グラウンドの端にある草むら。
九垓天秤『両翼』の片割れ“甲鉄竜”イルヤンカは爪先に乗っかる特大の湯飲みを器用に持ち上げ、これまた器用に
お茶を一杯啜った。
渋めの濃い味が口の中に広がり、その旨味に心地よさが生まれる。
イルヤンカ「………良きかな」
みくる「あ、あの……もう一杯如何ですか?」
イルヤンカ「頂くとしよう」
そう言われて朝比奈みくるは緑茶を笑顔という隠し味を混ぜながら注ぐ。その笑顔にイルヤンカも思わず他人には分
からないような笑顔を浮かべた。
童話に出てくるような中々に微笑ましい光景と言えたが、実の所かなりシュールな光景が広がっている。
イルヤンカの巨体にあわせて作られたその湯飲み、大きさにしてドラム缶とそう変わりない。それにお茶を注ぐ朝比
奈みくるは脇に水道ホースのようなものを抱え、それを用いて茶を注いでいた。
が、そんな彼のことなど気に留めず、イルヤンカはこの静寂の心地よさを彼なりに満喫している。
何の接点もなかった筈の目の前の少女だが、今では時折イルヤンカの年月により積み重ねられた思慮や徳を頼りに悩
みに対する助言を受けに来る。戦友のモレクのように卓越した知恵は無いイルヤンカだったが、彼女の少女らしい悩み
にちょっとしたアドバイスを授けるのにそんなものは必要ないと最近思い始めていた。何故なら少女は笑顔と共に感謝
の言葉を述べ、何度も自分を頼ってくれたのだから。
その代償というわけではないが、今しばらくはイルヤンカはこうして羽を休めようと思っている。この一時を続けて
も良いと考えていた。
この瞬間までは。
??「イルヤンカ!!」
空の向こうから響いた男の声。雷鳴の如く激しく昂ぶったイルヤンカ自身もよく知るその声を、彼は久しぶりに聞い
た気がした。
風に靡く銀髪、騎士あるいは剣士の様な服装、背中に顕現した虹色の双翼……声の主は、まさしく『両翼』の片割れ
にしてイルヤンカの戦友“虹の翼”メリヒムであった。
メリヒム「すぐ行くぞ……我らが主と共に戦うときが来た」
イルヤンカ「………そうか。行こう」
何が目的を聞くこともなく、イルヤンカは首を持ちあげた。ここ最近は思い人の名前を叫びアプローチしてはふられ
続けるという情けない姿をさらしているが、今のこの男の顔つきは共に戦場を駆け抜けたあの日々と同じ、凛々しく、
勇ましく、輝かしいものだ。
ならばこれから赴くであろう戦いもまた、あの日々のようなものであるに違いない。
イルヤンカ「敵は……強大か?」
メリヒム「つまらぬ事を聞くな」
メリヒムは笑う。かつてそうして見せたように自信に満ち溢れた表情で。
メリヒム「主に仇成す者を打ち破る。ならば誰が敵かなど……些細なことだろう?」
イルヤンカが翼を広げる。暴風が吹き荒れ、辺りの物をなぎ倒しながらその巨体を持ち上げた。
その名の如く鋼の如き甲羅を纏った巨竜が空へと舞い上がる。七色の翼を背負う剣士を額に乗せ、世界を振るわせる
ような咆吼と共に翼をはためかせた。
その時生まれた風に少女が思わず身を伏せたのが見えた。
メリヒム「行くぞ戦友。主の思い出の地を人間如きに汚させはせん」
イルヤンカは咆吼をあげることで応えた。
かつての自分がそうしたように。
CAST
イルヤンカ
メリヒム
朝比奈みくる
最終更新:2006年07月10日 17:02