。彼の仕事がそこここに残るこの街でクラウスは自分のキャリアを積み上げたかったのだ。そのアーチウェイのすぐ横にアトリエをかまえることができるなんてまるで夢のようだ。

目的の場所はすぐ近くだった。メインストリート市電が走っているため、車を停めるスペースがなさそうだ。彼はちょっと手前の路地を左に曲がり、歩道に少し乗り上げるように車を停めて歩きはじめた。角から3軒目にその建物は建っていた。真っ白に塗られた建物の入口には鍵がかかっている。ちょっと引き返してアーチウェイの上に登ってみた。こちら側にも入口があり、やはり鍵がかかっている。どうやら2階建だった建物をあとから4階建てに立てましてあるようだ。広さ的には充分すぎる。これならば3階を書庫にして、4階を自分で使えばいい。1階は打ち合わせスペースにしようか、2階はアトリエだな。などとまだ借りてもいない建物の使い方をあれこれと思案しながらアーチウェイを降りて車に戻る。そこには騎馬警官が待っていて、こういう停め方をしてはいけないと注意をされてしまった。クラウスはハンチングを取り、頭をかきながら謝罪をする。そして車をUターンさせ、新街区へと向かっていった。

キルケ氏の住むマンションはすぐに見つかった。3階までエレベータで上がりインターホンを押すと、白髪頭をきれいに整えた品のいい老人が出てきた。用件を伝えると上がってお茶を飲んでいかないかと誘われた。クラウスはそれに従って部屋の中に案内された。飾りけのないシンプルな部屋。キルケ氏がお茶を入れている間、クラウスはあまり見るものもない部屋の中を見回していた。お茶とクッキーを出され、用件に入る。氏は老齢のため、4階までの階段を昇り降りすることが辛くなってきたので、商売をたたみあの物件を人に貸すことにしたと言う。クラウスは自分の職業のことを話し、すでに物件を見てきてそれをどういう風に使いたいかということをキルケ氏に伝えた。キルケ氏は彼の話をにこにこと聞いていた。そして、建築家ということならば興味があるかもしれないという前置きをして、クランツにあの建物の来歴を語りはじめた。

あの建物の2階まではオーギュスト・レンツの手になるものであると。その後、街の再開発の折りに雰囲気を壊さぬように充分な配慮をして4階建てに改装したとのこと。キルケ氏としては若い建築家がそこに住むことは自分にとってもとても喜ばしいと言ってくれた。クラウスは興奮した。自分がどれだけオーギュスト・レンツに憧れていたかをキルケ氏に熱く語る。氏は自分が若い頃、まだ駆け出しの貿易商だった頃のことを話してくれた。この街に来て、いろいろな人に助けてもらって自分もここまで来たのだとも。クラウスに対してもできる限りの援助をするというありがたい申し出までしてくれたのだ。契約は簡単だった。一応、身分証明や収入証明、さらには過去に自分が手がけた仕事などの資料を持ってきていたので、それをキルケ氏に見せた。そして契約書にサインをして、あの建物はこの街でのクラウスの拠点となった。キルケ氏から建物のカギを受け取って、またメインストリートを走り、先ほど騎馬警官に注意された場所からもう少し離れた所に車を停め、今や自分の城となった建物に意気揚々と入って行った。

1階から4階まで、階段のローズウッドの手すりをいとおしむようになぜながらゆっくりと登る。それぞれの階は古めかしい外観そのままに古めかしい木製の家具が置かれていた。貿易商だったキルケ氏が使っていた大きなテーブルや真鍮の取っ手のついた棚などがそのまま残されている。4階のベッドールームは真鍮のベッドとライティングディスクが置かれていた。クラウスは車から荷物と助手席に置いてあったブランケットを取ってきて、その日はその真鍮製のベッドでブランケットにくるまって寝た。こんなにうまくいくとは思っていなかった。自分が想像していた以上の僥倖に恵まれた気がする。彼は幸せな気分で眠りについた。明日からやらなくてはならないことをひとつひとつ数えながら。

翌朝はカーテンのない部屋の窓の明かりで目が覚めた。そうして自分が今いる場所が夢ではないことを確認し、ベッドから降りて窓の外を見た。どこからか水の音が聞こえる。昨夜は興奮のあまり気がつかなかったらしい。北側に小さなドアがあった。そこからパジャマのまま外に出てみると、真下に真っ白な彫像が広がる公園が広がっていた。きらきらと朝日に輝く噴水。キルケ氏が増築をする際にここを小さなテラスにした理由がわかった。クラウスはここに寝椅子を置こうと決めた。そして自分がこれからここで過ごすであろう優雅な休日を想像する。なんという贅沢な自分だけのための風景を手に入れたのだろう!

もうすでに働いている人が大勢いる。これからは自分もその中に入るのだ。クラウスは手早く身支度をし、電動シェーバーで顔を当たる。ハンチングをかぶって外に出、必要なものを買出しに出かけた。目の前のデパートでは必要なものは何でも手に入る。彼はその日幾度もデパートアトリエを往復した。そしてクーペを出して市庁舎の登記所に行き、登記をした。すでにキルケ氏から連絡が行っていたらしく、登記はスムーズに進んだ。それからしばらくの間、クラウスは自分の城を心地よくするためにいそしんだ。

チラシを作り、あちらこちらに置いてもらうためにクラウスは街中を走り回った。駐車場の少ないこの街では車で動くよりも自転車の方が楽だということで、赤い自転車を購入した。クーペは市庁舎のそばの駐車場を借りて置いてある。独り者の気楽さで食事はいつも外。いつしか彼のいきつけの店ができた。ビッグ・マムの店と呼ばれるスパニッシュ・カフェもそのひとつだ。彼は時折、その店に入っては、「ねぇマム聞いてよ~」といろいろな話をするようになった。街のうわさもそこやの近くの2Fのバーで仕入れてきた。彼はいつのまにかこの街に溶け込んでいった。

この街にはレンツが残した建物がたくさんあった。それらはみなよく手入れされて、自分のアトリエのように増築されたものも多かった。彼はレンツの作品は多く見てきた。今はすでに「文化保護施設」になっているものも多い。だがこの街ではそれらはまだ生きていた。何度も塗りなおされた壁、磨かれた柱、すり減った入口の石ですら彼の勉強と心の支えになった。クラウスは自分のアトリエにいる時には柱や壁、家具などを大切に磨き上げ、そしていつお客が来てもいいようにと自分の作品を模型にしたり、パースを壁に飾ったり、今まで手がけたもののアルバムを作ったりして過ごした。

数週間後、キルケ氏の紹介で1件の仕事が舞い込んだ。港のそばのビアホールの改装だそうだ。クラウスはこの街での初仕事に小躍りした。太った店の主人と打ち合わせをし、見積もりを出し、そして業者の手配をする。何もかもがスムーズに進んでいる。その後もいくつか小さな仕事が主にキルケ氏とビッグ・マムの紹介でやってきた。毎日がとても忙しくなってきた。それでも彼は1日の終わりにはメインストリートアーチウェイの端に立って、海を眺めながら誓う。

「いつかここで、大きな仕事をするんだ。」






text shinob

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