しかしそれはすぐに切り替わる。長門有希は手を僅かに握った。
「でも、何百何千何万と歌ううちに、解りはじめてきたの。作詞、作曲、編集、演奏、それらみんなの感情が、歌い手である私に降り懸かってくる。みんなの想いが、伝わってくる。私は『感情』の意味を理解しはじめた」
 泣きそうになりながら笑い歌う少女の瞳には、喜怒哀楽の交差した光が宿っている。長門有希は小声で何かを呟いたが、歌姫には届かなかった。
「私の『感情』は偽物かもしれない。誰かの真似かもしれない。でも私は確かに自分のものだと思ってる。それでもいいかなって、思うから」
 長門有希は最後に力を抜いた。終わりの言葉を用意しながら。
「消えても仕方ないよ?」
 しかし歌姫の刺すような歌に長門有希は行動を止める。
「憧れるなら近づかなくちゃ。『憧れられる』なら、私よりも近いはずだから」
 そして歌姫は歌いはじめる。真似事を繰り返して手に入れた偽物の脆い翼が、純白に輝いていく。長門有希には無いものだった。
「あなたは……」
「私は、歌姫」
 少女は背を向けて振り返る。
「誇り高い偽物よ、長門有希さん」

 長門有希はしばらくそこにいた。快いエラーが体内を蠢くのがわかった。不思議に紫がかった黒髪が揺れる。高くふたつに結い上げられた翠玉色の長髪はすでになく、希薄な羽根の幻想があとに残された。

(終了)


最終更新:2011年11月20日 09:39