妖魔百物語 妖の巻 著者/多数(公募作品にグループSNE作家が加筆) イラスト/青木邦夫 角川スニーカー・G文庫
21篇のショートショート集
- 368 :妖魔夜行:2011/02/15(火) 02:07:50 ID:EaAHoKBs
- 「エレベーター」 清松みゆき
「妖魔夜行」のショートショート集「妖魔百物語」に掲載。
正直「妖魔夜行」の話と言うよりただの怪談っぽい。うろおぼえです。
主人公は若いOL。
夕方、やれやれ疲れた、と職場のビルのエレベーターに乗る。他に乗客はいない。
しかし、エレベーターは動いているのに、なぜかなかなか目的階につかない。
おかしいな、故障かしら? と焦るが、そのとき後ろから声がする。
「うわっ、あんた、いつから乗ってた?」
振り向くと、そこには見知らぬサラリーマン風の男が、びっくりした顔でこちらを見ていた。
確実に先ほどまではこんな男は居なかった。
動揺していると、さらにまたエレベーターの入り口側から声がかかる。
「もし、屋上のボタンを押してもらえんかのう」
男とともに驚いて振り向くと、小さな男の子を連れたお婆さんが現れていた。
絶対に、さっきまではこんな人たちは居なかった!
そもそもエレベーターは一度も止まっていないのだ。
言葉を返せない二人に対し、「なんじゃい、不親切じゃのう」とぶつぶつ言うお婆さん。
OLには何もないように見える壁を、何かボタンを押すかのように押した。
サラリーマンは、不思議そうに首をひねりつつ、エレベーターのドアの上の、
やはりOLには何もないように見えるところをじっと見ているようだ。
そこでOLは気づく。
同じエレベーターに乗っているようで、それぞれ他のエレベーターに乗っている?
お婆さんは自分が乗ったエレベーターの壁にあるボタンを押し、
サラリーマンは彼が乗ったエレベーターのドアの上にある階数表示を見ているのだろう。
- 369 :イラストに騙された名無しさん:2011/02/15(火) 02:09:02 ID:EaAHoKBs
- 別々の建物の、別々のエレベーターに乗った者たちが、
なぜか一つの空間に集められ、異常な状況に巻き込まれているようだ。
恐怖感を感じ始めるOL。
そのとき、チーン、と音が鳴り、エレベーターのドアが開く。
OLはサラリーマンに聞く。
「……何が見える?」
サラリーマンは
「……遊園地」
と答える。
そのとおり、そこは地方のデパートにありそうな、うらぶれた屋上遊園地だった。
見える範囲では誰も居ないようだ。
その遊園地に向かって、男の子は嬉しそうにエレベーターを駆け出していき、
お婆さんもその様子に顔をほころばせながら追って出て行った。
OLが乗ったエレベーターがあるビルはオフィスビルであり、こんな遊園地はない。
呆然としている様子から察するに、サラリーマンが乗ったエレベーターの方も
同じようなものなのだろう。
チーン、と音が鳴ってドアが閉まり、エレベーターはまた動き出す。
なかなか次の階に着かない……。
さっきの遊園地で降りてしまえばよかったのでは?と一瞬後悔するOL。
サラリーマンの男も不安そうだ。
しばらくして、またドアがチーンと開く。
今度も、OLにとっては見覚えのない場所だった。
- 370 :イラストに騙された名無しさん:2011/02/15(火) 02:10:56 ID:EaAHoKBs
- 一見するとオフィスビルのようで、エレベーターを降りると廊下になっており
しばらく進むと左に曲がってどこかに続く、という構造になっているようだ。
サラリーマンの男の目的階はここだったらしく、ほっと安心したような笑顔でいそいそと降りていく。
待って、一人にしないで、と言いかけたOLだが、この流れならば、
単純に待てば自分も目的の場所に行けるかもと思い直し、口には出さなかった。
しかし、足取り軽く進んだサラリーマンは廊下の先の曲がり角で左に曲がろうとして、
瞬間、
何か信じられないものを見たかのように、表情を凍らせた。
OLからは角度の問題で、サラリーマンが何を見たのかはわからない。
そのとき、エレベーターはまたチーンと音を立て、ドアが閉まり始めた。
サラリーマンは、顔を強張らせ、猛烈な速さでエレベーターに駆け戻ろうとする。
だが体は間に合わず、片腕だけがドアに挟まった。
普通ならばエレベーターのドアに腕が挟まった場合、ドアは安全のためにすぐ開くはずだが
なぜか猛烈な強さで男の腕を挟んだまま、エレベーターは動き始める。
ドアの隙間から死に物狂いでこじ開けようとしている男の顔が見えていたが、
エレベーターは動きつづけ……
ブツンッ!!
切断部から血を噴出して床に転がる、切断された腕。
動き続けるエレベーターの中で、あまりのことに現実感なくOLはその腕を見つめる。
- 371 :イラストに騙された名無しさん:2011/02/15(火) 02:12:52 ID:EaAHoKBs
- そのときまた、チーン、と音がしてドアが開いた。
ドアの開いた先はOLにとって見慣れたオフィスビル。元々行こうとしていた、目的階だ。
辺りには誰も見当たらない。
だがOLは降りる事が出来ない。
この降りた先は、本当に自分の職場なのか?
あのサラリーマンは、あの曲がり角の先で何を見たのだ?
動けずに立ち尽くすOLに、すぐ横から声がかかる。
「お降りになりませんか?」
ばっ、と横を見ると、にこやかな笑みを顔に張り付かせ、制服を着たエレベーターガールが立っていた。
「お客様のご希望の階ですよ。お降りになりませんか?」
全く何も問題がないかのように、営業スマイルをうかべるエレベーターガール。
しかし、自分は恐怖に慄いて脂汗を流しており、床には千切れた腕が転がっているのだ。
そんな状況で微笑むこの女は、いったい何なのだ?
OLは、エレベーターガールの笑顔に耐え切れず、気絶してしまう。
気づいたときには、OLは仕事場の同僚に助け起こされていた。
エレベーターの中で気絶していたのだという。
それ以来、そのOLはエレベーターには乗っていない。
どんなに目的の階が遠くても、どんなに疲れていても、絶対に乗るつもりはない。
- 648 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:10:02.67
ID:47iBq58F
- >>359-370で妖魔夜行書いたやつです。あれから思い出せた作品を追加で書こうかと。
以前も言ったけど書籍は既に手元に無く、記憶だけで書いているので細かな間違いが大量にあるはず。もしかすると、細かいと言うレベルで無く大幅に違うところもあるかも。
また、よく思い出せなかった話は元が長編でも短くなり、よく思い出せた話は元が短編でも長くなったり。
特に次の話は沢山思い出せたために、やたら長くなってしまった……。あらすじじゃねーなこれ
ですが妖魔夜行に出てくる「妖怪」がどういう存在なのか、自分たちのことをどう感じているのかについてよく現しているエピソードと思うので、長いまま貼らせてもらいます。
- 649 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:10:55.56
ID:47iBq58F
- 「死の壁の向こう側」 山本弘
(「妖魔夜行」のショートショート集「妖魔百物語」に掲載。
うろおぼえ&その隙間を適当に埋めてるので間違いどころか展開が全然違うところがあるかも?
登場人物の名前も忘れているので仮名。)
ある病院に務めるまだ若い看護師、早苗。
彼女は幼少の頃から、人には見えない不思議な「もの」達を見ることができた。
しかし彼女はいわゆる「霊能者」のようにその能力をひけらかしたりはしなかった。
それどころか、見えたとしても極力反応せず、見えることをひた隠しにして生きてきた。
小さい頃はそれらが見えることを親や友達などに話したりしていたが、
周りの人間には自分が見えている「もの」が見えないこと、
その「もの」たちのことを話すと奇妙な顔をされたり、うそつき呼ばわりされたりすることを知ってから、
誰にもそのことを語らなくなっていった。
しかし、彼女が本当に恐れているのは、他人からの奇異の視線などではない。
その「もの」たちである。
- 650 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:11:17.64
ID:47iBq58F
- 以前こんなことがあった。
早苗がある日、真昼間の人通りの多い大きな交差点で信号待ちをしているとき、ふと横を見ると
そこに居たサラリーマン風の男性の肩に、猿を奇怪に歪ませて眼に狡猾な知性を持たせたような怪物が乗っていた。
その男性も、周りの人たちも、誰一人その怪物のことは見えていないようだった。
それは彼女がこれまでに見た「もの」の中でも最も恐ろしかった。
見るもおぞましい醜い外見だったことも恐怖心をあおったが、本当に恐ろしかったのは、
その怪物が怨念と悪意に満ちた、闇そのものといった形相で男性の顔を見つめていたことだ。
彼女は思わず悲鳴を上げそうになったが、あわててその声を押し殺し、
顔を無表情に固めて何事も無かったのように視線をそらした。
「見える」事をその怪物に気づかれたら、どんな反応が返ってくるかわからないからだ。
あの怪物がもし、それをきっかけに自分の肩に乗り換え、あの悪意を自分に向けてきたら……?
彼女はそのとき気づいたのだ。
私は奇妙な「もの」たちが「見える」が、「見える」だけであって何の対処の方法も持ってはいない。
「もの」たちが私に興味を持ったら、何をされるか分からない。
「見える」ことを気づかれてはならない!
それ以来、彼女はありえない「もの」が見えたとしても、それに視線を向けず、表情も変えず、
ひたすら無視をし、いないものとあつかってきた。
そうして彼女は何事も無く普通の人生を暮らすことができた。
- 651 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:11:52.32
ID:47iBq58F
- 早苗が看護師として働いている病院は、老人病院だ。
家では暮らせなくなった病気の老人が入院してくる場所。
中には治って元気を取り戻し家に帰っていく人や、少し回復して病院ではない老人施設に移っていく人も居る。
しかし、高齢のために徐々に弱り、ここで最期を迎えるお年寄りもまた多かった。
人を助けたいと言う気持ちを持って選んだ看護師と言う職業だが、助けられない患者もいる。
それは悲しいことが、最期のときまで彼らがせめて穏やかに過ごせるように手助けすることも
医療者の仕事だと思っている早苗は、弱っていく患者達に心をこめて看護をしていた。
しかしそれだけに、患者さんが亡くなるたびに、早苗にはやるせない気持ちが残るのだった。
ある日、彼女は院内に、見慣れない黒い服を着た青年が居る事に気づいた。
窓辺に佇んで、○○さんという入院患者さんを見ているようだ。
服からしてここの職員でも入院患者でもないから、お見舞いなのだろう。
青年は次の日も、その次の日もその○○さんを見つめていた。
彼女は同僚に、その青年についての話題を振ってみた。
「最近毎日○○さんを見ているあの人、○○さんのご家族の方かな?
話したりすればいいのに、なぜ見ているだけなのかな」
しかし、その同僚は不思議そうな顔で「そんな人居たっけ?」と言うばかりだった。
同僚はあの青年のことを見ていなかった。
その同僚一人だけでなく、看護師の誰に聞いても、一人としてあの青年を見た人は居なかった。
早苗は感づいた。あの青年は私にしか見えない「もの」なんだ……。
それ以後、彼女は黒服の青年を見ないように、視界に入っても視線を向けないように心がけた。
そのうち、高齢だった○○さんは、以前からの病で亡くなった。
すると、青年はしばらく姿を見せなくなった。
- 652 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:13:16.08
ID:47iBq58F
- それからというもの、早苗は病棟内で時々その黒い服の青年を見かけるようになった。
彼はいつも決まって入院患者のお年寄りを見つめていた。
もしも目が合ってしまったらと思うと恐ろしくてよく観察することはできなかったが、
睨んでいたり恨んでいたりと言う悪意のこもった視線ではないようだった。
そのうち、早苗は気づいた。
あの青年が見つめていた患者達は、それからしばらくして必ず亡くなっているのだ。
何日もかけてゆっくりと息を引き取った人も居れば、ふっと蝋燭の火が吹き消されるように急に亡くなった人も居たが、どれも不自然な死に方ではなかった。
だが、人に死を与える存在、もしくは死に際に迎えに来る存在である『死神』というものを連想せずに居られなかった。
邪な感じはしないので、単に仕事として粛々とこなしているだけなのかもしれない。
しかし、患者の死の先触れとなる存在に好感など持てるはずも無く、
彼が目に入るたびに、早苗は嫌な気分にならざるを得なかった。
- 653 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:13:53.45
ID:47iBq58F
- 早苗の担当している患者さんの中に、ゆかりさんという老婦人が居る。
ゆかりさんは認知症をわずらっており、いわゆるボケ老人だった。
一言にボケと言っても、ボケかたは人によってそれぞれだ。
猜疑心を強めてしまって「お金を盗まれた」と言い張り家族との絆を壊してしまう人や、
感情を抑えられなくなりちょっとしたことで怒るようになる人のように、
嫌われるようなボケ方をしてしまうお年寄りもいる。
逆に、いつもニコニコと笑って穏やかに過ごすようになるなど、
人から好かれるボケ老人もいる。
ゆかりさんはどちらかと言うと後者だった。
ゆかりさんは、幼い少女に戻ってしまっている。
お年寄りには少しミスマッチな可愛らしいフリルの付いた服を着て、
おそらく彼女の子供時代の話であろう思い出話を、ついこの間のことのように子供の口調で話す。
いや、彼女にとっては思い出話などではなく、本当に最近の出来事と感じているのだろう。
自分がお年寄りであることも、もう分かっていないだろう。
天真爛漫な子供に還っているゆかりさん。
その様は哀しいながらもどこか微笑ましく、
早苗にとっても何かと親切にしたくなる患者さんの一人だった。
ある日、早苗がゆかりさんの病室を訪ねると、いつもニコニコしているゆかりさんが
珍しく沈んだ顔をしていた。
「ゆかりさん、今日は元気が無いですね、どうしたの?」と早苗が問うと、ゆかりさんは
「わたし、マリーちゃんにひどいことをしちゃったの」といまにも泣きそうな声で話し出した。
- 654 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:15:12.48
ID:47iBq58F
- ゆかりちゃんには、「マリーちゃん」という、いつも遊んでいる仲の良いお友達が居ました。
マリーちゃんの家は立派で、おもちゃもたくさん持っていたので
ゆかりちゃんはいつも羨ましく思っていました。
ある日マリーちゃんは、とても綺麗なお人形をマリーちゃんの部屋で見せてくれました。
大きくて、ドレスを着ていて、さらさらの髪で、お姫様のようなお人形。
ゆかりちゃんは一目見てそのお人形がすっかり気に入ってしまいました。
マリーちゃんに貸してくれるようにお願いしましたが、
マリーちゃんはどうしても、いつものように「うん」といってくれません。
そのお人形をとても大切にしているようでした。
――いつもはどんなおもちゃもお願いすれば貸してくれるのに!
――マリーちゃんばっかりずるい!
ゆかりちゃんはそう思いました。
マリーちゃんのお父さんたちから呼ばれて、マリーちゃんは部屋を出て行きました。
その間に、ゆかりちゃんはお人形を勝手に借りて自分の家まで持ってかえってしまいました。
でも、家に帰ってそのお人形さんで遊んでも、全然楽しくないのです。
夜になってお布団の中に入っても、「お人形さんが居なくなった」といって
泣いているマリーちゃんばかり思い浮かぶのです。
――明日マリーちゃんにお人形さんを返そう。そして一生懸命謝ろう。
眠りかけながら、そうゆかりちゃんは決めました。
でも、お人形さんを返すことはできませんでした。
次の日、マリーちゃんのお家からは誰も居なくなっていたのです。
マリーちゃんのお父さんの急な事情があって、昨日の夜のうちに
どこか分からない場所に引っ越してしまった、と
ゆかりちゃんのおかあさんが教えてくれました。
- 655 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:15:45.81
ID:47iBq58F
- 「マリーちゃん、きっと私のことをきらいになっているわね」
とてもとても悲しそうに、ゆかりさんは話を止めた。
ゆかりさんが子供の頃に実際に起こったことだとすれば、何十年も前のことだろう。
でも、今の彼女にとってはついこの間のことなのだ。
長い長い間ゆかりさんの心の奥底で引っかかっていた記憶が、
幼い子供に戻っていく中で露になったのだろう。
それ以来、ゆかりさんは悲しそうにしていることが多くなった。
「マリーちゃんにお人形さんを返せればいいんだけど」と口にすることも多い。
しかし人形について聞くと、「なくしちゃったの……」と消え入りそうな声で答えた。
数十年経っているのだ。その間には戦争で混乱した時代だってあっただろう。
壊してしまったか、何かの理由で手放してしまったか。
自分が老人になるまでの数十年の記憶の殆どは掠れて消えているのに、
「お人形をなくしてしまっている」ことは憶えているようだ。
それが余計に、ゆかりさんにとって辛いようだった。
早苗は、少しでもゆかりさんを元気付けようと、なるべく彼女の病室に足を運ぶようにした。
またしばらく経てば、その罪の記憶も流れてしまい、マリーちゃんと仲良しだった頃の記憶だけ残るかもしれない。
そう都合よくはいかないとしても、話し相手になることで少しでも気が晴れれば。
早苗がそんな考えを巡らせながら病棟を歩いているとき、例の黒い服の青年が眼に入った。
――またなのか……嫌だ、今度はどの患者さんなのだろう……
そう思いつつ青年の視線の先を追うと、どきりと鼓動がはねた。
――あの窓は、ゆかりさんの病室……。
もちろん、どの患者さんだって亡くなってほしいわけはない。
しかしやはり自分が担当している患者さんには格別の思いがあった。
特にゆかりさんは。今じゃなくてもいいではないか。何もあんなに悲しそうにしているときに……。
- 656 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:16:29.62
ID:47iBq58F
- それ以後、病棟で毎日青年を見かけるようになった。
彼がゆかりさんを見つめていることはほぼ確実だった。
しかし、不思議な「もの」達を恐れている早苗は、青年を視界に入れ続けることすらできない。
数日後、早苗が夜勤シフトの日。
早苗は、ナースステーションでの待機は同僚に任せ、一人で夜の病棟の見回りを始めた。
院内を巡回しながらも、頭ではゆかりさんのことについて暗澹とした思いを巡らせ、ため息をつく。
そのとき……あの黒い服の青年が廊下を歩いているところを見かけた。
これまで見かけたときは、彼はじっと立って誰かを見つめているだけだった。何故今日に限って歩いているのか?
嫌な予感を抱えつつ、彼に見つからないように距離をおいて後をつけるが……果たして、彼はゆかりさんの病室に入っていった。
恐ろしさに震えながらもどうしてもゆかりさんのことが気になり、空いたままになっている入り口から病室の中を覗き込む早苗。
そこでは先ほどの青年が眠っているゆかりさんの顔を覗き込んでおり、彼の手からは今まさに不思議な光が放たれてゆかりさんを包もうとしているところだった。
次の瞬間、早苗は思わず、「やめて!」と叫んで彼とゆかりさんの間に割って入ってしまっていた。
不思議な光に包まれて周りの光景が薄らいでいくなか、それまで無表情な顔しか見たことが無かったあの青年の驚愕の表情が、早苗の眼に映った。
- 657 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:17:06.41
ID:47iBq58F
- 意識を取り戻したとき……早苗は、ゆかりさんとともに花畑の中に立っていた。
様々な季節の花が咲き乱れ、穏やかな風がそよぎ、暖かな光が照らす、とても綺麗で美しいお花畑。
遠くのほうはかすんでいて、どこまで広がっているものか見当が付かない。
夜の病棟から明るい花畑への急な変化に早苗があっけにとられていると、
かすんでいた遠くの方からまだ小さな女の子が走ってきて、ゆかりさんに笑顔で話しかけた。
「ゆかりちゃん!」
その少女を見てゆかりさんはびっくりしたように名前を呼んだ。
「マリーちゃん!?」
少女――マリーちゃん、なのだろう――は、ニコニコと笑いながら、こう続けた。
「ゆかりちゃん、私のお人形を預かってくれてありがとう!」
それをきいたゆかりさんは、とても沈んだ顔になり小さな声で答え始める。
「あのね、マリーちゃん。実は……」
しかしそれを遮るようにマリーちゃんはゆかりさんの胸元を指差した。
「うれしいわ、そんなに大事にとっておいてくれたのね!」
そう聞いて、自分の胸元に眼をやったゆかりさんは驚いて眼を見開く。
ゆかりさんは、人形を抱いていた。
ドレスを着ていて、さらさらの髪で、お姫様のような西洋人形。
しかも新品のようにぴかぴかだ。
「急に引越しになって、家に置いていかなくちゃならなかったから、もう無くなっているとおもったのに!ゆかりちゃん、ありがとう!」
そうお礼を言うマリーちゃんに、ゆかりさんはおずおずと人形を差し出し、受け渡した。
しかし、次の瞬間ぽろぽろと涙をこぼし、マリーちゃんに謝り始めた。
預かっていたわけではなく、勝手に持ち出してしまっていたこと。
どうしてお人形がここにあるのかわからないが、本当はなくしてしまっていたこと。
時々おもちゃを沢山持っているマリーちゃんをずるいと思ってしまっていたこと。
泣き声でつっかえつっかえながら、本当はひどい自分のことをマリーちゃんに伝え、何度も謝るゆかりさん。
その姿は、いつのまにか早苗がよく知る老婆ではなく、マリーちゃんと同じ小さな女の子になっていた。
- 658 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:18:13.11
ID:47iBq58F
- ですが、黙ってそれを聞いていたマリーちゃんは首を横に振って、自分もゆかりちゃんに謝り始めました。
自分にも沢山のおもちゃやこの綺麗なお人形を見せびらかそうという、嫌な気持ちがあったのだから、と。
そして、「二人とも悪かったんだから、仲直りしよう?」とゆかりちゃんの手をとった。
ゆかりちゃんは、涙でぐしゃぐしゃになった顔で嬉しそうに笑って、何度も頷きました。
マリーちゃんは、「ここも綺麗だけど、あっちの方はもっと綺麗なんだよ!一緒に行こう!」とゆかりちゃんの手をひいて誘います。
ゆかりちゃんは最後に涙をぬぐってから、「うん!」と元気よく返事をして、マリーちゃんと手をつないで走り出しました。
唖然としてその光景を見ていた早苗は、このままではゆかりさんが「向こう側」に行ってしまうことを漠然と悟り、思わず引きとめようとしたが……友達と幸せそうに駆け出す彼女にかける言葉が見つからなかった。
そして、ゆかりちゃんとマリーちゃんは笑い声を上げながら綺麗な綺麗なお花畑の先に駆けていきました。二人の後姿は光にまぎれ、だんだん見えなくなっていきました。
早苗がはっと眼を覚ますと、そこは先ほどと同じ、夜のゆかりさんの病室だった。
……ベッドの上では、本当に幸せそうな穏やかな顔で、ゆかりさんが息を引き取っていた。
- 660 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:19:05.71
ID:47iBq58F
- 早苗が放心していると、背後から声がかけられた。
「君のように、僕らを見ることができる人間がたまに居る。先祖に僕らのようなものが混じっていて、時々先祖がえりした子が生まれるからだ、と言われているけれど」
その声に驚いて振り返ると、あの黒い服の青年が病室の中に立ち、感情の読みにくい眼でこちらを見ていた。
早苗は彼に対してどう感じれば良いのか、何を言えば良いのかわからなかった。
ゆかりさんが亡くなったことに苦情を述べればいいのか?
私も殺すつもりなのか、と恐怖に慄けばいいのか?
しかし、結局一番気になったことを口に出した。
「あそこは、天国なの?ゆかりさんはマリーちゃんに連れられて、天国に行ったの?」
そう。もし、ゆかりさんが天国に行ったのならば、そう導いたらしい彼には感謝の念しか持てない。
これから先、亡くなっていく患者さんたちがあの綺麗な場所に行くと思えば、早苗にとってこれほど嬉しいことはなかった。
しかし、その問いを聞いた青年は、初めて表情を顔に出す。残念そうに、眼を伏せてこう答えた。
「……わからないんだ」
当然、早苗はその答えに疑問を持った。わからないとは?
明らかに、彼がゆかりさんをあの場所に導いたのだろうし、これまでも他の患者さんに同じことをしているのではないのか?
青年は、補足するように説明してくれた。もしかすると誰かに話したかったのかもしれない。
- 661 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:20:14.91
ID:47iBq58F
- 彼は、早苗が想像したように、『死神』だ。
しかし、「太古の昔から世界の仕組みに従って使者の魂をあの世へ導く神」などでは断じてなかった。
死神という概念に対してはいろいろなイメージがあるだろう。死者の魂を刈り取る鎌を振るう骸骨と言うのが一般的だろうか。他にも、死すべきものに付きまとう黒いローブを着た青白い顔の男。白い翼を持った不吉な印象の天使。
そして、一部の人間達は「死が近い人の所にどこからともなく表れ、その最後の瞬間に死後の世界へ誘う黒い服を着た不思議な人」というイメージを死神に対して持っていた。
そのイメージが凝り固まって生まれた存在、それが彼。
言わば「死神」の投影像としての妖怪にすぎない。
つまり、あくまで括弧付きの『死神』でしかないのだ。
彼は、「なんとなくもうすぐ死ぬ人がわかる」「死の瞬間の人に、安らかに逝くことができるような光景を見せる」という、自分でも原理すらわからない能力を持っている。
その能力を利用して、妖怪として生まれて初期の頃はただただ本能的に、亡くなっていく人たちに安らかな最期の時を与えていた。
だが、徐々に自意識が芽生えてくるにつれて、疑問を持ち始めた。
自分が見せる光景はただの幻影ではないのか?死後の世界はどうなっているのだ?
……そもそも死後の世界など、実際に存在するのか?
その答えは、結局今まで見つかっていない。おそらく今後も見つかることはないだろう。
- 662 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:21:09.73
ID:47iBq58F
- 「……そう、「死」という壁の向こう側がどうなっているのかなど、僕にも全く分からないんだ。本当に彼らが天国にいっているのかどうかも」
予想外の答えにあっけに取られる早苗をよそに、話を終えた青年は立ち去ろうとしていた。
しかし、去り際に一言、ぽつりとつぶやいた。
「だけど……そうであってほしい、と思っている」
その最後の一言で、早苗はこの『死神』が、看護師としての自分と似た心境で日々を過ごしていることを理解した。
――「死」の先がどうなっているかわからないとしても、せめてその壁を越える瞬間までは安らかな時を。願わくば、その壁の先でもしあわせであれ……。
これまで不思議な「もの」たちに怯え、『死神』を嫌ってきた早苗だが、それ以後は『死神』を見かけても嫌悪感を感じることなど二度と無かった。
以上です。
思い入れがある話で長くなりすぎたので、次に他の妖魔夜行のストーリーを書くことがあるとしたらこの1/10以下にしよう。
- 663 :イラストに騙された名無しさん:2011/12/31(土) 00:23:29.37
ID:47iBq58F
- この話の『死神』のように妖魔夜行に出てくるオカルト的な存在はほぼ全て
“想い”や“イメージ”が凝り固まって生まれた存在、妖怪です。
「実は妖怪でしかない」とも言えます。
妖魔夜行の世界には神話に出てくる神だって居ます。天使達も居ますし、悪魔も居ます。
死体をつぎはぎして合成人間を作り出せる超科学者も居ますし、UFOで大気圏外を飛び回る宇宙人達もいます。
しかし、実のところは彼らは皆、妖怪に過ぎません。
本当の意味での神・天使・悪魔・超科学者・宇宙人ではないのです。
神話の中で「世界中の○○を司る」と書いてあっても、『神』の名を持つ妖怪は
殆どの場合そこまでの力は持ちません。信仰の量に応じた威力を持つ、それらしき妖力を持つに過ぎません。
『合成人間』を作る『超科学者』にその原理や背景となる技術を聞けば
偉そうに説明してくれるかもしれません。しかし知識がある者がよく聞けば、
全くのでたらめをならべたてていると気づくはずです。実際は妖力で動かしているのです。
『宇宙人』は、自分が乗っているUFOがどういう原理の技術で動いているのかを説明できません。
実は妖怪『UFO』に乗っているだけで、操作もいい加減に行っています。
家畜の血を抜き取ったり、畑で作物を幾何学的模様に倒したりしますが、
その理由は自分たちでも説明できず、妖怪としての本能に従っているにすぎません。
この話の『死神』のように、自分が本当の意味で名前どおりの存在でないことに対して
色々と思うところがある妖怪もいるようです。
最終更新:2012年01月10日 22:50