東京都豊島区池袋、池袋駅の周辺。
副都心のひとつに数えられるこの地区は常に人でごった返している。
平日でも休日でも。昼といわず夜といわず。朝も昼も夜も関係なく。
道を埋めつくすほど溢れかえる人、人、人の群れ。
遊びに行くため。仕事を務めるため。
そこを目的地にしている者。ただ通り過ぎていく者。
職業も理由も様々な人がこの一地区に集まって、擦れ違っては消えて行く。
誰も隣り合う他人に関心などない。生半可な奇抜さや個性では人の波は止められない。
大多数の変わり映えのない普通の人同様に、その少女もまた、孤立することなく流れの一部に溶け込んでいた。
少女は、普通の人だった。
変哲のない学校に通う高校生であり、級友とも仲が良いありふれた関係。
整った顔立ちで同年代よりも幾分大人びた雰囲気を持ち、思わず異性が見惚れる艶めかしさを見せることがあるが、
それも人並み外れたというわけでもない、普通の範疇に入る美貌の少女だった。
未成年ながらステージに立ち、煌びやかな衣装を身に纏い、歌と踊りで観衆を魅了する、
テレビで顔を見せる機会も少なくない人気を博するようになった、アイドルという職業であっても、
正しい社会の一部として受け入れられてる、普通のアイドルだった。
手品などではない本物の魔術を身に着けてるわけでもなく。
公にできない裏の顔を隠してるわけでもなく。
現実を覆したいと狂おしいほどに叫ぶ渇望を抱えているわけでもない。
速水奏という人間は、いたって普通の少女であるのだ。
―――たとえこの東京に呼び出された、サーヴァントを召喚したマスターという立場だとしても。
◇ ◆ ◇
「――――――はぁ」
自宅に帰り、自分の部屋の椅子に座ったところで深い息をする。
胸の奥に溜まった澱を吐き出すような、深い息。
ただ歩いただけだ。いつも通りの道を。
外に出て、学校に行って、帰って来ただけ。
途中池袋に寄り道をしたが、それだって日課になるほど行き慣れた場所だ。緊張する理由もないはずだ。
「――――――」
そうだ。緊張ではない。これは緊張していたのではない。
誰かが襲ってくるかもしれないと、知らず神経が張り詰めるほど日常に恐怖を抱いていたということ。
学生なら一度くらいは妄想したこともあるかもしれない笑い事。ただ今回はまったく笑えない。
隠しようのない事実として。いずれ起こるだろう未来として。
想像してしまえば笑えるはずもない。恐怖が拭えるはずもない。
独りきりでいる部屋は監獄に入っている気分にさせる。
一番安全と思っていた場所が浸食される。心の依り所を失うのは恐ろしい。
「ねえ。いつまで隠れているの?」
だから、声をかける。
「二人きりでいる時くらいは顔を見せてって、そう言ったでしょ?」
奏しかいない部屋で。何もない虚空に向けて、喋る。
これが安心を求めて空想に同居人を生み出したのならば、哀れと受け取れるだろう。
しかしそうはならない。自己の意思でなくとも奏はマスターであり、そこには必ず付き従う者がいる。
その声に応えるように。
すう、と。
影が映った。
細く長いポールを映したような人影。
しかしこの部屋には影と同じ形をした実像はない。
人から切り取られた影だけが、物質的な重さを持って生まれたと錯覚させる。
そう錯覚。その英霊の性質。存在の在り方が影そのものであるために起きた錯覚。
現れた実体は確かに肉のある人の姿だ。外面は、人の姿をしている。
それは、年若い娘の姿をしていた―――
瑞々しく、しなやかな女の体だった。
年の頃は十代の後半か。目の前にいる奏とそう変わるまい。
褐色の肌にぴったりと張り付いた黒衣は均整の取れたプロポーションをありありと見せており、意図的なまでに女らしさに満ちていた。
異性ならずとも目を引かれるであろう肢体。事実女性の奏の体はその女を見るたび潤とした熱を感じていた。
アイドルとしての視点で見ても十分なまでに魅力がある。自分のプロデューサーが見たら即座に名刺を渡しスカウトするだろうな、と、別のところで感想を抱いた。
しかし一点、女には特異な部分があった。
それが女の雰囲気を損ねないのもまたひとつの奇妙だが、やはり目に留まるには違いない。
髑髏の、面だ。
女の貌の目元から鼻、人を最も印象付けるパーツのある箇所に、髑髏の上顎を模した仮面が貼り付いていた。
個人の特徴―――パーソナリティをごっそりと抉られたが如き、玲瓏の能面だった。
「それも、外して……ね」
奏は指示する。
女は従い、面に手をかけ、外した。
露わになった貌は、変哲のない人の表情(もの)だった。
あどけなく、整った少女のもの。可愛らしく、綺麗だがやはりそれだけで。
隠すような、後ろめたさのあるような背景があるとは、感じさせなくて。
「うん、やっぱり」
微笑む。
朝学校に行ってからぶりの笑顔だった。
やっと元の居心地のよさを取り戻した部屋で、安心した声で、
「そっちの方が似合ってるわね、アサシン―――」
女の名を呼んだ。
暗殺者を意味する言葉を、長年の友人として語るように。
◇ ◆ ◇
アサシンの英霊、ハサン・サッバーハ。その十八ある代表のうちの一。
かつての"静謐のハサン"と仇名された私は、自分のマスターをじっと見る。
美しい少女だ、と思う。
整った顔立ち、清澄な空気を纏わせる肢体。甘さのある声色。
無論生前自分が仕えてきた、あるいは暗殺のため潜入した王朝に控えし王妃なり侍女には彼女を超える美貌の持ち主はごまんといる。
数多の英霊の中には、ただ"美"であるというだけで魔術にも等しい神秘をもたらす者もいると聞く。
それに比べれば彼女は実に平凡、ごくごくありふれた偶像。頭に"それなり"がつく程度でしかない。
「……うん、そうね」
それでも、だ。
私はやはり少女を美しいと思う。
それは顔や声、身振りからの判断ではなく、
「やっぱりしっくりこないわね、アサシンって名前は。単に私が言い慣れてないだけだけど」
自分を恐れずにいてくれる、その在り方に、だろうか。
「何か、別の呼び方はないのかしらね。真名……っていうのは駄目なんだっけ?」
「はい」
「そっか……じゃあ、ん……中東風?なんてのは私には分からないし……」
……ほんとうに、恐れていないはずはない。
事実召喚されてはじめて見えた際の少女の様子は、突然の事態への驚愕と、得たいの知れぬ―――魔術師ならぬ身ですら漠然とだが肌に障る感覚―――
への恐怖の感情が出ていたのが明白だった。
聖杯戦争の概要を伝え、純然たる殺し合いという法則(
ルール)を教えた時。
彼女が"自分に触れる"という危険を冒さないように―――己の宝具の能力を教えた時。
隠す余裕すらもない、嫌悪と吐き気を催した表情に怜悧な顔を歪めたのを知っている。
それでも。
「ジール、とでも申してください」
「ジール?」
「影、という意味です」
「そう……ええ、合ってると思うわ。貴女らしいと思う。
あ、悪く言ってるわけじゃないのよ?影がある女、って意味でね。素敵な響きと思わない?」
こうして微笑んでくれる。
私と、私の背景にある戦いへの恐れを押し殺して、こうして語りかけてくれる。
嗚呼。なんという健気さ。なんといういじらしさ。
我が腕は子を抱くことも産むことも生涯叶わぬ身。だからこそ私は子女は慈しむ。
その子女が私に向けて配慮を示してくれる。薄い、ささやかな慈しみを向けてくれる。
自分を裏では疎み恐れ、表ではへりくだった笑みを浮かべる輩は生前幾らでもいた。元よりそうした者以外の記憶はほぼない。
彼女はその逆。心に拭えない暗い思いを秘めながら、一個の人、話し合える関係だと認め、歩み寄ってくれる。
あの時。
私の意思を有し彼女の前に現界を果たした時、"殺してしまわなくて"よかったと心から思う。
もし、召喚者が男であれば一見してこの毒(み)に魅了されてこの身(どく)を求めていただろう。
もし、召喚者が一角の魔術師であれば、私は期待を抱いてしまっただろう。
或いはと、この方ならば我が身に触れても死さぬ運命の光であると、手前勝手に信じてしまい。
凶悪な毒の息(ポイズンブレス)と化した口付け(キス)を交わしてしまっていただろう。
女であるがゆえに、魔術師ではないがゆえに。
"この方ではない"と、早々に勘付くことが出来た。
サーヴァントが現世に留まるための寄る辺、要石であるマスターを自らの手で殺めることにならなかった。
これこそ今回の聖杯の導きの成せるわざであろうか。
魔力を持たぬ、サーヴァントへの支援を行えない貧弱な命があるじであるがゆえ、私は今もここにいられている。
不運としか言えないはずの巡り合わせは流転して、望ましい結果を生んでいた。
「それでジール、どうだった?もう……始まってるの?」
鈴を鳴らすのに似た音。
微かに震えた声であるじは問う。
暗殺者である私は直接での戦闘ははっきり言って苦手の分野だが、こと敏捷、身のこなしにかけては三騎士にも比肩する。
加えてサーヴァントクラスごと与えられるスキル・気配遮断の能力と併用すれば、諜報と斥候の分野においては最も向いた成果を挙げられる。
この二日間、東京中を駆け回って敵勢力の状況の次第を発見観察してきた。
東京という街は広く、人口の密度も非常に高いため捜索には難儀した。時には実体化し変化の能力で姿を変え裏事情に詳しそうな―――
即ちは裏家業に属する人間達から情報を得た事もあった。
特にサーヴァント同士の戦闘という目立つ波長には、他のアサシンの存在を念頭に入れつつも積極的に諜報にいそしんできた。
その旨はマスターにも伝えてある。最低限の自衛行動として承諾をもらった。
「本格的な開始は今しばらくの時を置くかと。ですが幾ばくかでの戦闘の形跡は確かに。
公にされている、無辜の人々を連続して殺めた事件……あれもその被害の一端と思われます」
「……死んだ人は?」
「いません。私が確認する限りにおいては」
嘘だ。何の抵抗もなくするりと吐いた。
騙し、誘い、殺すことを生業とする私にとって嘘は常に共にある。この貌も、言葉も、仕草も、全ては偽りでしかない。
私が隠したのは戦果だ。敵を減らし、命を奪ったという戦果。
魔術師であるマスターを一人、他のサーヴァントとの戦闘中に仕留められたのは僥倖だった。
身を隠して安全を確保しながら戦闘を眺めていた男に近づき姿を見せ、精神防御を抜いたのを確信し、朦朧とこちらに伸ばしてくる手を取って舌を入れる。
英霊を正常に運用させている魔術師だけあって、そこそこに魔力を貯蔵することができた。
異変に気付いたサーヴァントも隙を突かれ敵に討ち取られた。成果としては上々だろう。
やはり魔力を持たぬマスターでは我が身の霊体の霧散の抑制・維持には些かの負担がかかる。それ以外での補給方法は必須だ。
あるじ同様の一般人とはいえ、数を揃えて魂を喰らえば幾らかの足しにはなる。
一般人の大量虐殺という愚を犯したサーヴァント、恐らくはバーサーカーだろうか。その狂乱に乗じて自分の存在を隠蔽するのも容易かろう。
……もっとも、今はその方法は実行していない。
我があるじは極めて善良なひとであり、私が無辜の人の命を奪っていると知ればひどく嘆き悲しむと理解してるからだ。
魔力の問題についてはやはり隠した方がいいだろう。一応は説明したが、魔術についての知識がなければ要領を得ない、ぼかした程度にして煙に巻いてある。
暫くは予選期間で軽率に動いたマスターや、本戦からあぶれた魔術師に狙いを定めることにしよう。効率の点でもそちらがいい。
「……あるじは今まで通り、普段通りに生活するのが宜しいでしょう」
椅子に座るあるじを見下ろす位置で私は立ち尽くしている。
迂闊に家具に触れて毒を残留させてしまわないように。
「迂闊な動きをすればマスターであると気取られ、サーヴァントを向かわせられてしまいます」
あるじとの間には人ひとりが手を広げて入り込めるだけの距離を開けている。
ふと感情を抑えきれず、隣り合う細き指に手をかけてしまわぬように。
「我が身は暗殺者。英雄と直接顔を見え武を競う覇者にはあらず。それは下策であり、不得手であるが故」
決して風上には立たない。
万が一にも窓が開いて、己の体臭が風に乗って届かないように。
「それで、いいの?」
「いいのです」
私は考えた。
おこがましいこととはいえ、仮にも教団の長として籍を置いていた経験を駆使して。
あるじを傷つかせず、私は勝利に手を伸ばすための策を。
私―――ハサン・サッバーハは暗殺者。
あるじ―――速水奏はただのアイドル。
単純な駒として見れば弱卒この上ない組み合わせ。
ゆえに単純には見ない。盤上ではなく、盤外に駒を置く。
「私は忍び、貴方は関わらない。
勝利に最も近く、生存にも一定以上望みがある方策です」
魔力の気配を消失できるアサシンに魔力を持たないマスター。
こう捉えれば、見えない敵としての側面が生まれてくる。
暗殺者としてこれほど便利な立場はない。狙われる側にとってこれほどの脅威はあり得まい。
多数のサーヴァントが入り乱れるこの聖杯戦争で、この戦術は確かな効果を得られるものだと私は計算した。
少なくとも私の能力ではこれが限界だ。もし仮に他により良い手段があったとしてもそれは叶うまい。
何故なら。
「……私では、あなたを庇い立てすることすらも、叶いませぬ」
暗殺者として腕を磨いた私にはどうしても出来ないことがある。
勇猛果敢なる戦士といえど毒を含ませれば死に至ろう。幻想に生きし魔獣幻獣の類であろうと仕留めて見せよう。
あらゆるものを殺せてしまう私に不可能なこと。それは何か。
自問するまでもない、答えはとうに出ている、
それは―――守ることだ。
だって、必要がない。
山の翁に求められるなのは如何に殺すべき者を殺せるか。その手腕の是非のみ。しくじれば即座に舌を噛み自害するが定め。
強固な防備を見抜き標的の居場所へ侵入する術を知るが故に、逆算して敵の攻め手を封じることは可能だろう。
だがそれは直接的な守護とは違う。我が身を盾に大切なものを庇護する―――そんな行動は教えられたこともない。
まして、私のこの身にとってはそんな真似など。許されるはずもない。
狙いすました凶刃から引き離すため抱き上げれば、その瞬間彼女の体は激痛に襲われ死に至るだろう。
襲い来る猛火から護ろうと前に出れば、焦げた肉の匂いだけで彼女の感覚中枢が停止するだろう。
飛び散る血、呼びかける声、それらは全て守りたい者への毒となるのだ。
そう、全てはこの毒身があるために。
私がいるせいで――――――
彼女にも、孤独を強いてしまっている。
私でなければ、彼女は庇護されるべき存在なのだ。
サーヴァントは願いのため聖杯戦争に招聘される。しかし誰もが他を踏みにじる悪鬼羅刹の如し、というわけもない。
戦場で勲を立てる勇士。弱者を労り、正義を成すような、騎士道の持ち主。
彼らは無辜なる者の命を徒に奪うことをよしとはしない。少なくとも、迷いは抱く。
望みを持たず、力のない彼女を見たならば。悪を討ち平和を願う、正義の味方のような英雄なれば。
憐憫を抱き、儀憤し、持つ剣を収めた空の手を差し伸べる希望も、けして諦観するほどの確率ではないはずだ。
しかしそうはならない。現実は覆らず、非情である。
彼女のサーヴァントはアサシン。闇に潜み、夜に溶け、寝首を狩る不貞の徒。
まして我が名は静謐のハサン。山の翁ハサン・サッバーハの数ある代表の一人。
色香で男を惑わし、全身に染み付いた宝具で差し伸べた手を侵す毒の娘。
いかな熟達した魔術師であろうと、忍び寄って数秒触れれば死を与えられる暗殺者(アサシン)に。
初歩の魔術の心得もない、まったくの無知なる無力のマスターに。
背を任せ、まして信頼など、結べはしない。
「ねぇ、ジール」
呼ぶ声がした。
私の名前。此度限りの、偽の名称で。
「私いま、とても不安なの」
顔を俯かせ、か細い声が喉から漏れる。
私のような演技とは違う、心からの弱音が聞こえる。
「聖杯とかそういう神秘的なものは魅力を感じるけど。殺し合いとか……そんなのは無理。
私が私である限り、私がアイドルである限り、とてもじゃないけどそんなことは出来ない」
「貴女が突然空から降って来た友達で、こうやって永遠にいられ続けられたらそれは幸せな夢だなと思うけど……無理なのよね。
夢はいつか、醒めるものだから」
「不安よ。不安で、不安で、不安で……とても怖い。今すぐ涙が零れて、何もかも投げ出して自分の世界に閉じこもってしまいそう」
潤む瞳が、私を見た。
御伽噺における真実を示す鏡が如く輝きに、偽の貌が映し出される。
ほんの少しだけ、見つめ返すことに躊躇する。仮面を被ってないのがいつになく気になって。
「そうならなかったのは、ジールのおかげ」
微かな笑み。
私はもうこの間、眼を離すことが出来なくなった。
「あなたがいて、私を見捨てないで、こうして一緒にいてくれるから」
「触れることが出来なくても、こうして私を見ていてくれるから」
「だから、私もあなたを見ていられるの。少しだけ、前を向いていられるの」
「生きて元の場所に帰りたい。私が願うことは変わらない。けどもうひとつ出来たの、願い。
ううん、願いなんかじゃなくて、ただの小さな、星に掲げるような小さな祈り」
私のような褐色のない、陶器のように白い肌の手が持ち上がる。
伸びた手は私の延長線にぴたりと止まり、五の指先がその先の虚空を掴むように開く。
「……あなたに、触れたい」
この時ほど、私は自分にあった自制心を讃えたことはなかった。
生前の、初めての仕事に際して見聞きもない男の閨に入り込んだ時ですらこんな緊張はない。
汗のように噴き出す感動を、今すぐその手を握り胸を抱き唇を重ねたい情動を、必死に耐えて。
召喚されてこのかた彼女には教えていない、私の願い。
触れても死なず、倒れず、微笑みを浮かべてくれる誰か。
それを体現しようとする少女を前にして、呆然とする。
触れてあげたい。触れてはいけない。
触れてしまいたい。触れられはしない。
この瞬間が永遠であってほしい、はやく終わってほしい。
ふたつの矛盾。相克する煩悶が胸を締め付ける。
やがて、あるじの手が下ろされて、同時に私の金縛りは解かれた。
数分。いや数秒だったのか。
時の経過の感覚も忘れるほど私の頭は白滅していて。
立ち上がって荷物をバッグに詰めていく姿を見ているしかできない。
「とりあえず、あなたのいう"いつも通り"をしてくるわ」
速水奏の言ういつも通り。
都心にあるプロダクションに向かい、歌と踊りのレッスンを繰り返し、いずれ観衆にその結実を披露する日を待つ。
ああ。たとえ天上の歌姫には至らずとも、汗を振りまいて踊り抜けば観衆の誰もが息絶える己とは違い。
彼女の歌い終えた後の舞台には、鳴り止まぬ拍手と歓声に包まれるのだろう。
ふと、机に放置されている紙面に目がついた。無数の音譜の並んだ楽譜だ。
常に暗殺の恐怖を感じ、猜疑心に怯える領主や王を殺害せしめる数多の手段には、言葉による誘惑も含まれている。
楽師の奏でる音に乗り喉から上げた声は聴いた者の神経を麻痺させ、確殺になる閨への誘いの布石にもなる。
サーヴァントに与えられた現代の知識と統合すれば、書かれた譜面を読み解くのは手間のかからない工程だった。
そして脳内で汲み上げた歌詞がここ最近あるじが諳んじていた鼻歌に酷似しているのに気づき、今まさに部屋を出ようとしている背中に呼びかけた。
「奏さま」
「えっ?」
「忘れ物です」
直接手渡すことはしない。あくまで口頭と目線で取りこぼしを伝える。
何故か、あるじは大層驚いた様子でこちらを見ていた。
「あ、ありがと……ふふ。はじめて呼んでくれたのね、名前」
そう言って微笑みを見せて、今度こそ部屋を後にした。
◇ ◆ ◇
仮初の肉であるサーヴァントを熱源とは認めないのか、あるじの失せた部屋は急速に冷めた空気で包まれる。
私もいつまでも留まっているわけにはいかない。一刻も早く役目を果たさなければ。
敵の姿を捉え、人知れず命を奪い、繰り返し。彼女をいるべき世界へ送り還す。これ以上無駄な時間は割けない。
そして願うのだ。そして叶うのだ。
「……唇は……喋るためじゃなく……」
なのに、私の体はまだ消えない。
記憶に焼き付いて離れないメロディを口ずさんでいる。
「君のために……Kissするために……咲いている」
霊体化して気配遮断するまでの十秒間、私は歌を止めなかった。
◇ ◆ ◇
【クラス】
アサシン
【真名】
ハサン・サッバーハ(静謐のハサン)@Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ
【パラメーター】
筋力D 耐久D 敏捷A+ 魔力C 幸運A 宝具C
【属性】
秩序・悪
【クラススキル】
気配遮断:A+
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を断てば発見する事は不可能に近い。
ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
【保有スキル】
単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失っても一日間現界可能。
投擲/短刀:C
短刀を弾丸として放つ能力。
変化:B
自分の姿を変える能力。
仮面の下の貌を作り変えられる。
対毒:A
宝具の能力による毒への強い耐性。
【宝具】
『妄想毒身(ザバーニーヤ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~9 最大捕捉:10人
猛毒と化したアサシンの肉体そのもの。
爪、肌、体液、吐息、その全てが致死に至る毒を持つ。揮発した汗さえ緩慢ながらも効果を及ぼす。
特に強力なのは粘膜接触で、口付けしようものならいかな魔術師でも二秒の快楽と引き換えに命を落とす。
英霊として昇華されたことで幻想種さえ殺せるほど毒が強化されている。
自らの意思では毒を制御できず、触れた者には無差別に毒を与えてしまう。
【weapon】
『短刀』
【人物背景】
暗殺教団の教主こと山の翁、ハサン・サッバーハの一角を担う亡霊の一人。
十代後半の、褐色の肌をした瑞々しい少女。見ただけで男を誘惑する色香を漂わせてるが、それは全て暗殺者としてのもの。
能力のせいで生前から孤独を感じ、その渇きを癒すことを強く求めている。
それゆえに自らを山の翁(ハサン)を名乗るのをおこがましいとしている。
【サーヴァントとしての願い】
自分に触れても死なず、微笑みを浮かべてくれる誰か。
あるじは自らに微笑んでくれるが、後は……。
【基本戦術、方針、運用法】
直接戦闘ではなくマスターを狙うアサシンらしいサーヴァント。
他のサーヴァントが戦闘している所を潜り込み、単独でいるマスターを暗殺するのが常道となるだろう。
男性には色仕掛けによって特効がつくので更に成功率が高まる。
反面防戦は大いに不利。アサシンであるのに加え、その毒性故マスターを庇う守り方が使えないからだ。
令呪のサポートが利かないのも覚悟で自分のマスターの存在は悟らせず単独行動をするしかないだろう。
【マスター】
速水奏@アイドルマスターシンデレラガールズ
【マスターとしての願い】
殺し合いは否定。生きて元の世界に帰りたい。
……もし叶うのなら、誰をも毒に侵してしまう少女に触れてあげたい。
【weapon】
【能力・技能】
アイドルとして歌とダンスを身につけている。
【人物背景】
17歳だが大人びた雰囲気を備えたアイドル。東京都出身。
事あるごとにキスをねだるキス魔。だが実際迫られると狼狽えるなど初心で臆病、繊細なところがある。
ユニットではリーダーを務めることが多い。リーダーシップは高いのかもしれない。
【方針】
普段通り過ごす。マスターと悟られないようにする。
候補作投下順
最終更新:2016年03月03日 23:17