無題(3-717氏)

「お誕生日おめでとう、ランカちゃん。」

その日の終わりにもらった言葉と笑顔は。
私にとって。
誰に言われるよりも嬉しくて。
どんなものよりも大切な。
この宇宙で一番の。
誕生日プレゼントだった。


『お誕生日おめでとう。』
今日、何回目になるかわからない言葉でも。
言われると、本当に嬉しくて。
「ありがとう」の言葉と笑顔が自然に出てくるランカ。

4月29日。
今日はランカの誕生日。
朝から事務所でお祝いされて。
お昼からのCDインストアイベントでは、サプライズでお客さんたちが歌で祝ってくれた。
今日、最後の仕事であるレコーディングの際にも。
なんの前触れもなく、急に室内が真っ暗になって驚くランカに。
ピアノが伴奏を奏で始めれば。
定番の誕生日ソングをその場にいたみんなが歌ってくれた。
ランカの前には、ロウソクの火が灯ったケーキが出てきて。
その火を消せば、クラッカーの音ともに。
拍手とおめでとうの声。
もちろん、お祝いメールや電話も、ひきりなしに届いて。
ランカにとっても、初めての経験になるほど祝福された誕生日。
嬉しくてたまらないはずなのに。
どこか心から喜べないのは。
一番祝って欲しい人の言葉が、未だにランカに届いていないから。




新曲のレコーディングを終えて、事務所に戻ったランカ。
その手にはずっと、携帯があった。
音が鳴って光が点滅する度に、その表情にはじけるような笑みを浮かべて。
緑の髪が嬉しそうにピコピコ動くけれど。
その内容を確かめれば、笑顔は溜息へとかわり。
犬耳のように動いていた髪は、しゅんとして動かなくなる。

「あーあ・・・」

零れた言葉のあとに“ごつん”と、少し痛そうな音をたてて、ランカは机に突っ伏した。
そのまま、今度は頬をくっつけて、鳴らない携帯をみやる。
その瞳にうっすらと涙が浮かんでいるのは。
思いのほか、ぶつけた額が痛かったのもあるけれど。

「シェリルさん・・・私、今日・・・誕生日なんですよ・・・」

寂しさと、悲しさと、少しの怒りと、大きな不安。
そんな思いが心の中で渦巻いて。
ランカの口から、また溜息が零れた。

出会って、初めての誕生日には花を。
その次の誕生日は、忙しい毎日に、それでも午前0時にメールをくれて。
その後すぐ、電話で誰よりも早く誕生日を祝ってくれて。
事務所にはプレゼントのバックを用意しておいてくれたシェリル。
それなのに今年は。
視線の先の携帯は動く気配もなく、手を伸ばし、時間を確かめれば。
もう午後11時をまわっていた。

(シェリルさん・・・今日は、私たちが恋人になって・・・初めての私の誕生日なんですよ・・・)




思いながら、ランカの手がなれた手つきで、その番号を呼び出した。
画面に浮かぶ番号は、シェリルのもので。
発信ボタンの上で彷徨っていた指が、エルモに声をかけられた拍子に。
それを押してしまう。
「あ・・・」
慌てて切ろうとしたけれど、すぐに通話状態になったことに。
ランカの顔は嬉しそうに綻んで。
「あ、あのっ!もしもしっ!!シェリル・・・」
『ランカか?』
聞こえてきた声と映し出された映像に、ランカの表情がかたまる。
「アルト・・・くん・・・?」
なんとか出せた声は震えて掠れ。
『ちょうどよかった。シェリルの奴が携帯を・・・ランカ?』

気づけば。
通話を切った携帯を握りしめ、去年の誕生日にシェリルからもらったバックを片手に。
ランカは事務所を飛び出していた。




通話の切れた携帯を見つめながら、アルトは大きく溜息を吐いた。
「やばい・・・あいつ、絶対誤解してるな・・・」
困り顔のアルトの前に、携帯の持ち主が現れる。
「アルトッ!!!携帯っ!!!」
息を切らしてそう言ってきたのはシェリル。
振り向いたアルトの手にある自分の携帯を見つけて、シェリルは安堵の溜息を吐いた。
「よかった・・・」
「あー・・・悪い、シェリル。それがあんまりよくなくてな。」
「え?」
息を整えていたシェリルにアルトは、溜息1つ吐いて、さっきあったことを話し出す。
「ランカから電話があってな、シェリルが携帯、オレの家に忘れたこと伝えようと思って。」
「出たの?」
シェリルの声に申し訳なさそうな顔をして、アルトは頷いた。
「悪い。シェリル。」
そのアルトの申し訳なさそうな表情と言葉で状況を理解したシェリル。
その表情が見る見る間に険しくなっていく様に、アルトの顔に冷や汗が流れた。
アルトの手にある携帯を静かに奪い取り、シェリルは背を向ける。

「アルトの大バカっ!!!今度あったら、ただじゃおかないからっ!!!」

きつい声がそう告げたかと思うと、シェリルは走り出し。
「あ、おいっ!!!シェリルッ!!!」
呼び止める声に止まることさえせず、シェリルの背中はすぐに見えなくなっていた。

走る道すがら、なれた手つきでその番号を呼び出して発信ボタンを押す。
呼び出し音が数回続き、かかったと思えばそれは留守番電話サービスで。
それでも、シェリルは少しの望みを託して、留守録にメッセージを入れる。
「もしもし!!?ランカちゃん!!!違うのよっ!!!今、私、次のライブのために・・・」
走りながらで途切れ途切れにメッセージを伝えるも、すぐに時間オーバーになって。
もう一度かければ、また同じことに。
「だから、今、アルトの家で舞を教えて・・・」
そこまで言った所で、携帯が不自然な切れ方をする。
画面を見れば、エンプティーの表示。
しばらく充電をさぼっていたそれは、静かに沈黙する。
「あーっ!!!もうっ!!!この役立たずっ!!!あとでおぼえてなさいっ!!!」
自分の責任はともかく、携帯に向かってそう叫んで。
シェリルはともかく走った。
宛ても何もないのに。
それでも、一刻も早くランカを見つけるために。
自分の足が進む方へと、ひたすらシェリルは走った。




事務所を飛び出したランカが、辿りついた先は展望公園。
ベンチに俯いたまま座るランカの膝の上、手が重ねられた下には携帯がある。
光の点滅に気づいて手をどけてみれば。
映し出された画面には、シェリルの文字と留守録のマーク。

「・・・シェリルさんの・・・バカ・・・」

言葉にすれば、涙が溢れだして。
ランカはぎゅっと目を閉じた。
携帯の上に落ちた涙が、弾けて散らばる。
零れそうになる嗚咽をのみこんで、膝の上の拳をぎゅっと握った。

「・・・シェリルさんの・・・バカぁ・・・」
「誰が・・・バカ・・・なのよ・・・ランカちゃん・・・」

答える声に驚いて、顔をあげればそこに。
肩で息をして少し苦しそうな、シェリルの姿があった。
「あ・・・」
苦しそうなのに、自分に向けられた笑みに。
思わずその頬を赤くして視線を逸らすランカ。
そんなランカの隣に、微妙な距離をあけて座るシェリル。
相変わらずの荒い呼吸のまま、シェリルはそれでも、話し始める。
「今度の・・・ライブ・・・で・・歌舞伎の舞をとりいれようと・・・思って・・・」
途切れ途切れの声が必死に話すことに、俯いたままランカは耳を傾ける。
「今・・・アルトの家で・・・稽古してもらってるの・・・今日も・・・そしたら・・・」
息を整えつつ、シェリルは俯いたままのランカを見つめて、話を続ける。
「携帯を・・・忘れたのに気づいて・・・すぐに取りに帰ったんだけど・・・アルトのバカが・・・」
勝手に電話に出たのだと、伝えるはずの言葉をシェリルは飲み込んだ。
ランカの肩が震えていることに、気づいてしまったから。
少しの沈黙の後、シェリルが小さく息を吐く。




「・・・何を言っても言い訳ね。」

そう呟いて、シェリルはベンチから立ち上がると、ランカの前に立ちその身を抱きしめた。
驚きにランカの身がシェリルの腕の中で跳ねる。

「ごめんなさい。ランカちゃん。」

耳元で聞こえた言葉に、ランカは息を飲む。
「ごめんね。」
大好きなシェリルの声に、溢れだす涙が止まらなくなって。
零れそうになる嗚咽は、シェリルの胸に顔を押しつけることで隠し。
膝の上で握られていた拳は、いつの間にかシェリルの背にまわって。
シェリルの柔らかなその身に、ランカはぎゅっと抱きついていた。

「ずっと・・・ずっと待ってたんです・・・」
嗚咽混じりの言葉を、シェリルは聞き逃すまいと耳を傾ける。
「みんなが祝ってくれて・・・嬉しいのに・・・なにか・・・たりなくて・・・」
ランカの抱きつく力が強くなったことに。
抱きしめる力を強くすることで応えるシェリル。
「一番、おめでとうって言って欲しい・・・人から・・・どれだけ待っても・・・なんにも・・・」
小さな嗚咽が聞こえると、シェリルの手がランカの髪を優しく撫でた。
「仕事が・・・忙しいんだって・・・わかってても・・・忘れられてるんじゃないかって・・・」
「忘れるわけないでしょう?」
「だって・・・メールも・・・電話もないし・・・気づいたら・・・誕生日・・・終わっちゃいそうな時間で・・・」
背に回されたランカの手が、シェリルの服を強く掴んだ。
「電話をしたら・・・アルトくんが出るし・・・」
また、ランカの口から嗚咽が零れる。
「こんな時間なのに・・・やっぱり、シェリルさん・・・アルトくんのこと・・・」
その先の言葉は、涙につまって言えなくなったランカは、
服を掴んだ手にさらに力をこめて、シェリルの胸に強く顔を押し付けた。




そんなランカの姿に、自分の小さなこだわりで。
ランカを不安にさせ、さんざんな目にあわせてしまったことを後悔するシェリル。
腕の中のランカをぎゅっと抱きしめて、緑の髪にキスを落とす。

「ほんとにごめんね、ランカちゃん。」

思いのこもった声でそう言って、シェリルは腕の中の愛しい存在の髪を撫でた。
「バカよね、小さいことにこだわって・・・ランカちゃんを不安にさせて。」
自嘲的な声がランカの耳を擽ると、胸に押し付けられた顔が少しだけその力を弱くした。
そんなランカの行動に笑みを見せて、シェリルの指がランカの髪を優しく梳く。
「今日は、私とランカちゃんが付き合い始めて、最初のランカちゃんの誕生日だから・・・」
少し恥ずかしそうに話すシェリルの声と優しい手の感触に、ランカはゆっくりと顔を上げる。
「どうしても直接・・・言いたかったのよ。電話とかメールとかじゃなくて、会って・・・」
顔を上げてこっちを向いてくれたランカに、嬉しそうに微笑んで。
抱きしめていた手が、ランカの頬に触れ、指が零れそうになる涙を拭う。
「ちゃんと、あなたに言いたかったの。」
「シェリルさん・・・」
「せっかくの記念日だから。ほんとは一番最初がよかったんだけど・・・」
「あ・・・」
「前から仕事だってわかってたから・・・」
ランカの額に唇を寄せて。
シェリルはちらりと傍にある時計を見やる。

PM 11:59:05

その時刻に笑みを浮かべて、ランカの額から唇を離すと。
ランカの涙を指で拭ってやり、真っ直ぐに見つめた。
「本当は、事務所まで迎えに行って部屋でプレゼントと一緒に・・・って思ってたんだけど。」
シェリルの真っ直ぐな瞳にとらわれて。
うっすらと頬を染め、見惚れたままのランカ。
「最初が無理ならせめて、一番最後を飾りたいじゃない。」
そして。
シェリルは今日ずっと伝えたかった言葉をランカにプレゼントした。

『お誕生日おめでとう、ランカちゃん。』

最高の笑顔とともに告げられた言葉は、ランカが今日、一番ほしかったもので。
「たくさん言われただろうけど、今日の最後におめでとうって言うのは・・・」
ゆっくりとシェリルの顔が近づいてくると、自然とランカは目を閉じた。
「私だって、決めてたの。」
聞こえた言葉のすぐあとに。
シェリルの唇がランカの唇に重なった。




AM 0:00:12
時計の文字が日付がかわったことを示す。
ゆっくりと、唇を離したシェリルは、そのままランカを抱きしめる。
「でも、そのせいでかえって不安にさせちゃったわね。ほんとにごめんね、ランカちゃん。」
シェリルの言葉にランカは首を左右に強く振る。

「すっごく・・・すっごく嬉しいです。シェリルさん。」

そう言ったランカの笑顔に今度はシェリルが赤くなる番で。
しばらく見惚れて、それから微笑みを返すシェリル。
「許してくれるの?ランカちゃん。」
「許すも何も・・・謝らないといけないのは私の方です。ごめんなさい、シェリルさん。」
「・・・どうしてランカちゃんが謝るの?」
シェリルに不思議そうに尋ねられて、ランカは苦笑を浮かべてそれに答えた。
「だって・・・シェリルさんのこと疑ったりして・・・」
「ああ、そんなのはいいのよ。悪いのは全部アルトなんだから。」
当たり前のようにそう言って笑うシェリルに、ランカはきょとんとして。
「そうよ、今回のことは全部アルトが悪い。今度あったらただじゃおかないわ。」
言いながらランカをぎゅっと抱きしめるシェリル。
「そういうことにしておかない?」
「・・・そういうことに、しておきます。」
ランカもシェリルにぎゅっと抱きついて。
互いの腕の中で笑い合えば。
痛くてたまらなかったはずのランカの心は、ぽかぽかと温かいものへと変わっていって。




幸せでいっぱいの中、恋人つなぎで帰る帰り道。
「来年は1番に言いたいから、絶対にオフにするわ。」
意気込んでそんなことを言ってくれるシェリルに、ランカが嬉しそうに笑う。
「それで、来年の誕生日プレゼントは・・・」
悪戯な笑みを浮かべたシェリルが、ランカの耳元に艶やかに囁いてみせた。

「わ・た・し」
「へっ?!」

耳をおさえ、シェリルを見上げるランカ。
その微笑みに言葉の意味を理解して。
顔を真っ赤にしたランカの緑の髪が犬耳みたいに立ち上がる。
そんなランカの反応に満足そうに微笑むシェリル。
「来年はもちろん、今年の誕生日プレゼントにもできるけど・・・」
「えっ!?」
「どうする?ランカちゃん。」
わざと艶めいた口調と笑みでそう言うシェリルに、ランカは真っ赤になって俯く。
小さな沈黙のあと、ランカがポツリと呟いた。
「欲しいです・・・」
「ん?」
聞こえたけれど、わざとシェリルが聞き返せば。
つながれた手に力がこもり、ぎゅっと握られる。
真っ赤にした顔を上げて、ランカはシェリルにもう一度言った。
「プレゼント・・・欲しいです。シェリルさん。」
その破壊力に、シェリルも赤くなりながら、つないだその手に力をこめる。
「じゃあ、決まりね。」
言って微笑むシェリルに、ランカも微笑んで。

恋人つなぎで家へと帰る帰り道。
少しだけ。
2人の足取りが速くなった。



おわり

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最終更新:2011年06月26日 22:28
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