控えめなノックの音が室内に響いた。
控えめなのはノックまでだった。
「田村――――!」
相馬の奴が部屋に飛び込んできた。
「田村、ねえ、田村。大丈夫、ねえ。足折ったって聞いたよ、ねえ、ほんと大丈夫、痛いトコない、ねえ」
おちつけ相馬、揺さぶるな。とりあえず手を離せ。今どこイタイってきかれたら「ガクガク揺さぶられている首」って答えるぞ。
うー、いててて。ようやく離しやがった。まだガクガクする首を廻すと、扉の影で隠れている奴と目が合った。
「よお、松澤」
「うっ」
『マンボ』
いつもどおりのやり取り……じゃないな。
相馬も気づいたのか、立ち上がって廊下に出る。しばらくして、やだ、相馬ちゃん、私と貴方の仲じゃない、ね、ちょっとだけ、
とか言う声が聞こえてくる。ったく、こっちよりも少しは自分のことを心配しろ。熟しすぎると落ちるんだぞ熟れ熟れ果実め。
「うるさーい。私はまだ瑞々しいわよ」
と、いけねえ、声に出てたか。しかしなんて地獄耳だ。ともあれこれで邪魔者もいなくなった。
――と思った俺が浅はかでした。
「……」
「……」
「……」
き、気まずい。
戻ってきた相馬とようやく入ってきた松澤に座るように言ったはいいが、その後が続かない。
相馬の奴はちらちらと俺と松澤を見比べてるし、松澤は松澤で相変わらず何を考えているのか判らない。
俺は俺で『普段もてない奴が……』という高浦の声がリフレインしてる。そうだよ、畜生。俺にはこの雰囲気を破るスキルなんてないけどよ。
「あ、あのさ田村」
おお、何だ相馬。なんだ、何が言いたい。この空気を破ってくれるならなんでもいいぞ。
「えと、昨日会えなかったから、これ。プレゼント」
……そう来たか、相馬よ。
「え、えっと毛糸自体は前の奴使ってるからそんなお金かかってないし、編み物楽しいし、そんな重く考えないでいいから……」
相馬の声が耳に痛い。あせる口調とどこかうかがうような視線がつらい。お前さ、お返し期待してないなんて嘘だろ。
なあ、松澤。このままじゃ俺が隠し持ってるプレゼントとられちまうぞ。いやとられるわけじゃないけどさ。
そりゃ相馬にはきちんと答えたけどさ、今渡したらこいつ泣くぞ。ぜったい泣く。そんな相馬を見るのは嫌なんだ。
たのむよ松澤。べつに「プレゼントはわ・た・し」なんてバカなこと言えなんてつもりは無いからさ。何か言ってくれよ。
俺、気持ち伝えたよな? 上手く伝えられないけど、ちょっとでもお前のことが判りたいんだ。すこしでも近づきたいんだよ。
……いやベッドを回り込んでホントに近づけってことじゃのだが?
ペタリ。
俺の額とひんやりした松澤のおでこがくっつく。2、3秒か? やけに長い沈黙の後、松澤がちょっとだけ離れる。
「……熱、あるかと思った」
はあ? むしろ今頭に血が上って熱い位だぞ? 照れるならやるなよ。ほんとお前が判らないよ松澤。
「なに、田村どうしたの。足痛くなったとか」
だから大丈夫だ相馬。そんなに身を乗り出して松澤に対抗してるのか? そんなに近づくと弾みでキスするぞ、キス。
「うっ」とのけぞる松澤。「何いってんのよ馬鹿」と怒鳴る相馬。二人の顔に焦る俺。
ああ、もう、とにかく落ち着け。
大丈夫だ松澤、熱はない。足だって痛くないぞ、相馬。
ただキリキリと胃が痛いのだ。
シーツに隠した右手、守りきったプレゼントが重いんだ。
畜生、ここが家のベッドなら。あの懐かしい十年物の毛布に包まってゴロゴロもだえていたい。
いまだって毛布を頭から引っかぶって「私は貝になりたい」とか呟いていた。
けどダメだ。きっと今そんなことをしたら松澤と相馬は呼びかける。
心配そうな二つの顔が。
どうしようもなく振り向いて、何とかしてやりたくなるあの声で。
きっと呼ぶのだ。
「……田村」
「……田村くん」
結局、「もぉ――!(もう勘弁して――――!)」と奇声をあげた俺は、過呼吸で倒れて何もかもうやむやになったとだけ言っておく。
CAST
田村雪貞
松澤小巻
相馬広香
最終更新:2007年01月11日 14:52