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BGM補正三倍

「お嬢ちゃん、あ、そ、び、ましょ~」
ヒャハヒャハと下品な笑い声が校舎にこだまする。
そこはかつての学び舎。
度重なる騒動ですっかり老朽化した校舎は、移転後も起き続ける騒ぎのせいで未だ取り壊しの
日取りも決まらずそのままの放置されていた。
そうなるとそれなりに設備があり教師の目の届かないこの場所は、不良たちのたまり場として
『旧校舎』と呼ばれ、恐れられるようになる。

そんな危険区域で。
一人の少女。マチヤ・マティアが数人のチンピラに囲まれていた。
長い黒髪と黒い瞳。黒いケープを羽織った黒一色のいでたちの中、その顔だけは驚くほど白い。
冷たくかたい表情だが、マティアの様子に怯えは見えない。
「さあて脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」
ただ、『相棒』から貰ったケープに触れられるのは耐えられず、掴んできたチンピラの手を振りほどく。
その勢いのあまり、バランスを崩すマティア。
倒れかけたその体をを支える一つの手。
「ぁんだぁ、てめえぇ」
突然現れた男に向かってマティアに振りほどかれたチンピラがすごむ。
その罵声にひるむことなくマティアを支える手。
信頼する『相棒』が、その手が、必ず来ると信じていたからマティアは怯えずにいられる。

マティアを受け止めた手が視界をさえぎる。これからおきる惨劇は見せたくないというように。
それを感じ、静かに目を閉じてなすべきことに集中する。
マティアにできること。それは。

『神曲』を奏でること。



マチヤ・マティアは神曲楽士である。

神曲楽士。彼らは自らの『魂の形』をさらけ出し音を紡ぐ。、
神曲と呼ばれる調べは精霊たちに歓喜と力を与え、代わりに彼らは楽士に力を貸す。
マティアもまたその得がたき才能の持ち主。
それも、ただ一つのブルースハープで行えるほどの。
通常、神曲を奏でるには単身楽団≪ワンマンオーケストラ≫と呼ばれる特殊な楽器が必要といわれる。
けれどもマティアの類まれなる才能はそんな常識を打ち破り、唯一つの楽器が複雑な音と調べで
マティアの魂のありようを伝える。

それはブルース。

「クソがァ!」
「なめてんじゃねえぞ、ゴラァ」
ボキャブラリの少なさを誇示するような罵声。飛びかかる体を叩き伏せる拳の唸り。
それすらも背景として奏でる、静かな、哀しい、ブルース。

「チッキショォォォ」
「こいつ、強ぇえ!」
無頼の男が酒場の隅で、歯を食いしばり、喉の奥に号泣を呑み込みながら、
それでも肩の震えを隠しきれずにむせび泣いているような、そんなブルースだ。

(いつもと違う……)
それは目を閉じているせいなのか。そのためらいもまた一つの音となって、マティアの魂を映しだす。
マティアの曲に混じり、聞こえてくるうめき声は全て不良たちのもので、そう少しでそれも聞こえなくなるだろう。
そんな流れを引き裂いたのは、カン高い銃声と悲鳴じみた声。

「動くんじゃねぇぇぇ!」

けれどもマティアも銃を向けられた彼も怯まない。
なぜなら、その悪意に告げるべき、立ち向かうための信念があるから。
その言葉をマティアは聴く。

(罪ってぇのはよぅ)
「……俺の前で」

(償い時ってぇがぁ、あるもんだぁ)
「銃を使うんじゃねえ……」

……
…………あれ?
思わず、マティアの演奏が途切れる。代わりに響くのは音の乱れを引き金にした銃声の音。
目を開いたマティアが見たのは、黒い大きな背中。
そして銃口の前にかざした手。
信じがたいことに男は、その手のひらで銃弾を受け止めたらしい
全身をボディスーツのようなもので覆ったその体は、マティアだけでなく一般的にみても十分屈強だが
彼女の契約する精霊、2m半近い体のマナガに比べればまだ小さい。
おどろくマティアをの目の前で、不良どもを叩きのめし手早く縛り上げ振り向いた顔も、
当然マティアの見覚えの無い顔。

それが葛原宗司だった。

「おい、怪我は無いか」
葛原にそう声をかけられ、え?あれ?とうろたえるマティアが辺りを見回すと。
「マティア、大丈夫か!?」
「マナガ!?」
さっきまでそこにいると思っていた相棒、マナガの巨漢が息を切らし黒いコートを翻して
ようやく曲がり角から現れた。
「いやあ、助かりました」
マティアの無事を確認するとマナガは2m半の巨体に大げさな身振りを交えながら、
訳が判らぬ様子の葛原に説明を始めた。

「なにしろ、私ゃこの図体なもんでしょう。なもんで、途中の路地でコートをひっかけちまいまして。
 ようやく外せたと思ったら、今度は相棒がいない。いや、もう驚いたのなんのって。
 落ち着いて探しゃあ、すぐわかったんでしょうが、私も泡食っちゃいましてね。
 マティアの演奏が聞こえたんで駆けつけたんですが、おたくがいなきゃホントどうなっていたか」
そういって深々と頭を下げる。
「いや、たまたま通りがかっただけだしな。運がよかったんだろう。それより……」
なんでこんな物騒なところに?と葛原は思ったことをそのまま口にする。
「ああっと、そいつぁちょっと……」
「申し訳ありませんが。捜査に関わることなのでお答えできません」
率直な葛原の質問に、マナガは困ったように頬をかき相棒の様子を伺う。それを受けてマティアが答える。
小さな少女の、その言葉に葛原は違和感を覚える。
「捜査?」
「あいやあ。こいつは申し遅れました。実は私ら警察で。私ゃ、精霊課の警部補をやらせてもらってます、
 マナガリアスティノークル・ラグ・エデュライケリアス。長いんで、マナガと呼んでもらって結構ですよ。
 で、こっちが相棒の……」
「マチア・マティア。精霊課の警部です」
マティアが小さな手にした黒い手帳と同じものを、マナガが指二本でちょこんとつまみながら葛原に見せる。
「いやあ、すみません。ウチの秘密主義についちゃあよく言われるんですがね、私らじゃどうにもこうにも。
 しかし葛原さんこそどうしてこんなところへ?」
「俺は……最近、この辺りの風紀が乱れだしたと聞いてな。自警団と時々見回っているだけだ」
「そいつぁ、また。ご苦労様です」

ひとしきり当たり障りの無い言葉を交わし、それじゃと手を振ったマチヤの小さな姿が
角を曲がる。
「あ……」
マティアの姿が消えかける直前、葛原から声が漏れる。
その声に足を止め、何か?というようにマティアが葛原のほうに向き直った。
「いや、その」
自分でもなぜ呼び止めたか判らな、いや、判っているがその思いを上手く言葉にできず
言いよどんだ挙句、ようやく葛原は言った。
「その……いい曲だった」
そんな無骨な賛辞の言葉にマティアは表情を変えることなく、僅かに頭を下げる。
その背中を押して、マナガが先を促す。
こんどこそマティアの姿が見えなくなり。
「あ、そうそう」
続いて曲がりかけたマナガが足を止めた。
「さっきも言いましたとおり、この捜査はまだ公開できませんので」
その岩のように太い首の辺りをトントンと叩きながら葛原に告げる。

「そちらの相方さんにも口外しないよう。そこんとこお願いします」
思わず襟に隠した通信機を押さえる葛原を尻目に、マナガの姿も角を曲がって消えていく。

それから。必要な聞き込みを終え、ようやくマナガとマティアは帰路につく。
渋滞に巻き込まれたマナガの愚痴はいつもより多く。
「まったく。さっきからちぃとも進みやしない。こんなんじゃ何時帰れるか……」
「……マナガ、さ」
そんなマナガにおずおずとマティアが声をかける。
「怒ってる?」
「んー? お前さん、突然何をまた」
努めて平静な声で返すマナガ。
「じゃあ……」
続く言葉を予想し、僅かに身構えるマナガ。
「……ごめん」

「あの人に神曲を弾いちゃった。。マナガと間違えて。あの人とマナガ何処か似てたけど、でも……」
「そいつあ、違います」
予想外の言葉。マティアの弁解をさえぎってマナガは言う
「怒ってるのは、お前さんのせいじゃない。私ぁ、あそこに居なかった私自身に怒ってるんでさあ。
一緒に動くパートナーだってえのに、それができなかった自分にね」
「でも……あ、うん。そっか。そうだったんだ」
あの時感じた違和感は、二人の違いはそれだったのだとマティアは気付く。
「危険でも残酷でも、事件ならマナガはあたしを置いていったり隠したりはしない」
ひとりで納得し始めたマティアに、マナガのいかつい顔に不釣合いな小さな目が、きゅうっと細められる。
「当然でしょう。何しろ私達ぁ……」「だってさ、あたしたちは……」

「警官だ」

きれいに二人の声がハモる。顔を見合わせ、やっぱり二人同時にプッと噴出す。
重苦しい帰り道。ようやく二人に笑顔が戻った瞬間。
「でもさ、マナガ。やっぱりヤキモチ妬いてたよ」
「な、なにょおぅ!」
不意打ちに思いっきり噛んだ。


同じ渋滞の中。
「くーず!くずくずくずくず!ヒハハハハハ!!あーもー、も一つおまけに葛ってばよー!!!」
ぶるぶる電波の青いワゴンの中で、葛原は思う存分相棒のケリーに罵られていた。
「何これこれ何?進まね進みやしねーせっかく特ダネになりそうなだったのにィあっさりばれる
葛原がワリィ全部悪いぞこのクソカスマヌケのコンコンチキのトンチキ野郎――」
「黙れ。口外するなといわれたんだ。そうするしかないだろうが」
「あーんだよぉ。ノリ悪ぃ。マジで。マティアちゃんにイカれちゃったのかよぉ。このロリコン」
「なっ、ケリー手前ぇ」
「おーおーおー怖ェー。ヒャハハ! オッケー、葛原君がノーマルなのは俺の体がちァあんと知ってるゼェ」
ほりほり、とボタンを一つもかけていないYシャツの下、何故かビキニに包まれた胸を強調してくるケリーに
うんざりしたように、葛原は目を閉じてシートに体をもたれさせる。
その横顔を眺めケリーが、あーもうとガシガシ頭を掻いた。
それからおもむろにハンドルから両手を離し、葛原の顔をがっちりと両側から挟みこむ。
「おい、何を……ングぅ」
「……プハァ!ったくよぉ。警官に未練があるわけじゃねえ、だろ?」
突然キスされたことよりも、ケリーの言葉に驚いた顔の葛原に。
「今更、何を今更だよ。葛原」
ヒーハハハハハと、ケリーが憂鬱全てを笑い飛ばしながら言う。
「葛原はさぁ、望んでここにいるんじゃん。前にもいったじゃん。やりたい事をやれよって。
ヒハハ! いいじゃん、警官だろうと教師だろうと何なら元警官だって、何だっていいじゃん」
真正面から、口調は軽く、けど真剣に。

「もっと簡単にいこうぜ、くーず」

ヒャハハと笑う相棒の言葉に、今度こそ完全に目を閉じ動き出したワゴンのシートに身を預ける。
ゆっくりとグローブをはめた手を握り、また開きながら、葛原のまずやるべきことは。
「すまん」
とりあえず、謝ることか。

「素直だねー。そーそー、それでいいの。それでこそあたしの好きな葛原ちゃんだね!
 んーもう、<学園を護る不殺のヒーロー、ただし活動範囲は幼女の近く>みたいなっ!!」
おもわず跳ね起きた葛原は、車の天井にぶつけたでかい瘤ができるハメになる。


CAST

  • ポリフェニカ・ブラック
マチヤ・マティア
マナガリアスティノークル・ラグ・エデュライケリアス

  • 越佐大橋シリーズ
葛原宗司
ケリー・ヤツフサ

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最終更新:2007年12月09日 22:46
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