守る者と攻める者

「ちっ!」
舌打ちと共に銃声が響く。
戦闘訓練が開始され、どれだけの時間が過ぎたのか。
任された拠点を守る仲間はもういない。
彼らを倒したのは模擬戦用のゴム弾だ。命に別状は無い。
だが、次々に飛来したそれは確実に防衛側の生徒を倒していった。
残ったのは"かっこう”ただ一人。
虫憑きの中でも珍しい同化型の彼のムシ、"かっこう”の触手はいまも手にした銃、
そして彼の体に絡みつき、その性能を異常なほどに引き上げている。
それゆえの”最強”。
だからこそ唯一、敵の初弾をかわすことのできた虫憑き。

だが、虫憑き最強を誇るその"かっこう”でさえ届かない敵。

ハミュッツ=メセタ。
その手にするのは、"かっこう”が持つ銃とは比べ物にならないほど原始的な武器。
投石器。
しかしハミュッツ=メセタが使うとき、それは最大射程35Km、最高速は音速の5倍を超える。
そして触覚糸。
触覚、聴覚、視覚を備えた不可視不可触の糸を、ハミュッツは放出する。
魔法としてはそれほど特別でもない。だがハミュッツのそれは限界距離50km、本数百億本。
ひとつの町を包むことさえできるその能力で、はるか先にいる"かっこう”の動きを完全に把握する。
もはや目をつぶっていてもハミュッツは"かっこう”を捉えることができる。
触覚糸を操り、数Km、数十Km先の相手を精密狙撃する、"最強"の武装司書。

絶望的なまでの「射程距離の差」が、二人の"最強”の間にあった。

今もハミュッツが放ったゴム弾が"かっこう”に向かって飛んでくる。
手にした銃で手前のゴム弾を撃ち落とす。
続く2発を走り抜けて回避。
確認できていた4発目は盾にした木をえぐる。鈍い音の連続は見えていなかった5発目だろう。
わずかに息を整える。
ためらわず身を低くして飛び出す。6、7発目が木をなぎ倒す。

(嬲ってやがる)
正面に2発。回避することを阻むように左右にも2発ずつ
どうやっているのか分からないが、弧を描いて飛ぶ左右の弾を見れば分かる。
さっき木をなぎ倒した2発。あれは両側から挟みこむように撃つこともできたはずだ。
しかし飛び出す時間を与えるかのように、弾は木に直撃した。
(ふざけ、やがって)
右側2発を叩き落とす。開いた空間に身を躍らせる。
一歩でも、少しでも、ハミュッツに近づくために足を踏み出し――。

――悪寒が走る。

倒しかけた上体を無理やり起こす。その目の前を垂直に拳大の弾が通過した。
本能的に後ろへ下がる"かっこう”の足元を、腕を、鼻先を掠めるように、次々とゴム弾が追ってくる。
強制的に後ろに退がらされる。
そして再び拠点にしていた木立の中。盾となる木が僅かに時間を稼ぐ。
だが、それこそがなぶられている証。
それでもなお。
「ふざけてんじゃねえぞ――――!」
自分の場所を守る。その夢をもって"かっこう”は弾丸を放つ。

「頑張るわねえ」
"かっこう”君だったっけ?触覚糸に映る少年を観ながらハミュッツは呟く。
その間も手にした投石器の回転は止まらず、弾を送る手も止まらない。
訓練ということで全力では無かったが、それでも初弾をかわされたのには驚いた。
続く攻撃も手を抜いているものの、この少年は避け続けている。
はっきりいって、ちょっと信じがたいことではある。
ハミュッツが使っているのは普段より大き目のもの、クレー射撃用に近い弾ではある。
それでも彼は、音速に近い弾を視認し避け続けているのだ。
あるいはこの距離ではなく、もっと近く。そう彼の射程距離に近ければ勝敗は分からなかっただろう。
「ちょっと殺したくなるわねえ」
あくまで、軽く、気楽に、平然と。冗談の欠片もなく口にする。
――が。
「ありゃん?」


転んだ。
疲れか。不注意か。ムシを使っている代償か。
いずれにせよ"かっこう”の足元がふらつき、木の根に躓いて無様に尻もちをつく。
飛んでくる2発のうち、一発は頭の上に外れるが、もともと腹を狙っていたほうに
頭を差し出したことになる。
たとえ銃を間に挟んでも、衝撃は抑えきれない。
(ここまでか)
それでも一縷の望みに賭け、銃と手を軌道上に置く。
目を閉じず、ただ衝撃に備える。

――そして。




結果から言えば、"かっこう”は無事だった。
当たる直前、援軍に来たようこが、「しゅくち」を使い"かっこう”を引き寄せた。
直前まで"かっこう”のいた地面をゴム弾がえぐる。
それは、おそらく、いや。間違いなく"かっこう”を気絶させるだけの威力を秘めていた。

追撃は来ない。
分かっている。
拮抗していた"かっこう”とハミュッツの力。
それを崩すだけの援軍が来たいま、ハミュッツがこだわる理由は無い。
逃げる。
あっさりと。
"かっこう”が守るこの場所など何の価値が無いというように。
何度か見たことのあるハミュッツ=メセタの顔。
その顔に浮かぶ嘲るような笑みが、『あの女』に重なる。
「くそっ!」
力を込める。
超常的な力を与える代わりに、夢を喰らう"虫"に。
『あの女』と同じ「始まりの三匹」の一人につけられた異形の怪物に。

「くそったれ――――!」
"かっこう”薬屋大助の放った弾丸が、白い軌跡を残して空を射抜く。


「あらら、なんだか有り余っちゃって。若いわん」
「本当よねえ」
教師側の補給係、運び屋オリアナ=トムソンから補充のゴム弾を受け取りながらハミュッツは言う。
その背後では、"かっこう”の放った弾丸が空に軌跡を残していた。
「ん、もう。暴発しちゃって。ちゃんとお相手してあげないからよん」
「んー?もう十分相手してあげたわよう」
それにねえ、とハミュッツは続ける。
「何が一番怖い相手なのかってのを、ちゃんと教えてあげたわよお」
疑問を浮かべるオリアナを見ながらハミュッツは考える。
もし、オリアナと敵対したら?
彼女は逃げるだろう。運び屋が本分とかでは無く。
勝てないなら逃げる。そして力を蓄える。足りなければ仲間を集める。馬鹿のように向かってくるのでなく
伝え聞く彼女の性格ならそうする。そしてそれが一番手強い。
「殺しても生き続ける。一時逃げても何をしてでも、目的を達する。そういうの一番怖いのよお。貴女みたいに」
「うーん、貴女の相手は大変よね。お姉さんじゃ体が持たないわん」
わずかに汗をにじませ応えるオリアナから、ポケットに弾を入れるフリをして目をそらす。
強力な魔力の気配。顔を上げると、既にオリアナの姿は無かった。
「だめよう。そんなに鮮やかに消えちゃ。それじゃ…」
追いかけて殺したくなるじゃない。その言葉は飲み込んで歩き出す。

行くところはいくらでもある。
飲み込んだ言葉のかわりに歌を口ずさむ。
曲名は《殺したいほど、愛してる》。
「Imagines. Tomorrow when you are lost.」
ここに、この学園にきて憶えた曲だ。
よくこの歌を呟いていた死にたがりのガキは気に入らないが、この歌は好きになった。
ハミュッツ=メセタは此処が好きだ。何故ならここなら、あるいは、ハミュッツを――。

♪I Love you. Loves, so that want to kill.

殺せるかもしれないから。


CAST

  • ムシウタ
薬屋大助

  • 戦う司書シリーズ
ハミュッツ=メセタ

  • いぬかみっ!
ようこ

  • とある魔術の禁書目録
オリアナ=トムソン

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最終更新:2007年02月18日 13:02
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