「お母さん、どうしてるのかしら……」
仏壇の上の写真を見ながら、泉かなたは呟いた。
天国を信じてるわけじゃないけれど、きっとどこかにはいるはず。
もうお母さんの記憶はないけれど、お父さんから聞いた話でわかる。自分にも、優しくしてくれたんだろう。
線香をあげて手を合わせる。自分の思いが、母親――泉こなたに届くことを願って。
「かなた」
後ろから声を掛けられて振り返ると、父親の――泉そうじろうの姿があった。いつもどおりの、優しい笑顔である。
「お父さん」
「またこなたに手を合わせてたのか」
「うん。私の……お母さんだから」
写真を見て、それがさも当たり前のように言う。
「あっはは……優しい子に育ってくれて、こなたも雲の上で喜んでいるさ」
二人で一緒に仏壇の前に座る。
写真の中では、泣きボクロを持つ、青く長い髪の女性が笑っていた。頭のてっぺんからは髪の毛が一本『みょん』と伸びている。
「お母さんもヲタクだったのよね?」
「ああ、趣味が合ったのがきっかけだったな。あいつは娘もヲタクにしたいとか言ってたが……」
「うう、そればっかりは……」
「ははは、かなたは真面目だもんな。でもな、ヲタクは無理だったけど、こなたの願いは叶ったよ」
「え、何?」
そうじろうは少し間を開け、
「優しい、丈夫な女の子に育って欲しい、ってことだよ」
かなたの瞳を見つめながら言うと、すぐさま顔を真っ赤にした。
誉められる……そういうことにあまり免疫がないようだ。
「そ、そうかしら。私って優しいかしら……」
「ああ。自信を持ってこなたに言ってやれるよ」
うふふと笑って、自分の頬をポリポリと掻くかなた。
「さ、明日はかがみちゃんとつかさちゃんが来るんだろ? 準備しちゃいなさい」
「うん」
立ち上がると、ぱたぱたと足音をたてながら階段を駆け上がっていく。
そうじろうはというと、写真の中のこなたを見つめながら、
「こなた。かなたは……良い子に育ってるよ。お前のいない淋しさにも耐えられてるみたいだ。だから……安心してくれ」
線香をあげ、長い間、こなたに手を合わせる。
と、その時……
“ヤッホー、そう君”
「!!」
彼にとって聞き慣れた声が響いてきた。
振り返ると、そこには写真のときと変わらぬこなたの姿があった。
半透明の身体などではなく、実体を持った、ちゃんとした『人間』であった。
「こなた、なんでここに……?」
“話すと長くなっちゃうから後程ということで。ところでそう君、今日が何の日か覚えてる?”
「今日……?」
顎に手をやって考え込むそうじろうに、溜め息が一つ。
“まったく。仕事の小説に時間かけまくってるからそうなるんだよ。そういえば向こうはゲームとかなくて、何もないときは暇なんだよね……”
「愚痴を言いに来たのか?」
“そうじゃないよ。とにかく、今日が何の日か……かなたは知ってるよ”
「お父さん!! ……って、え……?」
その声にそうじろうがあわてて振り返ると、かなたがリビングの入り口で立っていた。
口を半開きにし、ずっとこなたの姿を凝視したまま。持っていた何かを床に落とす。
「お母……さん……?」
“ただいま、かなた。そしてはじめまして、だね。あたしのこと、覚えてないだろうし”
言い切る前に、かなたがこなたに飛び込んできた。
胸の中で涙を流す娘を、優しく抱き締める。
「ひぐ……お母、さ……会い、たか……」
“よしよし。あたしの胸でいっぱい泣きなー”
震える頭を優しく撫でる。
自分と同じ、青く長い髪。ここまでそっくりに育つとは……自分でも思っていなかった。
そして、かなたの涙がおさまったころ、
「そういえばお母さん、どうして帰ってこれたの?」
“んー? 話すと長くなるんだけどさ、あたしって向こうで働いてるの。それで今回、休暇をもらったから、しばらくこっちに戻ることにしたのさ”
「そうか、しばらくいてくれるのか……」
“かなたの友達にも挨拶したいし、そう君の仕事が詰まってたみたいだから、お手伝いもね”
二人の背中をポンと叩く。その言葉に、『お母さんは本当に優しい人なんだ』と、かなたは嬉しくなった。
“かなた。何か忘れてるんじゃないの?”
「あ、そうだ!!」
先ほど落とした何かを拾いに廊下まで戻る。
「お母さんが来るってわかってたら、二人分用意したのだけれど……」
“天国に現世のものは持っていけないんだ。気持ちだけ受け取っとくよ”
振り返ったかなたが持っていたものは……花束だった。
それをそうじろうに手渡し、満面の笑みで言う。
「今日、お父さんとお母さんの結婚記念日なのよね。おめでとう」
「!!」
惚けたまま花束を受け取るそうじろう。
そしてかなたの頭を撫でて、
「俺も忘れてたのに、よく覚えてたな」
“年に一度の記念日だからね。わざわざ今日戻ってきたのも、みんなで一緒に結婚記念日を祝うためだよ”
いつの間にかエプロンを身につけていたこなたは、台所の方へ歩いていった。
“そう君、今日は久しぶりにあたしの手料理を食べさせたげるっ!”
「お、期待して待ってるよ」
“かなた、ついてきて! あたしの料理を教えてあげるよ!”
「うん!!」
☆
「……い、今のは……」
そこで、泉こなたは目を覚ました。
自分と母親――泉かなたの立場が完全に逆転していた。
夢なのだろうが、妙にリアリティーのある夢だった。
しかも、寝起きにここまではっきりと覚えている夢もまた珍しい。
「……あ」
ふとカレンダーに目をやると、ある重大な事実を思い出す。
さっきの夢を今日見たのは偶然じゃないなと小さく笑いながら、彼女はベッドから飛び降りた。
☆
「ねぇ、ゆーちゃん」
帰り道、従妹である小早川ゆたかに何気なく尋ねた。
「今日、何の日か知ってる?」
「今日? う~んと……あっ、誰かの誕生日なの?」
正解にたどり着く確率は限りなく低い。
意地悪な質問だったかな、と思いつつ、こなたは正解を口にした。
「今日ね、あたしのお父さんとお母さんの結婚記念日なんだ」
「へぇ~、そうなんだ。だから花束を買ったんだね」
ゆたかの言うとおり、こなたは花束を大事そうに抱えている。
先ほど花屋さんに行ってきてこなたが買った代物だ。
「今まで結婚記念日を祝ってなかったから今回は、ってね」
「そういえば、私のお父さんとお母さんの結婚記念日知らないや……」
「あたしのお父さんなら知ってそうだネ。後で聞いてみよっか」
などと話しているうちに泉家に到着。
玄関のドアを開け、元気よく「ただいま」と言った。
「………」
「……、……」
が、聞こえてきたのは小さな話し声。
見慣れない靴は見つからなかったからお客さんではないだろう。だとしたら、一体誰と話しているのか?
疑問に思いながら廊下を歩いていき、リビングを覗くと……
「「……え……?」」
夢の中と、まったく同じ構図が広がっていた。
“ただいま、こなた。そして……はじめまして、よね”
ただ夢の中と違うことは、隣に小早川ゆたかがいること。立場が逆転していること。
そして……
「お帰り、お母さんっ!」
その再会に、涙が流れることはなかった。
最終更新:2008年05月18日 00:32