おばさんと同じく実年齢よりはるかに若く見える(ただし、こっちは幼くは見えないけど)お母さんが、居間に入ってきた。
おばさんは、お母さんにもお菓子とお茶を出すと、気を利かせたのか、どこか別の部屋に行った。
「どうしてここだって分かったの?」
私は、お母さんに訊いた。
「水鏡の占いでこの家が映ったからね」
そうだった。お母さんのこの『力』をもってすれば、私がどこに行こうと行き先なんてすぐに分かってしまうんだ。
「お父さんには、ちゃんと言い含めておいたから。あなたが自分の意思できちんと選択ができる大人になるまで待つようにって。だから、もう帰りましょ」
お父さんとの喧嘩の原因は、家業を継ぐとか継がないとか、まあそんな話。
私は、神社の家の一人娘だから、どうしても避けられない話ではあるけど。でも、お父さんの押し付けるような言い方にカチンと来ちゃったから。
だから、私はお母さんに質問した。
「お母さんは、どうして神社を継ごうと思ったの?」
お母さん──柊いのりは、神社の家の四姉妹の長女だ。お父さんを婿さんに迎えて、家業を継いだ。
私のように、おじいちゃんに反発したことはあったんだろうか?
「別にたいした理由はないわよ。私にとって、それが一番楽な選択肢だったっていうだけ」
お母さんは、拍子抜けするほどあっさりそう答えた。
お菓子をつまんで、お茶をすすってから、さらにこう続けた。
「なんだかんだいっても、日本じゃOLを定年まで続けられる女なんてそうはいないし。家を出て普通に専業主婦しても、まつりみたいに離婚なんてこともあるかもしれない」
離婚して実家に戻ってきたまつりおばさん。言っちゃ悪いけど、あらゆる意味において反面教師だ。
「そうでなくても、旦那さんがこければ、路頭に迷うはめになるし。
つかさみたいに調理師免許でももってれば、そんなときでも大丈夫なんでしょうけど、私にはそんな特技もないしね」
そうか。つかさおばさんは、こうして専業主婦なんてしてるけど、いざとなれば自分で家族を養うことだってできるんだ。
「
かがみみたいに自分の腕一本で生きてけるだけの才覚もなければ、それだけの努力ができるわけでもない」
かがみおばさんは、敏腕の弁護士さんだ。いつも忙しそうで、実家に帰ってくることなんてめったにない。
年に一回、正月三が日にすぎたあたりにうちにくるけど。そのときもずっとパソコンに向かってたり、英語だかドイツ語だかフランス語だかで書かれた論文みたいなのを読んでたりしてる。
「結局、婿さんとって家業を継ぐのが一番楽だったのよ。神社の方は普段は婿さんに任せておけばいいんだし」
神社の神主は、あくまでお父さんだ。
お母さんは、神職の資格はもってるけど、神職の装束を着ることはあまりない。神職として振舞うのは、定期的にお守りを作るときと、年に数回しかない『特殊な依頼』をこなすときだけ。そのときだけは、柊家が受け継いできた『力』が必要だから。
それ以外は、お祭りや正月のときに巫女服を着て巫女頭みたいなことをしてるだけで、普段は専業主婦と変わらない。その主婦業だって、まつりおばさんと家事を分担してるんだから楽なものだ。
だから、お母さんにとっては、それが一番楽な選択肢だったというのは嘘ではないのだろう。
でも……。
「まあ、柊家直系の看板を背負うんだから、いろいろと面倒なことはあるけどさ。私はそういうのは苦にはなんないから」
問題はそこだ。
柊家開祖の『力』を受け継ぐのは、直系の女だけ。
それを脇においとくとしても、ずっと続いてきた伝統というのは、それだけで重荷だった。
「なんにしても、あんたは、普通の子より選択肢が多いってことは確かよ。だから、大人になるまでゆっくり考えて、自分のしたいことをすればいいわ」
「私が神社を継がないっていったら、どうするの?」
「よく考えた上での結論がそれなら、お母さんは全力で応援するわよ。お父さんの説得も私がやる。なんだったら、かがみの力を借りたっていい」
お母さんははっきりとそういった。
かがみおばさんは、身内の依頼でも弁護料をきちんととるシビアな人だけど、仕事として受けた以上はきっちりやってくれる人だ。
そのかがみおばさんが味方についてくれるなら、こんなに心強いことはないけれども……。
「でも、そしたら神社の方は……?」
「神主が世襲や婿養子じゃなきゃ駄目なんて決まりはどこにもないの。神職保持者の中から誰かを昇格させて神主さんにしちゃえばいいわ。柊家の名前にこだわるなら、養子縁組しちゃえばいいんだしね」
世襲じゃなくても、伝統を受け継いでく方法はいくらでもある。お母さんのいいたいことはそういうことなんだろう。