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―――ふと、窓から通りを眺めてみた。
手のひらを窓枠に押し付け、何ともなしに外を見つめる。
静かな街、明るい世界。窓の向こう、住宅街の十字路を、小さな女の子とその母親が手を繋いで歩いている。
長い黒髪を後ろで結った女の子と、同じ黒髪を肩口で切りそろえた若い母親。
女の子は母親の手を引っ張ってはしきりに何かを話しかけ、母はそんな娘の言葉にうんうんと頷いている。
二人が何を話しているのかは、距離がありすぎてここまで聞こえてくることはないけれど。それでも楽しげな空気は伝わってくる。
女の子は満面の笑みで母を見上げ、母は嬉しそうに娘の頭を撫でる。行き交う住人が二人に話しかけ、二人は顔を見合わせて笑う。
幸せというものを切り出して一枚絵にしたかのような、暖かい家族の情景。
それがとても、眩く思えた。
「……ランサーさん、いますか」
「ちゃんといるよ、ここにね」
何かを決意したような少女の声に、答える者があった。それは少女と同じく、しかし成熟した女性の声。ランサーと呼ばれた女の、快活な返答であった。座る者なく部屋の片隅に放置された椅子に腰かける形で現れた彼女は、静かに視線を少女へと合わせる。
真っ直ぐに、互いの視線が交錯した。直立した少女と腰かけた女は、それでようやく目線の高さが均等になっていた。
「その顔を見れば、言いたいことは大体分かるよ。覚悟、決めたんだね」
「はい。ようやく、ようやく決まりました。
けど」
少女は毅然と顔を上げる。その表情は先までの物憂げなものと違い、何かの意に満ち溢れていた。
「誰かを殺す覚悟じゃありません。わたしは、誰も殺さずに元の世界に帰ります」
「……それ、全方位に喧嘩売ってる発言だって分かってる?」
「はい……すみません、ランサーさん。貴方の願いを、わたしは叶えてあげることができません。けど」
言って、少女は手をランサーへと向けて。
「たとえ貴方に裏切られても、みんなから否定されても。わたしは、絶対に譲りません」
「どんな理由があっても、誰かが死ぬのは悲しいです。誰かが誰かを殺すのは、すごく痛くて、怖いです」
「だから、誰かが死ぬのを仕方ないなんて、わたしは絶対に言いたくありません」
掲げられた少女の手には、なにもない。
正真正銘空っぽの手。令呪を宿したのとは逆の腕。
それは、少女の誰も殺さないという覚悟の証明であると同時に。
そのために己が侍従を不当に縛ることもしないという、決意の表れでもあった。
「理由」
「……え?」
「理由、聞いてもいいかな。一応、私にもそれくらいの権利はあると思うのよね」
虚をつかれたといった具合の少女とは対照的に、ランサーと呼ばれた女は苦笑したような曖昧な笑みを浮かべていた。
それは呆れとか、諦観とか、そういう負の部類ではない。
それは、例えるならば―――
「マスターの言うことは分かるよ。でも、それだけじゃないよね。
単なる良識とか正義感とか、それだけならこんなに悲壮な顔なんてできないもの。違う?」
それは例えば、幼い子弟がふとした時に見せた輝きを尊ぶような、優しい母親の笑顔。
例えば、理解しがたいほどに熱く燃える子供の情熱を眺めるような、老成しきってしまった老人の顔。
あ、と声が漏れる。無意識に口を開いて、少女はぽつりぽつりと語り始めた。
彼女が何故その想いに至ったのか、誰を想ってそう結論を出したのか。
それはとある少年のお話。誰をも傷つけたくなくて、誰も殺したくなくて、それでもたったひとりの少女のために殺人という大罪を犯した少年の話。
少年は少女にとって、母の仇だった。例え不可抗力であっても、彼の行動が少女の母を死に至らしめたことは事実であった。
それでも、少女は少年のことを憎み切れず。少年は、いつか少女が自分を裁くその日まで、彼女を守ると誓った。
そして―――
「そして、言われたんです。わたしが、ディーくんのためにできることが、ひとつだけあるんだって」
「それは、ディーくんが人を殺したことを、絶対に許さないということ」
ディー、デュアルNo.33は、この先数えきれないほどの人々を殺していく。少女のために、世界のどこかに少女の居場所を作るために、いつまでも戦い続ける。終わりのない戦いを人を慣れさせ、最初のひとりを殺す時に感じた恐怖は十人殺す時には半分となり、百人千人と殺していけばいつしか当たり前の行為になっていく。
けれど、他ならない自分が、それを許さないと言っていれば。
少年は踏みとどまることができる。自分の行為を正当化できず、人の命を奪う恐怖に怯え続け、それでも兵器ではなく人間として生きていくことができる。
それこそが、少年の望みであり。
かつて言われた、自分ができる唯一のことで。
「だから、人を殺すディーくんを許さないわたしは、絶対に人を殺しちゃいけないんです。この先何があっても、どんな状況になっても、絶対に」
それだけが、決して譲れない少女の想い。
ひとしきり話し終えて、少女は静かに息をついた。
「ごめんなさい、ランサーさん。私はマスター失格ですね。お詫びになるかも分かりませんけど、機会があれば他のマスターの方に……」
「何言ってんの! 私のマスターはきみだけだよ!」
「へ、え?」
目にもとまらぬ早業で抱き上げられ、少女は素っ頓狂な声を上げる。状況の変化に脳がついてこられず、出るのは要領の得ない言葉ばかり。
あれ、わたしはなんでこんなことになってるんだろう。ぐるぐると回転する視界と一緒に、思考まで空回りを始めていた。
「え、でも、わたしはランサーさんの願いを叶えてあげることができなくて……」
「もう、まだそんなこと言って」
苦笑とため息ひとつ吐いて、ランサーは抱え上げた少女を降ろしてやった。すとんと危なげなく着地するのを見届け、しゃがみこんで目線を少女に合わせる。
「こんな小さな女の子が、そうまで言えるだなんて本当に大したもんだよ。
いいもの見せて貰った、きみのことが気に入った。だからもう、それだけで私はきみだけのサーヴァントなんだよ」
そしてにっこりと、花が咲くように大きな笑顔を、ランサーは零した。
「それにね、なんというか、私の願いってサーヴァントになってからどうのこうのってものでもないのよね。
倒したい奴はいるけど、それはサーヴァントなんて偽物の私がやることでも、聖杯なんてズルして達成することでもないし」
「そ、それでいいんですか……?」
「いいのいいの。こういうのは意地の問題だからね。自分が納得できない方法で事を為しても何にもならないって」
唖然とする少女に、あっけらかんと言い放つ。
どこまでも豪快に、しかしどこかに繊細さも織り交ぜて。
ランサーのサーヴァント、プリセラは笑った。
「ま、万事私に任せておきなさいな。これでも私、ちょー強いんだから」
「……ありがとうございます、ランサーさん」
「いいっていいって。これからよろしくね、"セラ"ちゃん」
目尻に薄っすらと涙を滲ませ、震える声で礼を言う少女に、ランサーはただ笑いかけた。
母を失い、修羅の道に堕ちた少年を想う少女と。母でありたいと願い、修羅の道に堕ちながらも誰よりも強く生きたいと願った女の。
それは、出会いと触れ合いの一幕であった。
【クラス】
ランサー
【真名】
プリセラ@マテリアル・パズル
【ステータス】
筋力A 耐久A 敏捷A 魔力E 幸運C 宝具A
【属性】
中立・善
【クラススキル】
対魔力:E(A+)
魔力ダメージに対する防御。無効化はできず削減するのみ。
ただし、後述のスキルが発動した時に際してはランクが飛躍的に上昇する。
【保有スキル】
心眼(真):A
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。
逆転の可能性がゼロではないなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
魔弾迎撃:A+
攻性魔術への迎撃、あるいは防御魔術への攻撃に際し、ランサーの対魔力をA+まで上昇させ、かつ貫通効果を付与する。
このスキルはあくまで迎撃や攻撃、つまりは徒手空拳によりインパクトの一瞬にのみ発動するものであり、攻撃動作を行っていない場合においては一切発動しない。
魔法(マテリアル・パズル)こそが最強の存在とされた世界において、己が拳一つであらゆるマテリアル・パズルを打ち貫いてきたランサーの逸話と軌跡が具現したスキル。
勇猛:A
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる効果もある。
蔵知の司書:-
多重人格による記憶の分散処理。
ただし、現在このスキルは失われている。
【宝具】
『無垢の揺り籠』
ランク:A 種別:結界宝具 レンジ:0 最大捕捉:1
ランサーの腹部に刻まれた封印刻印。『檻』を冠する術式が現す通り、本来ならば魔獣を仮想敵とした強力な封印結界である。
それは何かを封じ込めるためのものではなく、彼女の体に宿った存在―――すなわち「胎児」を守るためのもの。本来一画でも相当に強力な結界を更に十九画で以て守護しており、腹部に対する防御が完璧になる代わりにランサーの力は常に半減している。
常時発動型の宝具であるが魔力消費は一切ない。この宝具の真価とは、発動ではなく解除の瞬間にこそ訪れる。
この宝具の発動を解除した場合、押さえつけられていたランサーの全力が発揮され、筋力耐久敏捷に+の補正がかかると同時にAランク相当の魔力放出スキルを付与する。
ただし、ステータス上昇に加え膨大な量の魔力を垂れ流すことになるのでマスターに要求される魔力消費量は意味不明なレベルまで跳ね上がる。ランサー自身がこの宝具の解除をあんまり望んでいないことも合わせて、解除の際には令呪の補助が必須と言えるだろう。
【weapon】
拳
【人物背景】
ドーマローラ国が滅んだ際、不老不死になった三人のひとり。
19歳の時に不老不死になったので、その姿で固定されている。
自らに宿る命のために、誰よりも強く生きたいと願った母親。
【サーヴァントとしての願い】
グリ・ムリ・アの打倒。そしてお腹の子の誕生。
しかし今はマスターの意向に従う。
【マスター】
セレスティ・E・クライン@ウィザーズ・ブレイン
【マスターとしての願い】
デュアルNo.33を許さない。
彼を許さない自分は、決して人を殺さない。
そして、そんな彼と一緒に生きていきたい。
【weapon】
D3:
Demension Distorting Device。光使い専用の外部デバイス。時空構造制御の範囲拡張のためのもので、このD3が存在する周囲の空間も同様に操作可能。D3は光使いにより操作される(原作者曰くファンネルみたいなものとのこと)。
外見は透明な正八面体で12個存在しており、普段は空間の裏側に収納されている。
【能力・技能】
光使い:
時空制御特化型魔法士。自分の周囲の空間を捻じ曲げることで重力を操って空を飛ぶ、質量探知、歪んだ空間によって攻撃を逸らす(shield)、疑似的な荷電粒子砲(lance)を撃つこと等が可能。
遠距離戦闘・対艦隊戦闘のスペシャリスト。単体戦では対魔法士戦でも最強とされる騎士とは対照的に、大量虐殺に秀でた光使いは大戦中「戦場の死神」として最も恐れられた。
【人物背景】
マサチューセッツのスラム街に住んでいた金髪碧眼の少女。10歳。ニックネームはセラ。
母を失い、幸福を失い、それでも少年と共に在ることを望んだ少女。
傍らに在る少年を人でいさせるため、彼の罪を決して許さず、その為いかなる状況であっても絶対に人を殺さないことを誓った少女。
参戦時期は5巻終盤、ディーに「決して許さない」と告げるために赴く、その直前。
【方針】
決して誰も殺すことなく、元の世界に帰る。
最終更新:2024年09月28日 09:57