「炎の魔術師ィ――ステイル=マグニスと、悪魔使いの雛形――天樹桜ァ!」
ハルヒの紹介が体育館中に響き渡る。それに呼応するように爆音のような歓声が放たれる。
そんな歓声など涼風のそよぎだと言わんばかりの堂々とした佇まいで、サクラとステイルは体育館の中心に足を運んだ。
「籤が引かれます」
「あぅ~……クジを引いてください~……」
バニーガールの格好をした幼げな顔立ちを持つ少女――朝比奈みくるが一抱えできるほどの大きさの箱を持ってくる。
箱はカラフルな菜食が施して在り、円形の穴が開いており、そこからクジを取れるようになっていた。
サクラとスティルは無言で箱に歩み寄り、二人とも無造作に箱に手を突っ込んだ。
「赤を引いたほうが、その、ルールを決められます」
おどおどと、箱を献上するように二人の中心に差し出しながらみくるが補足する。
「……赤だ」
当たりを引いたのは――ステイル=マグヌスだった。
サクラは澄ました顔で、不敵な笑みを浮かべたままである。
「当たりを引いたのはステイル選手……さて、ステイル選手の選ぶ競技内容とは?」
ハルヒのがなり声が体育館を揺らす。
ステイルは平然と肩をすくめる動作をして、
「ふん、戦闘内容ねえ……あいにく僕はルーンがなければ人一人殺せない貧弱君でね。
おまけに勉強の類は苦手と来ている。人を指揮するなんてぞっとするね」
軽く言ってのける。
「つまり――『素手の戦い』は無し、『ロボットで戦う』のも無理、『艦隊戦』など論外、とくれば――」
紅い長髪をいじりながら言葉をつむぎ、最後のあたりで視線をサクラに移す。
眼が合った瞬間――
ステイルの纏う空気が一瞬にして凄絶なものに変化する。
「武器在り、特殊能力在りの――真剣勝負でどうだい?」
「是非も無い。私もそういう荒事は得意だ」
殺意が爆発した。
「ひぁぁぁぁぁっ!?」
みくるが脱兎のごとくステージを飛び出す。
そしてハルヒは満面の笑みと共に手を掲げ――
「レディ・ファイトォ!」
死闘の幕をブチ下ろした。
(呼:分子運動学・分子運動制御・『羽』)
サクラは飛んでいた。
三条の炎がサクラが一瞬前まで立っていた地点をなぎ払っていく。
床が高熱ではじけ飛ぶような音をたてた。
(呼:計算機数学・仮想精神体制御・『生物化』)
着地した瞬間、サクラは地面に触れ、演算を開始する。
「炎よ!」
追撃しようとステイルが放った炎弾は、木の床から構築された6本の腕によって阻止されていた。
長身のステイルと同じほどの大きさの手が6つ存在している。
「行け!」
サクラはいとおしむように手に触れ、そして支持を飛ばした。
先ほどの投擲には及ばないものの、腕の動きは迅速であり、そして何より予想が付きにくいものだった。
ステイルは舌打ちして、両手を腰だめに落とし、
「吸血鬼殺しの紅十字!」
二本の炎剣を生み出した。
プラズマのように圧縮された炎は陽炎を生み、景色をゆがませる。
ステイルは疾走した。
自ら6本の手に突っ込んだのだ。
サクラは驚きながらも手に支持の変更を開始する。
だが遅い。ステイルは風のように踏み込み、両腕の炎剣を一閃した。
ただ、それだけのはずなのに、炎剣が腕に触れた瞬間、まるで石が焼け焦げるような音と共に腕は微塵に吹き飛んだ。
返す刀の二刀流で腕は一掃され、ステイルの長身が弾丸のようにサクラに迫る。
サクラの表情に初めて笑み以外の表情が浮かぶ。
その表情はあせりだった。
(呼:運動係数制御・運動制御・速度を5倍に設定)
サクラの体がぶれるように錯覚される。
凄まじい勢いでサクラは後方に飛んでいた。
I-ブレインによって演算された駆動によって身体能力を飛躍的に強化したのだ。
それでも間一髪だった。炎剣がほほを掠めている。
サクラはわずかなやけどの痛みに少し眉を潜めた。
五倍でもよけきれない。
炎剣のリーチは自由自在だった。事実、日本刀程度の長さならたとえ密着していても交わすことの出来る自信がある。
だが、蛇のようにうねり、槍のように延びる剣相手には完全にかわしきることはできなかった。
なおもステイルは追撃を起こそうとしている。
「舐め、るなぁっ!」
サクラは空中ですばやく体勢を立て直し、一足飛びでステイルとの間合いは潰した。これには流石のステイルも驚いたようだった。
I-ブレインは身体能力も強化する。初めのほうのサクラの動きになれたステイルは強く混乱しているだろう。
サクラはホルスターからナイフを引き抜き、正確に急所を狙い、引き裂こうと走らせる。
「くっ!?」
炎剣を盾にしてしのごうとするステイルだが、それはサクラが許さなかった。
(呼:運動係数制御・『情報解体』)
炎剣の情報を瞬時にI-ブレインが解析、即座に炎剣の情報部分に進入し、武器を消し去る――かのように見えた。
「なんだと!?」
サクラに驚愕が走る。
「読めない!?」
(文章:判別不能・『解析不能情報体』)
I-ブレインに響くエラーメッセージを聞きながら怒りのために歯軋りをしそうになってこらえる。
ステイルは炎剣を交差させるようにナイフに重ね、サクラへ炎剣を押し込もうとする。
そして何より――ナイフが炎剣の熱により、溶解を始めていた。
「魔術を科学側が解明しようなんておこがましいね。さあ、ギブアップするんだ。アマギサクラ。今ならまだ……死ななくても済むぞ」
「誰が、するものか――私には守らなければならない人たちがいる!」
「僕にだってあるんだよ――いや、在った」
「その口ぶりだと……守れなかったのだろう貴方は! 私は守って見せる! 絶対に!」
「ああ、失ったさ……彼女は、記憶を消されて、僕のことを何も覚えていなかった!」
「つっ!?」
「だから――『取り戻したい』のさ!」
炎剣を込める手に力がさらに込められる。
ステイルの叫びは悲痛だった。
凄まじい圧迫感。ナイフがいつ壊れてもおかしくないほが橙がかった赤に変わる。
「取り戻す、だと?」
だが、サクラにもまた脳裏に閃く影があった。
最初に会ったマザーコアの少女。
いつも笑顔で、いつも優しくて、いつも輝いていた少女。
たとえそれが培養層越しの、そして短い時間だったとしても、心に深く刻まれている。
けど、彼女は死んだ。正確に言えば思考を手術によって消され、エネルギー回路と改造されたのだ。
「今、守りたいものを持たないで、過去に執着するのか! 過去は、自分を正当化する場所じゃない――っ!」
怒りともつかぬ感情を吐き出しながらサクラは踏みしめた地面へI-ブレインから指令を送る。
(呼:仮想精神体制御・『生物化』)
周囲の地面から再び腕が大量に生えてくる。
「無駄だ!」
ステイルは炎剣を空気中に具現化し、腕を撃ちぬこうとしした瞬間。
(呼:制御系付加処理・運動係数制御・『踊る人形』)
残像を残すほどの速さで動いた腕がステイルの炎剣を全て撃ちぬいていた。
「くそっ……! なんだ!? さっきと動きが……」
いい終わらないうちにステイルの体を5発の拳が穿っていた。
悶絶し、炎剣の力が弱まる。
サクラはその隙を絶妙につき、ナイフに伝わる力を流しながら間合いの外に逃れた。
「終わりだ、ステイル=マグヌス。私は、『今』を持たない人間に負けるわけには行かない!」
(呼:電磁気学・電磁場制御・『銃身制御』)
I-ブレインが凄まじい演算を開始し、周囲を固有の世界に変えていく。
電子が蠢き、一つの形を成す。それは意思を貫き通すための銃剣(バヨネット)。
(呼:『銃身生成』)
強く、強く輝く。まるで光の弓のように。
「その技ならば――!」
「無駄だ!」
先ほどと同じようにステイルの体から溶岩のような熱風が吹き出す。
しかしサクラはそれを一蹴した。
(呼:『魔弾の射手』)
ナイフはステイルを不自然な軌道ではずれ、頭上から幾つもの破片に爆砕した。
「な――ッ!?」
一つ一つが致命傷になりえる威力を誇る死の豪雨。
大量に貨幣がぶちまけられたような音とともに、サクラは勝利を確信した。
「――世界を構築する五大元素の一つ、始まりの炎よ」
そのときだ、違和感を感じたのは。
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」
ステイル=マグヌスの声。
「それは長やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」
その呪文の音律は決して強くなく、だからこその不気味と恐怖をサクラに与える。
何故、あれを喰らって立っている?
「その名は炎、その役は剣。顕現せよ。我が契約を喰らいて力と為せ――!」
疑問は、解ける。絶望と共に。
「いでよ、イノケンティウス!」
刹那、空間が爆砕した。
攻防に息を呑んでいた観客席に悲鳴が生まれる。
熱風が凄まじいきおいいで肌を焼いた。
その意は――その魔神の意は――
「『必ず、殺す』」
「――あぁぁぁぁぁぁっ!」
その恐怖に抗うかのようにサクラは遮二無二、『術者であるステイルに』加速を使って突っ込んだ。
正しい判断だった。『人形士』と戦った経験がそうさせたのだろう。
だが、それは、あくまでも『人形士』との戦いでのセオリー。
五倍速を超えた人間についてこれる人形などいなかった『人形士』との戦いではたしかに有効だっただろう。
周囲が止まったように見える主観時間の中で――それよりも早い劫火の魔人をサクラは見た。
「確かに俺は過去にしか意味を見出せない。けどね、アマギサクラ」
イノケンティウスは豪腕を振りかぶり――
「失った一人の友人の代償に得た『守るもの』は結局のところ僕と同じ――過去の産物さ」
「つっ!?」
否定の言葉を紡ぎたかった。
イノケンティウスは豪腕を振り下ろし――
「少なくとも、代償という行為に逃げるしかなかった君に、僕は負けるわけにはいかない!
過去を過去として許容できない君に、負けるわけにはいかないんだよアマギサクラ!」
「――――」
その豪腕は、天樹桜という十四の少女をあっさりと吹き飛ばした。
観客席から凄まじい歓声が上がる。
「ウィーナー……ステイル=マグヌス!」
ハルヒの声が響き渡ると同時に、戦いの終わりが宣告される。
ステイル=マグヌス、初戦突破。
CAST
涼宮ハルヒ
サクラ
ステイル=マグヌス
最終更新:2006年08月29日 12:32