『風立ちぬ』解説での、オッペンハイマーについての基礎知識。

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(前略))オッペンハイマーという人がいまして、その人は原爆の父なんですけども、原爆を作ったんですけども、
原爆の使用には反対してたんですよ。死ぬまで核戦争とか、そういったものに反対し続けて、平和主義者だったけども、
だけど技術者としては原爆を作りたいわけですよ、作れるんだもん俺には。できちゃったよ、でも使わないで。
っていうまさにそういうところですよね。
http://matome.naver.jp/odai/2137713216734546901?&page=1
「たまむすび」映画紹介『風立ちぬ』

700 名前:名無シネマさん 投稿日:2014/07/01(火) 21:49:14.30 A5mbqhSt 

オッペンハイマーは原爆に反対していた生涯を通した平和主義者
 → 後年水爆には反対したが、広島への原爆投下に関しては推進者


834 名前:名無シネマさん 投稿日:2014/07/03(木) 01:38:03.40 yw5pe2gM 
700
オッペンハイマーは原爆に反対していた生涯を通した平和主義者
 → 後年水爆には反対したが、広島への原爆投下に関しては推進者

個人のサイトばかりだが

 1945年7月17日、オッペンハイマーは、ついに核爆発の実験に成功する。
さらにその後、原子爆弾を2個完成させたが、
その1つは広島に投下されたリトルボーイ、もう1つは長崎に投下されたファットマンであった。
原子爆弾の実験結果に対し、彼は非常に満足そうだったという。

「原爆の父」とよばれているオッペンハイマーは、
ユダヤ系アメリカ人でありナチスに侵略されつつある他の国々を助けるために
原爆の製造に取り組んでいました。しかしドイツが敗戦したあとも
オッペンハイマーや他の科学者たちは、製造を止めようとはしませんでした。(中略)
自分たちが今までやってきた実験が途中で中止にすべきかという議論になったときに、
ここまで実験を進めてきたのだから完成させて結果を残したいという思いを抱くと同時に、
何年もかけてやってきた実験が完成もせず凍結されてしまうことに我慢ならなかった科学者が
ほとんどだったはずです。
現に日本への原爆投下が決定したときにオッペンハイマーら他の科学者たちは特に反対しませんでした。

積極的に進めた あるいは 反対しなかった
説が分かれているが
少なくてもこの時点では反核攻撃論の平和主義者ではなかったようだね
その後、オッペンハイマーは被爆地の惨状を知って反核論者に変わっていくので

原爆を作ったんですけども、原爆の使用には反対してたんですよ。

これは無理筋っぽい
最終更新:2014年07月05日 01:17