上は洪水、下は大火事、コレなーんだ?
昔から、少なくとも俺が小学生の時代からは存在していたなぞなぞの定番であるこれの答えを知らぬ者は恐らく存在しないと思える。
ちなみに正解は風呂……英語で言うとbath。同じ発音のbusという単語と掛けた殺人予告が探偵刑事ドラマにも登場したことがあったあの風呂だ。
今時床の下でわざわざ火を焚いて湯温を保つタイプなんざアウトドアのドラム缶風呂ぐらいしか思い浮かばないのだが、何故このなぞなぞが未だに生き残っているか甚だ謎である。
ちなみに俺の横で、シャンプーを終えたのは良いが何故かリンスだけが空っぽの状態にあることに「不幸だー」等とみみっちいことをほざいている、上条当麻という男も同意見であるらしい。
この男の場合は小学校から現在に至るまでそのほとんどの生活を既存よりも20年は進んだ科学を持つ学園都市で過ごしてきたと言うのだからそれだけ言葉の重みも増すという物だ。
「こうしてこの手のなぞなぞもどんどんと様変わりしていくのだろうさ」
「成る程……武器や兵器と同じだな。射程距離や命中精度の常識は数年も経てば尽く塗り替えられているものだ」
「いきなり血と硝煙の香りが漂ってきたなオイ、つうか誰かリンス貸してくれ」
「ハイこれ。でもそのなぞなぞを知らなそうな人ってうちの学校に結構多くない?」
お前の嫁の事かそれは?
確かにあの新感覚日本刀アクション幼児体系少女はその手の問題に疎そうだ。いや、憶測なのだが。
そう言えば、長門のやつもそういった類の問題にはあまり精通していない気がする。いや、これもまた憶測なのだが。
「何言ってんだよ、シャナとはそう言う関係じゃなくて!」
「と言うことは未だに二股か……いい加減どっちかに絞り込めよお前は」
「……キョンに言われると妙に悔しいのはなんでかな?」
「よく分からん」
「そろそろ一発決めないとダメなんじゃねぇのか? フラフラすんのは男としてどうかと思うぜ?」
「……上条に言われると妙に悔しいのはなんでかな?」
「よく分からん」
さて、俺達は銭湯に来ている。
「何だそりゃ」だとか「説明が短絡すぎる」等という発言には返す言葉もないが、「どうして銭湯に」と言う質問になら答えることができる。
一言で綴らしてもらうと“諸事情”のため。
頭痛に耐えて長文で述べるなら、どっかの馬鹿が夜の鍛錬中に足を滑らせてベランダに落下、ソレを敵襲と勘違いした二人目の馬鹿がマシンガンを乱射したところ、風呂を沸かすための大型ボイラーに命中して大破させた。
三人目の馬鹿がその騒動に慌てふためいた果てに、どういう経緯かは知らないが風呂に通じる水道管だけピンポイントに根こそぎ破壊しながら「不幸だー!!」などと言って寮全体を巻き込んだ大惨事を引き起こしたせいだ。
設備自体はすぐにお抱えの修繕部隊によって修理されたのだが、点検やら何やらで大浴場から個人の部屋風呂に至るまで、一切の浴槽に湯が満たされることは今日中にはないらしい。
それにしても、事の顛末の首謀者と知り合いな気がするのは俺の勘違いかね? さっきから頭の中を祭礼の蛇とか少年軍曹とか駄フラグ野郎という意味不明な単語が飛び回っているんだが。
具体的には今俺の横で石けんを擦っている奴らが怪しいな。
「しっかし銭湯なんてあったんだなぁ。普段は使わないからすっかり忘れてたぜ」
「肯定だ。広い湯船に浸かりたければ大浴場に行けばいいからな」
確かにそれは言えている。
と言うよりも、学園所有の銭湯があること自体が根底からしておかしな話なのだが、そこは気にしないことにする。何せ飛行機発着場や兵器格納庫まで所有しているくらいだ。別に公衆浴場があっても困りはしない。
今大事なのは、忘れ去られていた銭湯の存在であって学園の理解不能な設備充実度ではないのだ。
だいたい、戦艦を保有している事を咎められないのならサウナ付きの浴槽施設があったって問題は無いに決まっている。
「そういえばさ、宇宙人専用の温泉旅館もあった気がするんだけど」
「あ~そんなのもあったあった。何だっけ? “時の湯”?」
「違う“宙の湯”だ。最近月刊誌に進出したからと言ってそっちのネタをもちだすんじゃない」
「その月刊誌云々については理解しかねるが、話を聞く限り君はその湯屋について詳しいのか?」
詳しいって程じゃない。
ただうちの読書好き万能宇宙人がたま~に利用しているらしいから頭に残っているだけさ。
会話の流れの中に偶然の産物的に出てきたから変に記憶されているというわけだ。
でなければ宇宙人専用の温泉施設なんて一生知る事もなかったに違いない。
まぁ、そんな施設の噂をあの100キロワットの団長が嗅ぎつけない分けがないはずで、近々探りを入れることになるにも違いないのだが。
頼むからこれ以上厄介事を持ち込まないで欲しいな、いやマジで。
せめて今この瞬間だけでも平穏を感じておくのが一番賢い選択肢だろうよ。どうせまたどんちゃん騒ぎが起こるに決まってるんだ。
それはさておき、いずれ壊滅的打撃を被るに違いないとは言えこの銭湯、忘れ去られていた半幽霊施設のくせに随分と綺麗さっぱりしているものである。
埃臭い古書・魔導書といった得体の知れない書物の埋蔵された図書館や機械油と火薬の臭いが染みついた全戦況対応型格納庫と比べると、壁やタイルにカビ一つ存在しないこの空間は随分と清潔に見える。
それ以外はいたって普通なのがまた良いところだ。どっかの魔女婆が経営する所みたいにでっかい風呂釜があるわけでもないし、何処ぞの宇宙皇女の婿が預かる所みたいに円盤が突き刺さっているわけでもない。
どっかで責任者が気の迷いを起こしたとしか思えない他所と比べると余りにも普通だ。普通すぎて心が打たれるぜ。
客層に関しては似たり寄ったりだと言えるが、せめて何も起こらないことを祈ろう。猫耳メイドはともかく顔無しはシャレにならん。
「まぁいいじゃねぇか? 風呂に気持ちよく入れて何か損するってわけでもねぇし」
「……そりゃそうだが」
「ゆったり何事もなく入れたらもっと良いんだけどね」
「肯定だ………そういうわけだ。そろそろ良いか?」
どうぞ。と俺、上条、坂井の言葉が重なると同時、湯船の中から姿を現した防水加工済みの拳銃が発砲音を轟かせた。
放たれたゴム製の弾丸が、先程からコソコソと風呂の壁をよじ登ろうとしていた非道く目障りな不逞の輩達を次々と打ち落とし、潰れた蛙みたいな声と共にその姿を晒させる。
まるで叩き潰された黒くてテカテカしててむやみやたらに俊敏でしぶとい正月の大掃除で駆逐したアレの様にタイルの上に落下する野郎共。さらけ出された素顔は、当然だが見たことのある面ばっかりだ。
ちなみに姿もオープンだが下の方も全開である。誰か早く隠してくれんもんかね、現実世界にはモザイクもかからんしフライパン要員も存在せんから期待はしてないが。
「あれってトリステインの水精霊騎士団の面子じゃねぇのか? てことは主犯は平賀だなこりゃ」
「いや、あそこにいるのはどう見たって佐藤と田中だよ。ついでにクルツさんとか、小野とか青髪ピアスもいる」
「川平啓太に副会長閣下、飛場竜司、土御門元春……弾が足りんな、武器を変えるとしよう」
「すげぇな、エロキャラの見本市だ。それと毎回思うがお前は何処にアサルトライフルなんて物を隠していたんだ、相良よ?」
そう言いつつも直ぐにでも湯船から離脱できる準備を進める俺もそろそろあっち側に染まってきたと言えよう。
まるで蠅叩きを見つめるが如く静観していてもかまわないのだが、障害はぶちのめしてでも取り除くことを当然とする我が校の生徒達の凶弾がこっちに向く可能性もなきにしもあらずなのだから。
ほら、その証拠に隣の湯船が妙に渦巻いたかと思うと吹き上がって鎌首もたげてやがる。
犯人は宇宙人か超能力者か魔法使いか……いや、案外ミュータントの類かもしれん。ちなみににどれでも逃げることには変わりないから深く考える必要は皆無なのは言うまでもない。
「風呂は命の選択とはよく言ったもんだ!」
「洗濯じゃなくて?」
坂井と一緒に上条を水柱の方に投げ飛ばし、湾岸戦争を生き抜いた兵士もかくやというスピードを持って、水柱が上がったのとは反対に位置するジャグジー風呂に全速力で飛び込み移る。
「またこのパターンですのね!!」とテレポートツインテールみたいな口調で叫びながら水流の向こうに消えていった上条に二秒間だけ冥福を祈りつつ、ランボーを頭に思い描きながら鼻から上だけを水面から出すことで状況確認。
同時に「コイツ等はアホだ」と言うことを再認識した。
自分の彼女の裸を見られかけたという事実に気付いたことで覗き組が仲間割れを起こしたらしく、いつの間にかバトルロワイアルが始まっていたのだから俺の認識は間違っていないと胸を張れる。
平賀が珍しく本気でぶち切れてるし、副会長も何やらオーラみたいなのを発している。土御門は例の妹が向こうにいたらしく、割と本気で殴りかかっているので近寄らない方が無難だろう。
それだけならばまだ問題は無い。無いと言い切れる辺り自分の感性の変化に憤りを感じるがまだもんだいは無いと断言できる。
しかしながらこれだけの騒ぎを起こしておいて、ある意味こっちよりも遥かに恐ろしい女湯の皆々様に情報が伝わらないわけがあろうか?
断言しよう、絶対に無い。
絶対防衛戦線……最後の砦、または文字通りの最大の壁とも言える男湯と女湯の境界壁を跳び越え、不思議パワーによる幾つもの攻撃が、まるで雨霰の如く降り注いだのだ………俺達の側に。
ふむ……これは落ち着いて状況を見極める必要があるな。
「ちょ、コレヤバイって!」
見れば分かる。
「ど、どうしてバレたのかにゃー!?」
そりゃあこんだけ騒いでりゃな。
「退避! 退避ーー!!」
何処へだ。
ゴメン嘘、やっぱ無理だ。
ここへ来てもうすぐ一年が経つが、この赤兎馬の上でムーンウォークのポーズを取る呂布の様な予測及び理解不能の流れには一向に慣れることができん。落ち着く余裕なんて持てるか。
もはや定番となったが言わせてもらおう、やれやれ………。
「溜息をつくのはまだ早いよ」
「俺達にはまだ最後の手段が残っている」
坂井と相良か。二人とも無事で何よりだが、お互いの生存を祝う前にその最後の手段とやらを聞かせて欲しいな。人がせっかく無理矢理締めようとしたのを妨害したからにはそれなりのものであることを期待しておこう。
もっとも、このハルマゲドンさながらの状況を一発で解決できる方法があるなんてそうそう思わんが。
「案ずるな。君も知る最も効果的な、ある意味
特効薬に近いものだ」
「こういう場合のオチはね、パターンが大事なんだよ」
「………成る程」
アイツか。という俺の言葉と同時に、俺含む三人の眼が一人の男へと注がれた。
確かに相良の言うとおりだ。例えるなら特効薬、しかも即効性で自爆型だからこっちの被害も最小限というわけか。
しかしそれはある意味投げっぱなしとも言える、お約束的且つ無理矢理感に溢れたものである。
知ってるか? 度を超したワンパターンは怒りに繋がるんだぜ? ピン芸人が一部例外を除き何時までも続かないのはその為さ。
まぁ、だからといってこの案を否決にするかと言えば………Noだがな。
さぁて……この幻想を終わらせに行くか。
「よう、お前等生きてたのか………って、あの~皆さん何で俺に黙祷を捧げてるんでせう? え、ちょ、また投げんのかよ!? しかも女湯に狙い定めてる!? 待て待て待てそれは流石に」
「また会おう」
「僕は、上条を信じてるよ」
「お前ならきっとできるさ。何たってお前は」
せーの。
『上条当麻だから』
「シャレにならないんだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫と共に上条が壁の向こうに消えた瞬間、女湯の方から悲鳴と共に先程よりも一層激しい攻撃音が鳴り響く。
さらば上条。せめて戦闘停止した男湯側の全員が銭湯から逃げ切るまで時間を稼いでくれ。
「さぁ皆、逃げるぞ!!」
ここぞとばかりに一斉に撤退を開始する男達。
壁の向こうからは悲鳴と爆音、そしてお約束の台詞。それをBGMにできうる限り迅速に着替えを行いつつ俺はふと思った。
こうなるんだったら別に覗きを放置しておいても良かったのではないか?
まぁ、女子達も大勢に見られるよりは一人に見られた方がまだマシだと思っておこう。でなけりゃアイツの犠牲が無駄になる。
例えこの後、恋人の裸を見られたという名目でここにいる奴ら含めた男子からの制裁を上条が受けることになろうとも。
そう、どのみちこうなる運命だったんだよきっと。
「不幸だぁぁぁぁあぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
やれやれ、後でジュースでも奢ってやるか。
「アンタ女湯に突っ込んでくるとは良い度胸してんじゃない! あたしが天誅を下してやるわ!!」
「か、かかか上条君、ななな何でこっちに来てるんですかぁ!?」
「……………」
前言撤回、やっぱ後で殺す。
CAST
キョン
上条当麻
坂井悠二
相良宗介
最終更新:2007年12月09日 22:47