シェアード・ワールド・ノベルズ 妖魔夜行 魔獣めざめる 著者/伏見健二、高井信、山本弘 イラスト/青木邦夫 角川スニーカー文庫
収録作:半妖怪のチェイス(伏見健二)、歪んだ愛情(高井信)、魔獣めざめる(山本弘)
- 365 :妖魔夜行:2011/02/15(火) 00:39:44 ID:EaAHoKBs
- 「妖魔夜行 半妖怪のチェイス」 伏見 健二
例によってうろ覚え。
生まれたばかりの新米の妖怪、金井堂花。彼女は『お釣り妖怪』である。
「お釣りを間違って多めにもらって得しちゃいたいな」
というささいな欲望や
「お釣りを間違って多くわたしちゃったよチクショー」
というささいな後悔、
「お釣りを間違って多めにもらったのに黙ってもらっちゃった……恥ずかしい」
というささいな罪悪感など、
お釣りに関わる“想い”が積もり積もって生まれた妖怪だ。
しかしただでさえ生まれたての妖怪は比較的弱いのに、
金井堂花の元になった“想い”はあまりにショボく人間臭いものだったため、
気も力も弱い、殆どただの女の子、
まともな妖怪とも言えない「半妖怪」として生まれ付いてしまった。
しかも妖怪はその“想い”に見合った特殊能力を身に着けているものだが、
彼女が現在持っているのは、制御できず強制的に常時発動する
「自分や他人がお釣りの計算を間違える能力」
という、おそらく世界の妖怪の中で最弱の能力のみだった。
将来成長すればもっと他の能力なども持つのかもしれないが、
現状は単に「お釣りに関して異常にそそっかしいだけの気弱な女の子」だ。
彼女は、“想い”からこの世に生まれおちてすぐに「うさぎの穴」に保護された。
そして人間社会に慣れるため、正体は善良な『毛羽毛現』だが
人間の女性として戸籍があり美容室を経営している、神谷聖良のもとで働くことになった。
- 366 :妖魔夜行:2011/02/15(火) 00:42:22 ID:EaAHoKBs
- しかし美容師でもなんでもない金井堂花に、美容室でできる仕事などほとんどない。
『お釣り妖怪』の彼女はレジ仕事を好むため、聖良は堂花にレジを任せてみたのだが……。
「はい、カット料四千円に対し、五千円お預かりします。
お釣り、一万円札二枚ですね。お確かめください。
ありがとうございましたー」
にっこり。
微笑んだ堂花に対し、一瞬目をむいた客は、そのお釣りを受け取って足早に出て行った。
当然、その客と堂花に対し怒りが湧く聖良だが、純真で悪気がない堂花相手には本気で怒ることもできない。
そもそも妖力を発揮しているだけなので、堂花が意図して起こしているわけではないのだ、
堂花を嫌いにはなれないものの、経営にかかる重圧にため息をつく聖良。
とりあえず堂花にはお給料をちゃんとあげた。
帰宅する金井堂花。ちゃんと働かなきゃ、とけなげな思いを持っているが、
彼女が働けば働くほどおそらく聖良は損をする。
公共交通機関を乗り逃がしたので、しかたなくタクシーに乗って帰ることにする堂花。
しかし彼女がタクシーに乗ったとたん、ドアは乱暴にバタンとしまり、タクシーは急発進してしまう。
動揺しながらも行き先を告げると
「チッ、そんなに近くだと、タクシーはやってらんないんだよなあ!」
と怒鳴る運転手。
びびってしまい、すいませんと平謝りする堂花に対し、運転手はひそかににやりと笑う。
実はこの運転手、妖怪『悪徳タクシー』だった。
「目的地が近いと文句を言う」「乱暴な運転」「気弱な客には暴言」「乗車金額を吹っかける」などの
一部のマナーの悪いタクシー運転手の行為に対するマイナスの“想い”や、
ある時期流行った「一人で乗車した女の子を拐わす悪徳タクシーがいるそうだ」という都市伝説などから
生まれてしまった妖怪である。
- 367 :妖魔夜行:2011/02/15(火) 00:45:14 ID:EaAHoKBs
- 彼もまた所詮「タクシー運転手」であるので妖怪としての強さは人間並。
いわば堂花と同じ半妖怪だが、堂花にとっては十分な脅威である。
道をわざと間違えて乗車時間を引き延ばす。
違法改造した料金メーターは、スロットのようにじゃんじゃん上がる。
運転手は代金を払えないであろう堂花を、借金のカタに人身売買組織に売り飛ばす算段を始める。
帰りが遅い堂花を心配して探し始める「うさぎの穴」のメンバー達だが、少しの差で間に合いそうにない。
哀れ、少女は怪しい組織に売り飛ばされてしまうのか?
しかし堂花は勇気を振り絞り、「こ、ここで下ろしてください!」と叫んだ。
運転手は異常な高額となった運賃を払えるわけがないと凄む。
しかし、混乱している堂花は「お釣り、いいですから!」と叫んで、今日のお給料を押し付ける。
ここで堂花の能力「自分も他人もお釣りを間違える」が発動する!
運転手は「足りない=お釣りマイナス」を「お釣りプラス」と勘違いした。
しかも人間の“想い”やイメージから生まれた妖怪の性(さが)として、
「お釣り要りません、と言われたらタクシー運転手は喜ぶ」というイメージを反映した人格を持っている運転手は
「え、そう?悪いねえ」とホクホクし、すんなり堂花をおろした。
しばらくして、泣いている堂花を保護した聖良はほっとしつつ、
「最弱の能力でも役に立つことがあるんだなぁ」と感心する。
そして「うさぎの穴」メンバーたちは、よってたかって妖怪タクシーを地獄送りにする準備を始めるのだった。
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最終更新:2011年11月21日 00:32