コンコン。
「ういうい、どうぞー」
「失礼いたします」
ゆっくりと扉を開け、エーネウスは主の書斎に入る。
「お飲み物をお持ちしました」
用件を告げながら、片手を動かして軽く机の上をかたし、カップを置くスペースを作る。
その間も主の手は止まらず、瞬く間に白い紙の一面が埋め尽くされていく。
エーネウスの主、佐久間栄太郎。
魔法使いとしても名高い彼が、それほど熱心に書き連ねるならどれほどの高度な魔法理論かと
魔道を学ぶものなら興味を引かれるところだが…。
「新作のプロットですか」
「おう。今度のイベント、流石にコピー本だけというわけにはイカンしな」
エーネウスがてきぱきとまとめていく紙に描かれているのは、獣耳の女の子。
それもかなりきわどい衣装のイラストやラフスケッチ、設定、書割。
ある意味、別の冥府魔道を追求している。
「ま、年末のサバトに比べたら、ぜんぜん修羅場でもないんだけど…お?」
一旦、手を止め、湯気の立つカップに口を近づけた時、栄太郎はいつものコーヒーと違う匂いに気づいた。
「お疲れかと思い、甘いものを」
「別に疲れは…ああそうか、今日は。ふーん、へー、なるほどね」
からかうような栄太郎の声に表情は変わらぬまま、エーネウスの頬が僅かに赤く染まりピクリと耳が動く。
それを楽しそうに見ながら栄太郎は、チョコドリンクに口をつけた。
「んー、しかしエーネはこんなことを回りくどいことしないで、直接渡すと思ったんだけどな」
「ええ、ですが、一緒に作りたいという方がいらしゃいまして。たまにはこういうのもよいかと」
ふーん誰と何気なくたずねる栄太郎の問いに、返ってきた答えは意外な名前だった。
チェルノボーグ。
学園でも厳しい無口な女教師。というよりモレク教頭を「黙れ、痩せ牛」「もっと威厳を持て」など
叱咤し、時には蹴りまで入れるくせに影では心配する重度のツンデレさんとしての彼女のほうが
よっぽど、有名かもしれない。
「ふーん、へー、ほー。チェルノボーグ先生がねえ。…それは是非見てみないとな」
おもむろに透視の呪文を唱えだす栄太郎。生じた魔法の鏡を武器付モップ『デスキン』で粉砕するエーネウス。
「覗きはよくありませんが」
「いやぁ、エーネと一緒に作ったて言うからさ。彼女もメイド服なのかなー、って気になっただけで」
「いえ、流石に服までは…。でも、そうですね」
台所に立つチェルノボーグの姿を思い出す。
不釣合いに大きな右腕を押さえ、慣れぬ手つきで鍋にお湯を張り、チョコを溶かすチェルノボーグ。
いつもの無表情で鍋の中身を混ぜるチェルノボーグだが、実は緊張しているのかもしれない。
台所に立つのもひょっとしたら初めてなのかもしれない。渡す時どう切り出すか悩んでいるのかもしれない。
けど。面と向かってはつっけんどんにしか渡せないだろう彼女も、今、モレクのために準備をするその時だけは。
「とても嬉しそうでした」
エーネウスの返事を聞いた栄太郎は、しばらく空を見つめると再び呪文を詠唱し、同じように阻止される。
「だってさー、あのチェル姐さんとモレク教頭だぞ?どーせ教頭は全然気づかずボヘヘーンとしてんだろうけど
チェル姐さんがさっきのエーネみたく、ひっそり頬を染めてるとことか見たくね?」
それは、と言葉に詰まるエーネウスの隙をみてまた呪文を唱える栄太郎。
三度デスキンを振るうエーネウス。ただし今度は栄太郎の頭に向けて。
「栄太郎様」
ぶー、何だよケチーと不平をたれる栄太郎だが、流石に頭にデスキンをブッ刺して血をドクドク垂らすのには
懲りたのか、おとなしくチョコドリンクをすする。
できれば、こんな主とは違ってモレクがきちんと褒めてくれることを願うエーネウスだった。
……
…
「お気を使わせて申し訳ありませんチェルノボーグ殿。ふう、甘くて温かくて、美味しいですねえ」
CAST
佐久間栄太郎
エーネウス
最終更新:2007年12月09日 22:43