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わずかな違いを大切に(モーツァルト)



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

セカイが夜の闇に包まれて行く中、なお光を放ち、活動し続ける街のビル郡。その中でも一際高い一棟の屋上からそれらを見下ろす少女が居た。

外側にハネた鳶色のショートヘア。寒色系のエクステ。綺麗なアメジスト色の瞳。少女らしさのある初々しい顔立ちだが睫毛は長く、挑発的。
丈が短く黒いスカートとコート。首まわりには同じく黒いマフラー。ベルトやチェーンがそのような少女の身体をアンシンメトリーに飾っていた。パンキッシュな衣装である。

「……」

少女は何かを考えているような、クールな表情で夜景を眺めていた。
下界の雑踏の殆どは彼女の耳まで届かず、届いたとしても虫が鳴くような小さな音だ。
屋上には誰も居ない。
その場は完全に少女だけのセカイだった。
しかし、少女の背後の空間にはいつの間にか黒い影が降りていた。
それは二十代半ばくらいの男の姿であった。

「やあ。おかえり、アサシン」

男の存在に気付いた少女は体を後ろに振り向かせて、そう言った。

「ふむ。『おかえり』か…… 家族以外から、そんな言葉を言われるとは思ってなかったが――悪くない」

対して、アサシンと呼ばれた男は平坦な口調で少女の出迎えの挨拶にそう答えた。
ウェーブのかかった、足元に届くほどの黒髪。そこから覗ける顔立ちは非常に端正だ。
これだけでも彼が街中を歩けばかなり目立つ事は明白だが、それ以上に彼の服装はーー少女ほどではないにしても――とても個性的で、ちょっとした異彩を放っている。
アサシンは折り目正しい白の燕尾服を着ていた。胸ポケットにはご丁寧にハンカチーフを入れている。両手には白い手袋をはめていた。
パーティや演奏会のような場にはこれ以上なく合う格好だが、街中を歩くのには合わない格好だ。場所が人気のない屋上だと尚更だ。滑稽でさえある。

「マスターはここでずっと何をしていたんだ?」
「街を見ていたんだよ」

少女はアサシンの質問にそのような答えを返した。

「見てごらん。眠って行くセカイに反抗するかのように光を放つ街を。この世の流れの逆に進もうとする彼らの姿を。実に愉快だろう? 」

両腕を大きく広げながら少女は言う。

「そして、この光景にはどこかボクに似ている部分がある。まるで鏡を見ているかのような不思議な気分になるよ。だからボクは飽きもせずに街を見ていたのさ。
これほどまでに素晴らしい景色は中々無い。これを見ているだけで、嫌な事の一つや二つは綺麗さっぱり忘れられそうだ」
「僕には夜景はただの夜景にすぎないが」

少女の右隣(振り向いた姿勢である少女からすれば左隣)に立ち、下界に広がる眩い光たちに眼を下ろすアサシン。

「しかし、マスターがそう言うならそうなのだろう。悪くない」
「フフ……それはどうも。ところで、アサシンはどこで何をしていたんだい?」

少女は自分の腰より少し上くらいの高さしかなく、全く手入れがされていない事が伺える錆だらけの柵に振り向いたままの姿勢で凭れかかりながら、アサシンにそう聞いた。
実に危ない。少女の体重に柵が負けて折れたり、少女が少しでも上半身を後ろに反らしたりすれば彼女はあっという間に見るも無残な飛び降り死体となるだろう。

少女のそんな姿を見て、アサシンは自分の中に湧いてきた『少女をビルから突き落としたい欲求』を抑える。


「街を探索して、他の主従の様子を見てきた――この僕でも、こんな訳のわからない状況では、情報を集めるために積極的にならざるを得ない――ちゃんと確認出来た主従はみっつ。
ひとつはマスターが僕に殺されるための『条件』を満たしていたから殺したが、残りのふたつはマスター、サーヴァント共にそれを満たしていなかったから手出しはしていない。
……それら以外の主従からは逃げられた、もしくは見つからなかった。まあ、まだ本戦は始まっていないのだから、自分達の事を探られるのは好ましい事ではないのだろう」

聖杯戦争という殺し合いに参加する者、それもサーヴァントーー暗殺者(アサシン)が言ったとは思えないセリフを途中に挟みながら、彼は少女に簡単な報告をした。

アサシンはその後、より詳細でより血生臭い報告を続ける。それを聞きながら、少女はこれまでの数日間に――殆どがアサシンから教えてもらった事だが――自分が見聞きし、体験した数々の『非日常』を思い出していた。

聖杯戦争。
願望器。
マスター。
サーヴァント。
殺し合い。
殺し合い。
殺し合い。
エトセトラエトセトラ。

思い出すだけで気分が悪くなり、気が重くなる。こればかりはどれだけ良い景色を眺めても忘れられそうにない。

そんな少女の心境なんて露知らず、アサシンは先程と変わらず、少女の顔も見ずに、平坦な口調で、マイペースに報告を続ける。
途中まではなんとか聞き耐えていた少女であったが、彼が唯一殺した主従をどのように殺したかについて語り始めたところで、彼女は手のひらをアサシンがいる方向(つまり左)に突き出し、「もう報告は終わりで良いよ」と言った。

「ふむ。ここから盛り上がる所だったのだが……まあ、マスターがもういいと言うのなら止めるべきなのだろう。悪くない」
「…………」

自分とアサシンの間には人の死や殺し合いについての考え方で""ズレ""がある事を感じつつ、少女は顔を上げ、アサシンと眼を合わせようと首から上だけを彼の方向に上げた。

「こっちを向いてくれるかい、アサシン」
「…………」

しばらくの間があった後、アサシンも少女と眼を合わせるべく顔を彼女の方に向けた。
二人の眼が合う。
少女のエクステと首まわりに巻かれたマフラーが、屋上に吹く風にはためいていた。
その姿は、ファッション雑誌の表紙に採用されてもおかしくないほどに魅力的であったが、アサシンにとって、それは目の毒以外の何物でもなかった。

彼は自分の中に湧いてきた『マフラーで少女の首を絞めたい欲求』や、マフラーから連想した『彼女の内臓を自分の首に巻き付けたい欲求』を抑える。

昼間、自分に殺されるための『条件』を満たしていた者を一人殺し、殺人衝動を発散していて良かった、と彼は思った。
もしそうしていなければ、アサシンは今目の前にいるこの少女を思わず殺してしまっていたかもしれない。彼女はアサシンに殺されるための『条件』を十分に満たしているのだから……。

「アサシン、ボクはね、アイドルになる前から、いつか自分の目の前に『非日常』への扉が開かれる日が来るのではないか、と期待していたんだ。
漫画や小説の中でしかありえない、フィクションの物語のようなセカイへの扉が開かれる日をね」
「…………」
「半年前、キミと同じくらいの年齢のプロデューサーからアイドルにならないか、とスカウトされた時、ボクはとても嬉しかったんだ。
アイドルという『非日常』のセカイに足を踏み入れる事が出来たのは勿論、ボクの事を理解してくれる――理解しようとしてくれる人がいた事が、とても――嬉しかったんだ」
「…………」
「それからの半年間は今までに体験した事がない『非日常』の連続だったよ。毎日が輝いていた」
「…………」
「そして二日前、ボクはふたつ目の『非日常』への扉を開けた。開けてしまった――いや、開けられてしまった、と言った方が正しいのかな?」
「…………」
「アイドルという『非日常』と、奇跡の願望器を巡る戦いという『非日常』なら、後者の方がかつてボクが夢見ていたモノに近いんだろうね」
「…………」
「けど、それが現実となった今、正直な気持ちを言うと――





怖い。





死にたくないのさ。
ボクはアサシンと違って、悲しいくらいに殺し合いと言うものに向いていないんだよ」
「…………」

そう言う彼女の表情は最初と変わらずクールなものだったが――どこか怯えているようにも見えた。


「どうか、こんなボクを情けないマスターだと言って、笑ってくれ」
「そんな事はない。誰だって死ぬのは怖いさ」
「アサシンもそうなのかい?」
「僕は違う。僕は生前『死ぬのは構わない』と思って生きてきた。最初から死んでいるような人生だった。
……実際に死ぬ直前になった時も、僕に後悔は無かった――が、心残りはあった。『彼女』に会いたいという望みが叶わなかった、本懐を遂げられなかったという心残りがあった。だから、マスターの『死にたくない』という気持ちは分からなくもない」

「それに」と、アサシンは言葉を続ける。

「自分で言うのも何だが――僕はかなり強いぞ。人類最強の『彼女』や橙色の暴力レベルが相手でもない限り、僕は負けない。
僕に殺されるための条件を満たさないやつは殺さないが、それが相手でも戦闘不能にすることなら出来る。満たしているやつが相手なら――言うまでもない。
まあ、マスターが魔術師ではないため、魔力量に若干不安があるが…… 直接戦闘が出来ないほど魔力が足りなければ、その時は逃げる事が出来る。僕は『逃げの曲識』と呼ばれていたぐらい、戦闘からの逃亡が大の得意だからな。
だから安心するといい。マスターが敵から殺される事はない」

アサシンは、僕に殺される事はあるかもしれないが、というセリフが思わず続けて口から出そうになったのを、すんでのところで止める。
少女はそのようなアサシンの言葉を聞き、少しだけ安心したようだった。

「そもそも、周りからよく鉄面皮、鉄仮面と呼ばれていた僕に笑ってくれと言うのが無理な話だ。マスターが手の甲にある令呪を使わない限り、その頼みに僕が応えるのは不可能だぞ」
「…………フフ。それもそうだね。ボクが言えた事ではないけれど、アサシン、キミは表情の乏しいやつだよ」
「人の心を操る、音使いの僕が感情を表に出すのが苦手なのは、笑い話にもならないが――悪くない」

二人の間に和やかな雰囲気が流れる。
この時、少女は先ほどまでアサシンに対して感じていた不安をすっかり忘れ、どころか彼に対してある種の親近感さえ抱いていた。
なんだ、ボクと彼は結構似た者同士じゃあないか、と。

しかし、今のこの状況、片方はもう片方に親近感を抱き、もう片方は片方に殺意を抱いているという主従関係にあってはならない""ズレ""が生じているのだが――

「――それも、また悪くない」
「? 何が悪くないんだい? アサシン」
「何でもないさ」

アサシンはそう言うと、屋上から階下へ繋がる階段口のドアを指差し、

「夜景を眺めるのも悪くないが、そろそろ家に帰ろう。あんまり帰るのが遅いと家族が心配するぞ」

と言った。

「偽物の家族だけどね」
「たとえ本物でなくとも、家族は大切にしなくてはならないだろう」

アサシンは階段口のドアに向かって歩き出した。少女はそれに続く。
ドアの前に立ち、従者らしくそれを開けて少女を先に通したアサシンは、その後、自分も建物の中に這入り――少女の背中を押して階段から落としたい欲求を抑えながら――そっと、音もなく、ドアを閉めた。

アサシンの名は零崎曲識。
生前付けられていた二つ名は『逃げの曲識』、『菜食主義者(ベジタリアン)』――そして、




『少女趣味(ボルトキープ)』。




少女以外は殺さない殺人鬼である。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『非日常』のセカイに這入ってしまった少女と『非日常』の住人である殺人鬼。
まだ始まってすらいない彼らの行く先は――





【クラス】
アサシン

【真名】
零崎 曲識@人間シリーズ

【パラメータ】
筋力C 耐久D 敏捷B 魔力E 幸運B 宝具B+

【属性】
混沌・悪

【クラス別スキル】
気配遮断:B+
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している
(曲識は口笛の音をぶつける事によって、足音、心音、呼吸音、その他自分の生命活動において生じるあらゆる音をまったくのところ消し去る)。
自らが攻撃体勢に入ると気配遮断のランクは大きく落ちる
(彼の攻撃手段は音であり、非常に目立つため、その落差は普通以上である)。

【保有スキル】
楽曲作成:A+
名前の通り楽曲を作成するスキル。

戦闘離脱:C+
曲識は『逃げの曲識』という二つ名が付くほど戦闘行為からの逃亡に長けており、大抵のサーヴァント、状況からは逃走できる。

零崎:E(A+)
『零崎一賊』に属する者が持つスキル。
『理由なく殺す』一賊の鬼ゆえ、人を殺す事に躊躇いがなく、罪悪感を抱かない。
しかし、曲識は一賊内唯一の禁欲者にして、究極の菜食主義者。下記のスキル『少女趣味』によって、通常時、彼のこのスキルのランクは非常に低い。
だが、戦う相手が少女の場合、スキルのランクは括弧内まで上がる。

少女趣味:EX
哀川潤との出会いをきっかけに曲識が立てた誓いがスキルになったもの。
たとえ敵が家族の仇だったとしても、彼が少女以外を殺すことは、絶対に、ない。

【宝具】
『零崎を始めるのも、悪くない』
ランクB 種別:対人宝具(自分自身)
レンジ:- 最大補足:-

戦闘開始時に曲識が言う口上。
これを発動する事で曲識は『零崎』を始め、自身の筋力、耐久、敏捷のステータスを全て一段階上げる事が出来る。



『作曲ーー零崎曲識(バックグラウンドミュージック)』
ランク:B+ 種別:対人・対軍宝具
レンジ:1~100 最大補足:1~30

曲識の『音使い』としての技術と、殺人鬼と同時に音楽家としての側面もあった彼が生前作成した、名前が公園に由来する二百ほどの曲が宝具へと昇華された物。
曲識は普通の曲は勿論、他人の精神と肉体を操る曲や、音自体が相手を吹き飛ばす衝撃波となる曲を楽器や自分の声を用いて演奏する。
しかし、今彼が使っている楽器はリズム楽器であるマラカス『少女趣味(ボルトキープ)』と自分の声だけなので、現地で管楽器、打楽器を手に入れない限り、音自体が相手を吹き飛ばす衝撃波となる曲を演奏するのは不可能であろう。
また、曲の演奏時間が長くなればなるほど、消費する魔力量も多くなり、マスターにかかる負担が大きくため、長時間の戦闘(演奏)は向いていない。

(例)
作品No.1『鞦韆』
戦意高揚曲。聞いた味方を一流のプレイヤーとして操る。

No.6『滑り台』No.12『砂場』No.96『広場』
他人の精神と肉体を操る曲。同ランク以上の対精神干渉スキル持ちのサーヴァントには効かない。また、完璧に操るためには楽器の音なり、自分の声なりで相手に事前催眠をかけておく必要がある。

No.9『雲梯』
音の衝撃波による攻撃。

No.74『土管』
痛みの鎮静効果を含んだ曲。

【Weapon】
少女趣味(ボルトキープ):決まった獲物を持たない曲識が手にした、最初にして最後の独自の楽器。見た目はただの黒いマラカスだが、(曲識の天才的な音感があってこそであるものの)ちょっとしたグランドピアノ並に広く正確に音階を表現できる。鈍器として使用することも可能。

自身の声

【人物背景】
この世の裏――『暴力の世界』を支配する『殺し名』の序列三番目、『理由なく殺す』殺人鬼が集まって家族を作った集団――『零崎一賊』。
彼はそれの『零崎三天王』が内の一人である。
天然で、思い込みが激しくマイペースな性格。口癖は『悪くない』。
十五歳の時、哀川潤との出会いと彼女への初恋をきっかけに、無差別殺人をする『零崎一賊』の中で唯一、自分の殺人に『少女以外は殺さない』というルールを課す。
自分の事を世界の脇役に位置付け、殆どの戦闘から逃げていた彼であったが、二十五歳の時、一賊を次々と葬った右下るれろと『橙色の暴力』想影真心を倒すべく、『少女趣味(ボルトキープ)』を手にして表舞台に立つ。しかし、結局、彼は戦闘の末に致命傷を負い、彼女らを逃がしてしまった。
家族の仇を討つどころか、長年の願いであった哀川潤との再会を果たさないまま終わるかのように思われた彼の人生だったが、彼はその直後に哀川潤と再会し、笑って死んだ。
なお、この聖杯戦争で彼は『少女趣味(ボルトキープ)』の全盛期が色濃く出た状態で召喚されているため、聖杯へ託す願いは下記の通りである。

【サーヴァントとしての願い】
哀川潤との再会

【方針】
聖杯を獲る。マスターである『少女』を殺さないようにする。


【マスター】
二宮 飛鳥@アイドルマスター シンデレラガールズ

【マスターとしての願い】
なし

【weapon】
なし

【能力・技能】
歌と踊りが出来る

【人物背景】
静岡県出身、十四歳のアイドル。
自分でそうだと公言してしまうほどの自覚を持った中二病のボクっ子。
趣味は漫画を描くこと。
自分の目で見ない限り、ウワサは信じないらしい。

【方針】
生きて帰りたい
最終更新:2024年09月28日 09:13